清掃完了!
奥の部屋をきれいにして戻ってきた私たち。そこでは隊長さんとテムズ司祭さんとラフィネさんが調整をしていた。
「今の内にこっちに来て」
「ど、どうしたの?」
ムルムルを着替えに使ったところに引っ張り込む。
「はい、これ」
「これってマジックポーション?」
「そう。みんなの前で飲んだら心配かけちゃうからね。ささっ、2本目が必要なら言ってね」
「いらないわよ」
「ま、そう言わずに。無理はよくないから」
その後は私も1本飲んで出た。
「アスカ様、中はどうですか?」
「ひどいところは何とかなったけど、大部屋はまだ手付かずです。出来ればラフィネさんが手伝ってもらえると…」
「分かりました。この話を終わらせてすぐに向かいます。他には?」
「重病者を再度運び込むのに、体を拭いたり服を替えないといけません。その人員の手配を」
「それは、しかし…」
隊長さんが声をあげる。どうやら奥の部屋に運び込まれたのは最低限の接触にするための様だった。余り世話をしたいという人もいないのだろう。
「分かりました。私がやります。その代わり、奥の部屋に近い部分を空けておいてください。ここで処置をして一気に運び込みます」
「それをあなたが…」
「話す時間がもったいないです」
「私も手伝うわ。こうなったらもう怖いものなしよ!」
「うん。すぐに運んで来る!」
私は再び邸に入って重病者を一人ずつ臨時のベッドに寝かせる。そこに置いている間に体を拭いて、服を替える。終わったらシーツも替えて再び次の人だ。
「あと一人…」
「頑張りましょう」
「私も手伝います」
ラフィネさんが話し合いを終え、こっちに来てくれた。すぐに拭いてくれ、最後のひとりを運び込む。
「これで奥の部屋は大丈夫だね。後はと…」
私は奥の部屋に続くドアに魔法をかけて空気が入らないようにする。そして再び換気をして、一旦中にいた人に出てもらう。
「掃除を行います。これで感染力は弱まるはずですから頑張ってください!」
「お、おう?」
勢いのままに話す私に、町の人たちも何事かと建物から出て行ってくれる。
「よしっ!やり方はさっきと一緒で面積が広いだけだから頑張ろう」
「広いだけって…まあいいわ。やりましょう」
私も水の魔道具があればよかったんだけど、ないものは仕方ない。再びムルムルに浄化とアクアボールを作ってもらい、それにアルコールを混ぜて噴霧していく。
「代わりに拭くのはお任せだよ」
「そっちは頼むわ」
作業をしていると、外で声がしていた。どうやらここを出された人たちが説明を求めている様だ。司祭さんたちも説明しているようだけど、この数日で疲れているのか結構言葉も攻撃的だ。
「何で出されるんだ?こんな寒空に?」
「内部の清掃のためだ」
「終わってからすりゃいいだろ?」
「病を広がらないようにするにもこの方法がいいのだ」
「誰の指示だよ」
「さっき入って行った少女の指示だ。彼女の知識に寄ればこれが正しいのだ」
「ほんとか?俺たちよりずいぶん若いが…」
「だが、これまで何の対策も取ってこなかったこの町にはどうすることも出来ない。今は信じるのだ」
「だがなぁ」
「ならば中に入るか?アスカ様たちは病にかかることも恐れず、今は中で清掃を行っておられる。お前たちの中にも病にかかっているものとかかっていないものがいるだろう?今すぐにその手伝いをするというなら入れよう」
「そ、それは…」
「いい大人たちが年端も行かない少女たちに任せるということを恥じないのか?私はここに立っていることですら恥ずかしい。本来あれは我々が行うべきことだ」
「俺たちだって知っていれば…」
「そうだ。知らないから、任せてしまっている。今どうするべきかどうすればよかったのか。どこに困ったのか我らに出来ることはそれを覚えておくことだろう」
「だけど、こんなこと誰もやったことないわよ」
「だからこそやるのだ。このままでは町が滅びるかもしれない。それを防げるかもしれないんだ」
「おかあさんなおる?」
「それは私にはわからない。でも、そうなるように頑張っている。見てごらん、この服はあの2人が脱いだものだ。それが、この町に来てこの短時間でこんなに汚れている。きっと良くなるよ」
「うん!」
ラフィネさんが頑張ってくれたおかげで外は静かになった。
「こっちも負けてられないね。あっ、ムルムル。そこちょっと汚れてるよ」
「えっ!?どこ?」
「その端っこ。隅に近いから目につきにくいんだよ」
「ほんとね。きちんとやらないと」
次々にきれいにしていくがその内、雑巾に使っていた布が足りなくなってきた。
「ラフィネさん、綺麗な布取ってもらえますか?」
「アスカ様!直ちに」
直ぐに持ってきてくれたので中に戻ろうとすると何人かの人と目が合う。
「わ、私たちも手伝える?」
「その服を着替えてからです。折角中をきれいにしてるのに、掃除をするその人自体がダメだったら意味ないですから」
「で、でも、それぐらい気を付ければ…」
「気を付けても目に見えない小さい菌が飛散しているんです。だから、まずは服を着替えて消毒してマスクをつけてください。それから患者さんに触れた後も消毒するか、手袋をしてそれも替えることが必要なんです」
「そうすればうつらないのか?」
「絶対なんてないです。でも、かなり防げるはずです。今回の病気が空気か接触かは分かりませんけど、かなり改善します」
私は目の前の人たちの目を見ながら話す。この人たちも何が何だか事情が分からずに不安なんだって、さっきの会話で分かったから。
「分かった。すぐに準備するわ」
「あ、それと髪もまとめてくださいね」
「それも病気がうつらないために必要なのね?」
「いえ、単純に邪魔だからです。動く時、いちいち視界に入りますから」
私も今は髪を束ねてそれを布で覆っている。
「もう、それならそうだって言ってよね」
「普段から力仕事しないからだぞ。そんなの当たり前だ」
はははっと笑いが起きる。良かった、この町に来て人の笑顔を初めて見れた。
「そういう訳ですからもうちょっとだけ待ってくださいね。すぐに入れるようになったら中も暖めますから」
「頼む。俺たちにも手伝えることがあったら言ってくれ」
「えっと、病が治った方はいますか?」
「俺とこいつは治った…と思う」
「その人たちは多分症状が悪くなり難いと思うので、患者さんを拭いてあげてください。服を替えたりするのもやってもらえるとありがたいです。皆さんしんどそうだったので」
「分かった。他には?」
「今まで使っていた服とか布を処分してください。水場から遠くて風下でお願いします。汚れが少ないなら洗ってもいいですが、混ぜて洗わないようにお願いします」
「でも、代わりの布はどうするの?そんなに大量には用意できないわ」
「明後日には物資の追加が来ますから、その時までに間に合う分だけ持っていれば大丈夫です」
「何から何までやってもらってありがとうございます。巫女様」
「あはは。私は巫女ですけど、シェルレーネ教の巫女じゃないですよ。そんなに敬われるほどじゃないです」
「じゃあ、あなたは何の巫女なの?」
「アラシェル様っていう神様の巫女ですよ。あっ、一旦中に戻るので失礼しますね」
まだ話をしていたかったけど、作業途中だから仕方ない。中に戻り再び掃除に戻る。
「遅~い!」
「ごめん。再開しよ」
途中からは数人が入って来てくれて、思ったより早くに作業も完了した。
「終わったわね」
「うん。早速、中に入ってもらうんだけど毛布がないよね」
「私の家には余ってるのがあるわよ」
「俺の家にもあるぞ」
「普段使っている奴ですか?」
「私のは仕舞ってるわね」
「俺のは使ったり使わなかったりだ」
「洗ったりは?」
「しないわね。使ってないもの」
「う~ん。乾燥させる時間があればなぁ」
寝てもらいたいけど、人数分は用意できない。仕方がないので大部屋の人は比較的動ける人にまとまってもらって、その人たちは引いたシーツの上で少し過ごしてもらうことにした。
「すみません。もうちょっとしたら追加の人員が来るので」
「いえ、埃っぽかったところとかがなくなって過ごしやすいです」
「もし治っても家をきれいにしてくださいね。他の病気予防に繋がったりしますから」
「分かりました。私、浄化の魔法が使えるのでやって見ます」
「それなら、町で浄化サービスとかどうでしょうか?ついでに掃除とかもすれば行けると思いますよ」
「本当?考えてみるわね。ありがとう、巫女様」
「巫女様は中央神殿の前はどちらに?」
「滞在っていうならラスツィアかな?」
「あそこは寒いですよね。雪も降りますし」
「そうなんですね。私はそこまでいなかったので見てないんです」
「どこにじゃあ住んでたんです?」
「アルバです!あそこはいいですよ。町のみんなも優しいですし、食べ物もおいしいし」
「食べ物?通ったことあるけど、名産なんてあったかなぁ?」
「この数年ですからね。パンもおいしいですし、最近は醤油を使った料理もいっぱいですよ」
「聞いたことのない調味料ですね。それは興味あります」
「是非に『鳥の巣』へ。アスカに聞いて来たっていえば何か付けてもらえるかも」
「それは楽しみです」
建物の掃除も終わって、患者さんやそのお世話をしている人と少しだけのんびりできたのだった。
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それからしばらくのち、アルバでは…。
「最近、おねえちゃんの紹介の人多くない?」
「そうね。しかも、大体同じ町からだし、なぜかみんな来る時期がずれてるのよね。宿の客が溢れないのは助かるけど、アスカったら向こうで何してるのかしら?」
「布教でもしてるんじゃないのかしら?」
「お母さん変なこと言わないでよ。布教して料理食べに来るなんて変でしょ。変だよね?」
「エレンもしっかりしなさい。明らかにおかしいわよ、アスカだってことを考えなかったらね」
カラン
「あ~、飯だ飯」
「あっ、ノヴァ。もうお昼なの?」
「おう、今日は人も少ないから早上がりできそうだってな。普段、東の門しか担当してないからたまにはって隊長が」
「そうなんだ。じゃあ、お父さんに夕飯の仕込みはちょっと早めにって頼んどくよ」
「エ、エレン。気を使わなくていいのよ」
「ダメだよ。折角の時間だからちゃんと使わないとね。それに、今からそうしておけばわたしの時にスムーズでしょ?」
「全く、しっかりしてるわね。そういうことだからノヴァ、仕事が終わったら来てね」
「分かったぜ。走ってくるからな」
「急がなくてもいいわよ」
「ほんとか?」
「…出来たら早く来てくれると嬉しい」
「んじゃ、そのためにまずは腹ごしらえだな。えーっと…なんだこのアスカセットって?」
「ああ~、それはおねえちゃんが紹介してくれる人って、割と同じようなメニュー希望の人が多いから、簡単な醤油料理とかパンを合わせたメニューなんだよ。来てくれる人にも分かり易いんだ~」
「はぁ~、相変わらず何やってんだよあいつ。外に出ても迷惑かけてんのかよ」
「ふふっ」
「なんだよエステル」
「ううん。ノヴァが街から離れたところを外って言ったのが嬉しくって」
「…エステルもアスカに負けず劣らずだよな~」
「何それ!ちょっと失礼よ」
「2人とも失礼だよ…」
そんなアルバでの日々でした。




