マグマロックの魔石
「アスカ、準備はいいかい?」
「ジャネットさん、もうちょっとだけ待ってください! えっと、鏡で髪の確認OK、バッグも持ったし、服装もばっちり……大丈夫です!」
今日はもう一度魔石を見に行く日だ。街行きの服を着ていざ!
「ご主人様、頭の後ろ一か所だけはねてますよ」
「嘘っ! ティタ、直して」
「分かりました」
寝ぐせをティタに直してもらうと私たちは昨日行った店へと向かった。
「それにしてもリュートには悪いことしちゃいましたね。ティタの代わりにお留守番を頼んじゃって」
「別にいいさ。リュートにだって一人の時間は必要だろうし、昨日だって店を見ても何も買わなかっただろ? あいつは買うものがないのさ」
「そんなことはないと思いますけど……」
「じゃあ、アスカはリュートに必要そうなもの何か言えるかい?」
「そう言われると浮かびませんね」
魔槍も鎧も良い物だし、私が作った小型の盾のようなものは風のフィールドを作り出して、身を守ることもできる。となると店で見る物といえばサブウェポンのナイフぐらい。それだって下手なものだと邪魔にしかならないので思いつくものはなかった。
「ほら見てごらんよ。気にせず留守番させときゃいいのさ。あたしだって滞在期間中は読書に時間を使うことがあるだろうから、順番だよ」
「なるほど」
ちなみにリックさんはというと、昨日買ったものを先に家に送るそうで今日は商人ギルドへ行っている。マジックバッグがあるんだから入れて行けばいいのでは? と昨日質問したら、「実は買った物の品質を試すために一セットはその場で買ったものの、実際は数セットの納品になる」と言われた。だから、マジックバッグではとても運べない量らしい。宿の庭で素振りをして問題はなかったから、今日送ることにしたみたいだ。
「リックさんってお金持ちですよね。あの剣と鎧のセット相当しますよ」
「ま、あたしらがカーナヴォン領にいる間もずっとダンジョンに潜ってたんだし、金はあるだろうさ」
「あの時は悪いことをしちゃいましたね」
「何言ってんだい。信頼できないやつを連れて行ってもしょうがないだろ?」
「でも、今だったらジャネットさんも連れて行きますよね?」
「うっ。ま、まあ、今のことは良いんだよ。ほら、店に着いたよ」
「あっ、ごまかした」
「いいから入った入った。店先で立ってたら迷惑だよ」
「は~い」
これ以上からかうと後が怖いので言われた通り店へと入る。
「いらっしゃいませ~、あらお客様は……」
「昨日の魔石が気になって来ちゃいました」
「そうでしたか、ではこちらへ。魔石を持ってまいります」
今日は買うつもりだと思われたのか、すぐに魔石を持って来てくれた。
「それじゃあ、ちょっと確認させてください」
「どうぞ」
店員のお姉さんは気を利かせてくれ、少し離れた位置からこちらを見ている。良かった、これでティタと話していても不審がられずに済む。
「ご主人様、相談したい魔石とはひょっとしてこちらの魔石ですか?」
「うん。マグマロックの魔石なんだけど、ティタは知ってる?」
「知ってるといいますか、何というか……」
珍しくティタ先生の歯切れが悪い。自身の知識の内にあるものは結構スラスラと話してくれるのにな。
「なんだい、いつもはもっとはきはき喋るのにどうしたんだい?」
ティタのいつもと違う反応にジャネットさんも気づいたみたいで、言葉を促す。
「実はこいつを見たことはあるのですが、戦ったことはないのです。マグマロックは火山の火口など灼熱をものともしない生物です。ロックゴーレムだった私には天敵のような存在でして。魔力がこもっているとはいえ、岩石に耐えられる温度ではありませんから」
遠回しにティタは苦手な相手だから知ってはいるけど、魔石の効果については知らないらしいということを伝えてきた。ティタも難儀な性格だなぁ。
「それでどのような効果なのですか?」
「えっと、魔力で陣を生成して火魔法を強化するっていう魔石なの。だから、単体では効果がないんだけど、役には立ちそうだなって」
「ふむ、魔力で陣を生成ですか……」
私が魔石の説明をするとティタ先生は黙ってしまった。何やらブツブツ言っているみたいだから何か考えがあるんだろうけど。それから五分ほどたっぷり考え込んだ後、ティタ先生が口を開いた。
「ご主人様、この魔石買いましょう。恐らくではありますが、この手の魔石が生成している魔法陣は属性ごとに違うはずです。ただ、全部が違うということはなく、共通している部分があるはず。同じように魔法陣を生成する他属性の魔石を手に入れれば、私が知っている魔法陣を超える高効率なものを生み出せるかもしれません」
「えっ、本当!? それならちょっと高いけど買っちゃおうかな?」
「それにしてもこのような魔石があるとは驚きです。まだまだ世界は広いですね」
「そうだね。あっ、ジャネットさん。私の用事は終わりました」
「そうかい。なら、買っておいで。あたしもちょいと見るけどね」
「ジャネットさんは何を見るんですか?」
「あたしかい? あたしは新しい剣だね。属性剣なんだけど、ちょっと刃こぼれが大きくてね。買い替えようと思ってさ」
「そうだったんですね。でも、それなら昨日買えばよかったんじゃ……」
一日程度じゃ店頭に並ぶ物も変わらないし、どうして今日なんだろ? 気にはなったものの、ひとまず会計と思いレジへと持っていく。
「あっ、こちらお買い上げですね。包みましょうか?」
「大丈夫です。家で使うものですから」
さっき魔石を出してくれた店員さんに返事をして魔石をもらう。
「ジャネットさん、買ってきましたよ。そっちはどうですか?」
「ああ、ちょっと待ってな。ティタ、この中だと魔力を一番込められそうなのって、どれか分かるかい?」
「少々お待ちください。ご主人様、それぞれの剣に近づけてもらっていいですか?」
「分かった」
ティタは現在、ティターニアによって私の肩に乗っているので、属性剣に私を通して近づけてみる。
「おっと、先にこいつを見せとかないとね。この剣よりいいやつだよ」
「かしこまりました、ジャネット様」
こうしてティタは一本一本剣を見定めていく。ただ、質が違うものも多いみたいで、直ぐ次の剣に行く時もあればしばらく留まる時もある。やがて全部見終えたのか、最初のところへ戻ってきた。
「どう? 何かいい剣はあった?」
「あったといえばあったのですが……」
またもや煮え切らない返事をするティタ先生。今日は続くなぁ。
「何か問題があったのかい、ティタ?」
「ジャネット様に合うであろう剣はこちらぐらいですね」
そう言いながらティタが指し示したのは二振りの剣。どちらも見た目は似ていて、特徴はない。説明書きを見てみると『属性剣(未付与)』となっていた。
「あ~、やっぱりこれかい。だから、今日来てもらったんだよ」
ジャネットさんもどうやらこの二振りの剣が目当てだったみたいだ。だけど、未付与ってどういうことだろう?
「ああ、アスカは普段剣を見ないから知らないか。属性剣って最初から付与されているものと、自分で付与師を見つけて付与するタイプの物があるんだよ。後者は属性付与しやすい金属や術式の元作られてるんだけど、剣がどんなにいい出来でも付与師の腕次第だから考えてたんだよ。いい剣だとは思ってたんだけどね」
そこまでジャネットさんが説明したところでティタがこちらを見る。
「要するにジャネット様は新しく剣を買うとなれば、ご主人様に付与してもらわないといけなくなるので遠慮していたのですよ」
「それならそう言ってくださいよ。リュートの鎧にも頑張って魔力を込めましたし、任せて下さい!」
私はぎゅっと手を握るとジャネットさんに言い切る。ここまで旅へ一緒についてきてもらってるし、恩は返せるうちに返しておかないとね!
こうしてジャネットさんは二振りの剣を購入し、笑顔で店を出たのだった。




