船上にて
甲板に上がると出港して間もないからか、まだまだ船員さんが忙しく働いていた。
「う~ん、お邪魔かな?」
「でも、他にも人がいるみたいだしいいんじゃない?」
「そうだよね。折角だし色々見て回ろっと」
甲板は流石に船でも高い位置にあるだけあって、強めの風が吹いていた。
「う~ん、これは帽子も飛んじゃうよね。結局、気に入ったのがなかったから買わなかったけど、船のへりには行ってみようかな?」
「おい!お嬢ちゃん。そんなところに立ったら危ないぜ」
「船員さん、大丈夫ですよ!ちょっとだけですし、いざとなったら魔法も使えますから!」
「へぇ、そんななりで魔法使いとはな。隣の坊やは護衛か?」
「いえ、一緒のパーティーなんです」
「パーティー?ひょっとしてお嬢ちゃん冒険者か?」
「そうですけど、変ですか?」
「変というか、そんな恰好で甲板に出て来る冒険者何て初めて見たぜ!そんな恰好じゃどう見ても商家のお嬢さんだよ」
「そうですか?別に派手な格好をしているつもりはないんですが…」
「ははっ、派手とかじゃねえや。話し方も丁寧だし、それに生地もいいもんだろ?そういうのは結構目につくからな。俺たちは力仕事だけって思われてるが、港で検閲なんかがあれば実際に商品を目にすることもあるし、そういうのはよくわかるんだぜ」
「へ~、そんなこともあるんですね。勉強になります」
「ん?なんだお前、嫁をもらったばかりだろ。もう、手を出してるのか?」
「馬鹿言え、こっちのお嬢さんを案内してたんだよ」
「なんだそうだったのか。てっきり、サボりついでに口説いてるのかと思ってたぞ」
「そもそもそっちの護衛の坊やが目を光らせてるから、無理だっての!」
「ああ、まあ当然だわな。そんじゃ早く船室の方へ行くぞ!貨物室の確認をしないといけないからな」
「分かってるよ。そんじゃな、お嬢さん」
「はい、頑張ってくださいね!」
貨物室に向かう船員さんを見送ると、いよいよこの広大な海を見て回る。
「うわぁ~、やっぱり海だけあってひろ~い!」
「そうだね、広いよね」
ピィ
「だって海だよ海!砂浜がないのは残念だけど、久しぶりに見たなぁ~。こっちは岸壁ばっかりだし、明日寄る街は砂浜あるのかな~」
「あったとしても寄れないでしょ?」
「ええ~、でも、今日も朝から並んだけど結構出発まで時間あったよ?」
「ここが出発地だからだよ。隣国とか南からの物を積むのに時間がかかったけど、間の都市はほとんどなくて人員の乗船ぐらいだって話したでしょ?」
「え~と、そうだったっけ?」
「しっかりしてよ」
「大丈夫。私がダメでもリュートがいるから!」
「アスカ…」
「もちろん一番頼りになるのはジャネットさんだけどね!」
「はあ、分かったよ。とりあえずそういうことだから、明日は砂浜があってもダメだよ」
「このフライブーツを使ったら行けそうじゃない?」
「ダメです」
「ちぇ~、まあいいや。バーバルか向こうの大陸に着いたら絶対行くからね。アルナやキシャルにも見せてあげたいし」
ピィ~
「アルナはともかく、キシャルはみたがらないと思うよ。砂が体について嫌がると思う」
「そんなの行ってみないと分からないよ」
「ちゃんと本人の意思を尊重するんだよ?」
「分かってます。ん~、それにしても潮風が気持ちいいね」
「そ、そうだね」
「どうかした?顔が赤いけど」
「何でもないよ!それより、あんまりここにいても危険だよ」
「大丈夫だって、海の上なんだし」
「アスカ、よっぽど船に乗るの楽しみにしてたんだね。確かに船上に魔物はいないけど、海には海魔がいるんだよ?そんなに海の近くにいたら危ないって」
「えっ!?あ、そうか。そういえばそんな話も聞いたような…」
「だからできるだけちゃんとした装備で甲板に上がるようにって、ジャネットさんも言ってたでしょ?」
「そうだった、そうだった。あれ?でも、甲板に行くのにジャネットさん、何も言わなかったよ?」
「そりゃ、あれだけ楽しみにしてたら言えないよ。代わりに僕がいるでしょ?」
「じゃあ、よろしくお願いします。心強い護衛さん」
「はっ!姫様。何てね」
「リュートが護衛かぁ。変なの」
「変ってなんで?」
「そんな感じしないもん。ずっと一緒に居るわけだし、護衛ってなんか他人って感じするし」
「それはよかった」
「だよね~。他人って感じじゃないもんね」
「…そうだね。それよりほら、本当に海魔が出て来ても危ないからこっちに来て」
「は~い」
しばらく、リュートと一緒に海を見ていたけど潮風も結構強かったので部屋に戻ることにした。
「おっ!もう戻ってきたのかい?もっとゆっくりするかと思ってたけど」
「船員さんも忙しく動いてたので戻ってきました。邪魔になってもいけないですし」
「そんなこと気にしなくていいよ。あっちは仕事、こっちは客だよ。それに、普段乗らないんだから気の済むまで見てくればいいのに」
にゃにゃ~
「キシャルもそう思うの?」
「ジャネットのひざがあればいいって」
「えっ!?そ、そうなの?気に入ったんだね」
「そんで、何かいい発見でもあったかい?」
「ん~、発見はありましたよ。2等船室が狭かったです。宿の部屋より狭いし、2人部屋でした」
「ああ、お嬢様には辛いかねぇ。それぐらいが普通だよ。大体、こっちがおかしいのさ。一等船室ってのは貴族とか大商人が使うもんで、平民向けじゃないんだよ」
「すごいのは解りました。後、甲板からの景色が良かったです。砂浜がないのは残念でしたけど」
「まあ、アルバやレディト方面は基本崖だからねぇ。一部は上陸できそうだけど、そこら辺は海魔がうじゃうじゃいてやめたんだよ。バーバルは外国との中継地だけど、こっち側は本当は王都の真南のレディトにつながる場所に港を作るつもりだって話だったからね」
「そうなんですね。でも、ジャネットさんって色々詳しいですよね。歴史とか好きなんですか?」
「いいや。色んな街に行くとね話し好きなばあさんなんかがいるもんでね。歴史や逸話には事欠かないのさ。前に行った遺跡じゃないけど、そう言った話にはまれにだけど儲け話につながることもあるから聞くようにしてるんだよ」
「確かに、エヴァーシ村に伝わっている話から滅びた村の情報を得られましたもんね」
「そういうこと。村長や世話役って言うのはバカに出来ないよ。村長の家には歴史系の本が、世話役はその人自体が知識を持ってるからね」
「それにしても、船の上ってやることないですよね。残りの時間どうしましょうか?」
「あたしは暇だし、剣を磨くなりしておくけどね。アスカも流石に揺れる船内で細工は無理だろ?」
「そうなんですよね。細かい部分をやるにはやっぱり向きません。本でも読んでいようかと思ってます」
「それがいいよ。リュートはどうするんだ?」
「僕ですか?全く考えてなかったです。料理といっても火は使えませんし」
「じゃあ、リュートも私の本読んでみる?」
「アスカの持ってる本ってどんなの?」
「う~ん、リュートに合うものかぁ…。あっ、おばあさんから貰ったこれとかどう?『風の書と付与』って本だけど」
「魔導書?いいの僕が読んでも」
「うん!すごくためになることが書いてあるよ」
「分かった。頑張って読んでみるよ。ただ、実践できる場所がないけどね」
「それなら海魔に相手してもらえばいいじゃないか」
「物騒なこと言わないでくださいよジャネットさん。海で海魔とかシャレになりませんよ」
「なるとかならないとかじゃなくて、出るもんだよ。そん時は頑張んなよ。行ってもあたしは甲板からしか援護できないからね」
そうなんだよね。海魔は基本は船上には上がらないから、いつも頼りにしている前衛職が何もできないパーティーも多いんだ。海魔の襲撃は依頼じゃないけど乗ってる船が壊れれば自分の身も危ないから全力でみんな戦うけど、そういう事情もあって、ほとんどのパーティーは弓か魔法だけになるので、活躍できないパーティーも多い。
私たちのパーティーもジャネットさんがそれにあたる。私の風魔法で飛んだりできるけど、効果時間の関係もあるし、あんまり無茶は出来ない。鎧も着てるし、海に落ちたらすぐに沈んじゃうからね。
「そんじゃ、各々好きなことをしますか」
こうして食事の時間まで好きに私たちは過ごしたのだった。
コンコン
「は~い」
読んでいたガザル帝国時代の本を閉じて、ドアを開ける。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
「ありがとうございます。メニューは何ですか?」
「スープは魚介を煮込んだもので、そこに野菜が入っております。パンは通常のものです。後はメインの煮つけとドリンクが選べますがどういたしますか?」
「あたしはエールで」
「僕は…エールにしようかな?」
「リュート珍しいね。私はジュースでお願いします」
「かしこまりました」
食事を持ってきてくれた人がテーブルの上に置いて行ってくれる。動作がきれいなので恐らく専門の人なんだろう。
「それではごゆっくり」
「リュートがエールなんて珍しいね」
「実はジャネットさんと王都に行った時とかに酒場で他の冒険者に勧められたんだよ。ちょっとは慣れておこうと思ってね」
「ふ~ん。いい心がけだけど、後悔しないようにねぇ」
意味ありげな顔で言うジャネットさんに何だろうと思ったけど、食事が気になったのでそのまま食べ始めた。
「あ~、美味しかったですね~」
「ああ。やっぱり、骨が入ってると面倒だけど、その分味がいいね。煮つけの方もかなりの腕だね」
「ほんとですよ~。みんなこれが食べられるなら、私毎回乗っちゃいます!」
「アスカ、これは一等船室のみだよ。他はスープぐらいは一緒かもしれないけど、別メニュー」
「むぅ~、それじゃ毎回は無理だね」
「ま、今回は儲けたと思っときなよ」
そんなのんびりした航海1日目だったけど、事件は翌日起きたのでした…。




