さらば、中央神殿!また会う日まで
「アスカ、忘れ物ないね」
「はい。ジャネットさんたちは?」
「あたしたちは元々時間があったからね」
結局、長い間中央神殿に滞在したものの、2人とはほぼ別行動だった。
「リュートは食料大丈夫かい?」
「はい。昨日、目一杯詰めました」
予定ではここから2日かけてハルテアに向かい、そのままダンジョンに入ってその後は港町を目指す。
「船の予定は待ってくれないよ。泣き言は聞かないからね」
別行動の間に船の予定を調べてもらうと、4日後だったのだ。乗るのはジョーンズ夫妻にもらった乗船証があるので大丈夫だと思うけど、次の便はそこから7日後。これ以上、遅れないようにしないとね。
「飯は食べたし、あとは挨拶だけだね」
「マディーナさんたちは?」
「一足先に王都に帰ったよ。なんでも探し物の情報が入ったらしい。ティタに魔石とアスカにはいいものが見つかったら送るって言ってたよ」
「そっか、残念。挨拶だけでもしたかったな」
「しょうがないよ。アスカは神殿にいたんだし。流石にこっちから連絡は取りづらいしね」
「んじゃあ、宿を出るよ」
「ちょっと待って下さい!」
「なんだい、忘れ物かい?」
「いえ」
私は宿の人に向き直り挨拶をする。
「今回は色々お手数かけました!また、機会があったら利用させてもらいますね」
「ありがとうございます。その時は是非、当宿のご利用をお願いいたします」
執事っぽい人が挨拶をすると、近くにいた人も一斉にお辞儀をしてくれた。まるで、騎士みたいな動きだなと思って宿を後にした。
「んで、ここで良いのかい?」
「そのはずなんですけど…」
見送りにムルムルと約束したのは中央広場だ。でも、人がまばらにいるだけでまだ来てないみたいだった。
「お、お待たせ!」
「ムルムル!遅かったね」
「まあね。その代わり、ほら!」
そういうとムルムルは手に持っていた何かを渡してきた。
「これは?」
「にひひ、ゼスに頼んで手配したのよ。その名もフライングブーツ!海路で万が一、海に落ちそうになってもそれがあれば大丈夫だから」
「ありがとう、ムルムル!」
「元気でやるのよ!後、私もどこかへ行く時になったら手紙で知らせるから、もし会えるようならよろしくね」
「もちろん!その時までにそれに負けないものを作っておくね」
「楽しみにしてるからね!」
「ところで、私たち目立ってない?」
さっきから当たり前のように話しているけどここは中央広場のど真ん中なのだ。しかも、巫女がいるということである程度は人払いがなされている。
「こうすればアラシェル教に興味が出ると思って」
「もう…そこまでしなくて良いのに」
「それじゃあね…」
「うん。また」
私たちはハルテアに向けて、ムルムルたちは神殿の方へと進んでいく。こうして長いような短いような滞在は終わりを告げた。
「ほら、落ち込んでる時間はないよ。さっさと歩く!」
「は、はい!」
そうだった。今日はハルテアに出来るだけ近づくんだった。もし明後日に早く着いたらそのままダンジョン入りして、またその脚で港町まで進んでいく予定だ。
「それで結局、舞は覚えたのかい?」
「はい!といっても二の舞までですけどね。三の舞は楽器がいるので難しいです。それこそ同じ楽器だと良くないですし」
「ああ、それはそうだね。何か探してみたらどうだい?」
「楽器ですか?でも、吹きながらとか器用に出来る自信がありません…」
「ま、なんでも良いから目立つもんでも探しなよ。拠点は多い方が良いし、教典も作ったんだろ」
「まあ、そうなんですけどね。急に多くの人に知ってもらうのもどうかなぁと思いまして」
「何か気になることでも?」
「うん。ほら、元々は地方の神様だったからこうしなさいとか、こうだ!っていうのがなかったの。それがみんなに知られるようになって、急に形作られるのがね…」
「じゃあ、コルタの人たちみたいに教典や神像とセットで広めていくんだね」
「うん。新しくアラシェル様の像を作ってくれる人にもお願いしたんだ」
「あいつねぇ。ちゃんとしてくれるんだろうね」
「大丈夫ですよ。最初のはよくなかったですけど、後で見せてもらったのはそこそこよかったですから」
「わかったよ。あたしはそういうの見てもわからないしねぇ」
「取りあえずは次の町ですね。僕もダンジョンは初めてだから緊張してます」
「ま、大した差はないさ。ただ、フロア内に冒険者がいる確率が高いからそれだけ注意しなよ」
「獲物の横取りですね」
「そっちもだけど、背中にもね。魔物だけ注意して…何てことにならないように。特にアスカ」
「はい。私ですか?」
「良いもの拾ったとか。ここに注意とか、いらないことは言うんじゃないよ」
「えっ!?ダメですか?」
「ダメだよ。その情報を切り売りしてる人間もいるんだから恨まれるよ」
「注意します…」
「まぁ、言いがかりをつけてきてもこっちの方が強いだろうし、旅の途中だから何てことないけどね」
「よかった~。もう、脅かさないでくださいよ、ジャネットさん」
「リュート!ちゃんと見ときな」
「…わかりました」
んん?なんか2人の目が空を見てる気がするんだけど気のせいかな?
「でも、エヴァーシ村に寄れないのは想定外でしたね」
「ま、船の出港の予定もあるししょうがないさ。代わりに手紙を書くんだろ?」
「はい。エヴァーシ村の村長さんにはコメの件について話をするようにお願いします。子どもたちにもせっかく買ったお土産を届けてもらいますし」
「ここからだとエヴァーシ村まで3日、ハルテアに行くのに2日、そこからさらに港町のクレイストへは1日半。微妙だよね」
そして私たちは道なりに進み、今日の野営地に着いた。
「よしっ!リュート、快適な宿暮らしでやり方忘れてないよね?」
「大丈夫です。仕込みも終わってますから火の加減だけでいいですよ」
「それじゃ、あたしはテントでやってくるかね。アスカ火の番は頼んだよ」
「はいっ!」
「それじゃあ、その間に僕はアルナたちの食事を作っておくよ」
「お願いね、リュート」
ピィ
久しぶりに野外の食事でアルナは興奮気味だ。反対にキシャルは折角だらだら出来る場所から動くことになったのでちょっと面倒くさそうにしている。神殿を出る時もカレンさんに引っ付いたりして結構、抵抗してたもんね。でも、ティタが説得したら大人しくついて来たし、2人は仲がいいんだろうなぁ。
「火加減に注意しないとね。まだまだ新鮮な食材だし」
今日は肉と野菜をちょっと使ったスープにサラダだ。新鮮だから煮込むのも端っこの方だけでメインはサラダに使う。数日はこんな感じで港町まで何とか持たせる予定だ。
「いただきます。ん~美味しい!宿や神殿の料理もいいけど、こういう食事もいいよね」
「そう?よかった。あっちでいいもの食べてただろうから心配だったんだよ」
「う~ん。確かにパンはおいしいけど、そこまで高価なものも出ないからそこまでじゃないよ。あっ、でも確かにジョーンズ様のお邸に行った時は良いもの食べたかも」
「誰だいそれ?」
「何でもこの地方を治めてた元領主様らしいです。乗船券もその人に手配してもらったんです」
「それって貴族でしょ?」
「元だよ。もう引退したって言ってたし」
アスカは社交パーティーなどの貴族像は持っていたが、彼らが実際に執務や剣を取って戦うところなどは考えたことがなかった。あくまで、自身が思い描いただけの知識だったのだ。権力はあるが働いてはいないような感じで考えていたのである。
「まあ、船に乗れるのはアスカのお陰だし良いか。じゃあ、今日はもう寝て早く朝起きるよ」
「はい!ティタ、見張りお願いね」
「わかった」
数時間の見張りにティタを付けることで見張りのレベルを上げる。ティタはゴーレムで睡眠が不要だから出来ることだ。
「アスカ、起きて…アスカったら」
「う~ん。もう少し食べる~」
「ほら、もうすぐ出発の時間だよ。もう食べる時間なくなっちゃうよ」
「はい!あれ?」
「もう朝だよ。まだ暗いけどね。朝ご飯出来てるから食べたら出発するよ」
「は~い…」
夢かぁ~、バイキング方式でフロア丸ごと貸し切りだったのにな~。
「はぐはぐ」
「アスカって普段食べてる時は丁寧だけど、こういう時は普通だよね」
「ん?まあ、屋台の料理とかで食べ方気にしても意味ないしね。野外は豪快に行くことにしてるんだ」
「そうなんだ。あっ、スープもうちょっと入れる?」
「お願い」
「あんたらねぇ~。のんびりするのは勝手だけど急いでんだよ?」
「す、すみません」
「ジャネットさん!今までどこにいたんでふか?」
食事をしながら尋ねる。
「見張りに決まってるだろ。しっかりしなよ」
「そういえば、そんなことを昨日聞いたような…」
「はぁ…。ま、もうちょっとしたら切り替えできるしいいか」
それから10分ほどして野営地を発った。そして翌日の昼過ぎには何とかハルテアに着いたのだった。




