付与の儀式
『属性別の付与』を読み込んだ私はティタの作業が終わるのを待つ。
「ご主人様終わりました」
「どうだった?」
「解読は難しくなさそうです。明日、属性剣を作る時までにはより効率的にできるようになるかと」
ティタの言葉に安堵する私。もうこの町での滞在期間は少ないから時間がかからないみたいでよかった。
「それじゃあ、解読を引き続きお願いね。私の方もちょっとだけ進展があったよ」
本から得られた知識には各属性を付与するに当たって、汎用的な魔法陣を改良したものが載っていた。これを使えばより良い物になるんだろうけど、ティタが作ってくれた魔法陣とどっちが優秀なんだろう?
「どのような物か見せて貰ってもよろしいですか?」
「いいけど、ティタの方は大丈夫?」
「はい。さほど解読に時間はかからないでしょうから、ご主人様たちが寝ている間に終わらせておきます」
「ごめんね。それでこの部分が改良した魔法陣なんだけど……」
ティタに効率が良いと書かれていた魔法陣を見せてみる。
「う~ん、確かに最初に私にご主人様が見せてくれた魔法陣よりは優れているようですね。しかし、私がお教えした物よりは悪いです。改良できる部分もないですね」
「そっかぁ、残念」
せっかく買った本だったのに役には立たなさそうだ。
「ですが、この本を書いた人の考え方は参考になりますね。基本の魔法陣を属性別に効率化する際、それぞれの属性に合わせた形に作り変えています。火であれば火を高めるために言語を追加するのではなく、陣の形を変えるのは面白い案です」
ティタ先生の話によると、先生の改良魔法陣は魔法陣の基本は変えず、より効率的な言語や陣の配置に置き換えているらしい。でも、この本に載っている改良は属性を現す形に陣を変形させているのだとか。時間はかかるけど、研究が進めば何かの役に立ちそうだとのこと。
「人は魔物とは別のアプローチを取ってたんだね。勉強になるよ」
「私も驚きました。このような考え方があるとは……」
ただ、今回の属性剣の作成には実用化できないで見送りだ。ティタ先生は再び魔法陣の解読作業へと戻ってしまった。
「私も作業の邪魔にならないようにしないと」
そう思い別の本を読むことにした。
「今役立ちそうなのは『カウンター魔法について』かな? 武器に一時的に属性を付与するエンチャント魔法も似たようなことができるけど、こっちは本格的に相手に跳ね返すことができるみたいだ」
カウンター魔法を習得すればまた戦いの幅も広がると思い、本を開いて読んでいく。そして気づけば夕ご飯の時間になっていた。
「アスカ、そろそろ飯の時間だよ」
「あっ、ジャネットさん帰ってたんですね」
ジャネットさんたちは町の滞在時間が少ないということで、最後の情報収集に行っていた。
「ちょっと前に帰ってきたんだよ。それで剣の付与の方は上手くいきそうかい?」
「はい。買った本は今すぐには役に立たなかったですけど」
私はティタ先生から教えてもらったことをジャネットさんにも伝える。
「なるほどねぇ。今の魔法陣を使った方が高効率で付与できるんだね」
「そうなんですよ! 将来的には今使っているものに付け足して、もっといい付与が出来るかもしれないんですけど、研究に時間がかかるみたいです」
「そもそも付与の魔法陣を研究何て聞いたことがないけどねぇ。あるとしても秘匿してるだろうけど」
「確かに一度確立してしまったらずっと使えますし、人に知られたくはないですよね」
でも、それなら何で本になっていたんだろう? もしかしたら、自分の一族用に元々は書き残した本だったのかな?
新たな疑問が生まれたものの、確かめるすべもないので頭の片隅に追いやる。
「今はご飯に集中しなきゃ。もうすぐ食べられなくなるんだし!」
港町には結構滞在したから、旅に出てグレードダウンした食事に困らないといいなぁと思いながら夕食を済ませた。
「ん~、今日もいいお風呂だったし、明日に備えてもう寝なきゃ」
「おや、もう寝るのかい?」
「はい。今日は魔道具も作りましたし、明日はジャネットさんの剣に付与しますからね。失敗は許されませんよ!」
私はむんっと握りこぶしを作ってジャネットさんに見せる。
「いや、そこまで気負わなくていいよ。剣だってまた買えるし、アスカの付与を信じてるからね」
「えへへ、そうですか? 何にしても頑張りますからね。それじゃあ、お休みなさい」
「ああ、お休み」
「みんなもお休み」
ジャネットさんに続き、従魔のみんなにもお休みの挨拶をしてベッドで横になる。
「アラシェル様、どうか上手くいくように見守っていてくださいね……」
翌日、前日早く寝たおかげか気持ちよく起きることが出来た。
「さぁ、朝ご飯を食べたら早速魔道具作りだ」
まずは途中でお腹が空いて集中力が切れないよう腹ごなしだ。
「ん~、今日も美味しいですねぇ」
「アスカ、ちょっとおじさんくさいよ」
「リュートってばひどい! そんなことないですよね?」
「どうかねぇ。確かに今のはおっさんくさかったかもね」
「ジャネットさんまで……」
一番の味方に裏切られた私は憮然としながらも朝食を食べ進める。
「アスカ、そんな顔をしていないでいつものように食べたらどうだ? 気分が沈んだら付与にも影響するんじゃないか?」
「それとこれとは別ですよ、リックさん。付与のやる気はMAXですからね!」
昔、ジャネットさんの剣に付与を行って、『フレイムタン』を作った時は付与をしたことがなかったから今回の私はリベンジに燃えているのだ。
「ごちそうさまでした」
食事を終えるといよいよ付与開始だ。
「二人ともごめんね。今日はこれから集中したいから、リュートに遊んでもらってね」
《ピィ》
《にゃ~》
アルナとキシャルをリュートに任せ、部屋に残ったのは私とティタとジャネットさんだけだ。
「あたしも必要かい?」
「もちろんですよ! 誰のために作るのか常に見えている方が作りやすいんです」
「了解。それでティタ、宵の内に研究は進んだかい?」
「はい、ジャネット様。無事にマグマロックの魔石の強化陣から強化案を得ることが出来ました。今日はご主人様と一緒に全力で当たらせていただきます」
「頼りにしてるよ」
「それじゃあ、付与を始めますね」
まずはティタが作った特製スクロールで床に魔法陣を作り出す。そこへ私がマグマロックのブレスレットを使ってさらに魔法陣を展開する。
「あっ、ちゃんと魔法陣同士が干渉しないようになってるんだね」
「はい、昨日研究して干渉を避けることで足し算とまではいきませんでしたが、かなり良い効果を発揮できるはずです」
「夜なべしてくれてありがとう。それじゃあ、行くね」
私はブレスレットの魔法陣の上に今回付与する一振りの剣を浮かべる。二振りあるんだけど、今回は一振りだけだ。もう一本は風の強化魔石が発見出来たら付与しようと思っている。
「無垢なる剣よ、灼熱の炎を受け入れ、真なる姿を我が前に示せ!」
私が魔力を手のひらから流すと、スクロールの魔法陣からマグマロックの魔法陣を伝わり、未付与の剣へと流れていく。最初はぽわっとピンク色に輝いた剣は魔力が流れていくにつれ、徐々に赤みが強くなっていく。
「これが今のアスカの付与術師としての力かい。昔、あたしの剣に付与した時とは別人だねぇ」
「私もあの頃とは知識も実力も違いますからね! もちろん、身長も伸びました!」
「そ、そうかい?」
微妙な顔のジャネットさんを尻目に私は付与の儀式を続ける。やがて緋色を経て、刀身は深紅へと変わっていった。
「ふぅ~、今できる最高の付与だと思います」
「大丈夫かい、アスカ。マジックポーションまで途中飲んでたろ?」
「術式の展開にもMPを使いますからね。そこはしょうがないですね」
会話をしながらジャネットさんは出来上がった剣を手に取る。
「どうですか? 上手くいってます?」
「上手くいってるなんてもんじゃないよ。これまで手に取ったどの属性剣より出来がいいよ。火属性だけなのが惜しいぐらいさ」
「良かった。風の強化魔石が見つかったらまた作りますから期待しててくださいね!」
「はいよ。この分の礼は必ずするからね」
「だったら、珍しい魔石や魔道具をお願いしますね。なかなか見つからないんですよ」
行く町は同じでも視点が違うと見つかるかと思いお願いする。細工もそうだけど色々な魔道具に触れることで、新しい発想に繋がるかもしれないからね。
「了解。それじゃあ、アスカは疲れただろうから今日はゆっくりしてるんだよ」
「はい。ティタもありがとう」
「いえ、ご主人様のお役に立ててよかったです」
こうして港町で最後の仕事を終えた私は休息を取るのだった。




