ステージ
一通り屋台を見て休憩していた私たちは辺りを眺める。
「みんな、笑顔になってよかったね!」
「そうね。それもアスカのお陰よ」
「みんなで頑張ったからだよ。私はちょっと手伝っただけだもん」
「でも、アスカが来なければ私も神殿のみんなも来れなかったのよ。誇っていいと思うわ」
「そうです。アスカ様がこの状況を作り出したのですよ」
「ラフィネさん…。そうかな、だったらいいな」
私でもみんなの力に成ることが出来たんだったらうれしいな。
「アスカ様、この度はありがとうございました」
「おばさん。元気になったんですね!」
「まあ、こうやって連れられてですけどね」
声をかけてきたのは奥の部屋で寝ていたおばさんだった。この数日で、何とか歩ける程度にまで回復したみたいだ。隣には調合をしてくれたお姉さんが付き添っている。
「アスカ様の薬のお陰です。最初はうなされていたのも薬のお陰でぐっすり眠ってもらえるようになりましたし」
「あれは一緒に頑張った薬師の人がすごいんですよ。私のレシピじゃ数は作れなかったですから」
「それでもです。それに、薬の作り方を教えてくれるなんて普通ないですから!」
「そうですよ。薬屋をやめた2軒もレシピは買い取りでしたから。それに跡継ぎも見つかりましたしね」
そういうとおばさんは隣のお姉さんにちらりと視線をやる。
「良かったですね。お姉さんもこれから頑張ってください」
「はい。アスカ様にもらったこの薬のレシピも大切に使わせていただきます。特にこの栄養剤は病にかかっていなくても売れるので、薬屋としては助かります」
「これから、覚えることだらけで大変だと思いますけど、頑張ってくださいね!」
「頑張ります!それと、話していたアラシェル様の像ですが、無事許可をもらえました。像は町で買取をして、台座の方は町の人からの募金で作ることになったんですよ!」
「か、買取とかいいですよ。置いてもらえるならそれで…」
「良くありません!あれだけの像を作るのにはかなりの時間と材料費がかかっています。アスカ様の旅路を応援する資金として納めてください」
「えぇ…」
「アスカ、受けてあげなさいよ。町の人たちもあなた個人にはお礼をする機会がないの。せめてもの心づかいよ」
「いいのかな?」
「良いんです!それと個人的になんですけど…アラシェル様のちょっと幼い感じの絵をもらえませんか?」
「絵を?別にいいけど」
「よろしくお願いしますね!」
色は塗らなくていいということで、このお祭りが終わったら描いて渡すことにした。彼女たちとも別れると、後発で町に来た神官騎士さんがやって来た。
「どうしたの?」
「ムルムル様、用意していただいた倉庫なのですが、大工の方から屋根の改修をしたいと申し出がありまして…」
「ああ、それね。アスカが作ったんだけど、屋根は特に適当だって言ってたから構わないけど」
「我々も流石に建物には詳しくなくそのつもりなのですが、中に入っている支援物資の移動をどうしようかと」
「一旦外に出さないといけないのね。いっそのこと、町長と話して各家に配ってしまったらどうかしら?次の支援の隊が来る前に屋根を作ってしまえば、雨にも耐えられるし数年は持つでしょう?」
「はい。簡素な造りながら基礎がしっかりしていてそのまま防水を施せば使えるとのことです。では、その方向で話をしてきます」
「よろしくね」
「ムルムルって色々出来るんだね」
「アスカほどじゃないわよ。各地を回っているとね、色々ともらったりもするの。だけど、旅の荷物は少ない方がいいでしょう?その場でこうした催しものに使ったり、次の町で使ったりとできるだけ早めに消費するの。だから、こういうことは慣れてるのよ」
「巫女って祈って舞うだけじゃないんだね」
「そのために寄付も受けるし、色々としてもらうわけだからね。そういうことも学ぶのよ」
「私も学んだ方がいいかなぁ?」
「アスカは大丈夫よ。学ぼうとしなくても身に付くわよ」
「どういうこと?」
「さあね。おっと、それよりもうすぐ時間ね。ラフィネ、用意をするわ」
「はっ!」
側で控えていた神官騎士さんが数名、私とムルムルの近くに寄る。そして、そのまま1軒の家に入っていった。
「ここからは私が護衛につきますので!」
「お姉ちゃん1人だけ?他の人は?」
「あんな野郎どもを入れる訳にはいかん!」
「そうよアスカ。これから着替えるんだから」
「さあ、この衣装にお着替えるんだ。安心するといい、私が安全を確認するためじっくり見ている」
「お、お姉ちゃんちょっと目が怖い」
「じゃあ、柔らかくする」
う~ん、変わった気がしないけど時間もないことだし着替えよう。
「でも、この衣装っていつもの巫女の衣装とは違うよね?」
「まあね。公式衣装なんて出したら意味なくなるし、この衣装は神殿内の教会とか軽く外出する時に着るものよ。だから、この服装だと政治的意味合いもかなり薄れるの」
そう言われては仕方ないので、お姉ちゃんの視線を受けながら着替えた。出会ったころとはもう別人だよ。
「で、着替えたわけだけどこれでどうするの?」
「いやねアスカったら。巫女が巫女の衣装を着たのよ、舞うに決まってるじゃない!」
「で、でも、私は人前で舞ったことないよ」
「誰でも最初はそうだ。それにそうそう巫女の舞を見ることはない。心配しなくてもいいぞ」
「いや、お姉ちゃんは舞わないからそう言えるんだよ」
「いいえ、ラフィネの言う通りよ。多少のミスはあっても大丈夫だし、それに町のみんなを元気づけてあげたいとは思わないの?」
「そりゃあ、思うけど…」
「なら、話は早いわよね。アスカは途中にラフィネがパンって音を鳴らしたら、1の舞から2の舞へ、その後で音が鳴ったらもう一度1の舞ね。私は最後は3の舞になって楽器を鳴らすけど基本のタイミングは一緒だから合わせる必要はないから」
1の舞と2の舞はどちらも体を動かすのだが、2の舞の方がやや動きが大きい。さらに3の舞はシャランと鳴る楽器を使って舞うのだ。私はまだというか2の舞までしか教えてもらっていないので、流石に舞えない。もっとも2の舞に関しても練習量は少ないんだけど。
「うう~、緊張する~」
着替えてステージ袖で出番を待つ。司会の人が本日のメインだと言って私たちの説明をする。
「それでは登場していただきましょう。巫女のお2人です!」
「さあ、行くわよ。もちろん、堂々とね」
「ふぇ~」
は~い!なんて元気よくは登場しない。あくまで神事の一環なので楚々とステージに上がる。その後、配置についた私たちはお姉ちゃんの合図で舞いを始める。
「~、~~」
音楽はないけど、一生懸命舞う。みんなのために少しでも元気が出ればと思って…。
---
相変わらずねアスカは。さっきまではあんなに色々言っていたのに、いざ始まるとすごい集中だ。時折目に入るけど動きは堂々としたもので、これが初の舞だなんて誰も思わないだろう。
『私の時はどうだったかな?』
確か巫女見習いの人からは微笑ましい目線を送られて、神官からはまだまだこれからと言われて後で凹んだっけ。
パン
おっといけない、ラフィネの合図だわ。流石にまだアスカに練度で負けることはないけど気を抜かないようにしないとね。同じ舞を披露する以上は比べられる訳だし。というかあいつもこっちをちょっとは見なさいよ。
パン
さて、ここからは3の舞ね。2人の舞が異なるからお互いの力を見せないとね。実は私はこの3の舞が一番好きなのよね。身体を大きく動かす2の舞も好きだけど、音が鳴ってみんなの注目が集まる3の舞がやっぱり一番だわ。そんなことを考えながらアスカの方を見る。
『あ、えっ!?服の袖から光の粒が出てるんだけど。なにあれ、あんな機能あったっけ?』
思わずラフィネの方を見ると、彼女がこの舞の最中に初めてこちらを見た。必死に気付かれないように知らないと意思表示する。
1の舞から2の舞へそして再び今は1の舞だ。やっぱりムルムルはすごい。3の舞までできることはもちろん、私よりも動きが丁寧だ。アルバでテルンさんと舞っている時はテルンさんの方がすごいと思ったけど、にわか仕込みの私とはまるで違う。せめて、少しでもきれいにそして見てくれる人に元気が出るように必死に体を動かす。
『もうちょっと…あと少しだけ…』
自分の力を限界まで引き出そうと意識を集中する。すると、にわかに頭に声が響く。
『では、少々借りるぞ』
そう声がしたと思ったら、勝手に体が動いていく。そして、自分を眺めている感じになるんだけど、直ぐにステージを見上げていた人から声が上がる。
「あれ?何か光って見える」
「あなたも?私にもアスカ様の袖口が光って見えるわ」
「不思議…。まるで女神さまの祝福を受けているようだわ」
「だが、実際に俺たちの町を救ってくれたしな!おかしくないぜ」
「もう…せっかくの機会なんだから静かに見ましょう」
『ど、どうなってるの?』
と言ってみたところで勝手に体が動くし、見ていることしかできない。しかし、そろそろ終わりというところでムルムルの方にも変化があった。何と楽器をシャランと鳴らすとそれに合わせて水が出るのだ。それも不思議なことに服を濡らしたりせずに淡く消えていく。
『んなっ!?絶対これシェルレーネ様だわ。アスカの不思議現象に対抗なんてしなくていいのに…』
パン
舞いの最後を知らせる合図がお姉ちゃんから出る。それとともに私とムルムルがそれぞれ手を観客席に伸ばす。すると私の袖口からは光が、ムルムルの楽器からは水が出て人々に降りかかる。
「うわぁ~、きれい~」
「すごいわ。巫女様の舞を初めてみたけど神秘的ね」
「私、絶対に子どもにも伝えるわ」
伝えてくれなくてもいいです。多分これこの場限りなので。そしてステージから袖に引っ込むとムルムル達と話をする。
「アスカ、さっきのあれ何なの?」
「わ、私にも何が何だか…」
「だが、かなりの神聖さを感じた。とてもではないが、神官クラスではできないぞ」
「ほんとに分からないの。ムルムルこそ楽器から水だしてたじゃない!」
「あれはシェルレーネ様よ。これも一応神器の一つだからたまに気が乗った時に出してくれるの。これまでも何度か経験してるのよ。でも、アスカの服ってこっちで用意したものだし、理解不能だわ」
「ま、魔法じゃないかな?」
「聖属性の?アスカって2属性だけよね」
「聖属性じゃないもん」
「どちらにしろ、目立ってしまったな。これは町に飾られる像と合わせてしばらく騒ぎになるな」
「ええ~、そんな!じゃあ、早く帰らないと」
「そうはいっても今日はもう無理だし、予定は明日よ?」
「うう~」
原因も分からないけど、どこの誰なのかな。ここまで目立ちたくなかったのに。そう思いながらもみんなを元気づけるという当初の目的は達成することが出来たのでほっとしたアスカだった。




