魔道具店で
「ん~、いい天気になってよかった~」
「そうね。今日は余計なものもついてくるけど気にしないでね」
「おや?余計だなんて随分ですね。ですが、ムルムルもアスカ様とは中々お会いできないですし、今日は控えてますよ」
「随分聞き分けがいいわね。何か企んでる?」
「いいえ。ムルムルが楽しいことが私の優先事項ですから」
「はっ、恥ずかしいわね!相変わらず…」
出発前からムルムルったら顔を真っ赤にしちゃって。さりげなくゼス枢機卿と手も繋いでるし、可愛いなぁ。きっと、いつもの癖なんだろうね。言わないけど。
「それじゃ、アスカ。行きたいところある?」
「う~ん。まずは魔道具とか魔石を売ってるお店かな?」
「いきなりそっちなの!?全くもう…しょうがないわね」
馬車に乗って街まで向かう。そして、魔道具店に着いたところで思わぬ人に出会った。
「おや、アスカ。奇遇だな!」
「お姉ちゃん!?どうしてここに?」
「いやな。騎士として色々見ておこうと思ってな。久しぶりに休みがもらえたから来てみたんだ」
「そうなんだ。私たちは今日は街を見て回るんだけど、最初がここなの」
「そうなのか。ついて行ってもいいか?」
「いいけど、予定は?」
「大丈夫だ。隊長から数日間の休暇をもらったからな」
ということで、一緒に魔道具店を見た後は行動を共にすることになった。
「あんたどこで聞いたのよ…」
「巫女様にはご機嫌麗しく。今日は一般人ですので」
「まあ、護衛が一人増えたと思おう。頼めるねラフィネ」
「はっ!非番とはいえ、枢機卿閣下の命とあらば」
非番だって自分で言ってるのに…。でも、背筋もピンとしてるし、やっぱりお姉ちゃんはかっこいいなぁ。
「で、魔道具店はどう?」
「なんていうか全体的に高いかも」
水の魔石自体が高いことは知っていたけど、水と慈愛の女神のお膝元ということで、中々のものが揃っている。ただ、高額なものが多すぎてこれでは見に来れる人も少ないだろう。心なしか効果よりも見栄えに寄っている感じもある。
「何かお探しでしょうか?」
「魔石とかありますか?」
「おや、その歳で魔道具を?こちらです」
案内されたところには魔石が並んでいた。もちろん、ここには水魔石以外のものも多かったのだが、やっぱりメインは水に偏っている。ということはブルースライムなどの魔石ということだ。私が欲しいのは安ければ火の魔石と風の魔石だ。
「ウィンドウルフの魔石なんかあったりしますか?」
「ああ、あれですか?ありますよ。奥にもあるので見られますか?」
「はい!」
元気に返事をして奥に通してもらう。そこにはかなりの数のウィンドウルフの魔石があった。
「この店はこの町にあるのにかなりの数、風の魔石を置いているな」
「はい。王都の方まで腕に付けるタイプの盾を出す魔道具の人気が出ているとのことで確保しているんです。王都と中央神殿の間にも出現する魔物ですので、早めに確保したのですよ。今なら10個まとめ買いで金貨30枚ですよ」
「結構するな」
「安い!欲しいです!!」
「ア、アスカ、金貨30枚よ!?いつもはあんなにけち臭いのに…」
「ムルムルがどう思っていたかは置いといて、今はウィンドウルフの魔石は金貨4枚以上が相場なの。ここにあるのは小さいのもあるけど、大きいのも入ってるしこれなら、大きい魔石で稼げるから中ぐらいの魔石10個よりうれしいよ」
「流石はお嬢様です。どなたに依頼されるのかは分かりませんが、出来たらぜひ我が魔道具店まで卸して頂けませんか?2つ程で結構ですので」
「それぐらいならいいですよ。おじさん、ありがとう!」
「いいえ、こちらも助かります。あの魔道具は人気でこの町まで商人に持ってきてもらうのが大変なんです」
「ま、王都で売れるのにこの町まで来て売るなんて面倒だものね。別にここで積み込みが出来るものもないし」
「そうですね。ただ、一応ここはシェルレーネ教の神殿もありますから」
「だが、強い魔物が出るわけでもないからもっぱら家具や食料だろう?」
「ですなぁ。目玉があればうちもいいのですが…」
「そういうことならもうちょっと待ちなさい。きっと、良いものが出回るわよ」
「当てがおありで?」
「ええ。ずっととは行かないでしょうけど、2年ぐらいは融通してもらえると思うから、その間に話をつけなさい」
「ありがとうございます!そういえばこちらの方とは一緒に来店されておりましたが、お知り合いでしょうか?」
「ええ。出先で知り合ったの。今回は招いているのよ」
「そうでしたか。お嬢様、あなたはこの町の救世主になるかもしれませんな。シェルレーネ様に代わってお礼を述べさせていただきます」
「アスカはコルタの舞姫とも呼ばれているからな。店主、お前は幸運だぞ。今だからこそこうしてパッと注文が出来るのだからな」
「そうですな。感謝いたします」
「ちょっと、お姉ちゃん!そんなことないよ」
「なに、コルタの舞姫とコルタの薬師が結び付けばあっという間だ。いくら秘密にしても気付くものは気付くからな」
「積極的に広めないで」
「だが、アスカの信じているアラシェル教も広まるんだぞ?いいことだ」
「そうだけど…。アラシェル様の像は私しか作ってないから、急に増えても困るんだよ」
「お話のところ申し訳ございません。お嬢様は細工師をお探しで?」
「え!?うう~ん、探しているかというとそうでもないんですけど、旅をしてるからフェゼル王国ならいてもらっても…」
「では、息子はどうですか?」
「息子さんですか?」
「ええ。魔道具師をするには魔力が低いので、普段は細工師をしているのですが、何分まだまだ駆け出しで生活がやっとでして…」
「でも、作ったものを見てみないことには…。流石に神像作成で適当なものは困るんですよね」
「一応ここにある細工のいくつかは息子の作でして。どうでしょうか?」
私は作品を見せてもらった。確かに丁寧に作られているものの、作ったものに熱みたいなものがない。きれいに作る、その意識は作品を見ればわかるのだが、何を思ってそれを作ることになったのかという部分がないのだ。
「うう~ん、ちょっとこれでは難しいかもです」
「おや?名は売れておりませんが腕は確かですよ?」
「そうですね。それは認めます。でも、どうしてこの作品をこの細工にしたのか。誰のために作ったのかっていうのがぼんやりしてて。神像となったら気持ちが大事だと思うんです。それこそ、普段猟師をしているような人が武骨にナイフで彫ったものの方が失礼ですけど、これならいいものになると思います」
「ふむ。数日お時間を頂いても?教義書などを頂ければもっと気持ちの入ったものが作れると思います」
「分かりました。私も助かる話ではあるのでよろしくお願いします」
私は教義書とともにアラシェル様の像を1体渡す。ラフな格好の像だ。
「それじゃあ、頑張ってくださいと伝えてください」
「はい。ありがとうございました」
「魔道具店を出たけど、次はどこに行くの?」
「どうしようかな?ちょっとだけ、何か食べたいかも」
「なら、おすすめがあるの。行きましょう!」
ムルムルに連れられて私たちは露店へと向かった。
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アスカたちが去った魔道具店のその後…。
「カルルス!居るか!」
「何だ親父?」
「いい話を持ってきたぞ」
「ようやく俺にもパトロンがつきそうなのか?」
「バカを言うな。有名な工房に弟子入りして独立を認められたというのに今日まで付かなかったんだぞ」
「じゃあ、何の話だ?」
「最近、新しく信仰を集めている聖霊様がいてな。その宗教にはまだ細工師がいないらしく、お抱えの細工師として仕事ができるように話をしてきた」
「はぁ!?正気か親父。神像だの聖霊の像だの金になりゃしねぇよ」
「今のお前はわしから依頼を受けてるだろう。そんな様でどうするんだ?まあ、これを見てみろ」
そう言って親父が神像を出してきた。
「何だこの像?神像なのに普通の服を着て…」
どういうことだ?この像の造形は今にも動き出すかのようだ。それに目元は柔らかさを感じる。俺は直ぐに部屋に戻って師に褒められた像を取り出す。
「俺の像と細工としてそこまで差は感じない。しかし、そこから感じる雰囲気が別物だ。これが俺になかったものだったのか…」
俺は親父に頼み込んでこの話を受けることにした。そして、制作した像を依頼者に見てもらった。結果は…。
「何とかOKをもらったぞ。だが、きちんと心を込めて作ってくれということだ。技術は二の次でもいいからと。それとお前も教義を守るんだぞ」
「分かってるよ。それに、神像以外は生活でちょっと作るだけさ。これよりもっと気持ちのこもった像を作りたいからな」
「おい!カルルス…まあいいか。別に商人の子が商人でなくとも」
こうして俺は数年経った今日もアラシェル様の神像を作っている。
「おい!もう少し、普通の商品をだな…」
「そっちは新しく取った弟子がいるだろう?俺は新作の像で忙しいんだよ。この前は久しぶりにアスカ様に見てもらえたんだぞ!」
「おい、そう言うな。義父上も困っているだろう」
「しょうがない。すぐに完成させてこっちに戻らないとな」
「全くしょうがない奴だ。もう少し親を安心させてやらないか」
「いいんだよ。別に俺は商人じゃないんだから。金だって貴族や商人相手には刻印を使ってるだろ?」
「あれだって、もう少し使えば楽だろうに」
「そうしたら、民衆に行き渡らないといったのはお前だろう?」
「それはそうだが…」
「ま、しょうがないと思ってあきらめるんだな」
「はぁ…。まあ、お前らしくていいか」
こうして俺の日々は過ぎていく。注文を見れば人々に信仰が広まっているのが分かる。この素晴らしい出会いに感謝を。




