新大陸の依頼
港町に着いてから早四日、私たちはこの大陸へ来て初めての大衆食堂へやってきていた。これまではリックさん紹介のやや高めの店ばかり行っていたんだけど、ジャネットさんも私も気兼ねなく食べられるものが良いというリクエストだ。
「やっぱりこういう店の方が落ち着くねぇ」
「そうですね。あっ、メニューも見慣れたものがありますよ」
店のメニューは定番のオークステーキやら周辺で採れる野菜サラダ(大皿)やらと見慣れたものばかりだ。そこに港町の特徴である魚料理が鎮座している。
「アスカは何を頼むの?」
「うう~ん、ここは魚料理と行きたいんだけど、オークステーキも久し振りだしなぁ」
残念ながらこの店は肉と魚のミックスみたいなメニューはないので、単品で注文するしかない。私が迷っているとリュートが提案をしてくれた。
「それじゃあ、僕がこっちのオークステーキを頼むから半々にしない?」
「良いの? じゃあ、そうしようかな?」
「アスカ、決まったかい?」
「はい、この〝焼きシルバーカーレル定食〟にします」
「リックも決まったね?」
「ああ。それじゃあ、頼むぞ」
全員の注文が決まり、店員さんに料理を注文する。料理が届くまで話しをしていると、ちょっと気になる会話が聞こえてきた。
「なぁ、聞いたか? ギルドから特別な依頼が出てるらしいぞ?」
「特別な依頼? どうせ貴族の気まぐれだろ?」
「いや、俺も最初はそう思ったんだが、依頼の内容ってのが攫われた妖精の救助ってやつだったんだよ」
「妖精の救助? そもそも妖精って人前には滅多に姿を見せないはずだろ?」
「その辺は俺も分からんが、どうやら他の大陸から連れてこられてるらしい。報酬はギルドと国が用意してくれるんだとよ。額もいいからお前も狙ってみろよ」
「依頼の期限は?」
「ねぇよ。見つかるまでだそうだ。ただ、ここまでするんだからなんか裏があるんだろうなぁ。デンバードに売られてたら面倒だが、他の国なら狙ってみろよ」
どうやらこの大陸にも妖精誘拐事件のことが広まってきたらしい。大陸を越えて売られた子たちがこの依頼で戻るといいけど。
「アスカ、アスカ?」
「あっ、うん。何?」
「どうかしたの?」
「ううん、何にも」
みんなとの会話が全然頭に入っていなかったので、適当に返事をしてしまった。
「あっ……」
リュートに話しかけられて、また冒険者たちの話しを聞こうとすると、すでに話題が変わってしまっていた。でも、こういう話しがもっと広まって早くみんな見つかるといいな。
「アスカ、昨日の食事の時からちょっと元気ないですよね」
「ああ、あたしもちらっと耳に入れてたけど、妖精たちが誘拐された話しをしてたやつらがいたみたいだね。こっちでも依頼が出たみたいだよ」
「そうだったのか。元気づけてやりたいが時間が解決することだしな」
「だよねぇ」
「二人とも冷たいですよ。励ましてあげましょうよ」
「励ますって言ったってねぇ。リュートこそ何かアイディアはないのかい?」
「そう言われると……うわっ!」
私が本を読んでいるとバタンと音がした。音の方向を見てみると、一番下にリュートが、その上にはジャネットさんとリックさんが折り重なっている。
「みんな何してるの?」
「あ、いや~。アスカの様子がちょっと気になって……」
「私が? なんか変だった?」
リュートの言うようなことを何かしていたかなぁと考えていると、ジャネットさんが口を開いた。
「それより、部屋にこもってばかりじゃ退屈だろ? 明日辺りみんなで依頼を受けに行こうじゃないか」
「依頼ですか? 別にいいですけど」
まだ事態を飲み込めないまま返事をする。だけど、依頼を受けるというのはいいかも。いい気分転換になるだろうし、この大陸にしかいない魔物もいるだろうし。
「可愛い魔物もいるといいなぁ」
大型の魔物は困るけど、五十センチぐらいのサイズなら大歓迎だ!
「ほら見なよ。あたしの意見が正解だろ?」
「たまたまじゃないですか」
なおもみんなの良く分からない話を聞いていると、机の上から声がした。
《キラッ》
「あっ、マイ。自分も忘れるなって。分かってるよ」
《ピカッピカッ》
「この前は悪かったってば。今度から気を付けるから」
そう言うのはソードブレイカーに宿ったマジックイーターのマイだ。下船する時から静かにしていてねと頼んでいたんだけど、それを守ってしまったばっかりに、昨日まで魔力の補充が出来ていなくて絶賛お怒り中だ。これに関しては私が全面的に悪いのでマイの言うことを甘んじて受け入れている。
《ピカッ》
「依頼にも一緒について行くって? まあ、それは普通だし。今日もちゃんと食前に魔力をあげるからね」
《キラッキラッ》
ふう、なんとか納得してくれたみたいだ。名前を付けてからというもの、マジックバッグに入れようとするとバッグに付与している魔力を吸うって脅してくるし、手のかかる子だなぁ。
「そいつが何言ってるか分からないけど、とりあえず明日の準備をしときなよ」
「は~い」
こうして依頼を受けることになったので、今日の細工はそこそこに私は準備をした。
「さて、依頼は何があるのかなと」
「ジャネットさん、こっちの依頼はどうですか? 個別の討伐依頼を受けなくていいですよ」
「どれどれ」
私が見つけた依頼は町周辺の巡回依頼だ。討伐した魔物の数や種類によって報酬は変動するものの、各魔物の討伐依頼を個別に受けなくていいから無駄がない。長期滞在するならともかく、短期滞在なら未討伐の魔物を捜さなくていいからいい依頼だ。
「ほう? この依頼は確かにいいな。周辺の魔物は……ああ、この程度か」
「あれ? リックさんはこの辺りに詳しいんじゃないんですか?」
「ん、ああ。この依頼の巡回地点は西側だろう? 俺は東側からしか来ないからそっちは知らないんだ」
「そうだったんですね。知らない魔物はいました?」
「いや、全部知っているから道すがら話そう」
リックさんの言葉で私は依頼を受け、町の北西にある門を目指す。
「それで周辺の魔物はと……」
依頼票を見るとこの辺りで出る魔物はゴブリンにオーク、そしてファングバードとなっていた。
「変わった魔物といえばこのファングバードだけですね」
「で、リックはこいつを知ってるんだろ?」
「ああ。名前の通り、頭部が発達してかみつきを得意とする魔物だ。狩りはその大きな頭部でのかみつきで獲物を住処へと運ぶスタイルだ」
「へぇ~、じゃあ大型の鳥なんですね」
「いや、中型だ。全翼は一.五メートルほどだが、頭部の幅は五十センチもある」
「それって飛べるのかい?」
ジャネットさんが疑問を口にする。確かに鳥って頭部が小さいイメージだ。ペリカンとかは大きいけど、さすがに頭が大きすぎではないだろうか?
「まあ、翼は半分飾りだな。実際には風の魔法で飛んでいて、向きを変えるのに翼を使う程度だ。だから、狩りも魔力切れを考えてやや消極的だ。魔力が切れたら歩いて巣に帰るなんて自殺行為だからな」
「変わった鳥ですね。あっ、そういえばこの辺ってオーガはいないんですね。そういう魔物がいるならオーガがいても不思議じゃないと思うんですけど」
「ああ。この地方のオーガは街道を整備する時に森を切り開いた影響で絶滅しているんだ。だから、主要な魔物はゴブリンとオークだけだ」
「へ~、珍しいねぇ。一番強いオークが残りそうなもんなのにねぇ」
「ジャネット、オーガの特徴はなんだ?」
「そりゃあ、力強くて体格も良くて好戦的……ん?」
「気づいたようだな。元々林や森を住処にしていたオーガは人が生息域を広げてきた時に立ち向かった。ゴブリンやオークは敵わないとみると生息域を後退させたのさ」
「じゃあ、ファングバードはどうして残ってるんですか?」
「あいつらは魔法が使えないと移動もままならない。それを生かして普段は崖に巣を作っているんだ。単純にそこまで冒険者たちも行かないからだな。魔石も有用ではあるが、放っておいてもやってくるわけだし」
う~ん、人との関わり合いの中でオーガは淘汰されたのか。低ランクの冒険者にとってオーガは鬼門だし、この地域は安全そうだ。それはそうとファングバードの魔石が気になったのでリックさんに尋ねてみる。
「ファングバードの魔石ってどんな効果なんですか?」
「実に単純だ、筋力アップさ。主に重戦士が使うんだが、町の人間にも人気だぞ」
「町の人も?」
「ああ。大工はもちろんのこと、重たい物を持てない人にも好評だ。まあ、価格に見合うかといえば疑問なところはあるがな」
「大工や商会なんかは人が変わっても需要があるから意味はあるだろうねぇ」
「ただ、魔石のサイズによって上昇量に差があるのと、冒険者的には特定の職種に依るから大体、金貨五枚から八枚程度だがな。それでも、初心者冒険者にとっては魔力が尽きた個体を倒して手に入れることもあり得るから、低ランクでも夢があるな。まあ、この地方だとそれも難しいが」
「何か問題があるんですか?」
「この地方はオーガがいない代わりに他の魔物は団体行動を取るんだ。ゴブリンやオークも十体前後で行動することが多い。だから、パーティーも六人前後が多いな」
「それは大変ですね。アルバだと四人ぐらいのパーティーが主流でした。中には二人のパーティーもいたんですよ」
「こっちじゃそんなパーティーは生き残れないな」
二人パーティーといえば、ベレッタさんとヒューイさんは元気かな? 私も何度か一緒に冒険したし、久し振りに会ってみたいなぁ。なんて、この地方の情報を頭に入れながら、私は故郷に思いを馳せたのだった。