峠を越えた町
町にアラシェル様の像を置きたいという薬の調合をしていたお姉さんは、止める間もなく町の人に相談に行ってしまった。
「あ、ちょっと…行っちゃった。どうしよう?」
「別にいいんじゃない?アルバと神殿以外にも信仰される場所が増えるんだし。それにアルバも神殿もアラシェル教の方から働きかけてるでしょ?向こうの方から信仰したいってことはいいことだと思うわよ」
「それにしても場所が問題だよ」
「関係ないわよ。むしろ、レーネ湖近くの町ですら他教が入る余裕があるって、歓迎されるかもね。大体、飾る像だってシェルレーネ教の刻印入りなら問題ないわ」
「そう言われるとそうかな?」
「巫女様方、お話し中ですが少々よろしいでしょうか?」
「あら、あなたは調査隊隊長の…」
「ウォードです。住民たちも安心してきたようで、このまま問題ないようでしたら明日か明後日にも、催し物をしたいと思いまして」
「それは構わないけど、どうして私たちに?」
「はっ!現在この町における行動はアスカ様、もしくはその代行者に移管されています。その為、そのような許可もアスカ様に求めることになっております」
というかその話、私にだったんだ。てっきりムルムルにだと思ってたよ。
「でも、どうして催し物を?」
「やはり、病というのは人民に影を落としますので、ある程度回復の兆しが見えればそれを払しょくするために行うのです。一部は領主が負担するので領民たちも歓迎してくれます。そうして、病を乗り切ってきたのです」
「町の快気祝いってことだね。でも、どんなのをすればいいのかなぁ?」
「あら、そんなの決まってるでしょ?ラフィネ、問題ない?」
「もちろんです。正規の衣装ではありませんが、この場合はそれが良い方向に向きました」
「えっと、出し物は決まったと思っていいの?」
「ええ、心配しないで。アスカはそれ以外のところで何か思いつくものはある?」
「催し物ってことはお祭りかぁ。じゃあ、会場の中心に催し物のステージを作って、その周りに人がいてその外に食べ物屋さんとか、アクセサリーとか置いたらいいんじゃないかな?大人向けじゃなくて子ども向けの」
「ふぅ~ん。面白そうな案ね、早速絵に描いてよ」
「分かった」
「絵ですか?」
「そう。アスカは絵も上手いのよ。それより隊長さんは資材の手配を町の人とお願い。大人たちの力を見せてよ!」
「了解いたしました。直ちに」
流石、隊長さんは軍人だけあって私の絵から必要なものをリストアップしていく。
「では、もう少し屋台は離しますか?」
「そうですね。あまり会場を狭くすると再び感染するとも限らないので、そこは広めにとりましょう。それで、屋台近くで食べられる場所と会場ステージ近くにも場所を用意して固まらないようにするんです。あっ、ちゃんとごみ箱も用意してくださいね」
「必要なものを書き出したらまた伺います。しかし、手際がいいですね。領地について普段から学ばれているのでしょうか?」
「えっ!?そんなことないですよ」
「では、幼少のころから御父上についておられたのですね。あなたの御父上の治める領民がうらやましいです」
「ちょ…違いますって!ああ、あの人も行っちゃったよ」
「ま、しょうがないわよ。そんな珍しい知識なんて貴族でもないと普通知らないしね」
「ムルムル、後でちゃんと説明しといてね」
「機会があったらね」
それから数日かけて準備をして、催し物が行われた。
「今日はやや早いが、病が収束に向かっているということを祝し、宴を行う。本日出されるものについては領主様と神殿の好意により振舞われる。気にせずに楽しむがよい。では、お二方」
「さあ、アスカ。挨拶よ」
「ほんとにしないと駄目?後でとか」
「分かったわ。アスカったら珍しいわね」
そういうと、下がった領主代行様の代わりにムルムルは前に出て話し始めた。ええっ!?そういうことじゃないよう。
「さ、次はアスカの番よ。遠慮せずに思ったことを言いなさい」
「そう言われても…」
といっても、私が話さない以上は宴も始まらないので、何とか話し始める。
「え~、アラシェル教の巫女をやっているアスカです。この度は、皆さん大変だったと思います。多くの人が不安な毎日を過ごし、中には亡くなられた方もいると聞きました。ですが、こうして快気の兆しを見ることが出来てよかったです。今回の教訓を生かして、多くの町に人にこの町で起きたことを伝えてもらえればと思います」
挨拶を終えると拍手が起きた。すっごく恥ずかしいし、どうして最後に挨拶をする羽目になったのか。
「いい挨拶だったわよ。さあ、みんな!存分に始めて頂戴!」
ムルムルが始まりを宣言すると、みんな思い思いに動き始める。ただ、当然ながら兵士の人は警備だし、飲食店をやっている人は料理、宿などの経営者は皿などの準備や清掃などと言う感じで全員が楽しむことはできない。
「ちょっと悪いよね。こうやって私たちだけ楽しんで」
「何言ってんのよ。あの人たちだって、病のせいで店をろくに開けていないのよ。見なさいよ、みんな楽しそうでしょ?」
ムルムルが指さした屋台を見ると、早速やって来た人に料理を渡している。その際には何か話しているようで、直ぐに笑顔を浮かべた。
「ほんとだね」
「アスカだって宿で働いてたんでしょ?数日ぶりに常連に会えるんだもの、それも遠慮なくね。兵士だってここに来ている人の中には家族がいるのよ。本望じゃないかしら?」
「そっか…。さっすがムルムル!」
「それより私達も食べるわよ。アスカは何がいい?」
「う~ん、このお魚かなぁ?」
「これね。おじさん、これ2つ!」
「はいよ!って巫女様!し、失礼しました。いくつでしょうか?」
「2つでいいわよ。そんなに食べられないもの」
「ありがとうございます」
こうして私たちは店を回っていく。ほんとはラフィネさんや他の神官騎士さんにも自由に食べて欲しかったんだけど、どうしても護衛の関係で食べられないとのこと。しょうがないので毒見と称して、ひとりに一つ料理を食べてもらっている。
「はぁ~、こちらの肉もおいしいですね。もちろん大丈夫です」
「ごめんね、ラフィネさん。毒見なんてさせちゃって」
「いえ、これも仕事ですから。欲を言えばアスカ様が食べた後に食べたいのですが…」
「それは流石にちょっと」
ラフィネさんはこの町に滞在している間にどんどん近づいてきた気がする。うれしい反面、エレンちゃんもジャネットさんもそこまでではなかったので、ちょっと戸惑ってしまう。
「あら、食事処は過ぎたみたいね。こっちは簡単なアクセサリーとか小物類ね」
「これは巫女様方、見ていかれてはどうですか?子供向けですが、お土産にいいですよ。もちろん今回はお代は不要です」
「えっ、悪いですよ」
「いえ、不要といってもここでの売り上げは領主代行様が後で支払ってくださいますので、お気に入りのものがあればお申し付けください」
「そういうこと。でも、その割には残ってるんじゃない?」
「支払われるといっても商売ですからな。似合いもしないものに売ったりしませんよ。信用が大事なのです」
「へ~、ならちょっと見ましょう」
私はムルムルと一緒に並べられているものを見る。ん~、子ども向けという発言通り作りは粗いというか、基本はいくつかの天然石にひもを通して、ちょっと銅の細工を中央に置いたものだ。それでも、色んな街を見たけどまだ手に入れやすそうな作りだ。
「お土産かぁ。エヴァーシ村に寄るならいいかな?」
天然石のものは個性があるし、子どもたちも喜んでくれそうだ。
「じゃあ、これとこれとあとこれも」
「毎度ありがとうございます。ムルムル様は?」
「ん~、難しいわね。数が数だし、巫女見習いに渡すとなるとね…」
「それでしたら、ひと月ほど頂ければ今回のお礼として神殿に寄付致しますよ」
「本当?なら、後で数を言うからよろしくね。町の子たちの分を取っちゃっても悪いし」
そっか、並んでる分だけなんだ。商人も最近はあまり来ていないって話してたし…。
「そうだ!お代は貰わない代わりにこれをどうぞ。立ち寄った村とかで商売する時用に確保してた分です」
私はマジックバッグから大銅貨2枚前後で売る用のアクセサリーをいくつか出すと、店に並べる。
「よ、よろしいのですか?」
「はい。材料も他の細工の余りとかを使っているので、そんなにいいものでもないですから」
「あんた、知らないわよ」
こうして別の店に行くと、町の少女たちがさっきのアクセサリーショップになだれ込んでいた。
「やっぱり私たちに気を使って、空けてくれてたんだね」
「そういうんじゃないけど、まあいいか。あんたらしいわ」
そして、店も見回ったところで私たちはちょっと会場から離れて休憩することにしたのだった。




