一夜明けて…
「アスカ、体調は大丈夫?」
「うん!もう元気いっぱいだよ」
「それじゃあ、お昼の用意手伝ってくれる?」
「は~い、お姉ちゃんも行こう」
「ああ」
皆で連れだって邸の前にある臨時のかまどに向かう。
「火の調整も任せてね。薪もあんまりないって言ってたし、鍋を置いてくれたら火をつけるし湯も作るから」
「分かったわ。そうそう、ご飯を食べたらまた患者さんの服を替えるんだけど、それが終わったら領主の邸に行くわよ」
「ええっ!?ムルムルはともかく私も?」
「何言ってんのよ。貴方が責任者だってこと忘れたの?私だけ行ったらそれこそ意味ないわよ。今回の事態の問題と、現状のすり合わせよ。中央神殿からもあと何回かは支援が来るでしょうけど、本隊はあくまで領主なんだから」
「それじゃあ、しょうがない…のかな?」
「ええ。アスカ様はこの神殿からの隊の責任者になってます。あくまでムルムル様は付き添いなので、席の方もお間違えないように」
「マ、マナーとか大丈夫かな?」
「大丈夫よ。向こうだって代行なんだし、町の状態を改善してくれたアスカに何も言えないわよ。それよりこの野菜を茹でたいからお湯沸かしてくれる?」
「分かったよ。ファイアボール」
湯船に湯を張るのと同様にお湯を作る。ただ、向こうは40℃ぐらいなのに対して、こっちは熱湯だ。ちょっと火力も強めにしてやる。
「それじゃ、塩を入れてと。切ったやつそのまま入れて」
「は、はいっ!」
調理を手伝ってくれるのは男性の騎士だ。どうやら、本当に料理の経験はないようで入れる時もバサッとあけたらいいのか、悩んでいる様だ。
「このなべは大きいからそのままあければいいわよ」
「はっ、はい。すみません、何分野営でもテントの設営ばかりをしていたもので…」
「いいわよ。手伝ってくれるだけで助かるし。でも、どうしてテントの設営ばかりだったの?」
「剣と料理用のナイフでは勝手が違い過ぎて、同僚から止められていたのです」
「えっ、普段の訓練でもナイフは使いますよね?」
ちょっと気になったので、私も会話に加わる。
「それが、どうにも格闘術や剣術は出来るのですが、それ以外はさっぱりで…」
「あ~、そう言うことですか。確かに似ているようで違いますよね」
「どっちも刃物じゃないの?」
「リーチが違うだけでも大変なんだよ。剣は投げないけどナイフは投げられるし、そういう意味では別物かな?ほら、リュートって私の仲間がいるでしょ?彼も短剣は使えるけど、剣は持てないって言ってた」
「そうなんです。皆さんにナイフぐらいと言われるんですが、あれで中々奥が深いんですよ」
「こら、そんなこと言って逃げないでよ。一応、訓練内容には入ってるんだから」
「あっ、こんにちわ」
「こんにちは。おっと、指揮官でしたね。よろしくお願いいたします」
「いいえ、普通でいいですよ。それで訓練って言うのは?」
「騎士なんで当然槍とか剣が中心なんですけど、街中の警備とか場合によっては持てないこともあるんです。そういう時のため、格闘術とナイフを訓練するんですがどうにも彼は成績が振るわずで。それがなければ隊でも上位なんですが…」
「剣があればいいんだよ。なくったって格闘も得意なんだから何とかなるさ」
「そうは言うけどね…」
「あっ、そろそろ茹で上がりますよ」
「そ、そう?ほら、ざるで掬うわよ」
「分かったよ」
そんな感じで昨日とはちょっと料理の内容も固形に近いものになり、お昼を配る。
「お待たせしました」
「悪いね。あんたみたいに町の外の人にこうしてもらうなんて」
「いいえ、困った時はお互い様ですよ」
「そう?なら今度はあんたの力に成るからね」
「その時はお願いしますね。それよりまずは食べないとですよ。食べないと元気が出ませんからね~」
「そうだね…」
実はこのおばさんが薬屋の店主で、経験から最初に換気とかも呼びかけたらしいんだけど、家一軒単位での経験のため強く出られなかったらしい。今重病化している人以外にも亡くなった人も何人かいて、辛そうだった。
「今回の経験を生かせばいいのよ。ほら、浄化するわね」
「そういえば、お2人はどのような身の上で?領主様の手配はまだでしょうし…」
「私はシェルレーネ教の巫女のムルムルで、こっちはアラシェル教の巫女のアスカよ。今回は私は付き添いだから、今やってるのはこっちのアスカの仕事よ」
「そ、それは…失礼いたしました。巫女様とは存じ上げず。町を出ていった誰かの娘か何かかと…」
「構わないわよ。公式訪問でもないし、巫女って言ってもそこまで偉くないわよ」
「いいえ。巫女様に来ていただければ町も安定するでしょう。調査隊の方には申し訳ないのですが、薬品などの持ち合わせが少ない先遣隊だったせいで、有効な手立てが打てず…」
「やはり薬品が足りてなかったんですね。症状に合う薬草はあるのに、治せそうなものはほとんどなかったので」
「あなたは薬学の知識もおありで?」
「はい。親が薬師だっただけですけどね。それもノートを見ながらですし」
「それでも助かりました。私も病にかかってしまい、誰にも頼めなかったのです」
「でも、町に1軒だけしか薬屋がないなんて珍しいわね」
「ここはレーネ湖のおひざ元ですから。水もきれいでこういったこともめったになく、関心がないのです」
何でもおばさんによると昔は3軒ほどあったとのこと。でも、あまり客も来ないし結局今残っているのがおばさんの店だという。
「うちも息子は王都に出て行ったし、困ってまして…」
「それなら、何とかなると思うわよ」
「どういうことですか?」
「それは後で。今は体を整えないとその先なんて考えられないわよ。ほら、食べたら横になりなさい」
「は、はい…」
「でも、良くなったらちょっとずつでいいので動いてくださいね。じゃないと別の病気になっちゃいますよ。たまには動くのを忘れないでください」
「ありがとう、小さな女神様」
そういうとおばさんは横になって休んだ。すると、すぐに寝息をたてだした。どこかで自分がと思っていたようで、あまり休めていなかったのかもしれない。
「奥にいる人たちも安定しているし、大丈夫そうね」
「うん」
「それにしても小さな女神ですって!」
「や、やめてよ、ムルムル!」
「いやいや、見る目のある人じゃないの」
「そんなことないよ」
「でも、アラシェル様ってアスカに似てるわよね?なら、間違いって訳でもないんでしょ?」
「そ、それは…」
間違えていないだけに否定できない。その後は大部屋の人たちにも配り、私たちも食事を終えると今度は着替えだ。
「こっちでシーツを回収して、こっちは体をきれいにします。次の人に使い回さないようにしてください」
「はい。シーツの方もですか?」
「もちろんです。洗ったものと混ざらないようにしてください。それと、出来るだけ毎日やってくださいね。症状が重たい人ほど優先的に」
「これを毎日ですか?冬が近いですし、乾燥とかも大変ですね」
「生乾きはもっとだめですからね!ちょっと大変かもしれませんけど、ガラスを大きく使った部屋とかで天気のいい時に干すとか、何とか頑張ってください。司祭様も水魔法を使えるみたいですから、今回みたいな時は協力してもらうといいですよ。いいよね、ムルムル?」
「当然よ。そういうことも含めて教会は各地にあるんだもの。町の人のためになるなら大歓迎よ。まあ、普段の商売には使えないけどね」
普段の商売にシェルレーネ教として関わると今度は商人ギルドとの関係があるらしい。乗合馬車なんかで水を出すぐらいならともかく、それを元に砂漠で商人として商売するのはダメだということだ。施しか商売かって区別があるんだって。
「でも、こうしてみると昔からやってたこともありますね。ずっと元気だった人の日課とかもありましたし」
「そういうのの積み重ねですよ。まあ、たまたまその人が丈夫なこともあるので、検証はいりますけどね」
昨日は少数だったけど、今日は町の人も装備はばっちりだし、健康な人も連れて来てくれたので1時間とかからずに作業は終了した。
「はい。これで終わりましたよ。気分が悪くなったら言って拭いてもらった方がいいですからね。あと、難しいかもしれませんけど、お風呂とかもいいですよ」
「分かりました。ありがとうございます」
「お風呂ねぇ…。魔石使ったやつ置くように言ってみる?」
「領主代行に?それいいかも!だけど、今は病気だし毎回お湯を抜くの結構大変だから、かけ湯中心になっちゃうかな?」
「そうか、お風呂も服とかと同様一人ずつなのね」
「うん。今考えるとそれってかなり難しいよね」
「一日、数人が限界よね。それでも思いつくアスカはやっぱりすごいわよ」
「そんなことないよ」
病院だと個別にお風呂に入ってたから当たり前だと思ってたけど、あれって贅沢だったんだ。蛇口をひねると水でもお湯でも出る環境がないと難しいんだな。
「さ、作業も終わったし、着替えて領主の邸に行きましょうか」
「ムルムル、何でもないことのように言わないでよ」
「私は結構こういうこと慣れてるからね。好きとか嫌いとか言える立場でもないし」
「ううっ、そう言われると何も言えない…」
「でも、公式の訪問じゃないから巫女の格好は無しよ」
「別に嬉しくないよ」
こうして渋々ながらも私たちは領主の邸に向かったのだった。




