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番外編 ジャネットとリュート

「アスカ行っちまったねぇ」


「行きましたね。まあ、水の巫女直々の呼び出しですし仕方ないですよ」


「それはそうだけどね。リュートはどうする?アスカがいないんなら暇だろ?」


「ジャネットさんこそ」


「あたしは武器の手入れが終われば簡単な依頼でも受けようと思ってるけどね」


「僕は…流石にここの厨房は無理ですし、何しましょう?」


「旅の途中だと流石にねぇ。少しは他の趣味でも考えた方がいいよ」


「他の趣味ですか?でも、急に言われても…」


「アスカみたいに細工はどうだい?不器用でもないんだろ?」


「それはそうですけど、隣であれを見るのはちょっと…」


アスカの細工はどんどんうまく、早くなってきている。今や初期に会心の出来だと言っていたものは失敗作もいいところだ。安価で市場に流すものも本来の価値からかなり外れてきていて、心配なぐらいだ。ただアスカの言う通り、加工にかかった時間や材料的には安いのであまり言えないけれど。


「じゃあ、どうするんだい。あたしみたいに日中、剣を振っていりゃいいってわけでもないだろう?」


「剣…そうだ!短剣とかどうでしょうか?」


「短剣?ああ、そういや初期は使ってたね。で?誰かに習うのかい?」


「ジャネットさんは?」


「あたしは剣と投擲で使うだけさ。投擲用のナイフと短剣は別物だし、知り合いには…」


う~んと考え込むとジャネットさんは首を振る。王都でも活動していてあれだけ強い彼女が知らないなら、無理そうだな。


「変な癖がついても困りますし、本でも探します」


「本ね。それがいいかもね。まあ、贅沢を言えば王都に行くのが一番早いけどねぇ。実地でも本でも」


「そこはしょうがないですよ」


結局、今回は本を買うというあいまいなままで滞在は終えそうだと思っていた。あの日までは…。


「み…、テルン様はいらっしゃいますか!」


「あ、はい。奥で練習されていますよ」


「良かった…万が一とは思ったが、一緒について行かれていないのだな」


事情は分からないが、神殿の人が息も絶え絶えに入ってきた。たまたまロビー近くにいたので対応したけど大丈夫かなアスカ?


「どうしたんだい?出かけるんじゃなかったのかい」


「それが神殿の人らしい方が駆け込んできたんです。何かあったのかなって思って戻って来たんですけど…」


「この町で?はっ!冗談が過ぎるよ。ここで何かあればそれこそ大問題だよ」


なんて話をしていて数分後、どんどんとドアを叩く音がした。


「た、大変です!」


「その声はテルン様だね。どうかしたのかい?」


「す、すみません、中に入ってもよろしいですか?」


「ああ…」


僕もジャネットさんもびっくりしながらも部屋に招き入れる。そこには神殿にいるはずのカレン様も来ていた。


「お2人には謝らなければなりません」


「な、なんです。そんなに改まって…」


「実は先程、神殿近くの町の司祭から一報が入りまして。内容としましては近くの町で病が流行っているということでした」


「病?だが、それは王国軍の管轄だろ?」


「はい。神殿も癒しが使えるものが多いとはいえ、外交問題にもなりますしそのようなことは要請も無しには動くことはないのですが…」


「まさか…」


「以前からムルムルは諸国を旅していると様々な問題があって、私たちにも出来ることがあるといっておりました。そして、アスカ様もお優しいお方。話を聞いた二人は、直ぐに用意をして発ってしまったのです」


「発ったってアスカは医者じゃないですよ?」


「ええ。本人もそのように言っていたのですが、簡単な病の予防などは知っているようでして。また、お母様が薬師をしていてその中に効果的な薬の作り方があるようです」


「あのバカっ!そ、それで、病はどんなもので…」


「それが直ぐに司祭を連れて行ったので、どのようなものかは…。調査隊では対応できないとしか分かっておらず」


「わかった。いえ、分かりました。おい、リュート。すぐに用意だ!」


「えっ!?行くんですか?」


「当たり前だ!」


「お、お待ちください。司祭がこちらに向かう頃には立ち入り禁止になっております。とても中には…」


「そんな物、ぶち破ってやる!」


「や、やめてください!後で捕まってしまいますわ!」


「関係ないね。どの道、あたしらは旅人さ。アスカを連れてさっさとどこかにでも…」


「アスカ様の意思を無為にしてですか?」


「それでもだ!」


「ですが、アスカ様も向こう見ずではありません。自分が何かできることがあると判断されたから行かれたのでしょう。そうでなければ自分が邪魔になると判っているはずです。信じて待ってはいただけませんか?」


「だが、状況は全く分かんないんだろう?」


「こちらで用意できる人員を直ぐに用意します。幸い、物資の応援要請があるとのことでその時に紛れ込ませますわ」


「そこに僕たちは…」


「申し訳ありません。ことは巫女と巫女が招いた人物に対するものでして、送る人員も神官騎士でなければなりません。神殿に忠誠を誓ったものでなければだめなのです。ただ、ゼス枢機卿が直々に選抜してくださいますから安心してください」


「枢機卿?大丈夫なのかい?」


「はい!あの方はムルムルの婚約者ですし、最初は最大戦力で向かうべきとおっしゃって慌てて止めました」


「まあ!カレン、頑張ったわね。あの方はムルムルのことになると過保護ですから…」


「待つだけってのかい。性に合わないね」


「申し訳ございません、私共の不手際で…」


「いや、どうせアスカから言い出したんだろうからしょうがないよ。全く、あいつは」


「すぐに戻っては来ませんし、吉報をお待ちいたしましょう」


「はぁ、やれやれだね」


「それはそうとカレン!」


「は、はい!」


「あなた、2人を止めませんでしたわね。両者の立場を知っておきながら行かせたとあっては問題になります。私がもうそこまで関われない以上は、あなたがストッパーにならなくてはいけませんのよ」


「あ、いや…私はまだ神殿で手配が残って…」


「なら一緒に行きましょう!今日はどの道、手に着きませんから構いません」


ずるずる引っ張られるカレンさんが哀れだったけれど、僕らに止める権利もないし何よりテルンさんの圧が怖かったのでやめておいた。



「はぁ~、今日も無しか…」


「ジャネットさん、流石に今日の明日でないですよ。まだ後発の部隊は行ってないんでしょう?」


「分かっちゃいるけど、何にもできなかったって帰ってくることだって考えられるだろ?」


「ないですよ。アスカがそんなできもしないのに行くわけないです」


「リュートはえらく落ち着いてるね。心配じゃないのかい?」


「心配ですよ。でも、アスカが何も考えずに行くことはないと思ってるんです。きっと、大丈夫ですよ。僕たちも予想しないような成果を上げてケロッとした顔で帰って来ますよ」


「…それはそれで腹が立つね。大体ね、あたしは別に怒ってるわけじゃないんだよ。心配だってしてないよ。ただね、黙って行くってことが許せないんだよ。同じパーティーだろ?一言欲しいじゃないか」


それを怒ってるし、心配してるんだって言うと思うけど、今のジャネットさんに言ってもダメだよね。これは娘とか出来たら大変だろうなぁ。そんなことを考えながら数日待った。その間もジャネットさんはいつ報告があるかと馬車が通るたびに連絡かと窓から見ていた。


「ちょっと出て来るよ。次の町の情報でも仕入れにね」


そういってジャネットさんが出ていく。はぁ、情報なら毎日取りに行ってるのに心配でじっとできないんだな。


ドタドタドタ


「リュート!」


「なっ、何ですか!?」


「いいから来い!」


連れて行かれるとそこにはケロッとしたアスカがいた。やっぱりだ。心配ばっかりさせてそういうところはノヴァそっくりだね。


「あれ?ジャネットさんは依頼帰りですか?」


「あっ、バカっ!」


そんなわけないでしょ。全くアスカは…。食事の量からしてここ数日は減ってたし、依頼何て見向きもしないぐらいでマディーナさんとかが必死になだめてたのだから。でもこうやって二人で抱き合って泣いてる姿を見ると本当の姉妹みたいだね。何はともあれ無事でよかったよ。


「それでリュート君は手も出さずにのこのこ帰って来ちゃったってわけ?」


「い、いや、流石にあの雰囲気の中でアスカに近寄れませんよ!」


「だが、アスカちゃんはあの通りのんびりというか、鈍いだろう?そんな調子でこの旅の間に何とか出来るのかい?」


お2人には言われたくありませんと言いたかったリュートだったが、ぐっとこらえた。


「大丈夫ですって!まだ国も出てませんし、これから何年もあるんですから」


それだけ言って部屋に戻る。そう、僕にはまだ時間がいっぱいあるんだ。今回はその一瞬のことだ。


「ねぇ、あの子たち大丈夫かしら?ティタちゃんに色々教えてもらったし、ちょっと手伝ってあげようかしら?」


「手伝うのはいいがひっかきまわしてはいけない。ここは冒険者らしく旅に役立つものでどうだろう?」


「ベイにそう言われるとそんな気がしてきたわ。何か今度珍しい素材を探しに行きましょう!」


「じゃあ、久しぶりに他国に行くんだな。早速市場に行ってくるか」


「もう、ベイったら旅好きなんだから」


「マディーナの探求心には負けるよ」


こうしてマディーナの中ではベイリスは旅に出る口実に素材を使い、ベイリスの中ではマディーナが珍しい素材を探す理由にしているという勘違いが深まったのだった。

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