命名
中央神殿の町でアラシェル教の信者となったサラサさんから、生まれた赤ちゃんに名前を付けて欲しいと言われた私。とはいえ、子どもの名前なんて考えたこともないしなぁ。
「そういえば、この子は男の子なんですか?」
「いいえ、女の子です」
「う~ん。サラサさんは侍女だから、こう…支える感じの名前がいいかなぁ?となると明るいより静かな感じだね。つ、ム、ちょっと違うかな?そうだ、ルーナ!ルーナなんてどうですか?」
「ルーナ…。いい名前です、由来とかはあるのでしょうか?」
「由来というか、私の知っている月の別名なんです。月は夜に輝くので、そんな誰かを支えてあげられるような名前が良いかと思って」
「まぁ、素晴らしいです!きっとその名に負けないような子にしてみせます。良かったわね、ルーナ」
「あい!」
「奥様!ルーナったら生まれたばかりだというのに返事をしましたよ!」
「そうね。きっと、今のでアラシェル様の加護を受けたのではないでしょうか?将来が楽しみです。そうそう、機会がないので渡しそびれていましたが、これを」
「これは?」
「この前、招待されたパーティーに付けていったイヤリングよ。見てごらんなさい、キショウブが3つの水晶によって形どられているでしょう?出席者の皆さんにも大層興味を持ってもらったの。ちょうど女の子が生まれたことだし、出産祝いよ」
「そんな…普段からよくして頂いているのにもらえません!」
「いいのよ。あなたには特に世話になっているし、貰ってくれないと他の子たちにも渡せないもの」
「本当にこんなに素晴らしいものをいいのですか?」
「ええ。それにこれはそちらのアスカ様が作られたのよ。あなたが貰って来たアラシェル様の像も彼女が作ったものなの」
「ええっ!?そうだったのですか?」
「えっ!?あっ、まあ…」
「何返事してんのよ。隠すんじゃなかったの?」
「はっ!」
「今さら遅いわよ。はぁ…」
「ムルムルがこんなに苦労してるの初めて見たかも」
「カレン、分かってくれる?」
「うん。だから、アスカ様の扱いは任せます」
「そんなぁ~」
「2人ともそこまで言うことないじゃない…」
「それより、そのキショウブだっけ?その水晶ちょっと見せてもらっていい?」
ムルムルがサラサさんが受け取った水晶を手に取る。
「う~ん、やっぱり!」
「何か問題でも?」
「いえ、問題という問題はないけど。アスカ、これに刻印入ってないわね?」
「うん。売る相手が分からなかったし」
刻印というのはシェルレーネ教の認定刻印だ。これが入るだけで、腕も信頼度もぐっと保証されるんだ。
「なら、折角本人がいるんだから入れてあげなさいよ。同じ貰うのでも良いものの方がいいでしょ?」
「そうだね」
「そうですね、ムルムルの言う通りです。それに刻印は認定者ごとに異なりますから、刻印があればまず盗難とかにも遭いませんし」
「遭ったところで売れないし、簡単に足がつくのよ。元貴族の持ち物なんだからその方が彼女にとってもいいわよ」
「そういうことならここでしちゃうよ。ちょっと借りますね」
私はイヤリングをムルムルから受け取ると、魔道具を出して金具のところに刻印をする。
「へ~、細工ってこんな感じでするのね。私も初めて見るわ。あなた、今度ショルバの見学に行きましょうか?」
「ん?ああ。だが、普通の細工はこうではないぞ。これは魔道具を使っているからあの道具の形は見せかけだ。魔力が低い工房主はもっと時間をかけてやっている。魔道具を使うものもそこまで多くはないな」
「あら、そうなの?」
「うむ。第一に魔力やMPが低いと作品が中途半端な区切りになる。職人気質な人間はそれを嫌うからな。第二にコントロールが難しいのだ。彫り過ぎたり、魔力を込めすぎて割ったりと大変なのだ」
「そうでしたの。ですが、詳しいんですのね」
「ショルバのツアーが始まったころはまだ王都にもいたからな。トリム伯爵と行ったんだよ」
「その割に私は何かお土産を頂いた記憶がございませんが?」
「あの時は息子も小さかったからな。護身用のナイフを買って帰っただろう?あの時だよ」
「あの時ですか!懐かしいですわね…サラサもまだこんなに小さくて」
「奥様!そのような時のことは…」
「いいじゃないの。まだ娘が嫁ぐ前で、必死に後をついてお世話をしようとするサラサがかわいかったんだもの」
「あの頃か…。あの子も嫁入りが近くてサラサによく構っていたな」
サラサさんは当時まだ伯爵だったジョーンズ様に王都で雇われてから、嫁入り前の娘さんに侍女見習いとして付いていたらしい。娘さんは女一人だったので、妹のようにかわいがっていたとか。そりゃ、妊娠中の心配も夫妻がするわけだよ。
「旦那様、奥様。そろそろ、お昼の用意の時間ですがどうなさいますか?」
「ふむ?もうそんな時間か。折角だし、皆さんには食べていってもらうとしよう」
「良いんですか?」
「ああ。元伯爵とはいえ王都でもないここには来客が少なくてね。料理長も腕の振るいがいがあって喜ぶだろう」
「ふふっ、伯爵家と言えどアスカの舌は肥えてますから手強いですよ」
「巫女様が言うなら侮れませんな。どれ、最近流行っているという醤油でも使わせるとするか」
「あっ!?それはやめた方が…」
「何かあるのかしら?」
「アスカはアルバの町で食べ飽きたそうです。何でもきちんと使われた料理を食べ慣れているそうで、素人料理が辛かったみたいですよ」
「ムルムル、そこまでは言ってないよ!」
「なるほど。では、うちの秘蔵の料理を出させますよ」
「気を使ってもらわなくても大丈夫です!」
「アスカ様って食へのこだわりすごいですよね」
「カレン、当たり前よ。食に関してアスカを侮ったらダメよ、テルン様の舞と同じだもの」
「そんなに!?私はそこまでかな。あのパンが食べられれば十分だし」
「ダメですよカレンさん。まだまだ、メロンパンとかクロワッサンとかもっと可能性があるんですから!今は砂糖が高いから簡単にはできませんけど、きっと誰かが大量生産をしてくれるはずです!」
「ひぅ、ごめんなさい!」
「ほら、威嚇しないの」
「あ、あの…そちらの従魔は何を食べるのでしょうか?」
私たちに遠慮がちに控えていた侍女の人が聞いて来た。
「えっと、アルナは野菜なら何でも大丈夫です。キシャルが食べるのは氷だけなので、こっちで用意します」
「まあ、キシャルちゃんは氷だけなの?」
「はい。ノースコアキャットという種類なので、暖かいものは厳禁なんです。ただ、人肌ぐらいなら自分で魔法を使って調整できるみたいですが」
「残念ね。折角、可愛いキシャルちゃんにご飯をあげようと思ったのに…」
んなぁ~
「なぁに?アイスを出してくれたらいいって?」
「アイス?」
「氷菓子の一種です。多分まだ食べられると思うんですけど…」
冷凍品だから食べられると思うけど、マジックバッグに入れているコールドボックスの冷凍室が何度かは正確には分からない。貴重だからアルバを出て、今まで置いてたんだよね。シャルパン草っていうバニラっぽい香りのハーブと砂糖もいるから超高級品なんだ。
「食べる時、見せてもらってもいいかしら?」
「…いいですよ」
あぅ、貴重なアイスが…。キシャルったらこれを狙ってたんだね。そして、食事の時間になったので食堂へと移動する。
「サラサさん残念でしたね。まだ、体調が戻ってないから食事は部屋になって」
「そうね。でも、無茶はして欲しくないししょうがないわ」
「もしよかったら後で栄養ドリンクの作り方教えますよ。今はあまり食べるものも限られてるから役に立つと思うんです」
「本当!?何から何まで申し訳ないわね。困ったことがあったら何でも言って頂戴」
「そんな大げさな…。私はサラサさんに元気でいて欲しいだけですから。それがルーナちゃんのためにもなりますし」
「…分かったわ。アスカ様が応援したいと思う人を代わりに応援するようにいたします」
「そ、そんな、私に丁寧に話さないでください。ただの一般人ですから!」
「一般人…一般人ってどういう人だったかしらカレン?」
「市井で穏やかに暮らす人ですかね?」
「アスカが?無理無理」
「そ、そんなことないもん!」
ご丁寧にムルムルは手を左右に振る動作まで入れている。大丈夫、旅を経て経験を積めばきっとできるようになるから!
「さあ、お話も良いですがお食事です」
「はい!期待してます」
出された料理はもちろんコース料理だ。前菜から始まってどんどん料理が運ばれてくる。
「前菜の時からですけど、付け合わせの野菜とかもおいしいですね」
「口に合って何よりだ。我が領地はコルタを始めレーネ湖周辺だからな。十分な水源と良質な水の宝庫なのだ。そこから野菜は元より、料理に関するものなら一通り他の領地より優れていると自負している」
「いいですね~。水がきれいで豊富ってっ…はっ!これはチャンス!?」
「チャンス、何かあるのでしょうか?」
「はい。イネを育ててみませんか?」
「分かるか、ヴェスター?」
「はい。イネ…あれですか。ですが、硬いですし育成にも大量の水が必要とのことでこの国では一般的ではありません。一部の国では家畜向けや食べる地域もあると聞きますが、収穫が大変で穂も倒れるなど大変な苦労があると聞きます」
「それがですね。最近見つけた種類は丈夫で倒れにくいし、米粒も多くつくんです!」
「なるほど…。国内で名産としている地域がないのであれば、試してみるか。どこか出来そうな土地はあるか?」
「フィック村はどうでしょうか?あそこは北に山がありますし、そこから村に向かって水が流れておりますので水源の心配はないかと」
「そうだな。アスカ様、考えておきましょう」
「ありがとうございます!その際はぜひ、エヴァーシ村の人を呼んでみてください。今あそこでイネを育ててもらってるんです!」
「ほう?すでに生産実験を行っておられるとは。息子にも見習わせんとな」
「そうね。実験結果を精査することも必要だけど、作付けしてみないと分からないこともあるもの」
「旦那様も奥様もその辺で。メインが出来ましたので」
「ああ、済まないな。どうもまだ、領主を引退して数年。以前の癖が出るのだ」
もう少し、お米の話をしたかったけど、次の食事が運ばれてきたので話はいったん中断となった。




