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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第三章 冥王ゼヤビス
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第百一話 浜辺の姫様

「マガーヴェ ヴォーシ ヌェラガーミ キネーセ エフェペボーペ トゥファーゴ」


 今日何度目かの、俺の呪文の詠唱の声が浜辺に響く。


「スリープ・マーヴェ!」


 魔法が完成し、薄紫色の靄のようなものがいくつも辺りに飛び、それに包まれた相手が次々と倒れ伏していく。


 俺は最初、ライトニング系の呪文でこの浜辺に住む人々をなぎ払ってしまおうと考えていた。だが、最初に遭遇した相手を打ち倒した俺の魔法を見て、


「アマン。だめよ。これ以上死傷者が出ると、この先の交渉がますます厄介になってしまうわ」


 そう言ってくれたアグナユディテの助言に従ったのだ。


「憎しみの連鎖を起こすようなことは避けるべきだわ」


 アグナユディテはそうも続けてくれたので、俺は考え直すことができたのだ。

 ベルティラの件があって、少し冷静さを欠いていたらしい。


 今さらという気がしないでもないが、アグナユディテの言うとおり、交渉する気があるのなら無駄な犠牲は避けるべきだろう。

 幸いベルティラも命に別状はなかったしな。


 でも、それはアリアがそこにいてくれたからなのだ。もしあの時、彼女が俺たちの仲間にいなかったらと考えるとぞっとする。

 彼女の癒しの力がなくベルティラを喪っていたら、俺は怒りに任せて、闇魔法でこの浜辺を消滅させてしまったかもしれない。


 再度人々が住む浜辺へ足を踏み入れるに当たり、俺はアリアの安全に心を砕いた。

 万が一彼女が倒れ、その後、毒矢にやられたら、一巻の終わりということになってしまう。


 彼女の前をアンヴェルが守り、左右をアグナユディテとリューリットが固める。

 まあ、俺が最後尾であるのはいつものことなのだが。


 浜辺へ突入してからは、俺の魔法防御とアグナユディテの風の精霊による護りを展開して、自分たちの身を守っている。

 特に風の精霊の護りは、吹き矢対策として有効なようだ。

 後は俺の魔法で抵抗を排除するだけだ。



 この浜辺の人たちからしたら、俺たちは恐ろしい侵略者に見えていることだろう。

 最初にこの島を見て、そこにどうやら人が住んでいるらしいことを知ったとき、俺は友好的な関係を築きたいものだと考えた。

 ピサロやコルテスみたいになるつもりはなかったのだ。


(土地の名前だって住民の慣習を尊重するぞ。マッキンリーがデナリになったみたいなことは、したくはないからな)


 なんて思ったりしていたのだが、このままだと俺は彼ら以上の悪名を、この島に残すことになってしまうかも知れない。


 まあ、そうならないためにもアグナユディテの助言に従っているのだが。


 ゲームの世界なのだから、少しぐらい無茶をしてもと思わないでもないが、逆にゲームの世界だからこそ、この島に住む人たちから情報を得る必要があるとも言える。

 せっかく強力な魔法があるのに、ストレスが溜まることこの上ないが。


 突然の俺たちの襲来に抵抗する者もいるが、両手を挙げて降参する者も多い。

 怯える彼らの様子を見ると、俺は何だか酷い悪人になったようで複雑な気分だ。


「まさか伝説の魔王がこの島に。どうかお慈悲を」


「神さま。魔王からお守りください」


 そんな声が、そこかしこから聞こえてくる。


 どうしてそんな発想が湧くのか知らないが、俺は魔王バセリスだと思われている気がする。


(いや。トゥルタークなら、そう思われても仕方ないが、俺は魔王じゃないし、バセリスよりも強いから)


 魔王に間違われて、いつも不愉快そうにしているトゥルタークの気持ちが少しだけ分かった気がする。彼の場合は姿がそのままという理由があるからなのだが。


 降る者は許し、抗う奴らは眠らせて、俺たちは彼らが姫様と呼ぶ人がいた屋敷の前までやって来た。


「姫様。お逃げください!」


 屋敷の中から、そんな声が聞こえる。

 俺たちに一方的にやられたのは、つい先ほどのはずなのに、もうこの屋敷に戻って来ていたようだ。

 俺たちが姿を消したので撃退できたと思ったのかもしれないが。


 どうもその姫様とやらが文字通り将棋の王将のようで、彼女を何とかしないと、この戦いは終わらないのかも知れない。


 遅ればせながら逃げ出そうとしているみたいで、屋敷の裏からバタバタと幾人かの足音が聞こえる。

 俺はそちらに向けてスリープ系の魔法を使おうと、呪文の詠唱を始めた。


「アマン。待って。闇の精霊の力が働いている気配がする。これってたぶん」


 アグナユディテの言葉に、俺はまさかと思いつつ詠唱を中断する。すると、


「ふははははっ! 柔弱なる人間の女よ。私と共に来てもらおうか」


 高らかにそう告げながら、屋敷の向こうに姿を現したのはベルティラだった。


 彼女は姫様と呼ばれていた女性の腕を、左手でしっかりと掴んでいた。


「姫様を放せ!」


 女性とともに屋敷から駆け出したうちの何人かが、それに気付き、女性を奪還しようとベルティラに掛かっていくが、相手になるはずもない。

 ベルティラは軽くそいつらをいなすと、右腕を高く掲げ、一陣の風が吹いたかと思うと、姫様とともに俺たちのすぐ横に立っていた。


「我が主よ。敵の首魁は(とりこ)にしたぞ。我が主を吹き矢から守りもしたし、今回の勲功第一は私だな」


 ベルティラは俺に向かってそう言った後、アグナユディテに挑発的な視線を送る。


 だがその時、ベルティラの手が『姫様』から離れてしまい、 彼女は駆け出すかと思われたのだが、


「あなたがこの人たちの主人なのですね。お願いです。もう乱暴はやめさせてください」


 俺の前に立つと頭を下げ、両手を合わせて姫様はそう言った。




「ところでベルティラはもう身体は大丈夫なのか?」


 俺は先ほどの屋敷の中で、ベルティラと話していた。


「ああ。彼女の癒しの魔法は素晴らしいな。これも我が主のおかげだな」


 ベルティラの答えに俺は、


(いや。確かにアリアの魔法は凄いけれど、それは別に俺のおかげではないから)


 とアリアを見ると、何故か彼女は嬉しそうに頷いている。


 まあ、ベルティラから毒の影響が消え去ったのなら、それで良しとするしかなさそうだ。俺がアリアと議論して勝てるとはとても思えないし。


 あの後、姫様は俺たちとの争いを止めるよう、周りの男たちを説得してくれた。

 男たちの中には「もうおしまいだ」とか、「おいたわしや。姫様」などと絶望に打ちひしがれ、涙を流す者までいたが、いや、俺はそこまで悪鬼ではないから。


 屋敷で再度の話し合いに臨み、彼女がミリナシア姫という名前で、王都クレスタンブルグの王家の血を引く高貴な生まれであることを教えられた。


 重臣らしき男が自分のことのように自慢気に話す様子に、ちょっとイラっとしたのだが、また争うわけにもいかないので我慢した。

 でも、どうして勝利した俺が我慢しなければならないんだろう。


「で、どうして俺があなたたちの敵ということになるんだ?」


 この程度の乱暴な口調は許されるだろうと思って、俺が聞くと、その男は、


「王国大宰相ということは、簒奪者ファーランフェンの末裔であろう」


 そんなことを言い出した。


「さっきも言ったとおり、俺はそのファーランフェンとか言う奴は知らないし、もちろん、そいつの末裔でもない。そいつが誰なのか教えてもらいたいくらいだ」


 俺の言葉に答えたのは、だが、相手の男ではなく、俺の横にいたアリアだった。


「賢者アマン。ファーランフェン二世は、王国大宰相から即位され、王国中興の祖とも呼ばれる国王陛下です」


 彼女は遠慮がちに俺に教えてくれた。


 そう言えば、俺が大宰相に就任するとき、そんな名を聞いた気がしないでもないが、俺はもともとこの世界の人間ではないし、王国の歴史なんてほとんど知らないのだ。


「王位を簒奪したくせに『中興の祖』などと、いい気なものだな」


 男は吐き捨てるようにそう言ったが、俺が本当にそのファーランフェン二世の末裔だったら、もう一度戦闘になると思うぞ。


「簒奪者ファーランフェンは、時の国王陛下に嗣子がないのに付け込み、王太子、そして王国大宰相を僭称し、遂には正統な王位を継ぐべき我らが姫様の祖、ジグサーマルト殿下を追放したのです」


 少し若い家臣らしき男が説明してくれる。

 彼によれば、どうやらそれはもう五百年近く前のことらしい。


「しかも憎むべきファーランフェンの追及は苛烈を極め、ジグサーマルト殿下は彼を慕い、最後まで付き随った誠忠なる家臣たちと、死を覚悟して海へと逃れるしかなかったのです」


 若い男は流れるように、その後ジグサーマルトを襲った運命を語ってくれる。きっと彼自身、耳にたこができるくらい聞かされたのだろう。


「しかし、神は正統な王位継承者を憐れみたもうたのか白いイルカを遣わし、殿下の一行はこの島へとたどり着いたと言われています」


 彼の話を聞いているうちに、俺も何だかジグサーマルトの方が正しいような気がしてくる。

 でも、俺の主君である女王様はきっとファーランフェン二世の子孫なんだよな。

 この話は女王様には聞かせられないなと俺は思った。


 そう言われてみると、ミリナシア姫の容姿は女王様に似ているような気がする。

 髪は少しくすんだ金色だし、瞳は青みがかったグレーではあるが、顔立ちなどには何となくではあるが面影が感じられる。

 いや、おふたりとも「王族補正」によってお美しいだけかもしれないが。


「いずれにせよ王国大宰相とおっしゃるからには、ファーランフェン二世の子孫に仕えておられるのでしょう。私の身はどうなろうと構いませんが、他の者には慈悲をいただきたいのです」


 ミリナシア姫の言葉は本当に潔く、彼女の気高い精神を感じさせる。


(俺が彼女の立場だったら、「私」と「他の者」が逆にならない自信はないな)


 そう思うと情けないが、もともと俺は気高い精神とは無縁の小市民なのだ。

 とにかく今は彼女たちの誤解を解いて、安心してもらうことが先決だ。


「いや。俺は確かに女王様に仕える王国大宰相だが、別にあなたたちをどうこうするよう命令を受けているわけではないし、危害を加えるつもりもない。ただ、俺たちの船に水と食料を補給してもらいたいのと、冥王ゼヤビスに関する情報を求めているだけなんだ」


 散々危害を加えてしまった気もするが、そこはお互い様ということで手打ちにしてほしい。


「水と食料の補給ということであれば、できる限りのことはいたしましょう。ですが、冥王ゼヤビスについては聞いたことはありません。誰か知っている者はいませんか?」


 ミリナシア姫は臣下に問いかけてくれが、皆、心当たりはなさそうだった。

 だが、ひとりの男が、


「ひょっとして、女神セヤヌスの間違いでは」


 そんなことを言い出した。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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