女性騎士と出身と
「次はどこに行くの?」
「そうねぇ…やっぱり神官エリアね」
「そうですわね。そこに行くのが一番いいかと」
という訳で森からさらに西にあるエリアに向かう。こっちは神官エリアで巫女エリアに所属する女性神官騎士や神官騎士、そして神官たちの生活エリアだ。
「やっぱり部署ごとに分かれてるの?」
「そうね。でも、一部は護衛のために詰所があったりと完全には分かれてないわよ」
「そうですね。神官エリアも男女別なので必然的に神官騎士の生活エリアも西側と東側で別れていますし」
「じゃあ、東側が女性エリアなの?」
「いいえ、女性エリアは西側です」
「どうしてですか?巫女エリアが東にあるのに神官エリアは西なんて」
それって不便じゃないだろうか?女性エリアが近い方が手間がないと思うけど。
「それなのですが、どうしても騎士は女性より男性の方が多く、腕のいい騎士の数も違うのです。その為、巫女たちの安全を考えて神官エリアは東が男性で西が女性なのですわ」
「その通りです。私もそこは心配なのですが、ムルムルの安全には代えられませんのでね」
「ゼ…枢機卿様!こんな朝早くからどうして…」
「ムルムルが自分から迎えに行く方をお迎えしているのに、私がいない訳にはいかないだろう?」
「いつも忙しそうにしてるくせに」
「こういう時のためさ。ちょっと『いつも君たちは休んでいるのに、婚約者が友人を連れて来ている私が休んではいけないなんて言わないよね』って言っただけさ」
「もう、しょうがないわね」
「そこは『しょうがないんだからゼスお兄ちゃんは』だろう?別に呼び捨てでもいいけれど」
「ねぇ、ムルムル。この人がほんとに枢機卿なの?」
「残念ながらね。全く、どうしたらこんな人間が高い地位に付けるのかしら?」
「ひとえに努力だよ。ムルムルが素晴らしい巫女だからこそ頑張れたのさ」
「そ、そんなこと言ってごまかされないんだから」
「誤魔化す?そんなことはないよ。君を偶然村で見つけてから私は常に君のことを考えているからね」
おお~、ムルムルの顔が真っ赤だ。でも、何だろうな。カッコイイセリフで枢機卿様も結構整った顔立ちなんだけど、近寄りたくはない感じだ。
「さあ、枢機卿様。からかってばかりではなく案内をしませんと」
「からかってはいないけれどね。私がいればこのエリアでも何か言われることもないだろうし、一緒に行くとしよう」
まだ、真っ赤になっているムルムルの腕を取って枢機卿が先頭を行く。
「この場所が神官騎士の男性宿舎などがあるエリアだ。食堂も中にあるけれど、ご令嬢方を案内するような場所ではないので割愛するよ。続いてその奥にあるエリアだけど、私はあそこに住んでいる。他にも司教以上の人間が住んでいるよ。巫女エリアとこの高位神官エリアを守るために、さっきの神官騎士の宿舎があるのさ」
「そうなんですね。確かに扉が立派です、いい石を使ってますね」
見た感じ、高位神官の居住エリアとを区切るドアは石造りだ。さりげなく彫ってある細工も品があって、センスがある。
「ふむ。君は冒険者だと聞いていたが、芸術にも覚えがあるのかな?」
「覚えというか一応細工もしているので…」
「ほら、前にかんざしとかブレスレットを作ってくれた子がいるっていったでしょ?彼女がそのアスカよ」
「うん?同じ名前の友人が居るなと報告を受けて思っていたけど、同一人物だったのか」
「当たり前じゃない!こんな子が何人もいたら大変よ」
ん~、ムルムルの発言は気になるけど、勘違いが取れてよかったよ。
「あの見事な細工を。ありがとう、君の納めてくれたシェルレーネ様の像も大変気に入られている。特に一般公開した期間は我が家にも欲しいという意見もあったぐらいだ。これまでの神像とは一線を画していたし、神殿としても新たな息吹が入ってきたようで助かった」
「そんな。たまたまもらったシェルレーネ様の絵がそんな感じだっただけですよ」
「いや、君さえよければ何点かここに滞在しているうちに納めてもらえるとありがたい。何せ、巫女の友人作というだけでも多いに価値があるからね。ムルムルの名声もさらに上がるというものだ」
「私はそんなこと気にしないわよ」
「君はそうだろうけれど、テルン様は司教や外国や貴族に、カレン様は神殿内部でかなりの名声を得ている。君は平民からは人気があるけれど、そう言った形で名声が得られていないからね。今まで評価につながったということで言えば、彼女が作った細工物ぐらいだろう?」
「そ、そうなんですか?」
意外だな、ムルムルは各地を回っているし、そう言うのって巫女としての役目でも大変なことだと思っていたのに、神殿の関係者からの受けはよくなかったんだ。
「ええ。ムルムルは私やカレンの体調も含めて、巡礼に出てくれているのですが、関係者には出かけたいからと言っていて、そこまでよく思われていないのです。理由に関わらず大切なお役目ですのに」
「そうですね。私も神殿で働く人とはよく話しますし、街での祭りなどには参加しますが街を離れると名前ぐらいしか知られていないのに、よくやっていると言われて恐縮しっぱなしなんです」
「貴族受けに関してもテルン様が元々貴族で、彼女が優先的に呼ばれるだけだというのにね」
「いいのよ。堅苦しい場所は苦手だもの」
「でも、出来ない訳じゃない。私はそれが歯がゆいんだ」
「ムルムルはみんなに大切にされてるんだね」
「ア、アスカには負けるわよ!それより案内の途中でしょ。行くわよ!」
恥ずかしいのかムルムルはさっさと歩き出した。でも、腕は組んだままなんだね。
「次はここ!神官騎士の女性騎士が住むエリアよ」
「えっと、入って大丈夫なの?」
「ええ、もちろんよ。流石にゼスさまはご遠慮ください」
「そうだね。そこで待っているからゆっくりしておいで」
「別に待ってなくていいわよ。折角の休日でしょ?」
「なら、出てくるのを待つよ。それこそ滅多にないことだしね」
「勝手にしなさいよ!」
女性神官騎士のエリアに入ると声をかける。
「いいのムルムル?一緒にいた方が良かったんじゃ…」
「いいのよ。アスカが滞在するのは数日なんだし。あいつはいつでも神殿にいるしね」
「本人がこう言っていますので行きましょう、アスカ様」
「は、はい」
そのまま中に入ると、建物内部はとてもきれいで掃除が行き届いていることが分かる。
「これは巫女様たちではないですか!本日はどのようなご用事で?」
「こちらのアスカ様に神殿を案内しているのです」
「アスカ様?先日、ムルムル様が迎えに行かれた方ですか?」
「は、はい。私がアスカです」
流石、騎士というだけあってピシッとしていてこっちまで気が引き締まるなぁ。
「こっ、これは大変失礼いたしました!」
いきなり頭を下げてくる騎士さんにびっくりした。
「あなた、アスカを見た時にもびっくりしていたわよね。知り合いなの?」
「と、とんでもございません!私のような下級貴族のものが主家の方に目通りをするなど…」
「しゅけ?」
「貴族は多くが一族で成り立っておりますが、高位貴族は下位の爵位をいくつか持っておりますので、彼女は一族でも下の方の出身なのでしょう」
「ご察しの通りです。我が家などアスカ様の家を思えば末席も末席」
「あの~。私、平民なんですけど…」
「そんなはずはございません。そのような立派な銀髪をお持ちの方が平民などと…」
「か、髪の色!?これはそのう」
アラシェル様が気を使ってくれただけで、別に貴族とか関係ないんだけどな。
「その見事な銀色の髪こそ主家の方の証拠です。私も末席ではありながらわずかにその印があるのですが…」
そういうとその騎士は髪の中ほどを見せる。確かに一部が銀色がかっている。
「これでも、末席にしてはよく現れているのです!」
「あ、あの~。ちなみに主家とは何ていう家ですか?」
「ティリウス侯爵家です」
「ティリウス侯爵家!?え、えらそうなお名前ですね」
「偉そうではなくて偉いのですわ、アスカ様。我が家など吹けば飛ぶ家です。歴代当主のほとんどが外務大臣を務め、そうでない時も外交にはなくてはならない家として知られております。公爵家は王族出身者の名誉爵位の部分もありますから、実務を行う貴族の中では侯爵が実質貴族の最高位ですわね」
「あわわ、う、うちの隣のご領主様です。とんだ失礼を…」
あのちょっとおっとりしたカレンさんまで一気に恐縮するなんて、どんな家なんだろう?
「大丈夫よカレン。アスカがそうだって言ってもアスカよ」
「み、皆さん落ち着いてください。私は父親に会ったこともありませんし、何かの間違いですって!」
「そうなの?顔とかも知らないの?」
「はい。母親も特に何も言ってませんでしたし、似顔絵とかもありません」
「村を出る時に持ってきたものとかそれっぽいのないの?」
その時から身につけているものと言えばネックレスぐらいかな?
「出る時って…これぐらいかな?」
「ネックレス?やけに良いものね」
ネックレスを手に取るとムルムルがまじまじと見ている。確かにきれいと思ったけど、最初から持っていたので自分ではあまり意識してなかったかも。
「ん?この裏の模様何かで見たわね。テルン様分かります?」
「あら、これは飾り文字ですわね。貴族が誰かに贈り物をする時に、一般人に読めない様に使う文字ですわ。一時期流行ったそうですよ」
「読めるんですか?」
「ちょっと待ってくださいね。私もうろ覚えで…」
「私読めます。古めの恋愛小説を読むのに必須なので!」
カレンさんがそういったのでテルンさんと替わって文字を読む。
「えっとですね、『愛するダリアへ、フェイン・ティリウス・パナメウス』って書いてありますね」
「おおっ!やはり主家の方でしたか。しかし、フェイン様というお名前は聞き覚えがありませんね。それだけ見事な髪をお持ちならば知っているはずなのですが…」
「籍を抜けられている方かもしれませんね。アスカ様、確認いたしましょうか?」
「かかか、確認!?結構です!私、普通でどこにでもいる一般人ですから」
「ですが、御身は…」
「ストップ。彼女は聖霊の巫女よ。余りに高い地位の貴族の出身と分かったらどうなるか、あなたも知っているでしょう?崇めるものは違うとはいえ、彼女の思いと信仰を大切にしてあげられないかしら?」
「はっ!?し、失礼いたしました。突然のことに動揺してしまい。そうですね、このことは私の胸にしまっておきます。ですが、何かあればこのラフィネ、どこへなりとも駆け付けますのでお呼びくださいませ」
そういうと多分騎士としての礼をして去っていくラフィネさん。大丈夫かな?
「取りあえず、そう言うことだから。アスカの出生については内々で調査だけしておくわ。知らないのと知っているのだと対応も変わってくるでしょ?」
「あ、ありがとう。でいいのかな?」
「そういう訳だからちょっとゼスのところに行ってくるわね。枢機卿ならそういう人も動かせるから」
「よろしく」
「でも、良かったですわね、ここが入り口の先で。話し声も簡単には聞こえないでしょうし、他に人はいませんでしたから」
「そう言えばすれ違いませんね。皆さんどうしたんですか?」
「ほとんどの騎士は出払っています。当日休暇の騎士以外はいませんから、いつもこのような感じですわ」
「そうなんですね」
こうして、問題はあったものの無事に女性神官騎士のエリアの見学は終わった。