巫女の日常
「ここが食堂よ。女性の神官騎士だけじゃなくて見習いの巫女とかも一緒に食べるから広いのよ」
「ほんとだ。お皿とかは最初に並んでるんだね」
「ええ。そこに見習いの当番の子がパンとかサラダを順番に置いて行ってくれるの」
「ムルムル達もみんなと一緒なの?」
「そうよ。といっても私たちは来客が来た時なんかは別に食べるけどね」
「あら、ムルムル様。そちらの方は?」
「以前にちらっと話していた私の友人のアスカです。アラシェル様という聖霊を信仰されているのよ」
「まぁ!あの見事な像の聖霊様の…。私も見ましたが美しい聖霊様でしたね」
「ありがとうございます。今回、新しく追加するのでまたよろしくお願いします」
「後で言うけど、アスカも巫女なのよ。立場的には私たちと同じだからよろしくね」
「はい。それでは…」
「とても丁寧な方でしたね」
「彼女は元々伯爵家の3女で私の次の巫女候補ですわ。性格にも問題ありませんし、年齢を考えても妥当だと思います」
「えっと、巫女って神様が選ぶんじゃ…」
「その話はあとでね。今は祈りの時間だから」
「うん」
席に着くと見習いの子がパンなどを盛り付けていってくれる。でも、私がかなり気になるみたいでみんなからちらちら見られている。
「何だか有名人になった気分だよ」
「元々そうでしょ?」
「ちがうよ。アルバにいた時は一介の冒険者だったもん」
「一介の…」
ううっ、テルンさんが真顔だ。本当のことなのに。みんなに行き渡ったのか見習いの子が全員座る。
「はい皆さん。本日もシェルレーネ様にお祈りをささげる時間です。今日は数日間この神殿に滞在されるお客様を迎えておりますのでご紹介しますね。アスカ様、よろしくお願いいたします」
「えっ!?あっ、はい。ただいま紹介してもらったアスカです。ムルムル…様に招待されてきました。数日間ですがよろしくお願いします」
何とか挨拶をこなし着席する。
「実はアスカ様はアラシェル様という最近登録された聖霊様の巫女でもあります。ムルムルとは姉妹のように仲が良く、皆様もお見かけした際はご挨拶などするように」
「「はい!」」
「それでは、祈りをささげます。前に」
ムルムルがそういうと、みんな一斉に左腕を曲げて胸の前に持って来る。私も慌てて同じポーズを取って祈る。20秒ほど待った後に、再び合図があって祈りが終わる。
「では、食事の時間とします」
テルンさんがそういうとみんな食事に移る。規律正しくしてるんだな。
「アスカ、さっき一緒に祈ってたけど良かったの?」
「うん。アラシェル様はそういうのは気にしないし、前に住んでいたところは自分が祈りたいなら複数の神様に祈れたんだ」
「へ~、変わってるわね」
そんな話をしながら食事に移る。
「う~、久しぶりの柔らかいパンだ~。でも、ちょっと味は違うかなぁ」
「そう?美味しいけど」
「うん。でも、フィアルさんのところとかライギルさんのところでそのまま食べるパンはもうちょっと柔らかいかな?」
「パンの硬さも変えてるのね」
「その方が合うって言ってたような」
「エスリンの場合は強行軍でしたし、仕方ありません。材料の調達自体は彼女の担当ではないので」
「えっ!?違うんですか?普通、料理を作る人が食材の管理をするのでは?」
「毎日の予算がありますから担当が食材を決めて、それを元に料理人が作るのです」
そっか、考えてみたら宿でも際限なく良いものを買おうとするからミーシャさんが仕入れをやってたはずだし、そう言うこともあるんだ。
「それに仕入れるものも前日まで分からないこともあって大変らしいの」
「ええっ!?一週間分とかないんですか?」
「ないわね。市場に行って買う時に食材の値上がりなんかも確認して決まるから」
「うう~ん。これだけいるなら必要な食材を書いて、それを元にメニュー表を作った方がいいと思うけど…。高い時は肉だとグレードを落とすとか」
「今度提案しておくわ」
「でも、そんなにお金大変なの?」
「そういうことじゃないわよ。ただ、信者の寄付によって成り立ってるところも多いから無駄使いしないようにって」
「食事は一日の頑張りにつながるからちょっとぐらいいいんじゃないかな?」
「アスカがそういうと説得力あるわね」
食事も終えてのんびりしていると、見習いの子が数人こっちにきた。
「す、数日ですがよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
私も挨拶を返す。
「午前中はありがとうございました。お陰ですぐに洗濯が終わって」
「ああ、さっきの当番の子ね。いいわよ、やったのはほとんどアスカだったんだし」
「あら、ムルムル。そんなことをやっていたの?それにしては私たちのところに来るのが早かったけれど…」
「アスカの所為よ。私は悪くないわよ」
「すごかったんですよ。テルン様、カレン様。こう…シーツが空でぐるぐる~って回ってですね、数分で何枚ものシーツが洗い終わったんです」
「そうなの?アスカ様、それはこの子たちにもできますか?」
「出来るかどうかは分かりません。私は風魔法と火魔法でやってるので」
「風と火で?そういえばアスカって水属性は使えなかったわね」
「そうだよ。まずは火魔法でちょっと水を温めて汚れを落ちやすくするんです。そこから水流を起こすのに風を使って洗って、最後は温風で乾燥させてます」
「まあ!火魔法は…確か2、3人使えたはずね。確認しておくわ。温風はともかく洗う時間が少なくなるのは助かるもの」
「やっぱり大変ですか?」
「はい。20人近くのシーツなんかを毎日のように洗いますから。巫女という立場上、綺麗にしておかなくてはいけませんからね」
「当番は決まってるんですが、大変なんです!朝から夕方までかかる場合もあるんですよ。多くの巫女が水魔法を使えますが水を満たした後は手作業なので」
「それは大変だね。私も宿でシーツを洗ってたけど、2日に1回だったし」
「出来たら滞在中にもう一度、お願いできませんか?私たちでも出来ないかやってみたいんです!」
「いいよ。そうそう、さっきは祈りをしてたけど他にはみんな何をしてるの?」
「巫女として舞の練習ですね。後は神殿の運営に必要な勉強が主です。一部の見習いは受付にも出ますし、治療院への派遣がある子はそれ関連。後は聖霊様のお勉強ですね」
「シェルレーネ様の巫女なのに?」
「はい。シェルレーネ教は多く聖霊様を擁してますから。主な聖霊様には担当の巫女見習いもついたりと色々あるんです。アスカ様の聖霊はアラシェル様でしたか?今後はここでは私が担当しますね!」
「ありがとう。よろしくお願いね、そうだ!みんなに説明してもらうのにこれ」
私はマジックバッグから神像を出す。彼女はシェルレーネ教徒でもあるので”稲を育てる3女神”の木像を渡す。
「わぁ!素晴らしい細工ですね。アラシェル様にシェルレーネ様、後は…」
「グリディア様だよ」
「珍しいですね。司るものがグリディア様は戦で、シェルレーネ様が慈愛なのであまり一緒にはされないのですが…」
「アスカが言うには仲がいいらしいわよ」
「流石は巫女様、情報通ですね。テルン様たちにも負けませんよ」
「ありがとう」
そこは負けて欲しいけどね。信仰心ならともかく、規模が違うし。
「でもこれ持っているの、麦じゃなくない?」
隣にいた見習いの子が話す。気づいてくれたんだね。
「そうなの。これはコメって言って一部地域で主食として食べられているんだ」
多分今年の秋の終わりにはエヴァーシ村で採れるから嘘ではないよね?
「でも、見事な細工です。依頼するのは高かったのでは?」
「ああ~、それは心配ないわ。アスカは細工師なのよ。ほら、私たちが付けてる細工物とかあれも一部はアスカの作ったものなの。前に街で開いた祭りの時に挿してたかんざし?ってやつあるでしょ。あれもアスカ作なのよ」
「あ、あれですか!見習いの間でもあの祭りの舞の後から話題に上ったんですけど、街の細工屋さんに尋ねてもさっぱりだったんですが…」
「あ~、うん。地域性があるからこの辺だと馴染みがないと思うよ」
「そんな知識まで持ってらっしゃるなんて、すごいです!」
「いや、読書が好きなだけなので」
そんな感じで見習いの子とも楽しく話をして部屋に戻った。食事の後は1時間ほど休憩らしい。それが終わったら当日の当番の仕事を始めるんだって。でも、私から離れるとこそこそ話をしていた。ちょっと聞こえてきた会話は神がどうとか、アラシェル様に似ているって話だった。




