第十一話 パーティー集結
エルフの森から王都に戻った俺とアグナユディテは、とりあえず宿に入って旅装を解くことにした。
「もう王都に着いたのだから、雇い主のアンヴェルの屋敷に直接行けばいいんじゃないか?」
そんな俺の提案にアグナユディテは難色を示した。
「門でも散々苦労したのに、いきなり知らない人間の家に行くなんて御免だわ。その前に、ここでの拠点を確保したい」
彼女がそう主張したので仕方なく宿へ向かったのだ。
結果的に彼女の方が正しかったことが後で分かるのだが。
確かに王都の門では、エルフの彼女は持ち物などを特に入念に調べられた。
特に不審な物などあるはずもないのだが、それでも衛兵は彼女の入場を拒否したそうな態度を見せた。
「私たちはシュタウリンゲン卿の関係者で、彼女は私とともにシュタウリンゲン家の屋敷を訪ねるのです」
俺が衛兵にそう告げることで、なんとか門を通してもらったのだ。
そんなこともあり、アグナユディテは街の通りでもフードを深くかぶり、長い耳を隠していた。
かなり暖かいので、かえって目立つのではと思ったが仕方がない。
『銀狼亭』の亭主も少し驚いていたようだが、特に何も言わず、部屋を用意してくれた。
それでも部屋の場所が廊下の奥まった位置だったので、他の客が俺たちとなるべく会わないように気を使ったのかもしれない。
俺は宿の亭主に依頼して、王都に帰還したことをアンヴェルのいるシュタウリンゲン家の屋敷に伝えてもらった。
ほどなく俺の部屋の扉がノックされ、亭主が汗を拭きながら入ってきた。
「ご依頼の件、使用人をお屋敷に遣わしたのですが、お客様にすぐにお屋敷までおいでいただきたいとのことです。えらい剣幕だったようで、使用人が驚いておりました」
やっぱりアンヴェルは、俺が屋敷にまっすぐ報告に来ると思っていたのだろうか。
「それは悪いことをしたね。その人には申し訳なかったと伝えておいてくれ」
俺は銅貨を数枚、亭主に渡しながらそう言った。
「いえ。それよりもお早く」
やれやれ、人使いの荒いことだなと思ったが、亭主があまりに急かすので、取るものも取り敢えず、アグナユディテとシュタウリンゲン家の屋敷に向かうことにした。
屋敷では俺たちの到着を待っていたようで、門番にすぐに屋敷の敷地へ通されると、玄関では執事が待ち構えていた。
「これはアマン様。無事のご帰還、何よりでございます。ご主人様がお待ちです。ささ、お早くどうぞ」
今日は急かされてばかりだなと思いながら客間へ案内されると、執事が言ったとおり、そこではすでにアンヴェルが待っていた。
俺はエルフの森に行ってトゥルタークから預かった光のオーブを返し、彼らの長に会ったこと、エルフ族は友好的だったが、魔族の脅威があるため援軍は出せないと言われたことなど、これまでの経緯をかいつまんで説明した。
「そういったわけで、エルフ族からは彼女、アグナユディテが魔王討伐に参加してくれることになりました。私も王都までの道中、行動を共にしましたが、かなりの弓の使い手で優秀な精霊使いです。私たちの力になってくれるはずです」
本当はもっと言いたいことが山ほどあったのだが、報告となるとこんなものだ。
アグナユディテは何も言わないが、なぜか俺とアンヴェルを交互に見ては興味深そうにしている。
だが、腕を組み、不機嫌そうに俺の話を聞いていたアンヴェルは、彼女を一顧だにせず言い放った。
「エルフが森を閉ざしたと、すでに王都でも噂になっているぞ! 君は何をしに彼らに会いに行ったんだ。あげくに軍を出させることもせず、生贄の女ひとりを連れ帰って、エルフ族を魔王との戦いに協力させましたとでも言うつもりか!」
もともと俺はトゥルタークから指示されたオーブの返却と、パーティーメンバーのアグナユディテの勧誘が目的だったから、まったく気にならなかったのだが、アンヴェルはエルフの援軍をそんなに期待していたのだろうか?
戦略シミュレーションゲームでもあるまいし、魔族と人間が正々堂々平野部に集い、会戦で雌雄を決することなど考えづらい。
それにそんな大会戦を挑み、最悪、魔王が降臨して大魔法を叩き込まれでもしたら、レベルの低い人間が集まっただけの軍隊など一瞬で全滅だろう。
これまでゲームでも、王国騎士団をはじめ人間の軍隊が魔族に対して有機的に機能するところなど見た記憶がない。ゲームにもよるが、RPGは基本的にレベルがものを言う世界なのだ。
「いえ。われわれも王都をはじめ多くの町を結界で守っています。エルフ族は数も少なく、彼らの森を守るので精一杯でしょう」
俺はアンヴェルにそう返したが、本当にそうなのだ。人間は結界で守られておいて、エルフには森を守るなとでも言う気なのだろうか?
「もういい。だいたい僕は初めから反対だったんだ。臆病者の彼らが我々に協力などするはずがないからな」
うん。やっぱり怒りに正論は逆効果だな、アンヴェルにはアンガーマネジメントを学んでほしいな。六秒ルールとかと俺は思っていたが、目の前の問題の解決には役に立ちそうにない。
彼の怒りはさらにヒートアップしてきたようだ。
「王に賜った謁見の場で、ミセラーナ様から君はどうしているのかと御下問があったんだ。
仕方がないからエルフ族に援軍を寄こすよう交渉に行っていると、そう答えざるを得なかった僕の身にもなってくれ。
僕の仲間がわざわざ亜人の住む森まで出向いて、たった一人、しかも女を味方に引き入れましたなんて恥ずかしくて言えるものか! すぐに帰ってもらってくれ!」
彼がアグナユディテを追い返せと言い出したので、さすがに俺も慌ててしまう。
「しかし、英雄バルトリヒの率いたパーティーにもエルフの勇士がいたはず。ここは彼の例に倣ってはどうですか?」
アルプナンディアのことを思い起こしながら、俺は彼の先祖であるバルトリヒの名前を出してそう言ってみたが、彼は収まらなかった。
「いや。臆病風に吹かれ責務を放棄するような輩をパーティーに加えたのは、敬愛するわが祖バルトリヒについたほぼ唯一の傷だと僕は残念に思っている。
それにリーダーは僕だ。誰をパーティーメンバーにするかは、リーダーである僕が決める。バルトリヒの末裔が率いるパーティーには、今度は決戦を前に逃げ出す卑怯者はいらないからな」
そうアグナユディテを睨みつけるように見ながら彼が言うと、それまで黙って聞いていたアグナユディテが叫ぶように言った。
「エルフを愚弄すると言うの! 事と次第によっては許さないわ!」
彼女にしてはよく我慢していたと思うが、敬愛するアルプナンディアを揶揄されて、さすがに耐えられなくなったようだ。
アグナユディテの手が腰の細剣に伸びるのを見て、俺は慌てて彼女の前に割って入る。
「では、とりあえず彼女は私の護衛として同行させてもらいます。私は魔法使いだから背中を護ってくれる者がいると安心です。それならば構わないでしょう?」
俺がそう言っても彼は怒りに肩を震わせるようにしていたが、「勝手にしろ!」と吐き捨てるように言い、忌々し気にアグナユディテに一瞥をくれると部屋から出て行った。
「アグナユディテ。すまない。まさかこんなことになっているとは思わなかった。不快な思いをさせてしまった」
俺が頭を下げると、彼女はアンヴェルが出て行った扉に視線を送りながら、意外と冷静な声で言った。
「エルフを目の前にして、あそこまであからさまに言う人は珍しいけれど、人間の町でああいった扱いを受けたって話は何度も聞いているわ。それに私は女だし、さらに甘く見られた訳ね。なんだかアマンと似た雰囲気の人だと思ったけれど、やっぱり私とは相性が悪いみたいね」
結果として俺の認識が甘かったわけだが、ゲームでは種族間対立などなく、みなが仲良くしていたし、現実の異世界では初心者なのだから勘弁してほしい。
「まさかパーティーに入れないと言うとまでは想像していなかった。気に入らなければ森に帰ってもらっても構わないが……」
俺は遠慮がちに言ったつもりだったのだが、それを聞いた彼女の表情は急に厳しいものに変わり、大きな声が飛んできた。
「安全な森に帰れって? 私が女だから? あなたもあの男と同じね。いい。私はアルプナンディア様から彼の最も親しき友の後継者を護るように言われたの。同じことを何度も言わせないで!」
俺に向かって放った言葉に、これは八つ当たりだよなと思ったが、
「いや。王都まで一緒に旅をして、アグナユディテが頼りになることはよく分かったし、俺はアグナユディテのことを信頼しているから、これからも一緒に来てくれると嬉しい。
だけど、あそこまで言われて無理強いはできないなと思っただけだ。まあ、アグナユディテにしてみれば、最初から命令で無理強いされているのだから同じことかもしれないけれど」
俺が慌てて言うと、彼女は、
「もういいわ。アマンって本当に変わっているわね」
そう言って俺に背を向けた。よく分からないが、何とか許してもらえたようだ。
そうして俺とアグナユディテが話していると、エディルナが扉からひょっこりと顔を出し、続けてリューリットとアリアも部屋へ入って来た。
「やあ。アマン。まずは無事に帰ってきてくれて良かったよ。そしてこちらがエルフの娘さんか。きれいな人だな。わたしはエディルナって言うんだ。冒険者で、この中なら戦士って役回りかな? よろしく」
俺と初めて会った時と同じようにアグナユディテに右手を差し出す。彼女もエディルナに悪意がないことが分かったのか、
「はじめまして。私はアグナユディテ。弓使いで精霊使いでもあるわ。こちらこそよろしく」
すぐにその手を握りかえした。
その様子を見ていたリューリットは、
「アマン。彼女はかなりの手練れのようだな。彼女が仲間に加わってくれるとあらば、我らにとって重畳なことだ。私はリューリット。剣士だ」
やはりアグナユディテと握手を交わす。
アリアも同じようにアグナユディテに自己紹介すると、俺と彼女に向き直った。
「アグナユディテさん。そして賢者アマン。できればアンヴェルを許してあげてほしいのです。私が彼に代わって謝罪します。
王から魔王討伐を命ぜられて以来、彼は神経質になっているのです。それに昨日、日頃から仲の良くないシュヴィヴェルデ伯から、エルフ族が森を閉じたことをあげつらわれたそうなのです」
以前と変わらぬアリアの落ち着いた声を、アグナユディテは何も言わずに聞いている。
「もちろんアマンの言うとおり私たちの町も結界に守られていますし、森を閉ざしたことを非難する気はありません。アンヴェルもそれは分かっているはずです。ですから少しだけ時間をいただきたいのです」
アリアはもう一度、頭を下げた。
「私は私たちの長からアマンを護るように言われたの。だから一族の誇りにかけて、その使命を全うするだけ。あの人を許すとか許さないとか、関係ないわ」
アグナユディテはすべて納得したわけではないのだろうが、とりあえず、この話はここで終わりにするようだ。
「アグナユディテがそう言ってくれるなら俺からは何もないな。ところで王から魔王討伐を命ぜられたって、それは本当なのか」
俺は先ほどアリアが言った王から魔王討伐を命ぜられたという言葉が気になっていたので、彼女に確認した。
「ええ。アマン。あなたがエルフの森へ向かってすぐに王宮からの使者がこの屋敷に来たのです。先日、正式に任命の儀式も行われました」
それを聞いて、俺は王都でもう少し待てば良かったかなと思ったが、済んだことはどうしようもない。
そもそもゲームでミセラーナ王女を救うのはアグナユディテが仲間になってからだし、それ以外のメンバーも俺がひとりで集めたりと、もう順番が滅茶苦茶だ。
ここから先はできれば『ドラゴン・クレスタ』のストーリーに沿って進めたいものだ。
「あとは、みんなシュタウリンゲン卿のことを『アンヴェル』と呼ぶようになったんだな。だいぶ鍛錬を積んで、お互いの連携が上手くいくようになったのか?」
俺が聞くと、エディルナが笑顔で答える。
「ああ。さっきはあんなだったけれど、こう言っては失礼かもしれないが、もともと彼は気さくないい奴だと思う。パーティーを組むんだから『アンヴェル』と呼んでくれとすぐに言われたんだ」
「まあ、戦いの場で『シュタウリンゲン卿』なんて呼んでいる暇はないからな」
リューリットが言うと、すかさずアグナユディテが、
「そうね。なら、私のことも『ユディ』と呼んで。森では皆からそう呼ばれていたから」
と告げた。エディルナが嬉しそうに、
「分かった。ユディ。ありがとう。改めてよろしくな」
と言ったとき、俺の口はたぶんパクパクと動いていたと思う。俺には気安く呼ぶなと……。まあ、パーティーの仲間同士、仲良くしてくれるならいいか。
「それで、鍛錬の方は順調に進んだのか? 『はじまりの迷宮』くらいは制覇できたんじゃないか?」
俺が気を取り直して聞くと、三人は顔を見合わせていたが、リューリットがばつが悪そうに返してきた。
「アマン。迷宮の中は真っ暗で、松明は大した時間は持たないし片手がふさがるし。あれでは鍛錬にならん。魔法使いのそなたがいれば違ったのかもしれないがな」
そう言われて、俺はパーティーでライトの魔法が使えるのは俺と、光の精霊を呼び出せるアグナユディテだけだったことに気がついた。
『はじまりの迷宮』を探索するときに、このふたりがパーティーから抜けていることなどなかったのでうっかりしていた。
やっぱり最後にクリアしてから二十年以上経っているし、勘が鈍っているようだ。