第九十二話 転移の管理者
俺が異世界から来たことを告げても、パシヤト老は驚かなかった。
「初めて見たときから分かっていたからの。ほっほっほっ。ロードも酔狂なことをするものじゃとは思ったが」
この人もアルプナンディアと同様、相手の真の姿を見ることができるようだ。
逆にベルティラは驚きを隠せないようだった。
「『我が主』はただの人間ではないとは思っていたが、やはりそうだったか。魔王様を打ち破るなど、異世界の人間とは恐ろしい力を持っているのだな」
彼女はそう身震いするような様子を見せていたが、それは異世界の人間を買いかぶり過ぎだと思うぞ。
俺の元いた現代日本では魔法も使えないし、レベルも存在しないからな。
でも、ヨーロッパ中世の状態に止まっているこの世界の人たちからしたら、現代日本の科学技術は魔法以上の力に見えるかもしれない。
それも俺が魔王バセリスを倒せたこととは、まったく関係ないのだが。
パシヤト老はきっと分かっているのだろうと思うのだが、ベルティラの言葉を否定しない。
まあ、それは俺の役目だと思っているのかもしれないが、それ以外の事情も含め、少なくともパーティーメンバーには説明しておくべきだなと俺は思った。
今回、『生命の祠』を訪ねる人数を絞ったのも、俺の元いた世界のことは、しょせんは俺個人の問題だと考えたからだ。
(でも、エディルナも、もう隠し事はないだろうなと言っていたからな)
いみじくもアンヴェルが言っていたように、パーティーメンバーにはお互いの信頼が最も大切なのだ。
もっとも、あの当時のアンヴェルは、そう言ってアグナユディテをパーティーに入れなかったのだが。
何でも明け透けにすればいいという訳ではないだろうが、重要なことを隠している奴なんて、信用しろと言われても難しいだろう。
それが重要なことであればある程、それに絡んでパーティーを離脱したり、最悪、裏切ったりしなければならなくなる可能性だってあるからだ。
そんなことを考えている俺に向かって、パシヤト老は珍しく申し訳なさそうな態度を見せた。
「偉そうに言っておいて何なのだが、異世界からの召喚については、わしも詳しくは知らぬのじゃ。ロードなら何か知っておったかもしれぬがな。
ただ、どうやら転生だの異世界だのとの繋がりは、冥王ゼヤビスが司っているようじゃがな」
(いや。パシヤトさん。それって凄い情報だと思うんですけれど)
何だか面目ないというように頭を掻くパシヤト老だったが、やっぱりここに来たのは正解だったなと俺は思った。
『冥王ゼヤビス』
その名前を聞いて、先ほどのベルティラに続き、今度は俺が身震いする番だった。
これはどう考えてもまずい名前だろう。
そんな名前を聞いて、俺には嫌な予感しかしない。
これは、カンストしたはずなのに身体に力が湧いてくるような感覚があって、レベル上限解放の可能性を考えた、あの時と同じ予感だ。
何らかの大きな力が働いて、俺を新しい場所へと連れて行こうとしている、そんな気がする。
いや、俺はカーブガーズで、そして王都で忙しい日々を送っていて、そんな場所へ行く暇なんてないのだが。
貴重な情報を得た俺はパシヤト老にお礼を言うと、『生命の祠』を後にすることにした。
別れ際にパシヤト老は、
「次に来るときは事前に連絡を寄越すのじゃぞ。わしと話したいと思って声に出せば、どこからでも通じるからの」
そう言ってくれた。
どうやら彼もエンシェント・ドラゴンの眷属であるらしかった。
ベルティラに頼んでカルスケイオスの俺の屋敷へと跳ぶ前に、『生命の祠』を振り返ったところ、金色に輝く壁のようなものの姿が見えた。
さっきは使い方を忘れたようなことを言っていたが、『生命の人形』の時とは違って、自力で使用方法を思い出したようだ。
これで、間違っても人間が祠に入ることはできないだろうから、おそらく安心だろう。
(いや。人間の側からしたら、この結界は危険極まりない代物だし。捕らわれてしまう人の出ないように、早急にエルフの森みたいに『この先、キケン!』とか、注意を促す看板を立てないといけないな)
俺はやっぱり、そう考え直したのだった。
屋敷へ戻った俺はパーティーの皆に集まってもらった。
屋敷の彼女の部屋にいたリューリットはともかくとして、エディルナも、教会の運営で忙しいはずのアリアも、何も言わずにやって来てくれた。
ただひとり、トゥルタークだけは「わしも忙しいのじゃが」とか言っていたが、彼は俺の師だし、その先生を呼びつけているのだから、まあ、そのくらいは可愛いものだ。
実際見た目も可愛らしいので、あまり嫌な感情も沸いてこない。
パーティーの皆が揃ったところで、俺は彼らを前にして、
「まだ、きちんと伝えていなかった人もいるから、この機会に知っておいてもらいたいんだが、実は俺は異世界からトゥルタークに召喚された人間なんだ」
そう皆に向かって言いながら、俺はこれってかなりヤバい発言だよなと、そう思っていた。
現代日本でこんな発言をしたら、危ない人認定されるか、そこまでではなくても、
「はいはい。中二病もいいかげんにしておこうね」
などと憐れみの目で見られるくらいが関の山だろう。
こういう発言は夜中にこっそり、自分ひとりだけでするものだ。
いや、それもやっぱりヤバい人か。
でも、それなら誰にも迷惑は掛からないからな。
だが、それは考えすぎだったようで、初めから知っていたトゥルタークはともかく、エディルナもリューリットも、アリアでさえ、すんなりとそのことに納得をしてくれたようで、俺が期待していた「そんな。あり得ない!」とか「お前、大丈夫か?」とかいうような発言は誰からも出なかった。
いや、別に期待していた訳ではないし、そう言われても困ってしまうのだが。
唯一、アンヴェルが、
「へー。アマンは異世界の人間か。まあ、普通の人間ではないとは思ってはいたが」
と言い出したのには、俺の方が驚かされた。
(いや。さっき『生命の祠』で、俺がパシヤトさんにそう言ったのを聞いていたじゃないか)
俺はそう思ったのだが、『生命の祠』でパシヤト老がパーヴィーに話し掛けたことで、アンヴェルは気を失ったような状態になっていたから、そのせいかも知れない。
人格が入れ替わっていたのだし、その相手もエンシェント・ドラゴンなのだから、副作用の影響が長引いたとしても不思議ではない。
やっぱりパーヴィーに呼び掛けるのは、相当な注意が必要なようだ。
アグナユディテには、これまで散々噓つき呼ばわりされて来たし、アリアにも偽りの言葉を説教されている。
それに、ボムドーでは皆から窃盗犯扱いされたこともあるから、俺って信頼度が低いのかもと心配していたのだが、そうでもなかったようだ。
まあ、パーティーを結成してすぐの頃なら、こんな発言は誰も信じてくれなかっただろうが、今や俺たちは厚い信頼で結ばれた仲間だからな。たぶん。
トゥルタークは、
「何かと思えば今さらそんなことか。まあよい。まだ知らぬ者もおるであろうからの。悪いことではないか。
確かにアスマットはわしが異世界からこのオーラエンティアに召喚した者じゃ。まあ、異世界の者を召喚しようとした訳ではなかったのじゃがな」
そう俺の言葉を補強してくれる。
大賢者である彼の保証があれば、より俺の言葉の信頼度も増すというものだ。
そうして俺が異世界から召喚されたと納得してもらった上で、それを前提として『生命の祠』のパシヤト老の言葉を皆に伝えた。
「そういう訳で、俺の異世界から召喚は冥王ゼヤビスが司っているようなんだ」
俺がそう言うと、異世界から召喚されたことについては何の疑問も意見も差し挟まなかったリューリットが、
「待て、アマン。そなた、もしやそのゼヤビスとやらに会って、異世界へ帰るというのではあるまいな?」
語気鋭い感じでそう聞いてきた。
エディルナも続けて、
「アマン。ここまでしておいて、それはないんじゃないか?」
そう言って、明らかにこれまでに見たこともないほど不服そうな様子だ。
いや、確かに俺は色々とやらかしてはいるけれど、そこまで収拾のつかない不可逆的な事態を創り出したとは思っていないのだが。
「賢者アマン。あなたは私たちをお見捨てになるのですか?」
アリアまでが最近には珍しく、何だか非難するようにそう俺に詰め寄ってきた。
いや、見捨てるも何も、俺は別にこの世界の人たちを見守る存在なんかではないし。
ベルティラも、
「そうか。そこに思い至らなかったとは、私は何と愚かなのだ。だが、『我が主』がそれを望まれるのなら……。いや、しかし」
などと、何だか焦っているようだ。
何だか異世界からの召喚を司る者について俺が発言してから、急に皆の間に不穏な空気が流れているような気がする。
俺は結論めいたことさえ、まったく言っていないのだが、どうしてこんなことになってしまっているのだろう。
さすがにその雰囲気を感じ取ったのか、少し言いにくそうな感じではあったが、トゥルタークが俺に教えてくれた。
「冥王ゼヤビスは東の海の彼方、未だ知られぬ地にいると、昔、本で読んだことがあるぞ」
いつもなら、さすがは大賢者と褒めそやされる知識の披露なのだが、トゥルタークのその言葉にリューリットやエディルナ、アリアは、今度はトゥルタークを非難するように気色ばんだ様子を見せた。
取りあえず俺だけが非難の矢面に立たされるという非常事態は、回避されたようだ。




