浄化と洗浄
病の感染拡大が続く町、コルタに着いた私たち。早速、司祭様に案内してもらって患者が多く収容されている家に向かう。
「ここです」
「確かに広い家ね。だけどよく借りられたわね」
「ここは普段は大規模倉庫になっております。その前は領主の旧邸宅でして」
「思い切ったことするわね。でも、貴族の邸に商人が住むわけにもいかないか。入ってもいい?」
「いえ、まず私が話をします。いきなり巫女様が来られては対応しているものもびっくりするでしょうし」
「そうね。任せるわ」
テムズ司祭がドアを叩き責任者らしき人を呼び出すと、話を通してくれる。こちらを指さして会話しているから、事情を説明しているのだろう。
「お待たせしました。こちらが調査隊隊長のウォードです。彼がこの邸の責任者を務めています」
「私がウォードです。この度は王国の出来事に巻き込んでしまい申し訳ありません」
「いえ、私はついて来ただけです。実際にここでの対応は彼女が行います。神殿はあくまでそのバックアップです」
「それは…。ありがとうございます。気を使っていただいて」
「いいえ、本当のことよ。アスカ、遠慮はいらないわ。ここに居る人に適切な指示を出してあげて」
「うん。わかったよ、ムルムル。私はアスカです。今回はどこまでできるか分からないですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「まず状況なんですが、調査隊の人は王国には報告しているんですか?」
「ええ。だが、感染していないと思われる事務方を行かせたので、どこまで正確に伝わっているかは不明です。それと領主様のところまではあと1日かかりますので、こちらにやってくるのは早くとも3日後かと」
「やっぱり時間がかかりますね。それじゃあ、早速建物の中に入ります。その前に…」
私は建物の前にシートを引いて、マジックバッグから持ってきた物資を出す。
「中に持ち込めばいいのでは?」
「中は一度、綺麗にする必要があるので無理です。早速ですが、一度患者さんを他の家に置くことは可能ですか?数人単位で構いませんので」
「私もこの町のものではないですが、町長と相談してみます。それに領主代理もいますからそちらとも」
「では進めてください。私は先に換気をしますので」
「換気?ですが、近頃は冷え切っており…」
「必要なことです。理由については後でテムズ司祭に聞いてください」
「は、はっ!」
「では、ラフィネさん。手伝ってもらえますか?」
「承知いたしました」
「その前にみんなマスクをしてください。といっても数がないので、このハンカチをこう畳んで後ろでくくってください。必ず、鼻と口を押さえること。これはみんなに守らせてくださいね。この説明をしたいので、中にいる医療関係者を外にお願いします。それと簡単にアルコールで体を拭いてもらって、服も着替えてください。着替えるのも一人ずつでお願いします」
「分かりました」
「それは私が手伝うわね。私の言うことなら聞くでしょうし」
「お願いムルムル」
私とラフィネさんで邸に入る。倉庫とはいえ元貴族の邸宅。中は立派な作りだ。そこに雑魚寝のように患者が寝かされている。
「これはちょっとひどいね」
「ですが、ベッドをここに置くというのも難しいでしょう」
「そうだね。早く何とかしないと」
「私は直ぐに関係者を外に出すわね」
「窓はあそこか…。ちょっと高いけど飛べばいっか。ラフィネさんは右側を」
「はっ!」
こうして、窓を開けていき一旦空気を入れ替える。循環している感じがないのでちょっと寒いと思うけど、風の魔法を使って一気にかき出した。もちろん出した空気は風下の町とは反対側に流す。
「あ、あんた何するんだ。寒いだろう」
「すみません。こうした方が、他の人に移りにくくなるんです。ちょっとだけ我慢してくださいね。すぐに温かくしますから」
「しかし、薪がな。冬の分を考えると、もうあまり余裕がないんだ…」
「大丈夫。今はそんな心配をしないでゆっくり休んでください。今日の夜はちゃんとした食事も持って来ますから」
どうも顔色も悪いし、食事も気分が悪いからあまり取っていないのかもしれない。
「おねえちゃんは巫女様なの?」
「そうだよ。といってもアラシェル教って言って別の神様の巫女だけどね。シェルレーネ教の巫女様は今さっき入ってきた人だよ。もうちょっとしたらみんなのところにも来てくれるから頑張ろうね」
「うん!」
「司祭様が言われていたが、本当に巫女様が…」
「後で怒られると思うけど、どうしても来たいって言ってね」
「あなたは?」
「どこまで力に成れるか分かりませんが、心得があるのでやって来ました。薬も作れるので皆さん何か症状があれば言って下さい。作れる範囲で作ります。でも、薬は基本は食後ですよ?きちんと食べてくださいね」
「アスカ様こちらは終わりました。奥の方は?」
「今行きます!」
「奥は…」
「何か?」
「重病化した奴らがいるんだ。他教とは言え巫女様は入らない方がいい。ここですら危険なんだ」
「…いいえ。私はここに来る時に出来るだけのことはすると覚悟してきました。ラフィネさん、行きましょう」
「はい!」
そのまま階段を上って奥の部屋に向かう。
ギィ
「ここは…」
開けたとたんに臭いが明らかに変わる。これは一刻を争う。
「窓はあっちか…ウィンド」
窓を吹き飛ばし、一気に空気を入れ替え患者を診る。
「回復魔法は…このままじゃダメか。症状が何か分からないし。だけど体力だけなら」
直ぐに部屋を出て、さっきの場所にいた元気そうな人に回復魔法をかけてみる。
「うん、エリアヒールぐらいなら大丈夫そう。何とか体力だけでも持たせないと」
直ぐに部屋に入り、全体にエリアヒールをかける。
「あなたは王国軍のものか?」
「あなたは?」
「調査隊のものだ。これは感染力はあるが、高い致死性はないと伝えてくれ」
「分かった。司令官に伝えておく。お前は休め」
「ああ」
私の代わりにラフィネさんが答える。安心したのか調査隊の人は寝始めた。
「これでしばらくは持つだろう。しかし、高い致死性はないにしてもここまでの患者とは…」
「ひょっとしたら、空気感染とか手指感染しやすいからかもしれませんね。今は季節の変わり目で体調が崩れやすいですし」
「流石はアスカ様。広い知見をお持ちだ」
「いえ。それより、直ぐにシーツとかを替えないと…。この部屋にはあまり人も出入りしていないみたいです」
「ここの人間は症状が重いから。人も入りたがらないのでしょう」
私たちは直ぐに外に出てアルコール消毒をする。
「どうだった?」
「病名は分からないけど、病にかかった調査隊の人が言うにはそこまで強い病じゃないんだって。ただ、感染力が高いみたい。ひとまず、一番奥の人たちが症状が重いからそこからにしよう。手前の人たちをちょっと外に出して、奥を空けてすぐに部屋を掃除しよう」
「分かったわ。聞いたわね?ここからは私も行くわ」
「ムルムル様もですか?」
「そのためについて来たのよ。浄化の魔法は慣れてるもの」
「私とラフィネさんは消毒して服を着替えます。服は?」
「こ、こちらに」
「ムルムル、着替えるところは?」
「あっちの家だけど、今は交代で入ってるからちょっとかかるわね」
「分かった。エアカッター」
私はその辺の木を切ると支柱にして布を巻いてそこで着替える。
「ラフィネさんも早く」
「あ、はい」
「アスカ、あんたたまにすごいことするわね」
「時間がないんだもん。あっ、中に入る人も患者さんも絶対マスクさせてください」
着替え終わった私たちはシーツと掃除に使えそうな布とアルコールを一部持ち込んで再び入っていく。テムズ司祭には調査隊の隊長とともに人を誘導してもらい場所を確保してもらう。
「申し訳ないけどちょっと外に出てもらいます」
私は奥の部屋の人をベッドごと魔法で浮かせて手前の大部屋に移す。この人たちがベッドの上で良かったよ。
「さあ、掃除だね。ムルムル、浄化魔法をその辺にかけまくって」
「分かったわ。でも、この辺は物が多くて面倒ね。奥とか視認できないときれいにならないのよね」
「そうなんだ…」
魔法で部屋にあったものを窓から出すと、改めてムルムルに浄化を頼む。
「さっ、これでやり易くなったよね」
「え、ええ」
ムルムルに浄化魔法を使ってもらった後で、アクアボールを私が風で吹き飛ばし、霧吹きのように壁にかけて洗浄していく。もちろんここにも一部アルコールを使っている。
「これを後は拭いていくだけだね」
「その後は患者を戻すだけね」
「ううん。ベッドも洗わないといけないし、シーツも替えないといけないからそれもやっちゃわないと」
「でも、ベッドは向こうでしか洗えないわよ?どうするの?」
「う~ん。この際だし良いか分かんないけど外でやろう!」
この建物内でやるよりはましだろう。そう思って大部屋に戻り、患者をそっと床に下ろすと急いでベッドを外に出す。
「あ、あんたら、そいつらに近づいて平気なのか?」
「平気かはわかりません。でも、このまま何もしないでいたらきっとこの人たちは助かりません。私はこのままに出来ないんです」
それだけ言うとベッドを運び出し、さっきの部屋の近くに行く。
「ここでするの?」
「うん。ここなら風下だし、その先に家もないしね」
早速、シートなどを廃棄用の袋に詰めていき、ベッドはさっきと一緒で浄化魔法ののち、消毒していく。
「よし、これであの部屋は大丈夫だ」
「でも、どこから運ぶの?」
「ムルムル、何のためにここで作業したの?」
「あんたまさか…」
「エアカッター!」
私はベッドが入るサイズに窓を拡張して次々に運び込む。
「窓、どうするのよ。まあ、ガラスは先に割っちゃったけどさ」
「大丈夫、考えてあるから」
私はちょっと戻って大部屋の一角にある窓を1つ切り取る。こっちは何ヵ所もあるから一つぐらい大丈夫なのだ。
「これを切った木に乗せて上からも木を入れて、後は接着剤を塗って魔法で乾燥させる。よしっ!補修完了。数日ならこれで大丈夫」
「そ、そうね。まあ、緊急事態だし」
「そうそう。昔私を診てくれた人も言ってたし。『人命を救うためなら後はどうでもいいよ』って」
「そりゃそうでしょうけどね…」
こうしてひとまず、重病患者の部屋を何とかした私たちは入り口まで戻ったのだった。




