第九十五話 シードラゴン再び
俺たちはまたサマーニの町を訪れた。
今回は俺たちに船を提供するようにとの女王様の命令書も持っているし、形式上だけでも歓迎してもらえるかなと思ったのだが、どうやらカルロビス公たちは、俺のことを手ぐすねを引いて待っていたようだ。
飛んで火にいる何とやら、政庁で俺たちはいきなり、また査問会さながらの状況に身を置くことになった。
どうやらあの後、またシードラゴンが海峡に姿を現わしたようなのだ。
「何とかするとおっしゃったのに、あれ以来、守護神様は一度も姿を見せられない」
以前、俺たちを案内してくれたエレオナオス家老が、今回はそう言って俺たちを非難してきた。
そう言えば、王都で魔術師ギルドのマスターのペラトルカさんに、サマーニのギルドに口をきいてくれるようお願いし、彼も快諾してくれたのだが、その後、
「いえ。誠意を尽くしてお願いしたのですが、『守護神様がいらっしゃるのに、結界など必要ない』の一点張りでして」
そう報告してくれたのを、俺は思い出した。
ドゥプルナムの時もそうだったけれど、ペラトルカさんって、実は俺並みに諦めるのが早いのかも知れない。
でも確かに、あの白いケートスが海を守ってくれていると信じているのなら、わざわざ結界を張ろうとは思わないだろう。
あの規模の海峡の出入口を結界で覆うとなると、それなりの人数の魔法使いがそれこそ毎日必要になってしまう。
(それは盲点だったな)
俺はそう思ったが、ケートスがいたときだって、シードラゴンは海峡に侵入してきていたのだが。
しかし、数年から十年に一度くらいとエレオナオス家老も言っていたシードラゴンの侵入が、これ程立て続けに起こるとは、運がいいのだか悪いのだか。
いずれにせよ、これでは俺たちに船を提供してもらうどころではなさそうだ。
俺はまた、
「何とかします」
そう言うしかなかった。
それでも前回、逃げ出したりしなかったことで、多少は信用してくれたようだ。
カルロビス公は「今回はシードラゴンの退治もあるので」との俺の言葉を受け入れ、全員でチジャム岬へ向かうことを許してくれた。
前段のシードラゴン退治は簡単に済んだ。
前回の反省を踏まえ、最初からチジャム岬の崖下のくぼみに陣取ってしばらく待つと、シードラゴンが襲い掛かってきたから、そこで戦ったのだ。
トゥルタークが素早く『アイシクル・ストーム』の呪文を唱え、奴の逃げ道を塞ぐ。
そこで、俺が『アイシクル・ランス』の魔法で巨大な氷の槍を作り出し、それで奴を串刺しにした。
俺の魔法で出現した氷の槍は、シードラゴンを貫いただけでなく、トゥルタークの張った海上の氷も真っ二つにして、断末魔の声を上げるシードラゴンはそのまま海中に没していった。
「アスマットの魔法は相変わらず桁違いの威力よな。まあよい。わしは効率も考えて呪文を使ったのだがの」
自分の張った氷を割られ、トゥルタークは少し不機嫌そうに、愚痴とも負け惜しみともつかぬ言葉を俺に向けた。
だが、俺にとって本当に大変なのはここから先の後段なのだ。
「じゃあ、ユディとベルティラ。打ち合わせどおりに頼むぞ」
俺がそう声を掛けるとベルティラは、
「ああ。準備は万端だ」
そう答えるが、アグナユディテは、
「ううっ。また、ダークエルフと手を組んで人を騙すだなんて、アルプナンディア様に何て言おう」
そう言って少し辛そうだ。
事前の作戦会議で、俺が前回同様、ベルティラに幻影の魔法で白いケートスを見せて欲しいとお願いすると。彼女は、
「承知した。私は我が主の望みなら、いつでもどんなことであれ応えるぞ」
すぐにそう言ってくれたのだが、さすがにアグナユディテは反対したのだ。
「アマン。それではまた前回と同じことになるんじゃないの。それに、また町の人を騙すだなんて」
確かに前と同じでは、堂々巡りが待っているだけだ。だから一工夫をするのだという俺に、彼女は呆れたように、
「それってもっと悪質じゃないの。アリアからも言ってあげて」
応援を求めてアリアにそう言ったのだが、
「ユディ。賢者アマンには深いお考えがおありなのです。今はただのまやかしに見えるかもしれませんが、長い時間の先にはきっと正しかったことが分かるはずです」
そう言ってにっこりと笑うアリアに、アグナユディテは、
「アリア。あなた……」
と驚きの声を上げた。
アグナユディテも遅ればせながら、アリアが俺のすることに異を唱えなくなっていることに気がついたようだ。
「もう。分かったわよ!」
頼みの綱に裏切られた気分なのだろう。こうして、俺の良心の最後の砦だったアグナユディテも、俺のいかさまに手を貸すことになったのだった。
俺はどちらかと言えば真面目なアンヴェルが反対するかなと思ったのだが、アリアも賛成しているからか、彼は特に何も言わなかった。
いや、もしかしたらあまりに酷い作戦の内容が、彼の理解の範囲にはないのかもしれない。
(頃はよしだな)
俺たちのシードラゴン退治に気がついて、チジャム岬の突端には多くの人が集まっていた。
まずはベルティラの幻影の魔法で、海の上に白いケートスの姿が現れる。
前回同様、本物と見分けのつかない完璧なでき栄えだ。
続けて俺はアグナユディテの風の精霊の力で、俺の声を岬の上の人たちに届けてもらう。
「我が愛しきサマーニの町の住人たちよ。我はこの町の守護神、白いケートスである」
芝居の才能のない俺は、棒読みにならないよう注意しながら、考えたセリフを口にしていく。
岬の上では騒ぎが起こっているようで、「守護神様だ」とか、「お言葉をくださっているぞ」などという声がその中に混ざっているようだ。
「我はこれまでずっと、この海峡を守ってきた。だが、これより三百年の眠りにつく。その間は自分たちの力でこの海峡を守るのだ」
俺がそう言葉を終えると、ベルティラの作り出した幻影の白いケートスは一度、海面の上で跳ねると海の中へ姿を消した。
途中、冷や汗をかく思いだったが、なんとかセリフを言い終えることができた。まあ、素人のすることだからこれでも上できだろう。
岬の上の騒ぎはますます大きくなっているようで、
「守護神様を祀る祠を建てようじゃないか!」
「毎年、この季節に祭礼をして、三百年先までこのことを子々孫々に伝えよう」
そう言うサマーニの町の人たちの声が聞こえた。
それを聞いて、俺は三百年ではなく三千年にしておけばよかったかなと後悔したが、もう遅かった。
三百年くらいだと、現代の日本でも続いているお祭りってかなりあるから、まずい気がする。
一瞬、建てられた祠を壊してしまえばとも思ったが、余計なことをすると傷口を広げるだけだろう。
やはり、俺なんかの浅知恵で物事を解決しようとしても、墓穴を掘るだけのようだ。
挙句にアグナユディテも悩んでいるし、彼女の中の俺の評価も下がりまくりだろう。
だがアリアは、
「サマーニの方々が白い魔物への誤った信仰から、賢者アマンの大きな心を理解して、正しき神の道へと回心してくれると良いのですが」
そう慈愛に満ちた目で俺を見ている。
その姿にアグナユディテは、また恐ろしいものを見てしまったというように絶句していた。
俺もさすがに(アリア。元に戻ってくれ)と思ったのだが、それは難しそうだ。
守護神様が眠りにつくことを知って、サマーニの町の魔術師ギルドもその『お言葉』に従って、自分たちの力で結界を張って海峡を守ることにするようだ。
ペラトルカさんからも話が伝わっていたから結論が出るのも早かった。
そんな騒ぎの中、カルロビス公は俺たちのために造船所を手配してくれた。
今回は正式な王命であるし、さすがに逆らいはしないようだ。
女王様のご支援のおかげもあって、サマーニの町の造船所には大型船を建造するだけの資材がすぐに揃った。
その資材を使い、俺とトゥルタークの魔法で船を一気に完成させる。
俺もトゥルタークの指導よろしく、最近は魔法を建物などの建築にばかり使っていたから、船の建造だってお手の物だ。
魔法で一気に新造された大型船は、この町で結構な噂になったらしく、船乗りの募集も思った以上に順調に進んだ。
だが、東の海という行き先を聞いて尻込みする者が続出する。
何しろ俺たちが探すのは、いるかどうかも分からない冥王ゼヤビスなのだ。
それでもようやく揃った船乗りたちは、口々に俺に船の名前を問うてきた。
船の名前のことなんて考えていなかったが、どうやら俺が付けるものらしい。
「そうだな……『サンタ・アリア号』なんてどうだろう」
たしかコロンブスが大西洋を横断した時に使った船が、似たような名前だった気がする。
彼は西インド諸島に到達しているし、悪くないネーミングの気がする。
でも、彼はインドへの航路を夢見ていたようだから、目的の冥王ゼヤビス以外のものを見つけるような気もするが。
パーティーの皆に異論はないようだったが、アリアだけは「恐れ多いです」と縮こまっていた。
いや、他の人の名前なら色々と意見も出るだろうが、聖女と呼ばれる彼女の名前なら誰も何も言えないだろう。そのくらいは俺だって考えているのだ。