第九十九話 新大陸発見
発見された島はかなりの大きさのようだ。
『サンタ・アリア号』は、見張りの船員が最初に見つけた島の西の小高い山を目印に進み、島に近付いた後は上陸できそうな地点を探し、さらに東へと進んで行く。
そうして島の周囲を進むうち、俺たちはすぐにそのことに気づかされた。
マストの上の見張りから、
「建物らしき物が見えます。人がいるようです」
そう報告があったのだ。
やがて俺たちの目にも、その建物が見えてきた。
掘っ立て小屋と言ってもいい程度の簡素なものではあるが、人が建てた物に間違いはなさそうだ。
(俺たちがこの島の第一発見者というわけではなさそうだな)
俺は少し残念に思ったが、別にそういった名声を求めてここまで来たわけではない。
でも、考えてみればコロンブスの発見だって先住民がいたし、色々と議論もあるようだから、俺が声を大にして「発見した」と言えば、そうなるのかも知れない。
別にそんなことをしようとは思わないが。
船をさらに進めると、どうやら上陸できそうな砂浜が見つかったようだ。
だが、見張りからは、
「砂浜の奥にかなりの数の建物があるようです。向こうもこちらに気がついたようで、砂浜に人が集まり始めています」
との報告があった。
航海士のランファートが舵を操作しながら、
「キャプテン。いかがしますか?」
そう俺の判断を求めてくる。
「上陸していきなり交戦することになったら、目も当てられないな。できればこの近くで上陸できそうな別の場所を探してくれ」
俺の言葉にランファートは「アイアイサー」と答えて、砂浜に向かっていた船の舵を戻していく。
いや、船乗りって男のロマンだよなと俺は改めて思ってしまう。
将来、何隻か船を揃えて「提督っ」なんて呼ばれたら、身悶えしてしまいそうだ。
そんなくだらないことに思いを馳せて、俺はかなりだらしない顔をしていたようだ。
アグナユディテが呆れた顔で、リューリットがジト目でそれぞれ俺を眺めていた。
上陸できそうな地点はすぐに見付かった。
先ほどの砂浜からは直線距離でも徒歩なら数十分は掛かるだろう。海岸沿いを行ったなら一時間程度は掛かるかもしれない。
上陸を見合わせた地点と比べると砂浜はかなり狭いが、そのせいもあってか見たところ建物の姿はみえない。
「よしっ。あの場所へ上陸するぞ」
俺が下した判断に異議を唱えることもなく、ランファートは慎重に船を進め、砂浜へと近づけていく。
座礁のことならそんなに心配しなくても、俺とトゥルタークと二人も魔法使いがいるから、いざとなればレビテーションで離礁することもできる。
だが、船底が傷ついたり、魔力を消費することを考えれば、座礁なんてしない方がいいに決まっている。それにランファートの船乗りとしての矜持だってあるのだろう。
見事な操船で船はかなり砂浜へ近づいた。
ランファートからは、
「キャプテン。この辺りが限界です」
そう報告がなされたので俺が上陸を命じると、すでにこの島が見えた時から抜かりなく準備を整えていたのだろう。すぐに上陸用の小船が下され、俺たちは島へと向かったのだった。
「今回はわしも行くぞ。新しい島の中の探索など、そうそうあることではないからの」
トゥルタークが小船を見ながら言い出したので、俺は上陸できないのかと焦ったが、
「対魔族の結界を張っておくから大型の魔物は防げるであろう。とは言え、誰も船に残らないというわけにはいかぬであろうがな」
トゥルタークがパーティーの皆を見渡すとエディルナが、
「仕方がないね。今回はわたしが残るよ」
と申し出てくれた。だが、続けて彼女は、
「あまり退屈が続くのは御免だから、なるべく早めに交代を願いたいな。あと、アマンにはユディをよろしく頼むよ」
何だか真顔で、そう言ってきた。
いや、アグナユディテは俺の守護者で、俺の方が護られているから、言う方が逆のような気がする。彼女をあまりこき使うなということなら言われるまでもない。
俺もだいぶ学習したから、彼女が不機嫌になるようなことはそうはしないはずだ。いや、やっぱり自信はないが。
上陸地点に船員たちがテキパキと橋頭保となる簡易宿泊施設を建設していく。
資材の運搬など、俺も魔法で多少は手伝ったが、彼らは手慣れたもので、みるみるうちにでき上がった。
俺たちはもともと冒険者だから野営でも別に構わないのだが、数日ここに滞在し、順番に上陸して休むのであれば、雨露をしのぐ程度ではあれ、こういった建物があった方がありがたい。
そうしてちょうど建物ができ上がったころ、海岸沿いにこちらへ向かってくる数人の集団の姿が見えた。
少し離れたところで立ち止まり、こちらの様子を窺っているようだ。
遠目に見たところ服装こそ簡素なようだが、俺たちとそう違いがあるようには見えない。
髭を生やしているから全員が男性のようだ。
このままでは埒があかないので、俺はアグナユディテに頼んで風の精霊の力で俺の声を届けてもらうことにした。
「おーい。俺たちは西の大陸から船でやってきた者だ。敵意はないから話をさせてほしい」
言葉が通じるかも分からないし、驚かせてしまうかもしれないと思ったのだが、すぐに返事が返ってきて、逆に俺たちが驚くことになった。
「お前たちは西の大陸からやって来たと言ったか?」
相変わらずの日本語で話ができたことに安堵しつつ、その問いに俺が「そうだ」と答えると、
「では、お前たちも白いイルカに導かれて、この島にやって来たのか?」
続けてそう問い掛けられた。
白いケートスなら倒したが、白いイルカなど見たこともないので、
「いや。普通に船で東を目指して進んで来ただけだ」
そのように答えたのだが、彼らは、
「嘘をつくな。女神の使いの白いイルカの導きなくして、ここへたどり着けるはずがない」
何故か言下に俺の言葉を否定した。
噓つき呼ばわりされるのは久しぶりで、何だか懐かしい気もするが、良い傾向のはずもない。
「いや。沖に停泊している船も見えるだろう。あれで西からやって来たんだ。できれば水と食料を補給して、この島について話を聞きたいんだが。そういった交渉はできるのか?」
俺は彼らを刺激しないよう、なるべくのんびりとした調子で問い掛けた。
そのかいもあって彼らは俺たちに敵意がないと分かってくれたのか、互いに顔を見合わせて、なにやら相談している様子だ。
すぐに話しはまとまったようで、彼らの中の一人が俺たちに向かって、
「まあ、いずれにせよここへ流れ着いた者たちを私たちは歓迎する。姫様にお会いしていただこう。ただ全員ではさすがに多すぎる。私たちと一緒に、そうだな、三人来てくれないか」
そう伝えてきた。
どうやら、その『姫様』というのがこの島の権力者のようだ。
「じゃあ、俺が行くとしてあとの二人は……」
俺がそう言ってパーティーの皆を見渡すと、全員が俺と一緒に行きたそうだ。
いや、危険がないとは言えないし、交渉相手はそれなりの地位にある者なのだろうから、特に子どもの姿のトゥルタークなんかはどうかと思うのだ。
初めてみる島に、なにやら白いイルカの話とか興味津々なのは分かるのだが。
「私はアマンの守護者だもの。当然ついて行くわ」
アグナユディテはそう言うし、ベルティラは、
「ふん。私が行かねば、危機に陥った時にどうしようもあるまい」
彼女もここに残る気はないようだ。
交渉相手がエルフとダークエルフを連れているのって、先方がどう感じるか不安だ。
それによくよく考えてみれば俺だってその依り代はエンシェント・ドラゴンだから、人間が一人もいないのって如何なものかとは思うが、他に選択肢はなさそうだ。
「姫様のところへ案内するから、腰のその物騒な物は外してくれないか」
俺たち三人は、そんな相手の要請に従って武器を置き、彼らの後について行く。
丸腰は少し不安だが、俺も、アグナユディテも、ベルティラも魔法が使えるから問題はない。
それにベルティラのブレスレットは武器とは見做されなかったようで、外すように求められなかったから、いざとなれば橋頭保とした砂浜まで瞬間移動で戻ることもできる。
俺たちは海岸沿いを、初めに上陸を検討した砂浜のある場所へ向けて歩いて行く。
途中、同行していた者たちに話し掛けてみた。
「冥王ゼヤビスについて知らないか?」
だが、俺の問い掛けに彼らは首を傾げるばかりで、どうやら知ってはいないようだ。
まあ、いきなりそんな核心に触れる話がここで聞けるとは、俺も期待していない。俺が話題を変えて、
「姫様ってどういった方なんだ?」と聞くと、
「姫様は由緒ある家系のこの土地の統治者だ。お前たちのことも歓迎してくださるだろう」
そんな答えが返ってきた。
彼らは海岸を歩きなれているようで、スタスタとかなりの速度で進んで行く。
俺はついて行くのがやっとだったが、そのかいもあって、思ったよりも早く大きな砂浜の広がる海岸に到着した。
想像していた以上にここでは多くの人が暮らしているようで、俺たちは見世物よろしく砂浜に集まった彼らの視線を浴びることになった。
そうして砂浜の奥の林の中へと進んで行くと、船からは見えなかったのだが、思った以上に奥まで建物が並んでいることが分かった。
いずれも簡素ではあるが丸太小屋といった訳でもなく、それなりにきちんとした建物だ。
そうした建物が並んだ先に小さなお屋敷といった感じの建物があり、どうやら俺たちの目的地はそこのようだった。
その建物の前には門番らしき者が二人おり、俺たちを連れてきたうちの一人と軽く会話を交わす。
そして、その男は俺たちに、
「姫様がお会いくださるそうだ。くれぐれも失礼のないようにな」
少し厳しい声でそう言った。
姫様だなんて、この建物にえらく大仰だなとは思ったが、まさかそう言うわけにもいかないので、俺は黙って頷いた。
王都にいらっしゃる女王様のことを思い出したが、アグナユディテが俺を不審な目で見ているような気がしたので、すぐにその考えを打ち消した。
俺は西の離宮から王都への道で、当時は王女様だった女王様と同行した時、アグナユディテが何だか不機嫌だったことを思い出していた。