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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第三章 冥王ゼヤビス
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第九十三話 出発に向けて

「東の海の彼方、未だ知られぬ地」


 トゥルタークは冥王ゼヤビスのいる場所について、そう語った。


 俺はそもそもこの世界の人間ではないから、そういった伝説だとか言い伝えといった情報には(うと)いのだ。


 他の皆は、今は少し冷静さを欠いているようだから、俺は唯一、まともに話しのできそうなアグナユディテを見たが、彼女は俺と視線が合うと首を振って、どうやら知らないようだった。


 いや、考えてみれば冥王なんて、そんな者が存在するなら、俺だって一度くらいは噂くらい聞いていてもよさそうなもんだが、まったくそんな記憶はない。


 もちろん、女神の存在のように、何らかの事情で秘匿(ひとく)されている可能性はあるのだが。


 だが、その言葉は他ならぬ畏敬(いけい)すべきわが師、トゥルタークのものなのだ。


 他の人が言ったというのなら眉唾(まゆつば)だ、俄かには信じ難いということになるのだろう。

 しかし、彼は大賢者であり、カーブガーズやエレブレス山についても知っていた程、博識なのだ。


(本って、子ども向けのおとぎ話じゃないだろうな)


 唯一の懸念はそれだなと思ってしまうのは、トゥルタークの今の姿に引きずられるからなのだろう。

 書斎やダイニングで文字がぎっしりの分厚い本を読む姿を何度も見ているのだが、どうしても違和感を拭いきれないんだよな。



 それにしても、『生命の祠』でパシヤト老から異世界からの召喚を司る『冥王ゼヤビス』の存在について聞き、カーブガーズへ戻ってみると、トゥルタークがそれは東の海の彼方に居ると言う。


 このシナリオに沿ってゲームが進行する感覚は久しぶりだ。

 このところずっと政務に忙しく、俺は経営シミュレーション・ゲームの世界に転生したのだったろうかと思ってしまうほどだったのだ。


 経営シミュレーションも嫌いではないが、俺はやっぱりロールプレイング・ゲームを愛する男なのだ。

 最後はやっぱりラスボスを倒して、スカッと大団円を迎えるのが最高だ。


 ちまちまと作り上げるより、一気に倒す方が好きって、何だか自分がとても暴力的な人間に思えるが、それまでレベル上げや謎解きで苦労するのだから、そのくらいは許されて然るべきだろう。

 やっぱりカタルシスは必要だからな。


 今から考えてみれば、サマーニの町にシードラゴンが現れた辺りから、どうも雲行きが怪しかった。


 サマーニのエレオナオス家老は、魔王が倒されたときも、エンシェント・ドラゴンが倒されたときも、海では何の変化もなく、相変わらず魔物がのさばっていると言っていた。


 あの時は(海の中は、陸地とは違う法則に支配されているのだな)と漠然と思っていたのだが、そもそも『ドラゴン・クレスタ』での移動範囲は陸の上に限られていた。

 唯一の例外はチヤナカラ海峡だが、そこも本来は『天使の羽衣』で空を行くのだ。


 そう考えてみると、自分がロールプレイング・ゲーム『ドラゴン・クレスタ』そのものだと言っていた女神が支配する領域も、陸の上に限られていると考えてもおかしくはないだろう。


 海には別の支配者がいる。そしてそれは恐らく……。



 そこまで考えたところで、「アスマット。どうするのじゃ」という声に気がつき、俺が改めて周りを見回すと、可愛らしい少女が少し涙ぐんだようにさえ見える様子で俺のことを見上げていることに気がついた。


 どうやらトゥルタークは、俺に余計なことを言ったとリューリットやエディルナ、アリアやベルティラから、刺すような視線を浴びせられ、さすがに辛かったようだ。


 三百年も生きている割には、意外にメンタル弱いんだなと思ったが、まあ、四人から非難されるのはきついかもしれない。俺はそれで助かったのだが。


「いや、俺は別に冥王に会って、すぐに異世界に帰ろうと思っている訳じゃない。ただ、異世界の俺も俺であることに違いないのだから、両立する方法がないかと思っているんだ」


 俺はまずリューリットを見てそう答えた。そして、続けてアリアに向き直る。


「アリアは以前、パーヴィーに三百年、王都で暮らして、お世話になった人や、好きだった場所もないのかと聞いていたじゃないか。

 俺だって、その……、それなりの期間を異世界で過ごしたから、そういった人や物が異世界にもあるんだ」


 俺は危うく自分の実年齢を言ってしまいそうになって、思わず少し口ごもってしまった。

 異世界からの転生だの、エンシェント・ドラゴンの眷属だのといったことに比べれば、俺が四十歳オーバーであることなんて些細なことかもしれない。いや、やっぱり重要だな。


「でも、これは俺の個人的な問題だ。別に世界の危機や誰かを救う話じゃない。だから皆について来てくれとは言えないと思っている」


 俺がそう言って皆を見ると、まずリューリットが、


「冥王ゼヤビスか。相手にとって不足はないな」


 そう言って、不敵な笑みを見せる。

 いや、まだ戦うと決まった訳ではないのだが。


「私の疑問には答えてもらっていないからな。まだまだお目付け役が必要だな」


 続けてエディルナがそう言うが、いや、彼女の疑問って、俺は別にこの世界で、そんなに酷いことはなにもしていないから。


「賢者アマン。あなたは神が私のもとへ遣わされた方。あなたに導かれて新たな地へと向かうことも、神が望まれたことなのでしょう」


 アリアはそう言って、アクアマリンのような瞳で俺を見る。だが、その瞳からは以前のすべてを吸い込んでしまうような感じではなく、彼女の大きな慈愛が感じられた。


「冥王ゼヤビスと会うなど、このような貴重な機会を見過ごすわけにはいかぬの。わしも同行させてもらおうかの」


 トゥルタークも彼女たちの追及から逃れてほっとしたのか、それでもまだ少し遠慮がちな様子で、そう言ってくれる。


「どこまでも『我が主』とともに」


 ベルティラは当たり前のようにそう言うが、カルスケイオスの統治は大丈夫なのだろうか。


「どうやら皆で冒険の旅ということになりそうだな。今度は僕も最後まで同行させてくれないかな」


 アンヴェルもそう言ったので、俺は驚いてしまった。


 彼は近衛騎士団での勤めもあるし、何よりティファーナという大事な人がいる。

 彼女を置いて、身の安全が保証されない危険な旅になど、出てもらっていいのだろうか。


 これはいずれにせよ一度、王都へ向かう必要があるなと俺は思った。


 そして、


「アマン。私はあなたの守護者。どこまでもついて行くわ」


 アグナユディテもそう言ってくれる。

 俺が彼女を見て頷くと、彼女も頷き返してくれた。

 彼女のエメラルドグリーンの瞳に……。


「『我が主』よ。まずはどうするのだ? どこへでも跳ぶぞ」


 ベルティラが俺とアグナユディテの間に割って入り、そう聞いて来た。


 何故かエディルナの腕が彼女に伸びていたが、上手く逃れたようだ。

 彼女の腕を掻いくぐるなんて、ベルティラのレベルも上がったものだな。




 こうして俺たちは全員で冥王を探して、東の海に向かうことになった。


 いや、ちょっと待て。最終的にはそうなるにせよ、そんなに簡単に決められる筈がない。

 アンヴェルには近衛騎士団の勤務があるし、ティファーナが許してくれるか分からないと思ったが、それ以前に俺にだって、カーブガーズの統治と王国大宰相としての執務があるのだ。


 いや、自慢じゃないが、普通に考えて俺の方が重責だろう。余人をもって代え難しっていうやつだ。


 俺たちは王都へ跳んで、まずは宰相府の面々と談判することにした。

 いや、面々と言ったって、結局はあの三人のことなのだが。



 最大の関門だと思っていたティファーナは、


「私の愛する旦那様は英雄バルトリヒの末裔。リーダーとして皆を率いるのは旦那様の使命ですから。

 それに私、旦那様の邪魔になりたくはありませんもの。寂しいですけれど、王都にて凱旋をお待ちしておりますわ」


 そう言って、あっさりとアンヴェルの同行を認めてくれた。


 彼にひっついて離れず、あげくに宰相府の仕事を投げ出そうとしてみたり、今回は急に賢夫人のようなことを言い出したりと、俺には未だに彼女の本質が把握しきれない。


 エルクサンブルクで初めて会ったときから、何度も衝撃を受けている。

 実は彼女が一番、底の見えない大物なのかも知れない。


 あと、今回のリーダーは俺なのだがとも俺は思ったが、まあ、彼女の中ではそういうことになっているのだろう。

 別にそれで彼女が納得してくれるのなら、わざわざ問題にする必要もない。


「宰相府の政務はティファーナ様がいらして下さるでしょうから、恐らく問題はなかろうと思われます。特に重要なご判断は、女王様に直接お願いすることに致します。

 ですが、カーブガーズの方はどういたしましょう? もちろん、私どもにお任せいただいてもよろしいのですが」


 イベリアノが相変わらず、涼やかな声でそう言ってくれる。


 まあ、アンヴェルが俺たちと旅に出たならば、ティファーナは以前の様に宰相府で王国の政務に邁進するであろうから、俺が下手に口を出すより余程効率的に物事が運ぶかも知れない。

 カーブガーズの統治だって、この三人に任せることに俺に異論などあろうはずもない。


 俺がそうして欲しいと頼むと、ハルトカール公子は、


「大公閣下は相変わらずですな。領地を持つ貴族は王国の介入を最も嫌うものなのに、恬淡(てんたん)とされたものだ」


 そう感心したのか、呆れたのかよく分からない様子を見せる。


 そもそも俺が貴族になったのは、ドラゴン・ロードとの盟約を復活させるためだったのだ。

 だから、なんちゃって貴族でよかったはずなのに、俺の諦めのいい性格が災いして、いつの間にかこんなことになってしまっているのだ。


 まあ、カーブガーズについては少し思い入れもあるから、


「すべて任せるが、俺の領地では亜人や魔族が差別されないように、それだけはお願いしたいな」


 そう言い添えると、イベリアノが、


「閣下のお考え、承知しております。ご安心ください」


 そう言ってくれた。

 この世界で、彼の「ご安心ください」ほど、俺を安心させるものも少ないだろう。


 これで俺は何の後顧の憂いもなく、冥王を求めて、未だ知られぬ地へと東の海へ向かうことができた……はずだった。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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