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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第三章 冥王ゼヤビス
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第百八話 クラーケンの襲撃

 銀行取引停止処分、破産申立から債権者集会、破産手続の終結、そして法人格消滅。


 まだ学生だった俺が初めてそれらの言葉を知ったのは、『ドラゴン・クレスタ』の制作会社が経営破綻し、無くなってしまった時だった。

 官報なんてものがあることもその時、初めて知ったのだったな。


『ドラゴン・クレスタ』が人気タイトルになっていたら、救済に動いたり、続編の権利を得て制作を続けてくれる会社があったかも知れない。

 だが、売上げが低迷したソフトにそんなことが起きようはずもなかった。


 そもそも販売が好調だったら、資金繰りに行き詰まるなんて羽目には陥らなかったはずた。


 俺は『ドラゴン・クレスタ』とともに人生を送りたいと思っていた。


 就職先だって『ドラゴン・クレスタ』の制作会社にしようと思っていたくらいだ。

 そんな俺の夢もその時点で儚く潰えてしまった。


 結局、就職した先はゲームとはまるで関係のない業界になった。

 業績は厳しいようだが、取り敢えず会社が潰れることもなくゲームとラノベを楽しむことができていたので、特に不満はないのだが。


 だが俺は典型的な文系人間なので、制作会社に就職したとしてもシステムエンジニアになんてなれるはずもない。

 それに引きこもり系でコミュニケーション能力も低いから、営業も無理だ。


 だからゲームの企画に携わりたいと考えていた。


 これなら散々読みふけったラノベや、やりこんだゲームの知識が生かせると思ったからだ。

 この年になって省みると浅はかな若者の考えでしかないのだが。


 でも、そういった情熱が物事に変化をもたらす原動力になるのかもしれないと、逆に年齢を重ねると思うこともある。その情熱の方向が正しいかどうかは別として。


 そして俺は思い出したのだ。『ドラゴン・クレスタⅢ』のことを。

 だが、その時、


「キャー!」


 アグナユディテの絹を裂くような? 声が甲板に響き渡り、俺は考えを中断された。


 巨大な怪物が満月の光に照らされ、銀色に輝く姿を俺たちの前に現していた。


「クラーケンよ!」


 アグナユディテがそう叫んで、俺を守るように海の魔物と対峙する。

 いや、さっき彼女はあんなことを言ってくれたけれど、俺ってやっぱり彼女に護られているよなと改めて思った。


 見張りがマストの上から大声で緊急事態を告げ、船員たちがわらわらと船の中から甲板へと上って来る。

 だが、正直言ってこのモンスターと戦うのに、彼らは足手まといになるだけだ。


「危険だから下がっていてくれ!」


 俺が大きな声でそう警告すると、船員たちは船の中へ引っ込んだり、後方へ下がったりしてくれたようだ。


 アグナユディテが矢を放ち、クラーケンを牽制してくれている。

 いくつかの矢が急所やそれに近い場所に突き刺さり、奴は警戒したのか船から少し距離をとっているようだ。


(よし。今がチャンスだな)


 俺は一気にけりをつけようと、呪文を唱えだした。


「シーヴァ デュモーヴァ! 漆黒よりもなお(くろ)く、暗黒よりもなお(くら)き……」


 クラーケンの周りに黒い靄をまとった五芒星が浮かび上がる。

 奴は何事かと戸惑ったように、俺の魔力が描き出した魔法陣に気を取られているようだ。


「……汝の知る能わざる名において、悉皆(しっかい)、無明の深淵に散華せしめん!」


 五芒星の頂点に生まれた黒い球体が、回転しながら大きくなっていく。


(早く逃げ出せばいいものを)


 魔法陣は三次元に展開されている訳ではないから、海の中に逃げ込まれ、無効化されてしまう可能性もあったのだ。

 だが、もう遅い。俺の魔法は完成した。


「ダークネス・ヴォイド!!」


 五つの暗黒の球体が急速に拡大し、クラーケンへと迫る。


 そして、それらが互いに触れ合った瞬間、耳をつん裂くような轟音とともに大爆発が起こり、大量の海水が巻き上げられて、周りに豪雨のように降り注ぐ。


 『サンタ・アリア号』は木の葉のように揺れ、俺は体勢を崩して尻餅をついた。


「アマンの魔法は以前より派手になったみたいだな」


 倒れた俺に手を差し伸べてくれたのはアンヴェルだった。



 爆発の余波が過ぎ去った海面は、また元のように月の光に銀色に輝いていて、そこには既にクラーケンの姿はなかった。


「魔法を使う前に教えて欲しかったね。おかげでずぶ濡れだよ」


 アンヴェルの後ろから顔を出したエディルナが文句を言うが、その顔には笑みが浮かんでいた。


 アリアも、リューリットも、濡れネズミになりながら、その瞳には温かい光が宿っているように見える。


 もちろん、ベルティラは「我が主の闇魔法はサイコーだ!」と、ちょっと引いてしまうくらい喜んでいる。


「アスマットよ。大方、ユディお姉ちゃんにとっちめられていたのであろう。皆、そなたが何かに気を取られておったことなどお見通しじゃ。まあよい。後は自分で話すのじゃな」


 トゥルタークも俺に向かって笑みを見せた。だが、ひと言、


「じゃが、大魔法を使う時は抜け駆けはなしじゃ。次からは気をつけるのじゃぞ」


 そう付け加えるのを忘れなかった。

 やっぱり俺は考えていることが顔に出やすい性質(たち)のようだ。



 俺たちはまた先程お茶を飲んでいた船室に集まった。


「みんな。済まなかった。さっき俺は肝心なところを省いてしまった。いや、どう思われるかと思って怖くて言えなかったんだ」


 俺が神妙な顔で謝るとアリアが、


「賢者アマンでもそのようなことがあるのですね。私たちの過ちなど、きっと神はお赦しくださると、かえって気持ちが楽になります」


 相変わらず慈愛に満ちた笑顔を向けてくれる。


「アマン。水臭いね。わたしたちはパーティーを組んで、もうかなり経つ仲間じゃないか。持ちつ持たれつだよ」


 エディルナもまた、そう言ったくれた。


 だが、俺が伝えた内容に、さすがに皆の顔が真剣なものに変わる。


 なにしろこの世界の破滅が迫っているのだ。

 俺にとっては女神の時と合わせて二回目ではあるが、俺以外のパーティーメンバーにとっては初めての事態なのだ。


「アマン。それで冥王の名前は思い出せそうなのか?」


 リューリットが口を開き、俺にそう問い掛ける。


「いや。思い出せそうではあるが、少し時間が掛かりそうなんだ」


 俺の言葉に彼女は「時間が掛かる?」と不審そうな声を上げる。


 確かにそう思うのも無理はない。名前を思い出せるか、思い出せないかなんて二者択一で、時間が掛かるなんてことはあまり言わないだろう。

 だが、こちらにも色々と事情があるのだ。


 それにしてもセヤヌスも姑息な手を使ってくれる。

 おそらく俺が冥王の名前を思い出す邪魔をしようと、こんな何もないような場所で強制エンカウントを起こしたのだろう。


 それでなければエレブレス山の女神の加護があるのに、あんな化け物に襲われる訳がない。


 ここはひとつ文句を言っておくべきだなと思って、俺は声を出して彼女に呼びかけた。


「女神セヤヌス。確かに妨害をしないなんて、そんな約束はしていないかもしれないが、あんな化け物を寄こすなんて、どういうつもりだ」


 冥王も声に出せば伝わると言っていたし、どうせセヤヌスだってそうだろう。俺はそう思って呼びかけたのだが、案の定、すぐに応えがあった。


(私がクラーケンをけしかけた訳ではありません。本来クラーケンが住む海域が消滅してしまい、仕方なく、あなたたちの船が進む側の海に姿を現してしまったのです)


「海域が消滅しただって!」


 俺は女神の言葉に衝撃を受けた。

 もう事態はそんなところまで進んでしまっているのだ。


(あの程度の航海で『未だ知られぬ地』とも呼ばれる、私たちの居る場所へたどり着いたのは変だとは思いませんか?)


 彼女の言う通り、確かにあの神殿は、島からそれ程の航海を必要としなかった。

 もちろん、海の中には魔物がうじゃうじゃいたから、普通なら船を進めることさえ難しいのだろうが、確かにそう言われてみれば近すぎる気もする。


 もともと海は広大だから、まだ気がついていないだけなのかも知れないが、この世界の蒸発がそんなに進み、さっきのクラーケンみたいに既に影響が出始めているとなると、本当にあまり猶予はないのかも知れない。


 それに俺の記憶が正しければ、クラーケンの次に出てくるのは……。


「キャプテン! すぐに甲板にお出でください」


 タイミング良く、船員が慌てた様子で俺を呼びに来た。

 俺たちはすぐにデッキへと向かう。


 デッキでは深刻そうな顔をしたランファートが待っていて、俺に急を告げた。


「ご覧ください。船の周りに巨大な渦巻きが」


 暗くて分かりにくいが、彼の言葉どおり『サンタ・アリア号』は周りを巨大な渦巻きに囲まれてしまっているようだ。

 そしてランファートによれば、渦巻きは少しずつその輪を狭めて来ているらしい。


「キャプテン。私も伝説でしか聞いたことはありませんが、これはまさか……」


 さすがに彼も動揺を隠せないようだ。

 俺は彼に向かって頷くと、


「リヴァイアサンだ」


 努めて冷静にそう答えた。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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