番外編 謎の銀髪少女と中央神殿
「旦那様、戻られましたか」
「なんだ、ジェイクス。待ち構えているなんて珍しい」
俺はベルンハルト・アグリピナ。フェゼル王国の伯爵だ。伯爵といっても領地はなく、王都に邸を持つだけで役職に応じた仕事をしている。その仕事というのが中央神殿の監視だ。監視と言っても敵対している訳ではなく、慈愛の女神を信仰しているかの宗教団体に問題が生じない様にしている。民衆が問題を起こすことはまずないので、高級宿を隠れ蓑にして貴族などの行動を把握する活動をしているのだ。
「ベルンハルト様のお耳に入れたいことが…」
「ほう?わざわざ本名で呼ぶとはな。奥に行こう」
俺は普段ベルンと名乗っている。この宿では俺のような王国の人間が半数ほど、目を眩ませるためにもう半分は一般人だ。他人に聞かれないように魔道具によって盗聴されることのない奥の部屋に行く。
「本日、あるパーティーが宿に滞在されております」
「まあ、宿だから当然だな」
「それがどう見ても冒険者でして…」
「Aランク程の冒険者たちなら利用することもあるだろう」
何せ、ここはフェゼル王国というよりはシェルレーネ教の総本山だ。水使いの高位の冒険者なら高級宿に泊まることも珍しくはない。
「泊まっているのは3名で、少女が1人で他の2人が護衛のような感じで、その少女の容貌が…」
「整っていたと?だが、貴族の庶子など珍しくもないだろう」
これはフェゼル王国だけに限ることでもない。跡継ぎを確保するためでもあるし、庶子自体は世代ごとにそこそこいるものだ。他国の貴族の庶子が冒険者として流れてくることもある。そうなると、魔力が高い傾向にある貴族の庶子同士の結婚も珍しいことではない。
「これは大変言いにくいのですが、見事な銀髪でして…」
「銀髪だと…。どのぐらいだ?」
「ベルンハルト様について行った時にちらりとお見受けしたことがありますが、当主様にも匹敵するかと」
「赤みがかっているとか緑がかっているとかではなくか?」
「誰がどう見ても銀髪です。明かりの反射がとてもきれいでした」
そこまで言われ、頭の中であの家の家系図を思い出す。確か当主である現侯爵には弟がおり、子爵位を賜り代官として領地の一部を治めている。当主自体は男児を2子もうけ女児はいない。
「領地にいる侯爵の弟の娘か?」
「いえ、かの人物は貴族らしい方ですし、冒険者のような格好はなさりません。それに従魔を連れておりましたので、該当の人物は少なくともCランクの冒険者です」
「シェリーは?」
「すぐに王都に向かわせました。ですが、夕方ごろに来られたので調べて戻るには数日かかるかと」
「ベクスも派遣して連絡を繋いでおけ。交代で睡眠を取らせ、最短で戻らせろ」
「はっ!それと…」
「まだあるのか?」
「その少女が近いうちに来客があるかもしれないと」
「貴族らしき冒険者が来客。それもこの中央神殿でか…」
「どこかの町の司祭から紹介を受けて、教会の関係者を訪ねに来られたのかと」
「その線が濃厚だな。今日は早めに寝て数日はその来客を確認する。悪いが予定はキャンセルだ。ベクスにも任務に戻ると手紙を持たせてくれ」
「しかし、どういうことでしょうな。現当主の侯爵様は人柄も優れ、家に問題はありません。隠し子という可能性はないはずなのですが…」
「そうだな。俺もお会いしたことがあるが、そのような人物には見えなかった。何よりあの家系でそのような話が出たこと自体聞いたことがない」
「シェリーの報告を待つしかありませんな」
「全く、父上の後を早めに継いだと思ったらこれか。楽な仕事とか言っていたくせに」
「前当主様の時は本当に何もありませんでしたからな。たまに泊まりに来られる貴族の方と身分を隠して、一緒に祭りに出るぐらいでしたから」
「先が思いやられるな」
こうして事件の起きた翌日、早速事態は動いた。
「ベルンハルト様」
「どうした?」
「馬車です。恐らくアスカ様宛かと」
「すぐに用意する。やはり神殿か?」
「それが…巫女専用の馬車でした」
「間違いないか?」
「司教の使う紋章と似てはおりますが、見間違えございません」
「アスカという少女、大物過ぎる。昨日の夕方に泊まったのだろう?」
「はい。神殿宛に手紙を出したいということでしたので、使いを出しました」
「それで、翌日の朝か。それも巫女の代理、最悪巫女本人が乗っているのか。頭が痛くなってきた」
「心中お察しします」
違和感のないように入り口に目を向けると確かに神殿騎士がいる。しかも、馬車の周りにもいるし、それ以外にも一般人、通行人に見せかけた護衛までいるらしい。
「完全に本人が来ているな。父上には今度直接文句を言わないとな」
事態を見守っていると馬車から現れたのはやはり巫女だった。しかも、庶民にも人気のある第3巫女だ。各地を転々とすることも多く、ある意味一番出て来て欲しくない人物だ。少女とは親しげに話しており、初対面ということでもないらしい。話をしていると突然少女が巫女に抱き着いた。だが、嫌がる様子もない。
「ジェイクス。事実は置いても水の巫女と友人というだけで重要人物だ。少なくともこの町でつまらんことに巻き込まれないよう配慮しろ」
「はっ!」
「巫女様も明るい方ではあるが、ああも少女の顔をされるとは…。一体何者なのか?」
従魔も連れて行ったようだし、破格の対応だ。後の問題と言えば…。
「残った冒険者が厄介だな。こっちの人員はなるべく使うな。特にあっちの女剣士だ。下手に近づけると勘繰られる可能性もあるからな。男爵程度ならともかく、相手が悪すぎる」
「そのように致します」
あくまでこの宿は高級宿でなければならない。王国の肝いりであると悟られてはならないのだ。
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「シェリー、ただいま戻りましたぁ~」
「戻ったか、早速報告を」
「お、お休みは?」
「アスカという少女が街を離れたらな」
「そ、そんなぁ~」
「では、シェリー報告を」
「はい!まずは侯爵家の家系についてです。もうあまり知られていないのですが、侯爵は長男で代官は3男です」
「まあ、亡くなることもあるからおかしくはない」
「それが、次男は健康にも問題がなく学園も出ておられます」
「ではなぜ3男が継いだのだ?」
「当時の貴族に確認すると、常々自由が欲しいと言っていたそうで卒業後すぐに病死したとのことです。その方が言うには周りには隠していたが余命がないからの発言だったのだろうとのことです」
「しかし、元気だったと発言と矛盾するな」
「はい。健康に問題がないはずです。それに、侯爵家の方では死亡通知の提出はなく、行方不明扱いでした」
「なぜですかな?貴族としては死亡しているなら早期に出すのが、国からも目を付けられない安全なやり方のはずですが」
「そこなんですよ、ジェイクス様。次男の方は家族にとてもかわいがられていて、使用人の受けもよかったとのこと。どうも、前当主が通知を出すことで死亡したということを認めたくなかったのではと。恐らく、王家にも許可を得ているものと思われます」
「あの家は代々外交に秀でているからな。間違いなく許可はあるだろう」
「では、その次男の娘だということですかな?」
「可能性を考えるとそれが一番高そうです。行方不明の貴族の娘であれば国が把握していなくともおかしくはありません」
「そういえば、王都は通れないという話をしておりましたと報告が来ております」
「ふむ。父親を罰すると思っているのか、単純に貴族が苦手なのか。どう思うジェイクス?」
「話した限りでは、貴族のような感じは受けるものの命令をするのは苦手そうでした」
「では、身分は明かさない気だということだな。なら、侯爵家には悪いが陛下に報告するだけに留めておく。シェリー、出身はどこになっている?」
「セエル村というところまでは突き止めたのですが、その先はベクスの報告をお待ちください」
「分かった」
「しかし、侯爵様にお伝えしなくてもよろしいので?」
「あの家のことだ。次男がどうなっているかはともかく、彼女を引き取るとなれば侯爵家の養女だ。さらにその養女は水の巫女と仲がいい。ろくなことにならんだろう。他国を刺激することになりかねん」
「確かにそうですな。代々、巫女が貴族に嫁ぐ時もわざと爵位を落とし、国との関連を最小限に抑えてきましたからな」
「それが高位貴族と友人の現職の巫女だ。そういう事態は国としても避けたい」
「悲しいですねぇ~、折角の血縁なのに」
「本人が望んでいるならだ。一方のみなら問題ではない」
それから数日、ベクスが帰ってきた。
「報告いたします。アルバ及びセエル村での調査を終了いたしました」
「うむ。結果は?」
「まず、肝心の侯爵家の次男様ですが、やはり行方は分かりませんでした。村の方でもそのようなものは見たことがないと。村では母親と住んでいたようですが、その親も流れ者らしく交流も少なかったと」
「ふむ。残念だな。で、母親に話は聞けたのか?」
「それが、数年前に亡くなっており、彼女が村を出たのもそれが理由だと」
「母親の情報は?」
「それも付き合いが薄く、薬屋を営んでいたらしいとのこと以外は。ただ…」
「ただ?」
「身なりはともかく美しい女性で住み着いた時は度々、村の男性が婚姻を打診していたとのこと。流れ者とはなっていますが、女性の身で多くの薬品を売っていたようで娘が村を離れる時には薬ごと家を買い取ったのですが、珍しい薬品もあったとのことです」
「薬品?そんなに珍しいものか?たかだか村に卸す薬屋だろう」
「趣味かどうかわかりませんが、買い取った商人によると毒草もあったと」
「毒草?怖いですねぇ~。細々とやって行くための依頼でしょうかぁ~」
「いや、それが少量混ぜると効果を増す解毒剤の材料だった。何でもあの地方で一時期流行った疫病の治療薬に必要だったらしい。一緒に落書きのようなノートも手に入れたから間違いないはずだ」
「あの地方だと数年前だな。致死率が高い割に早く収まったと噂はあったが、治療薬が作られていたのか…」
「ベルンハルト様。しかし、未知の病に対して薬を開発するのはただの薬師ではありません」
「うむ。母親も調べればわかるだろう。ただの薬師がそのような真似は出来ん。この国であれば間違いなく王都の学園を卒業しているだろうな。しかし…」
「しかし?」
「陛下に奏上するのは当然だが、この情報は生涯隠し通さなければならんだろうな。全く、父上は良い時期にお辞めになった」
「大変ですねぇ~」
「シェリー、人ごとのように言うなよ。仕事をやめても一生見張りは付くからな」
「じゃあ、伯爵家で生涯雇ってくださいよ~。あっ、第五夫人とかでもいいですよぅ」
「お前は俺を何だと思っているんだ?」
「でも、宿泊に来られる令嬢にも人気ありますよねぇ~。デレデレしてますしぃ~」
「していない!商売だろう?」
「全く。これは将来、邸がにぎやかになりそうですな」
「私は遠慮しますよ。管理が大変そうです」
こうして、図らずも私の旅をするという目的に支障をきたさない判断のお陰で、何も知らぬまま旅を続けることが出来たのでした。




