中央神殿とアスカ
「う~ん。朝だぁ~」
「元気だね、アスカは」
「だってもうすぐムルムルに会えるんだもん!」
「それは良いけど、道中気を付けなよ。折角、町に着いたのにケガしてますってなったんじゃかわいそうだよ」
「分かってます」
んにゃ
「ふふっ、キシャルは初めてだよね。私のお友達なの、元気いっぱいの巫女さんだから仲良くできると思うよ。それにラネーと会うのも久しぶりだし」
ラネーはレダの妹のバーナン鳥だ。元々はアルバに住んでいたんだけど、シェルレーネ教で崇められており、巫女の要請もあって神殿に付いて行ったのだ。行くのは良かったんだけど、神殿で大切にされている分、気軽に街の外に出られないので会いに行かないといけなくなってしまった。一度だけ街に来てくれたけど、それも特別だったみたいだしね。
「それじゃ、出発だね」
街を南側に出て行く。こっち側はそこそこ人の通りが多いので、道も安定している。中には商隊や乗合馬車もちらほらみられる。
「この辺はにぎわってますね」
「まあ、神殿から護衛が必要とはいえ、あの規模の町なら商売になるしね」
「護衛依頼を受ければよかったですかね?」
「どうだろうねぇ。都合よく、空いてる依頼があるとよかったけど、暮らすわけでもないのに安い依頼を受けてやるのもね」
「そうですね。引き受けた実績があるのも問題になることもありますし、ついてからでいいですよ」
「着いてから?リュートは中央神殿に着いてからも依頼受けるの?」
「まあ、僕自身は巫女様と知り合いでもないし、アスカは気にしないでいいからさ。そうでもしないと持ち合わせも厳しいし」
「特にリュートは男だから、下手に巫女と一緒だと面倒だね」
そっかぁ~、一緒に街を回りたかったけど別で回るしかないか。
「なら、空いてる予定があったら言ってね。その日は一緒に回ろ」
「いいの?」
「うん!折角、新しい街なんだし一緒の方が楽しいよ。でも、後の方にしてね」
「どうして?」
「その間にムルムルに穴場とかを聞いておくから」
「楽しみに待っているよ」
そんな話をしながらも街道を進んでいく。途中は馬車なんかに抜かれていくので、雨が降ってなくてよかったよ。中には手を振ってくれる護衛の人もいて手を振り返したりしてのんびりとした行程だった。そして、出発から4時間ほど経つと、ちょっと開けた休憩所があったので私たちはそこで休憩することにした。
「へ~、ここ広いですね」
「夕方出発だとここで泊まりとかだからね。馬車なんかは早いから」
奥にはちゃんとバーベキューに使えそうな設備もあり、いいところだな。
「折角ですし、早めのお昼にしませんか?」
「あたしは良いけど、準備は?」
「ちゃんとやりますよ」
程々にいい木があったりしたので、ついでに薪ラックと4人掛けのテーブルと椅子を作っておいた。特に何も塗ってないけど、風雨にさらされなければちょっとは持つだろう。使った後は奥の小屋に仕舞っておく。そうして出発しようとすると他のパーティーと出会った。
「あら、珍しいわね徒歩のパーティーだなんて。ひょっとして巡礼のパーティーかしら?」
「いや、あたしらは旅の途中なだけだよ」
「ふ~ん。少人数だけど大丈夫なの?」
「心配は無用さ。あんたらはこれから休憩だろ?お互い気を付けような」
「え、ええ。それじゃあね」
私たちと出会ったのは女性ばかりのパーティーだった。だけど、人数は8人ほど。中には戦えなさそうな人もいて珍しい組み合わせだった。
「変わったパーティーでしたね」
「あの中の数人は巡礼者だろうね。アサルセナに住んでる人間をついでに送って行くんだろう。乗合馬車に乗れなかった人なんかを送って行くこともあるんだよ」
「でも、それじゃ高くないですか?1人銀貨1枚はかかるんじゃ…」
「どうだろうね?でも、冒険者は少しでも移動費を稼ぎたいけど街には滞在したくない。巡礼者も乗合馬車に乗れなかったけど日程が限られてる人にはありがたいからねぇ」
「じゃあ、僕らも依頼を受けられたかもしれないのですか?」
「あたしらが?やめといた方がいいよ」
「どうしてですか?」
「ただでさえ急ぎの人間がいちいちギルドに依頼を出すと思うかい?依頼料もかかるのに」
「そういえば…」
「なら、個別に受ける案件だろ?そこに来てうちのパーティーには問題児がいる」
「ひょ、ひょっとして私ですか?」
「残念だけど今回はリュートだよ」
「ほっ」
「ぼ、僕ですか?」
「ああ、女性2人と男性1人のパーティー。ここに巡礼者の女性が加わる。向こうがどう考えると思う?」
「あ~、それは難しいですね」
「大体、依頼達成率100%のうちらがわざわざ勝手に依頼を受ける必要はないし、ろくなことにならないよ。ギルド相手には信頼されてるんだから、どの街でも依頼を受ける時に文句は言われないだろ?それをなくしてまで精々銀貨2枚程度のために頑張るなんてあほらしいよ」
そんなわけで道を進んでいく私たち、最後の方は草原を突っ切るように街道が整備されていたけど、この辺は冒険者が多いと知っているのか襲われなかった。
「ついに来た…ここが中央神殿だね」
「もっと水の都みたいな感じかと思ったらそこまでじゃないんですね」
「ああ。東にあるレーネ湖から水は引いていて潤沢だけど、湖の北側は神聖な場所になっていることもあって、街や神殿もやや離れたところに建設されたんだよ」
「そうなんだぁ~。もっと噴水とか滝とか大量にあるイメージだったよ」
「相変わらずだね。大体、そんなものがいっぱいあるんなら巫女様から話を聞いているだろう?」
「そっか、考えてみればそうですよね」
「あ、あと、街中で巫女様のことを名前で呼ぶんじゃないよ」
「どうしてですか?」
「知り合いだなんて知れたら、面倒だよ。しかも、聖霊信仰者とはいえ別の神を祭ってるんだし。相手によっちゃ放してくれないかもね」
「気を付けます」
「そういえば、手紙でも知らせているけど、アスカは宿どうするの?」
「着いたら連絡が欲しいって。だから、1泊はとりあえず泊まるよ」
「う~ん、なら今日はちょっと高めの宿に泊まるとするか」
「えっ、別にいいですよ~。そんなに疲れていませんし」
「バカ、向こうが迎えに来た宿がいまいちだったら目立つだろう?いい宿に泊まってれば周りは乗る奴なんて大して見ないもんさ」
「分かりました。じゃあ、聞き込みからですね」
「アスカ。それを街の人に聞いたら目立つよ。ギルドでこそっと聞くか、建物見て決めよう」
「はい…」
これ以上ぼろを出さないように発言を控える。おかしいなぁ、貴族とかを避けてるのは私なのに周りの方が対応が上手い気がする。
「はい。素材の買取はこの価格です」
「すみません。後、折角神殿まで来たのでちょっと良い宿に泊まりたいのですが…」
「あら、それならここを東に少し行ったラゼルね。もう少し東にはアシェルという高級宿もあるけど、流石にあそこは高いでしょうし」
「ありがとうございます」
ギルドを出ると早速、東に進む。
「あれ?ラゼルって宿通り過ぎたよ」
「アスカ、冒険者にだって進める宿だと駄目だよ。普段は泊まれないぐらいのところじゃないと」
「でも高いよね?」
「必要経費。それに、いい経験じゃないか。宿の上も下も知っておくに越したことはないよ」
「いらっしゃいませ。本日はお泊まりでしょうか?」
「ああ。それと、迎えが来る可能性もあるからそれなりのところに」
「かしこまりました。お部屋はご一緒で?」
「構わないよ」
「では、こちらがキーになります。料金は1泊、銀貨4枚でございます。従魔の方の食事も必要であればお申し付けください」
「わかったよ」
「お、お風呂はありますか?」
「ございます。護衛の方は手前に立てるようになっておりますので、ご安心ください。ご希望の時間ございましたら、お手数ですがフロントまでお越しください」
「分かりました」
ホテルっぽい受付の人に案内してもらって、部屋に入る。
「うわ~、すごい!部屋の飾りも絨毯もきれい~。わっ!ポットは魔道具になってる」
「はい。魔力を通しますと水が出る仕組みになっております。赤いポットはお湯が出ますのでご利用ください」
「へ~、汎用魔石使ってるんだ。ジャネットさんすごいですね」
「あ、ああ。部屋は確認したよ。案内ありがとね」
「いえ、それでは失礼いたします」
「さっきの人、やたら私に丁寧だったよね~」
「見たら、分かる人にはわかるんじゃないのかな?」
「まあ、宿に入って真っ先にキョロキョロしてたし、すぐさま魔道具とか細工物に目がいってたから間違いなく思われただろうね。都合がいいから町にいる間は冒険者の恰好をするんじゃないよ」
「分かりました!」
その後すぐに従魔用のミニ絨毯も持ってきてもらえた。いえば寝る時の毛布とかも貰えるらしい。キシャルは暑いのが苦手だから遠慮したけどね。
その頃、宿の従業員室では…。
「旦那様はまだ戻られませんか」
「いやですよぅ~。今日は遅くなるって言ったのジェイクスさんじゃないですか」
「そうなのですが、先ほどのお客様が…」
「かわいいお嬢様でしたね~。私もあんな妹が欲しいです」
「それが、連れていた従魔はてっきり護衛のどちらかのものだと思っていたのですが、さっき絨毯を持って言ったら本人の従魔でした」
「えっ、ちらっと顔だけ見ましたけどあの容姿でですか?」
「それと迎えが来るという話もありましたし、相手は恐らく神殿関係者でしょう」
「ええっ!?すぐに調べてきます。目の色と髪の色は?」
「目は緑に中央がやや赤みがかかっています。髪は銀色です」
「あはは、ジェイクスさんやめてくださいよ~。その髪色、冗談でも特定が簡単すぎて超絶嫌なんですけど~。あっ、でもちらっと見えた色もそうだったような。記憶から消したかったんですかね?」
「とにかく、あの部屋は私か旦那様の担当としますので、あなたも協力を」
「わっかりました!そういうことなら最大限協力します」
姿が消えたことを確認して、記憶の中の家系図を呼びだす。
「あの家には醜聞もなく、あの年ごろの娘はいないはずです。ただの勘違いであればいいのですが…」




