番外編 少女の身元は?
こちらはちょっと前の身辺調査の神殿編になります。続いてしまって申し訳ないです。
「ゼス枢機卿。我らを呼ばれたとは何か調査ですか?」
「ああ。ただ、今回は直接神殿と関係がない」
「私から説明させてもらうわね」
「これはムルムル様。巫女様のご関係で?」
「そうよ。名前はアスカ。アルバにこの前まで所属していたんだけど、冒険者と細工師をやっているわ」
「その名前なら聞き覚えがあります。最近、知名度の上がっている細工師の方ですね」
「そうよ。その子の身辺調査をお願いしたいの」
「何か問題が?」
「問題…そうね。あるわよね」
「そこからは私が説明しよう。どうもその少女の親は貴族のようだ。それもティリウス侯爵家。これは一族出身の神官騎士が確認しているからある程度信ぴょう性がある。あの家の特徴である銀髪も発現しているしな。ただ、親の名前がフェルンとなっており、私の記憶にない名だ。お前は貴族担当だったな。分かるか?」
「恐らく、行方不明扱いの前侯爵の次男かと。頑なに死亡届は出しておりませんが、それなりの銀髪であることと目撃証言もないことから死亡は間違いないかと」
「ふむ。子どもが発見されなかった理由は?」
「失踪直後に彼は死亡したと予想されたからかと思われます。村での暮らしをしていたならばそこまで目立たなかったかと」
「逆に目立つんじゃない?」
「村の中ではそうですが、外からあまり人が来ない村では伝わりようがありませんから」
「そういうことね。確かにそれなら納得できるわ」
「後は魔道具を使って髪の色を隠していた場合ですね。しかし、そのようなものはあまり出回っておりませんし、フェルン様が亡くなっているのにその入手は困難かと」
「ムルムル、母親の名前は分かるか?もし貴族ならそこからたどり着けるかもしれない」
「そうねぇ。確か、ダリアだったかしら?家名までは分からないわ」
「どうだ?」
「流石にお名前だけでは…。愛称か本名かもわかりませんし、数多く対象がおられるので…」
「まあ、貴族でない可能性もあるし、しょうがないわよね」
「そういう訳だ。神殿としても王国の大貴族との関連は避けたい。何とか情報を手に入れろ」
「はっ!」
「出発は少し待て。私は今、案内中で細かい指示は後で出す」
それから私はムルムルと一緒に案内に戻った。案内を終えて再び部屋に戻ってくる。
「戻られましたか」
「ああ。ムルムルは対象者と一緒だ。代わりにこの方を連れてきた」
「これはマルタ司教様」
「久しぶりじゃ。この度のことはわしも気になってな。彼女の母親だが薬師ということは聞いておるか?」
「いえ…ですがその情報だけでは分かりかねます」
「さっき、彼女がわしの腰痛を治してくれての。それは魔法によるものだったが、また腰痛になった時の薬の作り方も教えてくれたのだ。これがそのメモだ」
「これは…その対象者は王都でも有名な方でしょうか?」
「ムルムルが冒険者と細工師だと言っただろう。薬師の家に生まれただけだ」
「生まれただけでこの知識を?」
「話を聞くと母親は薬の研究好きな薬師だったそうだ。村に住んでおるな」
「村にいる薬師が研究を?薬のレシピさえおぼろげな彼らがですか?」
「そうじゃ。彼女の母親はかなり知識のある薬師だ。恐らくは王都の王立学園出じゃろう。その女性の中で王都を離れたダリア。それで探せんか?」
「それだけあれば必ず探して見せます!」
「それとわしの『心眼』の結果だがな。見えんかった…」
「マルタ司教!それは冗談ですか?あなたでも言っていいことと悪いことが…」
「ゼス枢機卿、残念ながら本当じゃ。もしかするとわしよりはるかに神聖な生まれかもしれんな」
マルタ司教のスキル『心眼』は人の善性を測るものだ。その人物の善悪を測り、深く見れば現在どちらに傾いているかまでを見ることが出来る。優れているのは『鑑定』と違い、相手に悟られないことだ。こうした力でこれまで司教は神殿内外の様々な不正や悪事を暴いて来た。
「以前は国王ですら会えば見抜いて見せるとおっしゃっておられたではありませんか」
「若気の至りじゃ。アスカという少女から神聖さは感じたが、それ以上はまるで見えなかった。ムルムル様は本当に良い方を友人にされたと思ったものだ」
「マルタ司教がそういうのであれば危険はないのでしょうが…」
「うむ。わしの『心眼』もわずかな人間が持つ希少なスキル。そういったものは何か特別な因果があるのかもしれんな」
「そちらは調べようがありませんね。お前たち、彼女の調査は先ほどの情報も含め、集められるだけ迅速に集めろ。そしたら休暇をやる」
「休暇?私たちにでしょうか?」
「ああ。たまにはいいだろう」
「しかし、我らには任務が…」
「大丈夫だ。名目上は仕事の内だ。アスカにこの調査結果を届ける…な。彼女は旅人だから居場所をつかむのはお前たちでも数日かかるだろう」
「よろしいのでしょうか?」
「普段、自由に過ごしている我らが休めてお前たちが休めないのは道理ではない。気にすることはない」
「ありがとうございます」
「うむ。調査結果を頼むぞ」
こうして彼らを送り出して数週間、結果が帰ってきた。
「どうだった?」
「まず、ティリウス侯爵家の家系であることには間違いなさそうです。母親の身元も判明しました」
「誰だ?」
「本名はグレタ・シュトライト。男爵家の娘です」
「ダリアではないのか?」
「婚約破棄され、王都を離れた時に偽名を使ったものと思われます。フェルン様もそのことまでは知らなかった模様です」
「その人物は予想通り王立学園に?」
「はい。それも、現陛下と同学年でした」
「それは可哀そうにな。陛下は大変優秀で学園時代は総合で常にトップだったお方だ」
「そ、それが、調べたところ、陛下は常にある分野以外トップだったということです。本来なら全教科でトップであるほどの成績だったと」
「まさか…」
「唯一、陛下が抜かされたのが薬学分野でした。これは当時の学生には色濃く残っており、直ぐに証言も集まりました。それがこの女性なのです」
「それならかなりの地位についていそうなものだが…」
「それが婚約破棄により身を隠されたそうで、足取りもそこからはほとんど掴めませんでした。ただ、セエルという村に住んでいたようですが何分、外とは交流をあまり持たない村でして情報も僅かでした。彼女たち母娘とも会うことは少なかったそうです」
「とんだ生まれだな。平民離れした行動だとは思っていたが、外務大臣を輩出する家にして風魔法の大家。片や男爵家とはいえ薬学を修めた者の娘とはな」
「正直、侯爵家と言わず貴族であればあまたの家が引き取りに走るかと」
「ふむ。これは神殿は関与しない方針にするか。彼女と表立って関わっては問題になる。あくまで巫女の個人的な知り合いとすることを徹底させるように周知させろ。もちろん、必要なところにだけだ」
「はっ!」
「神殿も出身については関知していないことだとする。王国の内部に入り過ぎるからな。だが、その研究ノートは欲しいな」
「そうですね。彼女の研究成果とあればかなりのものだと思われます。村にはたまに商人が来てその都度、薬草をいくつも頼んでいたそうですので。それと村に住んでいた薬師の子どもは白い髪の子どもだったようです」
「白い髪?銀色ではなく?」
「何らかの魔道具を使っていたものと思われます。それなら、もし貴族が来ても分からなかったでしょう」
「貴族の末席とはいえ、グレタ自身は相手の素性に気づいていたということか」
「それは間違いないかと」
「やれやれ、随分とすごい知り合いが出来たものだムルムルにも」
「そうですね。細工の腕も素晴らしいですし、人格もよく、どの街でも評判がよかったです。私も調査のついでにこれを…」
「それは?」
「バーナン鳥のネックレスです。素朴ながらも手抜きのないものですよ」
「あら、あなたも買っていたの。私はこちらを」
「神像か…3柱あるようだが」
「何種類かあるシェルレーネ様とアラシェル様とグリディア様のセットです」
「なぜそのセットなのだ?グリディア様と言えば戦女神だ。あまり、シェルレーネ様と描かれることはないはずだが?」
「さあ?ですが、彼女の細工はこのセットばかりですので、何か意味があるのかもしれません」
「巫女であるなら神託でもあったのかもしれんな。だが、他の宗教の神の存在を感じ取れるか?」
「そんなわけありませんよ。バランスがいいのかもしれませんね」
「そうか…言われてみるとそうだな」
マルタ司教の『心眼』でも測りかねた少女だしまさかな…。
流石のゼス枢機卿も血縁はこの世界のものとは言え、アスカの体はアラシェル自らが構築したものだということにはたどり着かなかった。
深夜に目が覚めると筆が進む…。この現象に名前を付けたい今日この頃。




