中継都市エステバン
「ここがエステバンですか、大きな町ですね」
規模で言うとレディトよりも大きい。王都への中継地だったレディト以上だというのだから、港町の影響力は大きいのだろう。
「港から最初の大きな町ですからね。大陸の西側はあの港町へ集まりますから、当然ですよ」
アーバンさんはこの町にも自分の所属している商会があるからか、自慢げに言う。
「後は商人入り口から入って終わりだね。報告は頼むよ」
「任せてください!」
「アーバンさんが所属している商会って、この地方の商品も扱ってますか?」
「ええ、扱っておりますが……」
「それなら、送りがてら見せて貰っても良いですか? 実は私たち、各地方の特色ある文化にも興味がありまして……」
本当は直接光の教団について聞きたいけど、この町でどう思われているか分からないし、控えめに聞いてみる。
「文化ですか? うちでは細工や魔道具なども扱っておりますが、文化となると正直自信がありません。実は私の出身は港町から少し北へ行った王都の出身なんです」
「そうなんですか。じゃあ、この周辺の地理にはあまり詳しくないんですね」
「お力になれず申し訳ありません。ですが、商会の者の中には町出身の者もいるでしょうから話をつけてみます」
「良いんですか?」
「ええ。見事な護衛をしてもらいましたし、お安い御用ですよ」
「アスカ、良かったね」
「うん!」
話もまとまったところで門を抜けると、いよいよエステバンの町に入る。
「大きい町だったのに思ったより城壁は薄かったですね」
大きい町だから城壁は高かったんだけど、見た感じ強度はそこまででもなさそうだった。
「ああ、西門は港町や王都方向だからです。外敵の侵入は魔物ぐらいですから、王都方面の城壁はやや薄くなっているんですよ。逆に東門はとても立派ですよ」
外敵の侵入があるかもしれない東と違って、治安も安定していて王都側の外壁はわざと薄くしてあるらしい。これは内乱を防ぐためだとも教えてもらった。ただ、全体の壁を厚くするより、資材やメンテナンスも楽になるから合理的だとか。
「ではカディル商会までご案内します。商会はやや東側にあるので少し歩きますが」
「構いません。よろしくお願いします」
アーバンさんに案内され、私たちはカディル商会へと赴く。
「うわぁ~、大きい商会ですね」
カディル商会に到着して建物を見ると、思わず上を見上げるほど大きかった。
「ははは、うちは店舗の裏に倉庫を置いていますから。それで町の中央から少し離れているのです。流石に倉庫併設で町の中央に構えると費用がかかりすぎますから」
「でも、アスカの言う通り立派だよ。さぞ商会長が優秀なんだろうねぇ」
「お褒め頂き光栄です。では、商会の者を呼んでまいります」
アーバンさんは商会に入って行くと、数分待って二人の人を連れて来た。一人は少し年配の人、もう一人は若い女性だ。
「お待たせしてすみません。こちらが我がカディル商会の商会長、フレデリック・カディルです。そして、隣は先ほどお話ししておりました、この周辺の地域に詳しいフェンネルです」
「どうも。フレデリックと申します。今回は当商会の馬車を守っていただきありがとうございました」
「フェンネルとお申します。普段は店内の案内をしております」
「あっ、ご丁寧に。フロートのリーダーをしています、アスカと言います」
私も自己紹介をした後、みんなを簡単に紹介していく。
「こんなところで立ち話も何でしょうから、中へどうぞ」
「ありがとうございます」
荷下ろしの関係でアーバンさんとは別れ、私たちはフレデリックさんの案内で奥の部屋へと通される。何だかドーマン商会でのことを思い出すなぁ。
「こちらへどうぞ。フェンネル、飲み物を頼む」
「かしこまりました」
フェンネルさんが飲み物を入れて戻ってくると、本題に入る。
「アーバンから簡単ながら聞きました。腕のいい冒険者だと。それで、各地方の文化を学ばれながら旅をされているとか」
「はい。出身はフェゼル王国なのですが、今は各国に伝わる文化を学びながら旅をしております」
「フェゼル王国⁉ あんな遠くからいらしたのですか?」
私の言葉にフェンネルさんが驚く。というか、フェゼル王国からかなり離れた大陸なのに、名前を知ってるんだ。
「実はこう見えても昔は身体が弱くて。それで外の世界に憧れていたんです。元気になった今は仲間と一緒に世界中を回っているんですよ」
「そうでしたか。おつらかったでしょうね……」
フェンネルさんが泣きそうな目でこっちを見てくる。ううん、病弱といっても前世の話だからちょっと悪いことしたかな。今後はもう少し言い方を考えよう。
「ふぅむ。それは苦労をされましたな。それで、具体的にはどんな文化について知見を広めておられるので?」
「訪れる国や地方によって様々ですね。例えば、バルディック帝国というところではバラの国章について、デグラス王国では石の町で石材を扱うようになった歴史や地理など、各地の特色について調べてきました。後は各地の気候や文化に合わせた食事なども学んでいます」
最後は食べるの専門で、実際に研究しているのはリュートだけどね。
「その歳でご立派ですな。そういうことでしたらこちらのフェンネルでもご協力できるかと思います。この娘はここから少し北にある村の出身でして。ここで働く前はこの町へ行き来していた経緯もあって、周辺の村々のことに詳しいのです」
「どうぞ何なりとお聞きください」
「そういうことなら遠慮なく。実は港町の方でこの辺に変わった宗教のようなものがあるとお聞きしたのですが、何かご存じですか?」
「恐らくそれは光の教団のことでしょう。私の住んでいた村のさらに北にある村と、その近く山の山頂で信仰されています。教団や村の方はみな真面目なのですが、その実態は良く分かっていません」
「良く分かっていない?」
確かに規模は小さいと聞いていたけど、長年に渡って信仰されているんだからもっと情報があるのかと思ったのに。
「すみません。あの団体は先程も言った通り、山頂での信仰とその麓の村での信仰がほとんどでして。後は近隣の村で一部信仰がある程度なのです」
「ふ~ん。でも、近隣の村でも信仰があるなんて珍しいねぇ。その規模と情報の秘匿レベルだと、そうはならないんじゃないかい?」
「確かにな。ジャネットの言う通りだ」
「いえ、あの団体の巫女様はとてもお優しく、代々近隣の村での問題を解決してこられたのです。それで一部の村人も信仰しているんです」
フェンネルさんの説明によると、巫女というだけあって平民にしては魔力も高く、魔物の討伐に始まり、日照りの時は水魔法が使えるものを派遣してくれたりと、助かっているとのこと。しかも、過剰な対価も求めず、冒険者や町で頼むより安く済むのだとか。
「う~ん、それだとちょっと変じゃないかな?」
「リュート、何か気になることでもあるの?」
「何ていうかそれだけしてもらってるならさ、もっと規模の大きい信仰が得られているんじゃないかなって」
「言われてみれば……」
ムルムルだって水不足の地域に派遣されるって言ってたし、魔物からも守ってもらってるなら、もっと勢力を伸ばしていてもおかしくはないはずだ。
「そこが難しいところなんですよ。実は光の教団には教義となるものはあるみたいなのですが、信仰する神の名前も姿もないんです。やはり人々は苦しい時に縋るものが欲しいですから。一応、姿の無い像と呼ばれるものが一部には信仰されているようですけれど」
「ほう、それは私も初めて聞きましたね。実に興味深い」
「だけど、それで教団の功績がなくなるわけではないだろう?」
「言われる通りですが、多くの神が崇められる中にあって何もないというのがネックなようです」
「色々な事情があるんだねぇ。ま、行ってみれば分かるか」
「村へ行かれるのでしたら私が案内を……」
「お仕事があるのに大丈夫ですか?」
さすがに護衛依頼を受けだけの相手にそこまでしてもらうのは悪いと思い、商会長さんの方を向く。
「うちは構いませんよ。確かフェンネルの出身はコルゴー村だったな? 教団のあるヴァンダル村までは一日とかからんし、村まで送って貰えばどうだ? コルゴー村からの案内は一本道だからいるまい。帰りにまた寄ってもらって休暇を楽しむとよい」
「ほ、本当ですか? 実は最近実家に帰ってなくて。あっ、でもまだ決まったわけじゃないですよね……」
フェンネルさんは嬉しそうな顔から一転、こちらの様子を伺う。
「私たちならいいですよ。どの道、ヴァンダル村へは行きますし、道案内は欲しかったですから」
「では、話はまとまりましたな。フェンネル、今日は早めに上がって出発の準備をしなさい。お客様がいつ立たれても間に合うようにな」
「はいっ!」
元気よくフェンネルさんが答える。町の暮らしは便利だけど、やっぱり家族と会いたいんだろうな。
「他に何か変わった文化とかはありませんか?」
「光の教団のことでしたら私が知っているのはそれぐらいです。他には……文化ではないのですが、この大陸では聖王教の影響力が高いので、注意していただければと思います」
「注意?」
「はい。聖王教は聖王国という国まであるぐらい勢力があるので、商売でも有利ですね。特に聖王国周辺では勢力も強くて、買いたくても信徒でないと買えなかったり、売価も変わったりするので揉める人もいるんですよ」
「そうなんですね。それだと聖王国には行かない方が良いのかなぁ」
私が信仰しているのはアラシェル様だし、リックさんは家がシェルレーネ教を信仰している。商売だけじゃなくて色々と問題になっても大変だ。
「商売以外ですと、冒険者の生活にも影響があります。本来、ギルドは公平な組織ですが、国内に限れば九割以上が信徒のため、買取価格以外に国内固有種の素材は強制買取になるなどもあります」
商会長さんも信徒以外だと冒険者にも困ったことがあると説明してくれた。残念だけど、聖王国へ入国することは無さそうだ。




