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お邸

「アスカ様、そこは少し早いです」


「こんな感じですか?」


「良くなりました。あっ、その次も意識しすぎて早いです。少しゆったりと動いてください」


「こ、こうですか?」


「はい。最後のターンは早さはいりませんから、服がしなやかに流れるようにしてください」


「ええっ!?そう言われても…」


「アスカ様になら出来るはずです」


テルンさんの容赦ない指導もあれだったけど、カレンさんのきっと私なら出来ますよって言われ方もつらい。しかも、ムルムルが隣でずっと付き合ってくれるから逃げ場もなくて、結局はお昼の時間までと夕方までみっちり舞を練習したのだった。


「はぁ~、久々に疲れたわね。カレンもそうでしょ?」


「そうですね。最初は指導だけのつもりが途中から動きもいれてましたから」


「カ、カレンさん、舞は苦手だから動きの多い2の舞は大変だったんじゃ…」


「はい。だから、多分みんなの中で一番練習してると思います。それこそ指先一本からつま先の角度までとっても大変でしたよ」


くぅ~、まさか一番この舞に詳しい人に指導してもらってたなんて。でも、2人とも熱心にやってくれるから私も力が入っちゃった。


「それじゃ、先にお風呂に入りましょうか」


「そうですね。準備は…」


「それなら私もいるからすぐだよ」


「アスカがいれば火の用意もいらないわね。元々、魔石があるから大丈夫だけど」


3人でお風呂に向かう。


「あっ、追加でシャワー出来たんだね」


「ほんとね。あの子たちも頑張ってくれたみたいね」


お風呂とは別に高い位置にタンクを作って、そこから直接管を通して後は開閉の栓を付けただけの簡易なものだ。ホースも上からつながっていて重力を利用したものだけど、使ってみるとやっぱり便利だ。高い位置にあるから手入れしにくいと思うけれど、浄化の魔法があるので問題ないしね。交換も逆に台車などを置きやすくて助かると言っていた。


「ん~、今日の疲れも洗い流されるようだわ」


「でしょ?やっぱりお風呂と食事は大事だよ」


「ですが、アスカ様は旅の途中でしょう?どうなさっているのですか?」


「そっちは簡易のものがあるんですよ。お風呂は布とフレームを組み合わせたもので、料理はリュートが頑張ってくれます。私も火の調節で手伝うんです」


「料理は?」


「そ、そっちはまあ、程々かな」


体を洗って、チャポンとお湯に浸かりながら答える。


「なんだか楽しそうですね。一度ぐらいなら私も行ってみたいです」


「カレンさんはまだ一度も巡礼に行ったことがないんですか?」


「はい、神殿の中であれば大丈夫なんですけど、外だと体調を崩しがちで…」


「う~ん、カレンさんだと粉塵系か、もしかすると食料の関係かもしれませんね」


「食料?でも、こういうところよりも村の方が新鮮だし、そういうことってないんじゃないの?」


「それなんだけど、別にこれは村の人たちが悪いわけじゃなくて、新鮮だけど洗うのって大変でしょ?だから、ちょっと土が残ってたり、売り物にならない傷みがあったりしたものが中心になっちゃうの。そういうのが合わないのかも」


「へ~、新鮮さだけじゃなくてそういうのもあるのね」


「うん。上手く本とかにまとめられればいいんだけど、私もそこまで詳しいわけじゃないから」


「いいわよ。そういうことを教えてもらえるだけでもこっちは大助かりよ。ねっ、カレン」


「はい。私もどこかに行けるかもって希望が持てました」


「でも、不思議よね~。そんな話ってろくに聞いたこともないのにどこから仕入れたの?」


「そ、それは~」


「いいじゃない、ムルムル。聞いてどうなるってことでもないでしょう?それより、ずっと付き合える方がいいよ」


「…そうね。ごめんアスカ」


「ううん。きっといつか話すよ。自分の中で整理がついたらね」


「じゃあ、そろそろ上がりましょう。のぼせちゃうわ」


汗も流し、美味しい食事も食べた私たちは翌日に備え、今日は早めに寝た。




「ん~、今日もいい天気になりそう」


顔を洗って、横にある森で天気を確認しつつ、アルナたちとジョーンズ夫妻を待つ。9時を回ったところで来訪が告げられたので服を整えて向かった。


「お待たせしました!」


「いや、こちらこそ大変だったみたいで、事情を知っていれば再び手紙を出したのですが…」


「ど、どこからそれを!?」


まだ、コルタの町の人たちにしか知られていないのに…。


「アスカ、何言ってるのよ。ジョーンズ夫妻は前エクセラス伯よ。コルタ周辺の元領主でもあるの」


「すみません。今回は色々してしまって…」


「いいえ。こちらにも報告書が届きましたけど、素晴らしい活躍だと書かれていました。息子に代わりお礼を言います」


「そんな…。そういえば、連れて来たい人がいるって書いてあったんですけど」


褒められるのは慣れていないので、ちょっと話題を変える。


「あの子でしたら、ちょっとありまして…。代わりといっては何ですが、これからお時間あります?」


「大丈夫です」


「では、表に馬車を待たせているのでこちらに」


「えっ!?あっ、はい」


言われるがまま私たちは馬車に乗り込む。ムルムル達もせっかくなので付いてくることになった。


「許可取るの面倒だったわ」


「まあ、ムルムルは飛び出したばかりですからね。ゼス枢機卿様も本当に心配していたんですよ」


「わ、悪いとは思ってるわよ」


「あの方もムルムル様にはご執心ですからね。それ以外にも理由がありますが」


「それ以外ですか?」


「ああ。政治的にも王国の領地で巫女に何かあれば、他国や他国の神殿から言われてしまうのだよ」


「そういう声もあるのよね。中央神殿に巫女がずっといるから、たまには別の神殿に常駐できないかって」


「ダメなの?」


「ダメじゃないですが、一度行ってしまうと持ち回りになる可能性もあるので難しいんです。中央神殿は隣の大陸の教皇庁と並んで歴史ある建物ですから」


「あっちには何も言わないんだから面倒よね」


「まあまあ。おや、着いたようですな」


邸に着いて馬車から降りる。


「おっき~!」


「ははは、これでも王都から外れているし、そこまでではないのだが」


「うちも伯爵家ですから、これぐらいの建物でなくてはいけませんの」


家格に応じた邸が必要らしく、これでも引退した夫妻としてはこじんまりとした方らしい。領地に大都市がある領主であればもっと大きいのだとか。


「お帰りなさいませ。旦那様、奥様」


「うむ、客人をお連れした。手配通りに」


「はっ!」


中に案内されると広間に通されるのかと思いきや、やや奥に通された。どちらかというと調度品も入口より質素な感じで使用人用の区画みたいだ。


「こ、これはジョーンズ様。今日もこちらに?」


「ああ、サラサの容体は?」


「あれから落ち着きまして、母子ともに健康です」


「母子って…」


「アスカ様にはまだお伝えしていませんでしたね。以前お話していた妊娠中の侍女なのですが、予定より早く出産になりまして、ちょうどアスカ様が町を離れている間に生まれましたの」


「それはおめでとうございます!」


「いいえ、アスカ様の作ったアラシェル様の像のお陰です」


「そんなことありません。その人の頑張りですよ」


「立ち話もなんだ。中に入るとしよう」


「そうね」


そのまま、サラサという侍女の部屋に入る私たち。普段はもっと小さい部屋らしいのだが、今はこうして私たちの訪問に合わせて広めの部屋に入っているとのこと。


「サラサ、調子はどうかしら?」


「奥様、大分落ち着いてきました。そちらの方は?」


「紹介するわね。こちらがあなたが信仰しているアラシェル教の巫女のアスカ様。奥にいらっしゃるのはあなたも見たことがあるでしょう?ムルムル様とカレン様よ」


「お、奥様!本当に連れてくるなんて…。皆さま、私のようなもののために来てくださってありがとうございます。私はこの邸で侍女をさせていただいているサラサです」


「いいえ。多分この中央神殿で一番最初のアラシェル教の信者になるんですもの、当然よねアスカ?」


「そ、そう…なのかなぁ?」


ピィ


そう言うことにしておこうとアルナも鳴く。


「そちらは?」


「私の従魔で小鳥がアルナ、子猫の方がキシャルです」


「まぁ、可愛らしいですね。触っても?」


「あっ、ダメです!」


「そうですか、魔物ですものね」


「あっ!?違うんです。妊婦さんは子どもが生まれた後は免疫力が著しく下がるので、動物とかはダメなんです。お風呂も最初はやめて、綺麗なシーツときちんと体を拭いて清潔にするのがいいんです」


「アスカ様、そうなのですか?」


「はい」


「ううむ。我らも子が生まれた時はみな喜んで祝いの気持ちでそうしていたが、意味があったのだな」


「そうですね。赤ちゃんはちょっと温い布で拭くか、小さいお風呂につけてあげるのがいいですよ」


「むむ、流石はアスカ様です」


「どうしたのカレン。メモなんか出して?」


「みんなに言われているんです。アスカ様の知識で使えそうなのがあったらまとめておいて、本人に許可を取ってから広めるって」


「えっと、私は聞いていないんですけど…」


「アスカ様はふとした時にすごい知識を披露されるので、質問するよりこの方が良いとゼス枢機卿様が」


「ゼスの差し金だったのね」


「ふふっ、皆さま仲がいいんですね」


「まあね。でも、早生まれなんでしょ?子どもは元気なの?」


「多少は小さいのですが、お医者様にはもう大丈夫だと言われました。今はそこで寝ているんですよ」


その時、窓際にサラサさんが手をやると、小さなかごが目に入った。中を遠目に見ると確かに赤ちゃんだ。


「わっ、可愛い~」


私たちが近寄ってみると赤ちゃんもこっちに気が付いたみたいでだぁ~と手を伸ばそうとする。


「さ、触ってもいいですか?」


「はい。ぜひ、手を取ってあげてください」


私はムルムルに頼んで浄化を使ってもらうと、赤ちゃんに触る。


「あ~あ~」


「ふにふにだぁ~。弟や妹がいたらこんな感じだったのかなぁ~」


「わ、私も」


ムルムルたちと赤ちゃんを順番に抱く。


「そうだわ!サラサ、アスカ様からこの赤ん坊に名前をもらいなさい」


「名前、まだないんですか?」


「はい。夫はこの邸で働いている警備のものなのですが、急な出産だったのでまだ決まらなくて…。お願いしてもいいですか?」


「私はいいですけど、なんだか重大ですね」


「アスカ様につけて頂くだけで感激です!この子も無事に生まれましたし。実はこの子が生まれる時にアラシェル様の像にひびが入ったんです。執事長に聞くと、赤ん坊にせまった危機を代わりに受けたのだと言われました」


おおっ!アラシェル様ったらこんなところでも活躍を…。私に無言のプレッシャーが来る。さて、どんな名前が良いかなぁ?



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