アスカと食事とセッションと
「アスカ、お昼は持って来てくれるって」
「手間がかからなくていいけどどうしてかな?」
「ほら、今日のお昼はファングバードの料理でしょ? この宿でもそこまで頻繁に出ないからだって」
「そうなんだ。楽しみだね、リュート」
「アスカはその後リュートが学んで作ってくれるのが楽しみなんだろ?」
「ちっ、違いますよ」
確かにリュートのファングバード料理は楽しみだけど、大事な仲間だし一緒に喜びを分かち合いたいのだ。私は心の中で言いわけすると、料理の到着を楽しみに待った。
「料理をお持ちしました」
「は~い!」
やがてお昼になり料理が運ばれて来た。ワゴンには色とりどりに飾られ、中央には『自分が主役です!』と言わんばかりにファングバードのお肉が盛られていた。メインのお皿がテーブルに置かれ、続いてはスープだ。
テーブルの端にはアルナとキシャルの分も置かれている。
「こちらがメインのファングバードのスープになります」
「あれっ? スープの方がメインなんですか?」
てっきりお肉の方がメインだと思ったのに。
「アスカ、ファングバードの説明の時に頭部から良い出汁が出ると言っただろう? あくまでこいつのメインは出汁なんだ。肉も不味いわけじゃないが、スープの味には及ばない」
「そうですね。こちらの方も飾ってはおりますが、一番人気なのはスープになります」
料理を運びながら宿の人も説明してくれた。う~ん、本当かなぁ。いままでスープと言ったらサブ中のサブ扱いだったのに。疑いを持ちつつも全ての料理が揃うと、お勧めされていたスープに手を付ける。
「いただきま~す! おっ、美味しい! 今まで食べてきた中で一番美味しいスープだよ!!」
《ピィ~》
アルナたちも私と同じ感想のようだ。
「ア、アスカ、ちょっと落ち着いて……」
「あははっ、全くこの子たちったら。まるで変わりゃしないんだから」
「それがいいところだろう」
「ジャネットさん、私はちゃんと成長してますよ」
「ふ~ん、どの辺がだい?」
「えっと、う~ん。……そうです! 細工中も周りの声が聞こえます」
昔は細工をしてたら人の声も聞こえないし、時間も忘れていたけど、今は何とか人の声ぐらいは聞けるようになってきた。
「生返事だけどね」
「えっ!? そうなの?」
前にリュートから返事はしてたって聞いたのに。
「うん。確かに返事はしてたよ。でも、何を言っても「うん」か「そうだね」しか言ってくれなかったけどね」
「それは災難だったね、リュート。と言うわけでアスカはまだまだってことだね。それより飯を食うよ」
もう一度私が反論する前に機先を制されてしまった。でも、美味しいスープが冷めるのも嫌だったので、私たちは食事に戻った。
「ん~、美味しかった! だけど、言われてた通り肉料理よりスープの方が美味しかったね」
「そうだね。僕も色々考えてはいたけど、あのスープを引き立てるように作るのがいい気がしてきたよ」
「確かにな。俺も何度か食べたが、スープを飲んでしまうとどうしても他の料理が負けてしまう。今日の肉料理も色とりどりだったが、あれも味では敵わない分、見た目でバランスを取っているのだろうな」
リックさんの評を聞いて納得した。最初に出てきた時は野菜で飾ってあって綺麗だと思ったけど、裏を返せばそうしないとスープに並べないってことだろうな。スープの方は無駄なく、メインとなるスープの味を崩さないような具材ばかりだったし。
「ふぅ、それにしても美味かったね。アスカはこれからどうするんだい?」
「ちょっと細工をして休みます。出発も近いですしね」
これまでの情報収集の結果、ある程度この大陸の情報も集まって来た。何よりリックさんの実家があるということで、一般には出回っていない情報も掴んでいるらしい。そこで、私が気になっていた光の教団についても情報を集めてくれたのだ。
「また無理しないようにするんだよ。あたしは軽く剣でも振ってくるよ」
「は~い」
ジャネットさんの付き添いにキシャルがついて行く。
「リックさんとリュートはどうしますか?」
「俺は実家から届いた手紙に返事を書くかな? リュート君は?」
「僕はまた本でも読んでます。町へ出た時にちょっと買って来たものがあるので」
「へ~、面白かったら私にも見せてくれる?」
リュートが買った本が気になったので頼んでみた。
「アスカが読んでも面白くないかも。ほら」
リュートが私に見せてくれたのは『騎士の心得 守りの極意』という本だった。確かにこれは勧められても読まないかも。
「さすがにその本は読まないかも。また、面白い本があったら教えてね」
「うん。でも、僕一人で行っても見つからない本もあると思うから、今度一緒に行こうよ」
「いいね! 私も魔法の本ばかりじゃなくて小説とかも読んでみたいし」
前はずっと買っていた本もあったけど、完結しちゃったしまた買いたいなぁ。リュートと本屋さんに行く約束をして、細工へと移った。
「ん~、そろそろいい時間かな?」
集中して作業すること五時間ほど。夕暮れ時になり手を止めた。
「リュート、そっちはどう? 読み進めた?」
「う……ん……」
私が声をかけるも声は届いていないみたいだ。ひょっとして私も今までこうだったのかな? 悪いと思い声を掛けずにいると、十分ほどしてようやくリュートが気付いた。
「あれ? アスカどうしたのこっちを覗いて?」
「細工がひと段落したからちょっと休んでたの。リュートは?」
「僕はちょうど読み終わったところだよ」
「ずいぶん集中してたみたいだけど、そんなに面白かった?」
タイトルだけ見たら騎士の心得なんて堅苦しそうで難しそうなのに。
「うん。旅を始めてからちょっと興味が出て来てね。買って良かったと思ったよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
別に私たちって冒険者だから騎士とは全然違うと思うんだけど、リュートには心惹かれるものがあったみたいだ。それから夕食までゆっくりしているとみんなが揃った。
「ふぅ~、いい汗かいたよ。風呂もあるからケアも簡単にできるしね」
「お風呂はどうでした?」
「いい湯加減だったよ。鳥の巣で入ってた時ぐらいかね?」
「それなら私も後で行こうかな?」
食事前に町を離れた後のことも話し合うと、いよいよご飯だ。お昼に続いて今日も食事は部屋へ持って来てくれることになった。とはいえ、ファングバードの料理ではない。頭部が大きいだけで可食部が少ない鳥だからね。
「美味しかったね」
《にゃ~》
私の言葉にまだまだ食べられると主張するキシャル。よほど気にいったんだろうなぁ。私もまた食べたいとは思うけど、今すぐって感じでもない。
《ピィ》
キシャルに対してアルナは食いしん坊だと鳴いている。まあ、アルナはどっちかと言うと野菜の方が好きだからそうなるよね。
「それにしてもアルナかぁ」
《ピィ?》
「ううん。ちょっとミネルのことを思い出しちゃった」
アルナはヴィルン鳥とバーナン鳥のハーフだけど、ヴィルン鳥の特徴が強い。ふとした時にミネルのことを思い出すのだ。
《ピィピィ》
「アルナもお母さんのことが気になるの? まだ小さいもんね。……ちょっと夜風に当たろっか」
私はしんみりとした気分を振り払うため、魔笛を持ってテラスへと向かう。
「♪♪♪♪~~♪♪~~~~」
* * *
「あら? この音は……」
「姉ちゃん立ち上がってどうした? 今日はもう歌うのかい?」
「ええ、そうね。セッションしようと思って」
「セッション? 誰もいないぜ?」
私の周りを見て不思議そうにするおじさん。まあ、人間とセイレーンじゃ魔力の探知力が違うからしょうがないわね。そんなことを一瞬考えた後、私はアスカとのセッションを楽しんだ。




