経過と休息
コルタの町についてようやくの夕食。しかし、患者さんたちに作った料理を食べてもらうところで問題が起きた。
「えっ!?食器はこれだけですか?」
「はい。こういう食事中心でしたが、やはり関わる人間が少ないので数人に食べてもらって、それを次の人に回してたんです」
「だ、ダメですよ!ちゃんと器は一人に一つ。せめて、ここに居る間は番号を振ってちゃんと専用にしてくださいね」
「でも、急には…」
「しょうがないですね」
私はもう一本、木を切ると一定の高さに切り分けてくりぬいていく。
「アスカって、一家に一人欲しいわね」
「待って!私、そんな便利ロボットじゃないから!」
「ろぼっと?それが何か知らないけど、多芸よね」
「芸って言わないで…」
「それより、患者に渡さなくてよろしいのですか?」
「そうだった!行くよ」
「はっ!」
とりあえず今日の夕食は食べやすいスープ状のものを。ただし、ちゃんと野菜とか入れて栄養には注意している。
「スープを持って来ましたよ。飲みやすくしてますけど、温かったら言って下さいね」
「ありがとう。あんたはさっきいた…」
「今日この町に来たんです。頑張ってくださいね」
「そう…。ありがとうね」
私が奥でムルムル達は手前の大部屋だ。こっちには手伝いとしてラフィネさんが付き添ってくれている。
「それとこっちは野菜と果物中心のジュースです。出来るだけ飲んでくださいね」
こうやって料理を渡しながらさりげなく体に触れて体温を測る。ちょっと体温が低い人にはこそっとウォームヒールを掛けていく。この部屋の人たちは体調を崩している人が多いからよく見ないと。町の人にも頼んで3人交代で部屋にいてもらう手配をしてもらった。
「さて、私達も食べましょう」
「そうだね。それじゃあ、行こうお姉ちゃん」
ラフィネさんと一緒に私たちもスープをもらいに行く。場所は邸の前だ。
「こうして町中なのに野外で食べるなんて不思議だわ」
「そうだね。ムルムルは尚更でしょ?」
「まあ、巫女を町中でこんな扱いしたら大騒ぎだしね」
「ごめんね、ムルムル」
「何よ、改まって」
「私のわがままに付き合わせてこんな所まで…」
「はぁ、言ったでしょ。私だって今まで我慢してきたの。こうやって来たかったんだから遠慮はしないでよね。どうせその内、爆発して来てたわよ。まぁ、アスカがいる時にはしなかったけどね」
「どうして?」
「友達を自分の都合で巻き込みたくないもの」
「そんな!水臭いよ」
「ええそうね。だから、私もついて来たのよ。アスカ1人でなんて行かせられないもの」
「お2人は本当に仲がいいんですね。私も神官騎士を数年やっておりますが、ここまで仲の良い方は水の巫女同士以外では見たことがありません」
「まあ、気軽に会えることもないし、それはしょうがないわよ。それよりあなたたちは明日から今日やったことを覚えてもらって、後続部隊に引き継いでもらわないといけないんだから頑張りなさいよ」
「分かっております」
「えっ!?私たちは?」
「そんなに長く居るとそれこそ大問題になっちゃうわよ。後続が来る前に帰ることになるかもしれないの」
「何とかならないの?」
「何とかっていわれてもねぇ」
「領主代行に相談しては?町の出入りに制限をかければ噂は防げます。病のまん延を防ぐためという名目なら、ここを避けて、中央神殿までなら多くの旅人も当日間に合いますし」
「兵士を借りるか神官騎士を付ければ可能か…。分かった、ちょっと考えてみるわ」
「さっすがムルムル!」
「わっ!?か、考えるだけよ。勘違いしないでよ」
「分かってるって」
それから、後片付けを手伝おうとしたけど、みんなに止められたのでジュースを1杯もらって、今日泊まる家に入った。
「それじゃ、明日はみんなにある程度任せるのよ。今日は疲れたでしょうし、急がずにゆっくりするの」
「分かった。でも、苦しんでる人もいるだろうからなるべく早く起きるね」
「そうね。そうしましょうか」
そう言葉を交わすと眠くなってきたのですぐに横になった。
「はぁ~、寝たわね。良かったわ、薬屋に行った人が睡眠薬を取って来てくれて。貴方にはつらいことを頼んだわね」
「いえ、感じていた以上にアスカ様は無茶をされるお方ですので」
「全く、まさか見えないところでマジックポーションを何本も飲むなんてね。体力だってそこまでないのに…」
「人々の信を得るには素晴らしいですが、御身を大切にしていただかないと」
「本当にね。明日は起きるまで放っておくわよ」
「無論です。私はその間、護衛のついでに今日のことをまとめておきます」
「頼むわね。どうせじっとしてなさいって言っても、今度は対応の仕方を書くって聞かないでしょうから」
「そうですね。ですが、ムルムル様もお休みください。貴方に何かあればカレン様もテルン様も悲しまれます」
「今日はもう休むわよ。慣れない空の旅で疲れたもの」
「そうでしたね。機会さえあれば練習には付き合います」
「いいわよもう…おやすみ」
「お休みなさいませ」
「ん~、良く寝たぁ~。あれ?みんないない。まあ、護衛の人は外かな?」
私は服を確認して外に出る。
「アスカ様、おはようございます」
「あっ、ラフィネさん…じゃなかったお姉ちゃん。おはよう」
「昨日は疲れたみたいだな。急がなくていいから朝ご飯が出来ているぞ。といっても昨日の残りだが」
「えっ!?もうそんな時間なの?」
「ふふっ、寝ている姿は子どもそのものだったぞ」
「ちなみに今は何時?」
「もう10時過ぎだ。だが、心配いらない。ムルムル様を始め、昨日の後発隊のみんなが中心になって動いている」
「じゃあ、直ぐに用意しないと!」
「待て!今まで起きなかったんだから無理はするな。許可ももらっているし、せめて昼までは休むんだ」
「だけど、薬が…」
「昨日の残りもあるし、大部分は私が書き記したものを使うから大丈夫だ」
「そ、そうなの?お姉ちゃん、そんなこと出来たんだ」
「まあな。野草ぐらい見分けられないとサバイバルでは生き残れないからな」
実際野草ぐらい見分けられるが、調合となると不安が残る。分量は見ていたが素材からだったからな。そこはあの女性に頑張ってもらおう。これ以上、アスカに無理をさせるわけにはいかない。神殿としても一族としてもこんな年端も行かない少女に大人が頼りきりなどあってはならないのだ。アスカが朝食を取り終えると、そのまま話を始める。
「へぇ~、すごいんだね。やっぱり、騎士の訓練で?」
「ああ。そう言ったこともあるが、うちは大した家でもないからな。この髪のお陰で2代先までは騎士爵を頂いているが、収入を考えれば余裕がそこまでなくてな。修行と称して冒険者になることもあるし、そうなると薬草採取の依頼を受けるだろ?だが、たまに間違ったやつを取って来るんだ。そういう時に受付の人が食べられるのを教えてくれたんだ」
「そっか~、私間違えたことなかったから知らなかった!」
「アスカはたまに抉ってくるな」
「なにが?」
「いや。そういえば、昨日の製薬作業は随分動きが良かったが、普段からしてるのか?」
「ううん。入れるものはこれを見たんだ」
「それは?」
「お母さんが使ってた研究ノートだよ。最初は軽い症状の薬の作り方がまとまってて、その後ろからは研究成果が書いてあるんだ。失敗もちゃんと失敗って書いて載せてるんだよ。ここの病は何か分からないけど、症状はここにまとめて載ってるのばかりだったからできたんだ」
「ちょっとだけ見せてもらっていいか?」
「うん」
じーっとノートを見るお姉ちゃん。そこまで変わったこと書いてあったかなぁ。
「そういえば、きちんと中身見たことなかったかも」
「ん?」
「ううん。気になるところあった?」
「気になるというかすごいノートだ。私は専門家ではないが、考察など一つの研究で可能性がかなり書かれている。それなりの人物に見せれば、研究に役立つかもな」
「そっか…」
「どうしたアスカ?」
「何でもない。そうだ、時間があるなら領地というかお姉ちゃんの家の話が聞きたいな」
「いいのか?大して平民と変わらないぞ?」
「でも、騎士っていうぐらいだからやっぱり違うところも多いんでしょ?」
「まあ、これでも主家が侯爵家だからな。その家に仕える可能性もある場合は大分変わるな。普通は簡単な読み書きとマナーだが、そういう人間はマナーももっと学ぶし、護衛の関係でダンスなんかも覚えないといけない。それでいて実力は維持するのが求められる」
「本当に大変なんだね」
「ああ。だから、私は選ばれなかったんだ」
「そうなの?昨日も私の速さについて来たし、魔力も高いんでしょ?」
「10歳ぐらいまではあまり魔力が高くなくてな。魔力が上がったその時に神官騎士として神殿に入ったんだ。主家につく人間は遅くとも8歳までには頭角を現さないといけないんだ」
「厳し~」
「そうだな。だが、うちは外交について行くこともあるからしょうがないさ。他国で無礼を働くことはもちろん、土地勘がないところで護衛をするからな。早くから学んでおかないといけないんだ」
「じゃあ、選ばれなかった人は神官騎士を目指すの?」
「そういう訳でもないな。特に属性的に水でもないし、分家からはあまり出ていない。だが、急激に魔力が上がった時に目指せた中で一番、自分の力が活かせそうだったからだ」
「へ~、他には何かあったの?」
「後は…王宮騎士とかだな。だが、実績が必要だからどこかで功をあげないといけない。そこは運もあるからな。努力してたどり着けるところがここだったんだ」
「そっか~。騎士さんも大変なんだね」
「まあ、アスカほどではないな」
「私が、何で?」
「生まれについては言っただろう?あの通りなら、今から養子に入ってマナーやダンスはもちろん、普段の行動から歴史などの勉学などやることだらけだ」
「うえぇ~、絶対嫌だ!」
「そうだな。この町に来て分かったが、アスカは貴族として生きられないな。高位貴族が病の町人のためにお忍びで来たとなったら何人処分されるか…」
「悪いのは私だよ?」
「でも、知っていて準備もしたし送って行った訳だ。私であれば護衛の仕事はついて行くことではなく、危険から遠ざけることだからな。民衆からの人気はあるのに常に護衛が変わるとか、何かあるのかと噂されるだろう。その内、家から出させてもらえなくなるかもな。まあ、主家は素晴らしい家だからそんなことはしないと思うが…」
「ちなみに領地とかどの辺なの?」
「王都北西のコードレルというところだ。大きい町でもないが、外交関連ですぐに駆け付けられるように領地も王都に近いんだ」
「絶対近寄らないようにします!」
「ははは。だが、気が向いたら立ち寄ってくれ。さっきの話は置いても、あの方たちもアスカに会いたいだろうからな」
「旅が終わったら、考えます」
「ああ。頼む」
そんな感じでお昼になるまで私とラフィネさんはずっと話していた。




