魔道具制作
「お待たせいたしました」
フェンネルさんの退勤準備が終わったので、アルナたちをお店から回収して宿へと案内してもらう。
「一応聞いておきたいんですけど、一泊いくらぐらいなんですか?」
「確か大銅貨八枚ぐらいだったかと。ただ、夕食はないので別に注文して頂く形になりますが」
「飯は食うことはできるのかい?」
「今の時間でしたら間に合うかと。他にも飲食店街は近いですよ」
「へ~、飲食店街かぁ~。変わったものとかありますか?」
「港町ほどはありませんね。ただ、この周辺は山も多いですから山菜が豊富ですよ」
「山菜かぁ~。これまでそんなに食べてこなかったから楽しみかも!」
自然がいっぱいのアルトレインだけど、魔物がいるせいでなかなか山には入れない。山菜は割と高価だったりするのだ。ツルキノコみたいに栽培しやすいものはともかく、貴重なキノコや山菜は山奥に生えていたりするので、銀貨からっていうのまである。
「アスカ、その前に宿だよ」
「わ、分かってますよ」
「では、ご案内いたします」
フェンネルさんの後をついて行く。宿は中央から少し北の方にあり、ほとんど歩かずに着けた。
「ここですか。結構大きい建物なんですね」
「はい。地上は四階建てで、地下もあるんですよ」
地下もあるってことは倉庫か何かかな? 冷蔵庫がほぼないこの世界では大体が地下を利用した低温保存だ。それでも傷みはするけど、季節関係なく日持ちするようになるので料理店ではメジャーな手法だ。鳥の巣は三階までだったし、一回り大きい建物だ。
「それでは入りましょうか」
「いらっしゃいませ! あら、カディル商会の……」
「こんにちは。お客様をお連れしました」
「いつもありがとうございます。二部屋でよろしいですか?」
「はい。一晩になります。今日の夕ご飯って山菜の入ったものですか?」
「少々お待ちください」
私の説明にすぐ確認をしてくれる受付のお姉さん。
「お待たせいたしました。今日は山菜の炊き込みご飯と煮びたしがメインですね」
「本当ですか⁉ じゃあ、夕食をお願いします」
「アスカ、嬉しそうだね」
「だってご飯が食べられるんだもん。なかなか他の地域だと食べられないからね」
「そうですね。他の地域だと食用ではない地域も多いのですが、この周辺では味も良い品種が流通しているから、それなりに人気ですよ」
うっ、それでも人気はそれなりかぁ。ちょっと残念にも思いつつ、ご飯が食べられるのを喜びながら、宿の受付を済ます。
「それでは私は明日の準備をしてまいりますので」
「案内ありがとうございました」
フェンネルさんと別れ、私たちはそれぞれの部屋へと入る。
「わっ⁉ 思ったより広いですね」
「そうだね。それで、早速魔道具を作るんだろ?」
「はい。時間が惜しいですからね!」
私は部屋をじっくり見る間もなく、テーブルに必要なものを出していく。
「まずは細工の魔道具に今回使うサイクラスの魔石。それと台座用にちょっと高めの銀。後は……」
「ご主人様、こちらをお忘れですよ」
「あっ、ティタ。ありがとう」
最後にティタ先生謹製の付与魔法陣を受け取ったら作業開始だ。
「最初は魔石の形を確かめてと」
魔石は削るほどその力が落ちる。できるだけ削らないように型を作りたいので、じっくり眺めることから始める。うん、形は掴んだ。私は魔石の形に合うように銀の塊を加工していく。
「よしよし、このまま削って魔石をセットしたらひとまず完成だね」
順調に加工を済ませていく。大体の形が出来たら一度セットして感触を確かめる。
「おっ、僅かに大きい程度だ。これなら後少しだけ削ればはまりそう」
試しに少しだけ大きいところを削ってはめてみると、うまくはまった。
「これなら時間を短縮できそう。後は飾りだけどどんな感じにしようかな?」
魔道具の中央に魔石を配することは決定している。その周りにできる飾りだとやっぱり風をイメージできるものかな? 少し悩んだ後、右に風車を置き間に魔石を挟んで左に湖がある細工を施した。
「うん! いい出来だ。後はこれをどういう形にするかだね」
バリアの魔道具ということを考えれば、できるだけ身に着けていてもおかしくないものが良い。ブレスレットかブローチが最適だろう。
「ここはブレスレットかな? 今作った台座部分にブレスレットの型をつけられるようにしないと」
ブレスレットの飾りは中央になる魔石部分が引き立つ程度に留める。完成したブレスレット部分と魔石部分を合わせたら、腕側に金属板をスライドさせて固定する。
「よしっ! 後は魔法陣の上に乗せて魔法を付与するだけだ」
私は魔法陣の上にブレスレットを置くと、手前には小瓶を二本置く。
「アスカ、何だいそれ? 新しい強化アイテムかい?」
「いえ、ただのマジックポーションです。付与の途中でMPの残りが少なくなった時にすぐ回復できるように準備しているんです」
「飲まないぐらいが良いと思うんだけどねぇ」
「それはそうですけど、サイクラスの魔石は価格も高いですし、貴重ですから無駄使いできませんから!」
これがウィンドウルフの魔石程度なら私もポーションまで出さないけど、この魔石を使うからには万全を期したいのだ。
「では始めます。大いなる風の加護よ……」
私は自分なりに考えた詠唱を行いながら付与の儀式を行う。周囲の風がブレスレットの魔石に集まりだす。サイクラスの魔石はさすがの吸収力を見せて、どんどん私のMPを吸い上げていく。
「ううっ、これじゃあちょっと足りないな」
マジックポーションは美味しくないからできれば飲みたくなかったんだけど、そんなことは言えなさそうだ。意を決してボトルに手を伸ばす。
「頑張るしかないか」
ごくごくと美味しくないポーションを飲みながら付与を続ける。そして何とか二本のマジックポーションを飲み終える前に付与は終了した。
「ふぅ~、やっぱり高位魔石への付与は疲れるなぁ~。おっと」
「こらこら、根を詰めすぎだよ」
「へへへ」
ジャネットさんに身体を預けながら笑う。何だかんだ言ってこうやって心配してくれるのって嬉しいなぁ。少し休んだ後は性能テストだ。室内だから大した魔法じゃ試せないけど、防音魔法を使っていくつかの魔法を放っていく。
「うん、エアカッターもウインドブレイズも軽く防いだ。これなら簡単な上位魔法にも対抗できるかも?」
ただし、代償として魔石が壊れかねないけどね。中級魔法では歯が立たない強度はありそうだ。
「金貨三十五枚が無駄にならなくて良かった~」
「それじゃ、飯まで一時間ぐらいあるから休んでな」
「は~い」
ジャネットさんにベッドまで運ばれて横になる。疲れたからか、寝てしまいそうだ。
「別に寝てもいいよ。あたしが見といてやるから」
「恥ずかしいですよ。でも、疲れたのでちょっとだけ……」
ベッドに座るジャネットさんに返事をして目を閉じた。
「アスカ、アスカ。そろそろ起きな~」
「う、う~ん」
「夜は山菜ご飯だよ」
「ご飯……山菜ご飯……はっ!」
そうだ! 今日は珍しいご飯ものが食べられるんだった‼ むくりと体を起こすと、置いてある姿見で寝癖を直して服を着替える。
「じゃあ、食堂へ行きましょうか!」
「全く、現金なんだから」
ジャネットさんに呆れられながらもティタたちを連れて食堂へ向かった。
「おっ、来たみたいだな」
「アスカ、大丈夫?」
「うん。ちょっと疲れて寝てただけだから」
「それで、魔道具はできたのか?」
「はい。なかなかいい出来だと思いますよ」
「良いなんてもんじゃないよ。中級魔法じゃ歯が立たない強度だよ」
ジャネットさんが小声でリックさんにその強度を話す。
「それはまたすごいじゃないか。俺たちが使っているやつも更新するか?」
「しても良いですけど、材料費だけでも金貨四十枚近いんですよ? みんなでお金を出しあったとしても負担が大きくないですか?」
「見張りを立てるとはいえ、それだけの性能があれば安心できるだろう。やはり、見張りの安心感には代えられんさ」
リックさんは見張りで嫌なことでもあったのか、見張りについてはかなり慎重派だ。作ることは別に苦ではないので、みんなに相談してみようかな?
「じゃあ、今度作りましょうか? 今はヴァンダル村へ行くことが決まっているので後回しになりますけど」
「頼めるか? いや~、これで枕を高くして眠れるな」
「そんなこと言って。あんたはいっつも起こしに行くと寝てるじゃないか!」
「ははは、確かにな」
う~ん、ぐっすり寝てるからこそ周りが気になるんだろうか? まあ、リックさんのことはジャネットさんに任せておこう。何を考えているか分からない時もあるしね。
「お待たせいたしました」
みんなで会話をしていると、料理が運ばれて来た。受付のお姉さんから聞いた通り、今日は山菜ご飯にキノコと山菜を合わせた煮びたしにすまし汁が出た。
「おお~、完全に和食だ。まさかこっちで食べられるなんて。イリス様にも今度手紙でお知らせしておこう」
出てきた料理は完全再現とはいかなかったものの、ご飯も美味しくて久し振りに故郷の味を感じた夜になった。




