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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第一部 第一章 魔王バセリス
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第十話 アグナユディテ

「どうして、あなたまで来ているのかしら?」


 ユディと呼ばれたエルフに近づくと、俺に気がついた彼女は開口一番そう言った。


「いや。乗り掛かった舟だし、光のオーブには振り回されっぱなしだからね」


 正直、謝罪の言葉くらい聞けるかなと思っていたのだが、俺が泥棒呼ばわりされたことは、彼女の中ではもう終わったことのようだ。


「光のオーブはグリューネヴァルトの至宝だから、私たちだけで取り返したいのに。アルプナンディア様のお言葉がなければ力尽くでも排除するところだわ。足手まといにはならないでね。まあ、魔法使いなら少しは役に立つかもしれないけれど」


 アルプナンディアが俺の参加を認めたことが気にいらないようで、俺に聞かせるとはなしに、何やらぶつぶつ言っている。


 それよりも俺は確かめたいことがあった。


「君はもしかしてアグナユディテなのかい?」


「そうよ。私の名前、誰に聞いたの?」


「いや。さっきユディって」


「それだけのことで? さっきも嘘をつくならもっと上手についたらって言ったわよね。それにユディなんて気安く呼ばないでくれる」


(いや、さっきも嘘はついてないし)

 俺はそう思ったが、その言葉は呑み込んだ。



 アグナユディテは、アマン同様『ドラゴン・クレスタ』で魔王討伐に向かうパーティーメンバーだ。

 当時のパッケージに描かれた姿やゲームの中での彼女は、主に精霊魔法を使う華奢でお淑やかなお姫様っぽいキャラクターだった気がする。


 少なくとも人を嘘つき呼ばわりするような、はねっかえりではなかったと思う。


(俺はこの後、こいつと魔王討伐の旅に出るの? 俺の胃腸、ストレスに耐えられるかな?)


 ゲームでならプレイヤーズキャラクターとはいえ、そこまで詳細な設定がなされていた訳でもないし、ある意味PCには理想の姿を投影してストーリーが進むから、気がつかずに済んだのかもしれない。


 異世界の現実の解像度が恨めしい。


(いや。諦めるのはまだ早い。同名の別のエルフかもしれないからな)


 俺はかすかな望みを抱きつつ、炎の洞窟へ向かうのだった。



 炎の洞窟の魔族退治と光のオーブの奪還は簡単に済み、祝いの宴で俺はちょっとした賓客扱いだった。


 捜索隊のエルフが精鋭揃いだったこともあるが、洞窟を熟知している俺が強制エンカウントや罠の在りかを教えたことも大きかったからだ。


 あまりに洞窟の中の状況に詳しかったので「こいつ、やっぱり魔族の仲間なのでは」と疑う者もいたようだが、アルプナンディアが、大賢者トゥルタークが見込んだ俺には不思議な力があると、とりなしてくれた。


「『森の民の最も親しき友人』トゥルタークが亡くなったのは残念です。これで三百年前、ともに魔王を封印した仲間で生き残っているのは、とうとう私だけになってしまった。だが、トゥルタークの後継者がわれらを訪ねてきてくれた。それだけでも喜ぶべきことなのに、あなたはわれわれの至宝を取り戻してくれた」


 宴が始まったとき、彼はそう言って俺を皆に紹介してくれた。

 また、それだけでなく、宴で彼の隣という最高の席を用意して敬意を表してもくれた。


「われらの友の後継者が魔王討伐に乗り出すのであれば、われらも助力は惜しみません。とは言え、神出鬼没の魔族から、わが一族の者の安全を確保することも必要です。軍を出すことはできませんが、このグリューネヴァルトで無二の勇士を、あなたの護りに遣わしましょう。かならずや役に立ってくれるでしょう」


 彼はそう言って協力を申し出てくれた。



「えっ。君が魔王討伐のパーティーに参加するのか?」


 宴の翌朝、王都に向けて発とうとする俺の同行者として「アグナユディテ」とその名を紹介されたのは、やっぱり俺が光のオーブを盗んだと疑い散々嘘つき呼ばわりした、あのエルフだった。


「驚きましたか? だが人間とは違いエルフは女性だからという理由でその能力を見誤ったりはしません。彼女は若いとはいえグリューネヴァルトでも指折りのアーチャーであり、精霊魔法の使い手です」


「いえ。女性だからというわけではありません。その、彼女とはここを訪れたときから色々とありまして……」


 俺も人間なんだけどなと思いつつ遠慮がちにそう述べると、アルプナンディアは、


「その件については報告を受けています。彼女があなたからオーブを受け取り、ここまで案内したのでしたね。あなたは運が良かったですね」


 嘘ではないが俺にとって重要な点がすべて省かれた報告に、啞然とするしかなかった。


 アルプナンディアもオーブの件で俺が疑われていたのを知らないわけでもないだろうに、エルフってこういう種族だったろうかと思う俺に、アグナユディテが追い打ちをかけてきた。


「最近は魔族も出没して物騒なのに。私たちの森の側であんな怪しい動きをしていたら、矢を射かけられても文句は言えないわ。これからは気をつけることね」


(うわっ。開き直った。ぜんぜん反省してないし)


「三百年前。われらエルフは種族の違いを乗り越え、魔王の封印に協力しました。だからこそ、光のオーブのひとつを『最も親しき友』に託し、森を開いたのです。ですが、その友も亡くなり、森には再び魔族が姿を見せている」


 アルプナンディアの表情は深刻そうだった。


「それに残念ですが、この三百年、亜人への差別はひどくなる一方でした。わたしは先に魔王を封印したとき、玉座の間での最後の戦いに間に合わなかった。『親しき友』は背後から襲い来る魔族を、玉座の間へ続く通路で食い止め続けた私の働きを認めてくれましたが、決戦から逃げたと(さげす)む者もいました。

 光のオーブが今、この地に三つ揃ったのも運命でしょう。わが民を守るため私はしばしこの森を閉じます。願わくは新たな友誼がわれらと人との間に結ばれ、再び森を開く時が訪れんことを」


 なにかアルプナンディアが勝手にまとめてくれたようだが、俺はアグナユディテと友誼を結ぶことの困難さを思うと、めまいがするような気がした。




 グリューネヴァルトを出た俺とアグナユディテは、王都に向かって街道を急ぐ。


 だが、街道の左右の林から豚のような姿のモンスターが現われ、俺たちの行く手を阻んできた。これでもう今日だけで三回目のランダムエンカウントだ。


 ゲームの始まる王都周辺には、ほぼ最弱のモンスターしか出現しないが、俺たちのレベルも低いはずなので油断は禁物だ。


「グリューネヴァルトに行くときは、街道に魔物なんて出なかったのにな」


 俺が呟くとアグナユディテは、


「私がいるからかもしれない。オークはエルフの敵。私たちはずっと昔から奴らと戦っているけれど、奴らは一向にいなくならない」


 そう言って背中から弓矢を取り出す。


 だが、俺はすでに呪文の詠唱を終えていた。


「ライトニング・マーヴェ!」


 俺の足下に輝く魔法陣が出現し、青白い光が俺を包む。

 そして掲げた杖の先からいくつもの光の矢が飛び出し、次々とオークどもを打ち倒していく。


「やるわね」


 そう言いながらアグナユディテは、振り向きざま矢を放った。


 俺が矢の飛んで行った先を振り返ると、その矢は投石器(スリング)を回していたオークに吸い込まれるように当たり、そいつはバタリと倒れる。


「君もやるな」


「エルフは後ろにも目が付いているなんて人間は言うらしいけど。そっちが鈍感すぎるのよ。あんな音を立ててスリングを回していたら誰だって気がつくわ」


 少なくとも今のは俺は気づいていなかったなと思ったが、とりあえず助けてもらったし、口を(つぐ)んでおいた。



 俺とアグナユディテは火を起こし、野営の準備をしていた。


 俺は街道沿いの町で宿を取ろうと言ったのだが、グリューネヴァルトの近くで万が一にも要らぬトラブルを起こしたくないと彼女が言うので、野営をすることになったのだ。


 炎の向こう側でアグナユディテが退屈そうにしているように見えたので、俺は声を掛けた。


「アグナユディテ。少し話さないか?」


 すると彼女は俺を睨んで、


「今、精霊たちと会話していたのに、あなたが口を挟むから台無しだわ」


 険しい顔を見せる。


「いや。すまなかった。じゃあ、俺は静かにしているから続けてくれ」


「もういいわ。精霊たちは繊細なの。あなたと違ってね」


 そう言って、今度は彼女から話しかけてきた。



「アルプナンディア様もおっしゃっていたけれど、あなた本当に変わっているのね。魔法使いってみんなそうなのかしら?」


「俺は変わっているのか? 自分では分からないが」


 なるべく周りから浮かないようにしているつもりなのだが、俺は異世界人で現代人だから、どうしても差異が出てしまうのかもしれない。

 日本人だしサラリーマンだから周囲の同調圧力の空気を読むのは得意だと思っていたのだが。


「変わっているわよ。最初に会ったときからそう。人間が森でエルフに出会ったら、普通は怯えて逃げ出すか、激高して襲い掛かってくるかどちらかね」


 いや、それはエルフ側の対応、特に彼女にも問題があるんじゃないかと思うが。


「まあ、俺はグリューネヴァルトにオーブを返すという目的があったからな。でも、ほかの人たちだって、そんなことはないんじゃないのか」


 俺がそう言っても彼女は澄ました顔だ。


「いいえ。そうよ。人間なんて森を荒らすことしかしないし。森から奪うことしかしないオークやゴブリンよりは多少ましってくらいかしら。まあ、人間も私たちのことを動物や、果ては魔族に近いと言っているみたいだから、お互い様だけれどね」


 まあ、俺の元いた現代社会だって人間同士でさえ差別や争いがあったから、まして異種族となれば文化や考え方も違うし、ある程度は軋轢があっても仕方がないのかもしれない。


「そうか。俺はエルフが好きだし、できれば仲良くしたいと思っているんだがな」


 エルフはだいたいのRPGで人気の種族だし、実際に異世界で見てみると本当にみんな美しい。

「見た目で人を判断してはいけません」というのは、もちろん理屈では分かるのだが、俺はそんなご大層な人格者ではないし、どうしても見た目に引きずられてしまう部分があることは否めない。


「そこよ。こんなに私が悪口雑言(あっこうぞうごん)をぶつけているのに、そうやって怒るでもなく好きだとか、仲良くしたいとか」


 悪口雑言という自覚はあったんだと俺は思ったが、あまり悪いとは思っていなさそうだ。


「アルプナンディア様が私を紹介したときも、エルフは人間とは違って能力で判断すると言ったのに、あなた、何の反応もしなかった。

 普通、多少は怒りの表情や不愉快な感情が表に出ると思うのだけれど。アルプナンディア様が人間の前でそうおっしゃったことに驚いたけれど、あなたは人間だということを忘れさせるものがあるのかしら。それにそんなに若いのに、なんだか老成しているみたいなのよね」


(確かに中身はおっさんだけど。老成してるって言われるのはさすがに傷つくな)


 そう俺は思ったが、やっぱり俺の年齢が感受性を摩耗させているのだろうか。

 まあ、もう少しするとキレる老人になるのかもしれないが。


「そういうアグナユディテの方が俺なんかよりずっと長く生きているんだろ? エルフは長命だと聞くけど」


「レディの年齢を詮索するなんて本当にデリカシーのない人ね。でも、これでもあなたよりきっと二十年は長く生きているわね。年上には敬意を払いなさい」


(いや。年下だろう? もしかしてタメ? 少なくとも年上ではないな)


 俺はそう思って頬を引きつらせた。


「今日はアグナユディテといろいろと話しができて良かったよ。ありがとう」


 俺がそう言うと、彼女は少し真顔になり、


「まあ、護衛する相手のことは知っておいた方がいいものね。アルプナンディア様の命令だし、お礼を言われるようなことではないわ」


 そう言って、また、気がついたように、


「あと、勝手に人を呼び捨てにするのもどうかと思うけど。まあいいわ。堅苦しくないし。私もあなたのことはこれからアマンと呼ばせてもらうわ」


 などと言ってきた。


 本当はゲームの中のように「ユディ」と呼ばせてもらいたいくらいなのだが、気安く呼ぶなと言われてしまったし。

 だが、お互いに名前で呼び合うくらいは許してくれるようだ。


「私は先に休ませてもらうわ。なるべく夜更かしはしないようにしているの。見張りを交代してほしくなったら声を掛けて。私はすぐに起きるから」


 この世界でトゥルタークと暮らすようになってから規則正しい生活になったが、もともとゲーマーの俺は夜更かしは苦にならない。

 声を掛ければすぐに起きると言っているし、住み慣れた森から出たばかりの彼女を今夜はなるべく長く眠らせてあげるべきだなと俺は思った。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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