港町の大きな本屋さん
「アスカ、ここにいたんだ」
「リュート、どうしたの?」
私が魔笛を吹き終わり少し休んでいると、リュートがやって来た。出発のことで何かあったのかな?
「何だかちょっと元気ない気がしてさ」
「そっか。……ちょっとアルバのことを思い出してたの。遠いところまで来たんだなぁって。それと、久し振りにエレンちゃんに会いたいなって」
「そうだったんだね。じゃあ、そろそろ帰る?」
「ううん。確かにエレンちゃんに会えないのはさみしいけど、まだ見たいものもあるから、帰らないよ。ただ……」
「ただ?」
「ジャネットさんもそうだけど、リュートもいつまでいてくれるかなって思うことはあるよ」
二人には無理に旅についてきてもらった感じもあるし、ジャネットさんはリックさんとも仲がいいしね。リュートだって今は一緒だけど、この先どう何だろうと思うこともある。
「ジャネットさんにはジャネットさんの考えがあるから分からないけど、僕はアスカと一緒にいるよ」
「いつまで?」
私はいたずらっぽく行ってみる。何だか今日はちょっと変かな?
「どうだろうね。アスカが良いなら、ずっと旅を続けてもいいよ」
「ずっとなんて、リュートったら。私と一緒だとしんどいよ。ほら、色々問題を起こすし」
「いまさらじゃない? アルバにいた時からアスカは目立ってたし」
「そ、そうかな?」
確かにちょっと目立つこともしたけど、冒険者の範疇だと思うのだ。今は貴族の娘だったことが分かって、ちょっと変わってるとは思うけど。
「まだ自覚がないだなんて、僕はアスカの意識の方が心配だよ」
「うう~~」
リュートに言い負かされたみたいで悔しい。確かに歳は二歳上だけど、私の方がしっかりしてたのに。
「唸らないの、アスカ。それより途中だったみたいだけどもう演奏しないの?」
「演奏してたのに気づいてたんだ?」
「うん。不思議な魔力の流れを感じたからね。きっと、魔笛を吹いてるんだろうって」
「リュートすごい! 魔笛の魔力の流れが分かるなんて」
「それを軽々と扱うアスカの方が凄いよ。僕は身近で優秀な人を見て来たからね」
「へ~、私の知らない人だったら今度紹介してよ?」
「いつかね」
「約束だよ! はい、指切り」
私はリュートと指切りをして約束を交わすと、再び魔笛の演奏を始めた。
「リュート。アスカのやつ、帰ってきたらすぐに寝たんだけどどうだった?」
「アルバが恋しかったみたいです。でも、話をして落ち着いたみたいでした」
「そうかい。そいつは良かった」
《ピィ!》
「アルナもありがとう。途中で席を外してくれて」
「君たちはお姫様のこととなると本当に甘いね」
「当然だろ。何年一緒にパーティー組んでると思ってるんだい」
久し振りの魔笛の演奏で疲れた私はそんな話が行われているとは微塵も思わず、すやすやと寝息を立てていた。
「アスカ、起きなよ。今日は買い物に行くんだろ?」
「んぅ~? 買い物?」
ジャネットさんの声を聞いて目を覚ます。そうだ。昨日リュートと話して余裕がある今日に買い物へ行こうって話してたのに。
「遅れちゃう!」
ガバッと飛び起きようとすると、ジャネットさんに腕を捕まれた。
「慌てなくてもリュートは待たせておけばいいんだよ。それより、飯を食いな」
「あっ、ありがとうございます」
私が起きてこないので取り置きしてもらっていた朝ご飯を食べる。
「そうだ、ジャネットさん」
「なんだい?」
「この前買った剣の付与、明日にやりますね。今日のうちにティタと打ち合わせをしてマグマロックの魔石を使った付与にも挑戦してみます」
「分かったよ。でも、無茶だけはしないようにね」
「はいっ!」
ジャネットさんに了解も取ったし、食事を済ませたら着替えてリュートと一緒に街へと繰り出す。
「最初に本屋へ行く?」
「うん、それでいいよ。リュートは行ったことあるんだよね?」
「行ったことはあるけど、あまり時間がなかったから結構いい本があると思うよ。出してもらえるかは別として」
「そうだよね。そっちの方が問題かぁ」
本は貴重品だから本屋さんも知らない人にはあんまり出してくれないんだよね。出してもらえるといいなぁ。二人でどんな本を買うか話しながら歩いているとすぐに着いた。
「じゃあ、ここからは別行動だね」
「うん、買うものが決まったら教えてね」
港町で色々なものが集まるからか、この本屋さんは大きかった。ただ、入り口には警備員もいるし、近くにあるのはあまり価値のない本だ。
「やっぱり普通に入れる場所だとあんまりいいのないなぁ」
奥のエリアをちらりと見やる。だけど、あっちはカウンターの先だから店主の許可が要りそうだ。何とか入れないかなぁと思っていると、横から声を掛けられた。
「お嬢様、何かお探しでしょうか?」
「えっと、魔導書とか古代語の本とかがあると嬉しいんですけど……」
どうやら街行きの格好をしていたら、どこかのお嬢様と間違われたみたいだ。でも、これはチャンスかもしれないと思い、希望の本を言ってみた。
「少々お待ちください」
声をかけてくれた店員さんはカウンターにいる人と話している。これで奥へ入れたら嬉しいなぁ。
「お待たせいたしました。お嬢様、失礼ですが何か身分証のようなものはお持ちですか?」
「あいにく、身分証のようなものは持っていないんです。ちょっと待って下さいね」
私はマジックバッグの中からそれらしきものを探してみる。あるのはイリス様に貰った乗船証とシェルレーネ教刻印使用許可証ぐらいだ。
「これのどちらかで駄目ですか?」
「こちらの乗船証は大陸外の発行ですね。残念ですが、我が国の発行でなければ……。こちらはシェルレーネ教刻印使用許可証⁉ これは失礼いたしました。お嬢様こちらへどうぞ」
「ほっ、上手くいって良かった。そうだ! リュートも一緒に連れて行ってあげよう」
本のラインナップを見る限り、手前と奥では価値が違うものが並んでいそうなので、私はリュートを探して一緒に連れて言ってもらった。
「では、お連れの方はここからこちらの棚を、お嬢様は全ての棚を見られて結構です」
「ありがとうございます。でも、リュートと私じゃ見れる範囲が違うんですね」
てっきり、同じだけ見れると思っていたので案内してくれた店員さんに尋ねる。
「申し訳ございません。お嬢様ははっきりとした身分証をお持ちですが、いくらシェルレーネ教刻印使用許可証であっても個人の身分証ですので。家紋付きの身分証にその家門に仕えていることが証明できる騎士であれば、同様にご案内できたのですが……」
「仕方ありません。連れて来たのにごめんね、リュート」
「ううん、新しく案内された範囲だけでも色々な本があるから大丈夫だよ。それじゃあ、また後で」
「うん!」
こうして私たちはまた別行動になる。もちろん私は自分しか入れないエリアで本探しだ。
「それにリュートが好きそうな本があったら代わりに買ってあげられるしね!」
いい本を選んだら喜んでくれるかな?
「おっと、まずは付与魔法と魔道具の作成に関する本から探さないと」
明日はジャネットさんの剣に付与を施す日だ。私は本番に向けて何かいい本がないかと物色し始めた。
「うう~ん、これとこれ。あっ、これもいいなぁ。値段は……」
本が気になると近くで待機してくれている店員さんが調べてくれる。最初は悪いと思ったけど、貴重な本だし値札なんて書けないのでこうするしかないのだ。私も直接手書きされるよりはこの方が好きだな。
「あまり本にしわを付けるのも好きじゃないしね」
うんうんと頷きながら私は本を近くの机に積んでいく。
「今置いてるのは四冊か。『付与術の高等技術』『魔道具制作の歴史』『属性別の付与』『ポルティス語辞典』これだけでもかなり高額だし、買えるものには気を付けないとね」
この中で一番安いのが『ポルティス語辞典』だ。古代言語の一つであるポルティス語だけど、現在は式典や飾り文字にしか使われておらず、研究者以外には無用の長物だ。でも、今回買った『魔道具制作の歴史』の中に使われており、購入を決めた。これが金貨二枚で一番安い。写本がないものも多いから当然と言えば当然だよね。
「後は魔法書もちょっと欲しいなぁ。あっ⁉ これ良さそう」
私はさらに自分用と贈り物に二冊の本を選ぶ。これで欲しいなと思う本は一通り揃ったし、後はリュートやジャネットさんたちでも読めそうな本だな。
「剣術とか陣形の本はこっちかな?」
陣形に関しては私もパーティーリーダーだし、この機会に覚えておいてもいいかもね。そんなことを思いながら、私は残りの棚を見ていった。
「ふぅ~、買った買った」
「支払額も結構いってたけど大丈夫だった?」
「うん。細工の売り上げもあるし、あまり使う機会もなかったしね」
何てリュートに返してみたものの、最近はマグマロックの魔石も買ったし、落ちつけるところで魔道具作りをしないといけないかも。
「それで次はどこへ行く?」
「うう~ん、さっき買った本を生かしたいから、何かヒントもあるかもしれないし魔道具屋かな?」
「分かったよ。それじゃあ、こっちだね」
本を買い終えた私たちは次の目的地へと一緒に歩き出した。




