水の魔法使い
案内をしてもらったその日はつつがなく終わり、今日はマディーナさんと会う日だ。朝食を食べてから会うことになっているので、今は食事を済ませ軽い休憩中だ。私だけなら先に待ち合わせ場所に行けるんだけど、ムルムル達を連れて行くので相手が着いてからでないと出られないのだ。
「それにしてもアスカがマディーナさんから呼び出しって何したの?」
「それが分からないんだよね。水の魔道具について聞きたいって書いてあったけど」
「水ですか?アスカ様は水属性はお持ちではないはずですが…」
「そうなんです。変ですよね~、水の魔道具の汎用品って高いから持ってないんですよ」
「ああ、そうよね。うちもほとんど持ってないわ」
「あれ?中央神殿でも少ないの?」
「そりゃ、ほとんどが水属性持ちだから、一部の持っていない人向けに要るぐらいだもの。アスカの言うように高いしね。いるのよね~、水の属性を祭る神殿だからって売りに来るやつが」
「別に当神殿は戦いなどに介入することもありませんし、そのようなものを持つ必要もないのです。数点持っているのも護衛用のものですし、それも巫女などが移動する時のためのものです」
「私もあるのは知ってるけど見たことはないわね。カレンは?」
「私は使ったことあります」
「へ~、意外。普段からそんなに魔法も使わないのに…」
「神官騎士の方に魔法が苦手だと相談を受けて、それで手本として使ってみたんです」
なるほど、一番使いそうにないと思っていたけど、相談の範囲は思っていたより広いようだ。それからしばらくしてマディーナさんが待ち合わせ場所に付いたと連絡があった。
「折角だし、カレンも行く?」
「また3人で出かけたら言われてしまいますし、留守番しています」
「そう?悪いわね」
んにゃ
「キシャルも部屋でお留守番?分かった、アルナもいるから注意するんだよ」
ピィ
小鳥と猫って相性悪いからね。
「それじゃ、向かいましょうか」
「うん。でも、結局どこになったの?」
「アスカの泊まっていた宿よ。あの宿なら私たち神殿関係者が行くこともあるし、あそこは警備も結構いいのよ。だから1泊の料金が高いんだけどね。ついでに仲間にも会えるでしょ?」
「ありがとうムルムル」
「わっ!もう抱き着くなら先に言ってよね。出発するわよ」
「は~い」
こうして来た時と一緒の豪華な馬車に乗り込んで宿に向かった。
カラカラカラ
「それにしても外見は豪華だけど、中も立派だよね。ちょっと揺れるけど」
「これでも、旅客用としては良いものなのよ」
「まあ、それは護衛依頼の馬車で知ってるけど…」
「でも、おっしゃりたいことは分かりますわ。私も領地とここを行き来する時は大変ですもの」
「そういえば、前に隣の大陸に行った時にあまり揺れない馬車があったわね。物珍しくてちょっと乗ってみたけど、いい乗り心地だったわ」
「あら?それはどこで?」
「何でも輸入に力を入れている貴族が珍しいということで仕入れてみたらしいわよ。普段は貴族の自慢かぁ~って思うところだけど、確かにあれは良かったわね」
「ばねでもついてたの?」
「ばね?詳しくは聞かなかったけど、サスがどうとか言ってたわね」
サス?サスペンションのことかな?この時代もちょっとずつ進んでいってるのかも。
「今度、神殿でも情報を集めてもらいましょう。ムルムルも長旅で大変でしょう?」
「いや、私は慣れてるので…」
「大変でしょう?」
「はい」
旅慣れをしているムルムルより、普段あまり馬車を使わないテルンさんの方が問題は深刻のようだ。
「着きました」
そうこうしていると、神官騎士から声がかかり馬車を降りる。私も降りようとするとスッと手を出される。
「あっ、ありがとうございます」
「いえ、光栄です!」
よく見るとラフィネさんだった。笑顔が眩しいや。宿に入ると、受付をしてくれた紳士さんと若い男の人がいた。
「ようこそ。私はこの宿の支配人です。奥の間へとお進みください」
「ええ。ありがとう」
「はわぁ~」
「アスカどうしたの?」
「ううん。ドラマのワンシーンみたいだなって」
「相変わらず、あんたって変なやつね。行くわよ」
ムルムルについて行き、部屋に通される。
「やっほー、アスカ。久しぶりね。ここまでの待遇は予想してなかったけど」
「お久しぶりです、マディーナさん」
そこにはマディーナさんと相方の剣士さんがいた。2人とも冒険者の恰好をしていない。
「そんな格好なんて珍しいですね」
「珍しいも何も巫女様が同席してくださるっていうから安全のためよ、ほら」
そう言って腕輪も見せてくれた。あれは…おじさんの店で見せてもらったことのある魔封じの腕輪だ。しかも、左右で3つずつ。相当魔力を抑えられているはずだ。
「申し訳ありません。急な同席をお願いしたばっかりに」
「いいえ。こちらこそ、巫女様とお会いする機会は滅多にないのでうれしいです。それに今回の話しは神殿にもいいお話です」
「では、我々は側に控えておりますので」
「ええ。よろしく頼むわね」
そういうと神官騎士はやや後ろに下がり、気配を消した。
「あ、あの、ジャネットさんたちは?」
「ああ、元々アスカに用事だったから呼んでないけど、いた方がいい?」
「いてくれた方が助かります」
一人だとやっぱり緊張しちゃうし。
「手配を」
「はっ!」
1人の神官騎士が部屋の前の騎士に指示を出す。自分は部屋を出ないところからもかなりの立場なのだろう。
「アスカ、呼ばれてきたんだけど…。こりゃ参ったね。リュート覚悟しなよ」
「それってどういう…嘘でしょ」
ジャネットさんに続いて入ってきたリュートはびっくりしている。なんでだろ?マディーナさんに会うことは伝えてたのに。
「そちらにおかけください」
「は、はい」
「ほら、リュート。目立たないようにさっさと座りな」
「では、揃ったみたいね。じゃあ、マディーナさん…でいいわよね。アスカに話ということでしたが神殿にも関係あるとか。今回のお話の概要を聞かせてもらえますか?」
「はい。本来は巫女様に会う予定がなかったのでお伝えするつもりではなかったのですが、まずはこちらをご覧下さい」
マディーナさんがブレスレットを取り出す。あれ?あれって…。
「これは?」
「とある少女が卸した魔道具です。結界を作って使えば分かるかと」
「ひょっとして、こちらの魔道具と同じものですか?」
そういうとテルンさんが魔道具を出す。
「そちらは?」
「おそらくそれと同じものですね。消費したMPよりも効率よく魔法を発動させる魔道具です」
「ああ、それで今日は私の元に来られたんですね。突然、この宿に来るように神殿から使いがあった理由が分かりました」
「お話が早くて助かりますわ。でも、それだけではありません。マディーナさんには度々、神殿に寄付を頂いておりますし、孤児院の方にもいらっしゃっていただいてます。一度感謝を伝えたかったのですよ」
「そ、そんな!テルン様に直接お会いできるほどのことはしてません」
お、おおう。あの自信たっぷりなマディーナさんでも恐縮するなんて、本当にシェルレーネ教の巫女様ってえらいんだな。
「話を本題に戻しましょう。アスカ、あの魔道具を作った魔道具師を紹介して欲しいの。あの変換効率をもっといい魔石で実現出来たら一種の革命よ!まあ、いきなり広まると不味いだろうから研究は必要だろうけど」
「あ~、あれですか。あれは…」
「もしかして、旅の人間だったりするの?それだと困るわね…。是が非でも知りたいのに」
「マディーナ落ち着け。らしくないぞ」
「だって、あの魔道具の変換効率、私が今まで頑張って作ったものよりはるかにいいのよ?そんなことってある?」
「お話は分かりました。少々お待ちください」
テルンさんは立ち上がると護衛の騎士と話し、なんと彼らを部屋から出した。
「テルンさん部屋から出して良いんですか?」
「良いも何も先ほどの話からすればかなり大きな話ですから。アスカ様、魔道具を作ったのは誰かマディーナさんにお話ししてあげて」
「はい。マディーナさん、あれを作ったのはティタなんです」
「ティタ?ティタってジャネットが話してた元大きいゴーレムよね?」
「そうだね。マディーナさんには王都とか依頼を受けてる時に話したかな?」
「で、でも、ゴーレムって魔力が低い種族よね?どっちかというとその魔力自体も自分のために使っているって話だし」
「ティタ、まりょくいっぱい。アスカのおかげ」
「しゃ、しゃべった!?」
「ティタは話せるゴーレムなんです。私の魔力がいっぱい入ってるからだって、ジュールさんが言ってました」
「ジュールさんが…。あの人見かけによらず理論派なのよね。動きは獣じみてるのに」
「ゴーレムが魔道具を作れるのか?」
「はい。最初は興味半分だったんですが、言葉も話せるしって思って。それで、ティタが言うには魔物は生まれた時から割と効率的な魔法の使い方を知ってるそうで、その感覚と魔道具化の陣を掛け合わせてやったらできたって言ってました」
「ティタすごい、えっへん」
「こ、こんな小さなゴーレムに私が負けるなんて…」
「まあ、ティタは言っても250歳を超えてますからね。ガザル帝国歴生まれなんですよ!きっと、中々いないですよ」
「それは初めて知りましたわ。ひょっとしてゴーレムの谷の生まれなのでしょうか?」
「テルンさん。ゴーレムの谷なんていうのがあるんですか?」
「はい。海を渡った大陸にあるそうです。ただ、そこにいるゴーレムたちは滅法強く、人も立ち入らない場所なんだとか」
「それ巡礼の時に私も聞いたわ。縮小してるそうだけど、ほんとに危険な場所なんだって」
「そ、それなら仕方ないわよね。いくら私が優秀だといっても歳じゃ敵わないし…」
「マディーナ。それより肝心なことはいいのか?」
「はっ!?そうだったわ。ベイ、ありがと。それで魔法陣はどう違うのかしら?」
「ティタ、お願いできる?」
「わかった」
こうして、ティタ先生の講義が行われたのだった。




