滞在と予定
「こちらは本日のメイン。山牛の煮込みステーキです。先ほど話したフィック村の北にある山で育てている牛です。腹はやわらかい肉質と他はしまった身が特徴で、そこに先ほどから出ている野菜を使って煮込んであるのです」
「美味しそう~。いただきます!」
「もう~、いくらマナーは大目に見てもらえるからってはしたないわよ」
「別に平民だから構いません!」
「ですが、ナイフなどの使い方は綺麗ですよ。練習なさってたのかしら?」
「それは母に。食事は質素でしたけど、美味しく食べることが大事だって言われてました」
「よい教育だな。たとえ一般人でもこうして機会がある場合もある。そういう時に相手に侮られぬのも必要だ」
「でも、お皿ばかり豪華で…。それなら1日ぐらい贅沢したかったです」
「まあ、その頃のアスカって10歳とかでしょ?なら、仕方ないわね」
「お味の方はいかがでしょうか?」
「はい。ちょっと固いですが、煮込んであるソースと相まって美味しいです!」
「やはりそうですか…。先代様もこちらはお好きでしたが、年を取ると食べづらいと仰ってまして…」
「う~ん。そういう時は炭酸水とかお酢とか玉ねぎ…えっと、地中にできるこんな丸いお野菜とかに浸けるといいですよ。原理は知らないですけど」
「まぁ!本当?うちのお父様に教えてあげたいわ」
「それはステーキなどでも?」
「むしろ、焼いたりする方が実感できると思います」
「こ、これはメモしないと!エスリンさんのやる気につながる」
「そんな大した知識じゃ…」
「何言ってんのよ。これだからアスカは」
「早速、設計料登録して町の食堂や領地の食堂に広めよう。アスカ様、料理は年間使用料になりますがいかほどで?」
「いかほどもなにも、そんなのいいですよ。そうだ!いくつか、レディトやアルバで登録したレシピがあるんですけど、それにつけてください。あれいくらだったかな…」
メモを取り出してレシピのリストを出す。う~ん肉料理の知識だし、カツにしようかな?名前はミートカツで登録してたっけ。
「ありました!年間使用料は銅貨6枚ですね。ちなみに美味しいソースのレシピと合わせれば大銅貨1枚で済みますよ!」
私は渾身のセールストークをいれてみた。
「ソースか…。そういったものは秘匿されるものも多いしついでだな」
「畏まりました」
こうしてレシピに豆知識がひとつ付いたのだったが、その数ヵ月後…。
「ジャ、ジャネットさん!これ見てください!!」
「あん?おおっ!こりゃまたすごいね」
「すごいじゃないですよ!どうしてこんなにミートカツだけ設計料が…」
「アスカ、ミートカツってあれでしょ?中央神殿に居た時に肉の知識つけたやつだったよね?」
「そうだけど」
「なら、納得だね」
「ええ~。あれぐらいでおかしいですよ!」
「おかしくないよ、アスカ。肉料理を出す店って町に何軒あると思ってるの?飲食店だけじゃなくて、ギルドの酒場とかもそうだし肉料理を出さない店はまずないんだよ。カツも固いパンに使い道ができたって言われていたしね。それに、商人ギルドでもちょっと流行ってるんだよカツ」
「どうして?」
「パン粉を作る道具を売りたいからさ」
「ぐぬぬ」
「別に喜べばいいだろう?金が労せず入ってくるんだよ?」
「それはそうですけど、別に私のアイデアじゃないし…」
「全くアスカは…。そんなにいうなら孤児院とかに寄付すりゃいいじゃないか」
「はっ!?その手がありました!ここの院も建物が古くなってるって言ってましたし、修繕…いえ、思いきって建て替えましょう!」
「あのねぇ、そんな費用どこに…。木材だけでも結構するんだよ?」
「あっちの森は魔物の森だそうですから大丈夫ですよ。手前だけ切り開いてきます!」
「あっ、おい!」
「行っちゃいましたね」
「行ったものは仕方ない、リュート向こうは頼んだよ」
「分かりました。ジャネットさんは?」
「建て替えまでの仮宿と商人ギルドに手を回してくる。あ~あ。お姫様の相手も楽じゃないね」
そう呟きながらジャネットは商人ギルドに向かっていった。
場所は屋敷に戻り、キシャルのご飯の時間となった。夫人がご飯をあげたいというので待っていたのだ。
「キシャルもうちょっとだけ待ってね」
んにゃ~
既にキシャルは夫人の膝で準備万端だ。私は背の低い木製の杯を用意するとそこにアイスを入れる。
「これがキシャルの好物のアイスです」
「へぇ~、いい香りなのね」
「はい。シャルパン草を使って香りを付けてます。そこにミルクと砂糖を使っているので、中々数が作れなくて…」
「それはそうよね。うちの邸でも砂糖をふんだんに使うお菓子なんて滅多にでないわ。来客に合わせてかしらね?」
「ですが、アスカ様は従魔にそれを与えているので?」
「そんなつもりはなかったんですけど、この子が氷しか食べないって聞いて、試しに与えてみたら気に入っちゃって…」
「これは普通に我々も食べられるのかね?」
「はい。ただ、ちょっとこれは古いですけど」
んにゃ
「はいはい、今あげますよ」
夫人がスプーンでアイスをすくってキシャルの鼻先に持っていくと、美味しそうに舐め始めた。
「本当に美味しそうね。ちょっとだけ…」
「お、奥様!」
侍女が止めるのも間に合わず、夫人は小指の先でアイスを舐めた。
「あら!本当に美味しいわ。どこかで売っていないのかしら?」
「どうでしょうか?何分氷菓子なので…」
「アルバに行けば手に入るのかしらね?」
「う、う~ん。宿の人に手紙を書いておきますね。鳥の巣っていう宿屋でアスカの知り合いだって言えば通じますから!」
「分かったわ。手紙が書けたら邸宛に出して頂戴。そのまま、こちらで渡すから」
「ありがとうございます。あっ!ただ、保管にコールドボックスが必要です」
「ああ、それなら聞いたことがあるな。今、貴族や商人に人気の魔道具らしい。何でも魔力を注げば入れたものが冷やせるそうだ」
「そうですね。元は室温を下げる効果ですから、地下室があれば氷になると思います」
「じゃあ、夏でも楽しめるの?」
「そうなんです!これがまたいいんですよ」
「だが、人気が高く順番待ちだったと聞いたが…」
「アスカ、それって材料があればここで作れないの?」
「出来るけど、魔石もないしなぁ」
「水の魔石ではどうでしょうか?」
「私は水属性ないので当てがあれば…」
「それならテルン様に頼めばいいわ。今、ちょっと特訓中だから」
「宜しいのですか?」
「ええ。その代わり、どこかの商人経由で寄付をお願いね。高かったわよねそれ?」
「オークメイジの魔石で金貨20枚だったかな?神殿のは大きいやつだったしね」
「サイズを大きく出来るんですか?」
「魔石の質によりますけどね。数も必要ですし」
こうして、私はコールドボックスを作ることになった。まあ、神殿を出ると船に乗る予定もあるし、資金集めにいいかなと思ったのだ。貴族といっても知り合いだし。依頼料は材料別で伯爵家から、その他の足りないものは神殿が用意してくれることになった。他にも神殿から南東に進んだ港町での優先乗船券も付けてくれるんだって!これで、船に乗りそびれることがなくなるので助かる。ひどい時はひと月待つこともあるらしい。
「で、今作ってるのがそれかい?」
「そうです。やっぱり貴族ってすごいんですね。これだけの銀をすぐには集められませんよ」
あれからコールドボックスの話は進み、翌日から午前は神殿でゆっくり、午後からは神殿に戻ってきたテルンさんも加わって作成するという日々を送っている。私が細工している間、ムルムルたちはというと…。
「まずはカレン!」
「は、はいっ!」
「いくらこの子が行きたいと言ってもいさめるのがあなたの立場でしょう?アスカ様まで連れて何かあればゼス様に話が及ぶのですよ」
「すみません。止めることができなくて…」
「テルン様、これは私が!」
「いいえ。カレンの方が巫女としての位は高いのだから言えば神官騎士も止めたはずです。彼らだって行った先で何かあれば処罰を受けたのですよ?」
「そんな…」
「アスカ様のことばかり言うけれど、2人とも反省すること!いいわね?」
「「はいっ!」」
「宜しい。アスカ様、申し訳ありません。止めるべき私たちがご迷惑を…」
「あ、謝らないで下さい!元はと言えば私が言い出したことですから」
「それでもです。言い出したのはアスカ様ですが、聞けば司祭からの連絡に同行させたと。本来、それ自体よくないのです」
テルンさんはチラリとムルムルに目線をやる。
「だ、だって、アスカはエリアヒールが使えるのよ?怪我人の手当てだったら助かるじゃない?」
「結果がよければいいというものではありません!今後は気を付けなさい」
「…はい」
「本当に心配したのよ?」
マディーナさんに後で聞いたところによると、私たちがコルタにいったという話を聞いて、その日から研究の進みが悪くなったらしい。何でもないところでミスをするので、ティタも途中で止めて、休憩を多くいれたのだとか。
「アスカ、笑ってないで助けなさい!」
「わ、笑ってないよ!さ~、細工しよ」
「それも細工に入るんですか?」
「どうでしょうか?でも、大きいだけですし…細工では?」
依頼品は大きめなので武骨だ。まあ、最後にがわだけ被せて飾りをいれればいいよね?




