舞い戻る神殿
この6章は再び中央神殿での街編になる予定です。出来るだけコンパクトに行きたいのでよろしくお願いします。
コルタの町での病の落ち着きを見た私たちは中央神殿に帰ってきた。
「それじゃあ、馬車はこのまま宿へ」
「はっ!」
御者をしている人にムルムルが行き先を告げる。この御者の人も実は神官騎士だ。特に山野などでは御者が野盗に一番最初に狙われるとのことで、奇襲されないようにそうなっているらしい。
「着きました」
「ありがとう。さあ、アスカ行くわよ」
「は、はい」
うう~、2人には心配かけちゃったし、入りづらいな。
「覚悟を決めろアスカ。大丈夫、付いててやる」
「お姉ちゃん…」
「いいからさっさと降りてくれない」
「あぅ、ごめん」
ムルムルに促されて馬車を降り宿に入る。宿に入ると最初に受け付けてくれた紳士が迎えてくれた。
「おおっ、これはアスカ様。すぐに皆様を呼んでまいります」
それだけ言うとすぐに部屋に向かっていった。そこまで慌てることないのにな。それからすぐにドタドタという音とともに2人が降りてきた。
「リュート早くしな!」
「そ、そんなこと言っても準備が…」
「ほら!」
見るとリュートは部屋着のまま。逆にジャネットさんは冒険者の恰好だった。
「あれ?ジャネットさんは依頼帰りですか?」
「あっ、バカっ!」
パンッ
宿の中にひときわ大きい音が響いた。
「アスカ!人の気も知らないで…」
それだけ言うとジャネットさんは黙ってうつむいてしまった。私が驚いてほほを押さえていると、しばらくしてポタポタと床に涙が落ちていた。
「ジャネットさんはアスカが病が起きてる町に行ったって聞いて、直ぐに追いかけようとしたんだよ。だけど、行っても町には入れないし、神殿の一団にも同行できないから毎日こうやって、何かあったら駆け付けられるように待ってたんだ」
「心配かけちゃったんですね…」
「当たり前だよ!」
「ひぅ!」
ジャネットさんには訓練以外では叩かれたり、怒鳴られたりしたことがなかったので、びっくりしてしまった。でも、そんなに心配かけてたんだ…。
「そ、それで、どうだったんだい」
「ちゃんと病は治まりました。まだ、完全ではないですけど…」
「良かった…アスカが無事で」
それだけ言うとジャネットさんが私に抱き着いて来た。でも、ジャネットさんもしかして震えて…。
「ジャネットさん…」
「あんたが帰ってきてくれればあたしは何でもいいよ」
「ご、ごめんなさ…うわぁぁん」
「いいよもう。アスカがこういう奴だってわかってたんだから…」
ひとしきり私たちは泣いた。
「グスッ。でも、うれしいです。お姉ちゃん以外にも心配してもらえて」
「お姉…ちゃん。誰だいそいつは一体?」
「私だ!今回は同じパーティーということとアスカにも非があったから、見逃してやったが次はないぞ」
「何だいあんた。随分な物言いだね?」
「私はラフィネ。シェルレーネ教の神官騎士にして、アスカを主と仰ぐ、アスカの姉だ!」
「アスカ、こいついってんのか?」
「い、いってません!お姉ちゃんは変だけど、優しくていい人です」
「でも、シェルレーネ教の騎士なのにアスカを守るって言ってんだろ?おかしいよな」
「おかしく何て…ないよね?」
「おかしくはない。仕事と趣味は両立するものだろう?」
「そうだよね。両立できるよ!」
「アスカ…」
「リュート、どうしてそんな目で見るの?私おかしくないよ」
「あんたたちちょっと落ち着きなさい。アスカは流石にこの状態のまま神殿に連れていけないから、今日は一日みんなと話すのよ。明日迎えに来るから」
「いいの?」
「ええ。それより何をしたかとか次またこういうことがないようにちゃんと話すのよ」
「うん!でも、宿の人にも迷惑かけちゃったよね、すみません」
「いえいえ。こちら今は貸し切りとなっておりますので」
「か、貸し切り!?この宿がですか?」
高級宿って聞いて泊まったのに貸し切りだなんて…。
「まあ、お姉さまも泊まっているし、アスカの仲間も居るわけだから仕方ないか。協力ありがとうね」
「次のご用命もお待ちしております」
「何かあったら頼むわ。そういえばテルン様は?」
「まだ、こちらにいらっしゃいます。会われますか?」
「う~ん。まあ、帰ってきたしいいわ。護衛たちのこともあるし、冷静になってもらった方がいいし」
そう言いながらムルムルはこっちを見る。さっきのやり取りを見て自分も危ないと思ったのかな?卑怯だよ。
「そういうことだから私は帰るわね。じゃあ」
そのままムルムルはテルンさんやマディーナさんたちがやってくる前に神殿へ帰っていった。そして、私たちはというと宿にあるやや広い部屋に通された。こちらで女性陣は一緒に泊まっているとのことだ。今は特別にリュートやベイリスさんも部屋にいる。
「それで、2人で行ってしまったのですね」
「すみません。その節はご迷惑をおかけして…」
「いいえ。ムルムルも昔からこのことについては悩んでいましたから、ちょうどよかったのです。いつか私たちを置いて勝手に行くのではないかと心配していましたから。こういうと申し訳ないですけれど、アスカ様が一緒で良かったですわ。それなら、あの子も無茶できないでしょうし」
「というか、アスカが無茶した感じだよねぇ。話を聞いた限りだと」
「それはそのう…」
「だが、それだけではない。現にアスカは町の人たちから感謝されたし、対応も我々にはない知識で見事だった。今度計画されるであろう新たな病院の案は、大きな出来事になるだろう」
「でも、無茶はしないで欲しいよ。アスカは今回みたいにこうだと思ったら周りが見えなくなるからさ」
「リュートまで…」
心配してくれるのはうれしいけど、もう少しオブラートに包んで欲しいかな?
「その点については私も同感だから、どうか旅の途中は誰かが必ず見ているようにして欲しい」
「分かったよ」
むむっ!なんだかこの短い時間でお姉ちゃんとジャネットさんが仲良くなった気がする。
「だが、あながちみんなの言うことは間違っていないぞ。テルン様に事情を聴いたジャネットが直ぐに出発しようとして大変だったからな。今すぐ行くって言うのをリュート君が頑張ってなだめたんだよ」
「ちょ!ベイリスさんその話は…」
「大変だったのよ~、町に入れないって言っても門をぶち破るって聞かなかったんだから。神官騎士も連れてるし大丈夫だって言ったんだけど、毎日手紙を待つわ馬車が通るたびに確かめるわでこっちがそわそわしたんだから」
「えへへ、嬉しいです」
「はぁ、心配かけといてこの子は」
それからもみんなで話をして夕食を取り、寝る時間になった。
「今日はあたしのところに来なよ」
「良いんですか?」
「ああ。会うのも久しぶりだしね」
「アスカ、無理に従う必要はない。仲間といっても節度は必要だぞ」
「へぇ、言うねぇ。流石、貴族のお嬢様騎士だ」
「ふっ…。私がお嬢様ならアスカ様は…おっと、これは貴公が知る必要のないことだったな」
「あんた!」
「ふ、2人ともやめてください。ほら、明日も早いですからもう寝ましょう」
「明日、早いのか?」
「えっと、どうでしょうか?でも、ムルムルのことだから朝一番に来るかも」
「そうだな。あれでムルムル様も気にしておられるだろう」
「私ももうすぐティタ様の指南が終わりますから、終わったら会いに行きますわ」
そう言ったテルンさんはやや目を細めていた。ムルムル、今度はあなたの番だよ頑張ってね。そうしていると眠くなってきたので、そのままジャネットさんの横で目を閉じた。
「あ~あ、折角帰って来たっていうのにもう寝ちまうなんて」
「仕方ないだろう。向こうでは気を張ってばかりだったのだ」
「あんたたちがいたんだろう?」
「我々では学んだことを教えることはできるが、注意点など細かい指示はまかせっきりになってしまったからな。本当に情けないことだ」
「まあ、この子はたまにとんでもない知識を持ってたりするしね」
そう言いながらアスカの髪をなでる。
「そうだな。くれぐれも頼んだぞ」
「いいのかい、あたしみたいなのに頼んでさ」
「私も家のことがあるからな。自分の意思だけではどうにもならんのだ」
「面倒だねぇ、貴族ってやつは」
「だからこそ出来ることもある。そういうものさ」
「あなたたち仲悪いんじゃなかったの?」
「そんなことにこだわっているとアスカが悲しむからな」
「あっそう。アスカも変な人に好かれるわね。真人間が寄ってくる魔道具の研究でもしようかしら?」
「あたしは変じゃないぞ」
「私は構わないぞ。アスカは受け入れてくれるからな」
「ジャネット、こんな新参者にアスカ取られちゃってもいいの?」
「マディーナさん、変なこと言わないでくれよ」
「ふふふ、皆さん仲が良くてうらやましいですわ」
「テルン様、お見苦しいところを…」
「いいえ。ですが、アスカ様も寝ていらっしゃいますしこの辺で」
「そうですね。では、私はここで立っておりますので何かあればお呼びください」
「あなたも帰りで疲れているでしょう?」
「今回は無理を言ってついて行ったので、これぐらいは問題ありません」
「あんた、きちんと休みなよ」
「今も特等席で休んでいるが?」
「アスカの寝顔見てるだけだろ?」
「それが出来れば十分だ」
「アスカには同情しかないわね」
そんな賑やかな夜が更けていったのでした。




