神殿見学に出発
「ふわぁ~、良く寝た」
「あんたはよく寝てたわね」
「えっ!?何か物音でもしてた?私って見張りとか野営でもないと簡単に起きないんだよね」
「いえ、何もないわよ」
「今日は神殿の見学ができるんだよね。楽しみ~」
「そんなこと言っても特に何もないわよ。前にも言ったと思うけど、神殿内は娯楽はほとんどないから」
「そっかぁ、子ども連れの人も来るだろうしそういう施設があってもいいのにね」
「子ども連れ…その線が合ったのね。今度試してみようかしら?」
ムルムルが考え事をしだしたので、カレンさんとテルンさんに挨拶をする。
「お2人ともおはようございます」
「おはよう、アスカさん」
「おはようございます」
「あれ?お2人も少し眠そうですね。どうかしたんですか?」
「いいえ。ちょっと…」
「3人そろって寝相が悪いなんてことはないでしょうし、不思議ですね~」
「で、ですね。では、顔を洗って朝食を食べましょう。そちらの洗面台を使って下さい」
見ると部屋の端のところに水が流れている。この水はレーネ湖から来ているそうで、巫女の部屋にのみ流れているらしい。儀式に使ったりするのもここからで、神殿にいる時は朝は必ずこの水で顔を洗う決まりなんだって。
「でも、本当にいいんですか?私、巫女って言っても他宗教ですよ」
「まあ、他宗教といっても聖霊登録してるんだし問題ないわよ。そもそも、ダメならここへの入室許可自体出てないでしょうし」
「それならいいけど…つめたっ!?」
「あはは、水温は年中ほとんど変わらないけど冷たい方よ」
「温めるとかは?」
「ダメに決まってるでしょ。ほら、早く洗いなさい。後がつかえてるんだから」
「は~い」
大人しく冷たい水を使って顔を洗う。でも、終わりかけはちょっと気持ちよかった。みんな顔を洗い終わり、今日も食堂へと向かう。
「おはようございます」
「みんなおはよう。今日も元気いっぱいね」
「はい!ムルムル様たちも」
「まあね。何せ久しぶりの来客だもの」
「あんまり人が会いに来ないの?」
「そんなことはないわよ。でも、私たちから見て客って感じじゃないもの。神殿としてなら割と多いわね」
「貴族であれば私が、平民や商人など一般人に近いものはムルムルがお相手しております」
「カレンさんは?」
「私は女性神官や神官騎士なんかのお相手をしてます。相談事とか巫女との距離感とかについて色々ですね」
「カレンは調整が上手いの。女性ばかりだから起きる問題もあるのだけど、そう言うことを解決するのが上手いのでやってもらっているのよ」
「そんな。対外的なことはお2人に任せっきりで…」
「何言ってんの。カレンが調整してくれるから私も気楽に外に行けるんじゃない。代わりにやってって言われても無理だわ」
「ムルムルはそういうの苦手そう」
「アスカに言われるなんて。なら、アスカは出来るの?」
「うう~ん。どうかなぁ?」
「アスカ様であれば別の問題は発生しそうですわね」
「そうね。そもそも、周りが仕事になっているかどうかも怪しくなりそう」
私が考え事をしている間にムルムル達の間で結論が出てしまったらしい。結局どっちだったのかな?そんな会話をしていると、料理が並んだので食事が始まる。一応、食事を始めるために挨拶はあるけどすごく簡素だった。
「ふへへ~、やっぱりおいしいなぁ~」
「アスカ気持ち悪いわよ。パンを食べてるだけでしょ?」
「そう言うけど、このパンはまだアルバとこの神殿でしか食べられないんだよ。柔らかいパンは珍しいんだから!」
「まあ!そんなに珍しいものでしたの?」
周りの子たちもこっちの話に興味津々だ。元々巫女同士の話だから余計だろうけど。
「ラスツィアでも薄いやつはやわらかかったですけど、これぐらいのサイズでやわらかいのはないですよ」
あれはパンというよりはナンに近いものだし、トルティーヤ?みたいなもの以外は硬いんだよね。
「旅をされているだけあって、色々お詳しいのですね。他にはどのような街に?」
「う~ん、他にはといってもレディトとかショルバぐらいですね。後は村がほとんどで…」
「ショルバ!市にも行きましたの?」
「い、行きましたけど」
「すみません。実は私の実家は海を隔てた南側で、ショルバの街では王家も使う細工物が作られるということで興味がありましたの」
「へ~、伯爵家って言っても色々あるんですね」
「あら、私のことを巫女様からお聞きに?そうですね。貴族といっても多くのものは一定の年齢になるまでは王都にはあまり来ませんの。学園に入学する歳までは一度も来ない人も多く居るんですのよ」
「学園は必ず王都に行くんですか?」
「そういう訳ではありませんが、地方で教鞭をとる方は王都の方に比べるとどうしても劣ってしまいますし、知識も古いので…」
教師といってもどっちかというと研究者がやっている大学の講師のような感じで、自分の分野以外の知識となると数年前の知識、人によっては自分が学生だった時の知識になるらしい。それでも、田舎でやってくれる人は少なくてやってくれるだけでもありがたいのだという。
「それじゃあ、王都から地方に来てくれる人ってありがたいんですね」
「ええ、まあそうですわね」
私がそういうとちょっと顔を曇らす巫女見習いの令嬢。
「アスカ様の仰る通りなのですが、王都から来られる方は最新の知識ということを鼻にかけて、地方の行政官に大きく出る方も少なくなくて…」
「テルン様の実家でもご経験が?」
「ええ。私の領地では他にも何名か来られていたのでその方には帰って頂きましたが…」
「やっぱり、貴族って色々あるんですねぇ~」
「下位の貴族ほど、王都から人を招くのでそういうことが起きやすいと聞きます。とはいえ、それによる利益も大きいので致し方ないのですが…」
「それなら、平民の人とかにまとめて教育をして成績のいい人を王都の学園にいっそ入れちゃったらいいんじゃないですか?そのまま王都で働く場合はちょっと給料から学習費としてもらって、地元に戻ってきてくれるなら無料でって感じで」
「それは良いですわね!お父様に話してみようかしら?」
「私も話してみますわ。ですが、アスカ様はそういうことにも詳しいのですか?」
「ん~、詳しいというか平民の方が人口は多いですし、機会がないだけできっと優れた人もいっぱいいますよ」
学習にかかる費用に関しても、奨学金みたいな感じの話で当たり前のことだったし。ちょっと中身は違うと思うけどね。
「コホン、巫女様そろそろお時間です」
楽しくお話していると神官騎士の女性が話しかけてきた。どうやら食事の時間は終了らしい。ここからは当日の当番表を基に、各自の仕事に移っていく。ため息をついている集団は恐らく洗濯当番だろう。床や壁の掃除当番は各部屋に用意された水路を使って洗い流せるので、魔法が使える巫女見習いにとってはある程度楽な仕事らしい。
「じゃあ、みんなはお仕事お願いね。今日は私たち、アスカに神殿を案内するから」
「はい!アスカ様、どうか私たちの神殿を見ていってくださいね」
「うん。楽しみにしてるから、途中会ったらよろしくね」
「もちろんです」
巫女見習いの子たちと別れて、一旦部屋に戻る。
ピィ
「あっ、アルナ起きた?食事とかは後で係の人が持ってくるから取ってね」
ピィ?
「私?私は神殿の中を見てくるから。アルナはラネーたちと一緒に見るといいよ。一緒の方が周りの人も喜ぶだろうし」
アルナはヴィルン鳥とバーナン鳥のハーフだが、見た目はほとんどヴィルン鳥なのでバーナン鳥と一緒に行動しているとすごく目立つ。そして、ありがたがられるのだ。
チィ
「へ?ラネーたちも途中まで来るって。お気に入りのところがあるの?」
「ああ、静謐の森ね」
「せいひつのもり?」
「ここの巫女区画を出てすぐにある森よ。神殿が建てられた時にバーナン鳥が住める場所として整備されてたの。でも、いつしか住まなくなってちょっと荒れてたんだけど、最近また整備されたのよ。ラネーたちはそこのベンチの近くが好きでよく行ってるの」
「そうなんだ。それじゃあ、一緒にってごはんは?」
「10分ほど待つと係の子が来るだろうから待ちましょう」
それからちょっとするとムルムルの言う通り、係の子が食事をもってやって来た。このお役目の子だけが巫女の部屋に入れるようで、割と人気がある仕事らしい。
「おはようございます、ラネー様、ネプト様、ハーテル様。あら?テルン様たちもまだおられるんですね」
「ええ。また、森に行きたいみたいなの。着いて来てくれる?」
「はい!お供します」
という訳でまずは静謐の森へと案内してもらう。ちゃんとキシャルとティタも連れてね。巫女の生活区画を出るとすぐに右に曲がってちょっとだけ歩くと北へ。そして、1つ扉をくぐるとそこには一杯木が生えていた。種類も様々で、手入れもされている公園のような雰囲気だ。
「ベンチはこのちょっと先よ」
そのまま案内されて歩くと日当たりの良いところにベンチが見えた。
「ここがラネーのお気に入りの場所よ。ねっ!」
チィ
ラネーは早速、飛び立つとベンチ近くの木にとまる。それを見たネプトたちも続く。
「ほんとにお気に入りなんだね。あっ!?」
キシャルも日当たりのいいベンチが気に入ったのか私の肩から飛び降りて丸くなってしまった。どうやら今日はここでごろごろするらしい。
「す、すみません。キシャルもここが気に入っちゃったみたいで、一緒に面倒見てもらってもいいですか?」
「良いんですか!こちらこそよろしくお願いします」
巫女見習いの子が元気に答える。良かった、一応魔物だから断られるかもって思ってたから。
「それじゃあ、ここは任せるわね、ベイラ」
「はい。ムルムル様、お任せください」
ベイラと呼ばれた巫女見習いの子はベンチでごろごろするキシャルを膝に乗せると、持っていたエサ台を横に置いて、撫で始めた。キシャルが嫌がっている様子もないし大丈夫だろう。
「それじゃ、ここはまたあとで来るでしょうから他の区画を案内するわね」
という訳で神殿案内が始まったのだった。