宿泊と予定
「いらっしゃいませ。ご予約の客様ですか?」
宿に着くと予約の有無を聞かれた。外見も立派な宿だったし、一般客用の部屋は少ないのかも?
「いや、予約はしていない。部屋を一部屋借りたい。四人部屋だが空いているか?」
「申し訳ありませんが、当宿では宿泊される方の身分を確認しております。どなたか代表の方の身分証をお願いします」
「それならこれを」
「これは……かしこまりました。四人部屋が一室で構いませんか?」
「ああ」
リックさんが身分証らしきものを受付のお姉さんに見せるだけで、すぐに案内してもらえた。う~む、こういう時は貴族の身分証って有難いなぁ。
「こちらでございます」
「ありがとう。夕食は……」
そう言いながらリックさんがこちらを見てくる。レストランの時みたいにここで食べるかどうかかな? せっかく異国の地に来たんだし、夜は別のところで食べたいかも。
「宿泊期間は一週間。今日と最終日はここで食べるが、他の日は他所で食べてくる」
「承知しました。食事の際、何かご希望はございますか?」
「あっ、この子たちのご飯をお願いします。こっちの小鳥は野菜と少量のお肉を。こっちのキャット種は焼いたお肉とお野菜を少しだけ。それと魔石くずとかを扱っている店を知りませんか?」
「魔石くずですか? それならこちらの店になります」
さすがは一流の宿。案内のお姉さんはスッと制服の中から地図を取り出すとすぐに場所を教えてくれた。
「他にも魔石や魔道具なども取り扱っておりますので、是非ご覧ください」
「ありがとうございます」
これでティタの食事にも困らないだろう。そう思いながら私は部屋へと入った。
「うわ~、四人部屋って聞いていたのに広いですね」
「まあ、貴族宿でもあるからな。こっちは一応、一般人の商人などでも泊まれる方だ。奥にある別館は貴族しか泊まれないぞ」
「ふ~ん、サービスとか料理にも違いがあるのかい?」
「当然だな。一番の違いは貴族の宿泊部屋の隣に護衛の詰所があることだな。だから、部屋の構造も広い室内の横は狭い部屋、また広い部屋という構造だ」
「構造からして違うんですね。では、私は失礼して……」
食べ過ぎていたから話しながらベッドに寝転がる。
《ピィ?》
「アルナ、心配してくれるの? 少し休めば大丈夫から」
「そうそう、ただの食いすぎだしな。そんで、さっき聞いた魔石くずが売ってる店には今日行くのかい?」
「そうですね。イリス様に持たせてもらった分もそれなりになくなってきましたし」
もらった時は一年分ぐらいあるんじゃないかと思っていたけど、船旅で補充はできなかったし、ティタもいっぱいあるからとそれなりに食べてたら底が見えてきちゃった。それでも、まだしばらくは持つから、すごい量だけどね。
「なら、しばらくは部屋でゆっくりするかね。リックは?」
「武器の手入れでもと思ったんだが、音がな……」
「それぐらいならこれを使ってください。個人向けの防音結界です」
「あんたまたそんなものを作ってたのかい?」
「小さめの魔石に防音効果を持たせただけですから誰でも作れますよ。台座も簡素ですし」
「いや、元々金をかけていないならこういう方が助かる。では、借りるぞ」
私は身体を休めるためにベッドイン。リックさんは装備の手入れ。ジャネットさんとリュートは備え付けのテーブルで本を読むみたいだ。
「それじゃあ、しばらくお休みなさ~い」
みんなの動きを確認して、私は目を瞑ってしばらく横になる。
「おや、もう寝たみたいだね」
「船の上でも上陸前からはしゃいでましたからね」
「こういうところは子どもなんだがな」
《にゃ~》
「これに関して私からは何も言えませんね」
「おや、ティタにしては珍しいねぇ」
そんなみんなの会話をしり目に、私はすやすやと眠りについていた。
「う……ん」
「おっ、起きたみたいだよ」
「ふわぁ~、おはようございます」
目を覚ますと辺りは夕暮れ時だった。結構寝てしまったみたいだ。
「これじゃあ、今日のところは買い物に行けませんね」
「しょうがないさ。それにまだ六日も泊まるんだから気にすんなって。それよりもうすぐ飯の時間だから身だしなみでも整えな」
「は~い」
寝ぼけながらも髪を整えていくけどどうにも髪が絡まってしまう。そのうち我慢が出来なくなったジャネットさんが髪を整えてくれた。
「ありがとうございます、ジャネットさん」
「どういたしまして」
こうして食事を待っているとドアがノックされ、食事が運ばれてきた。今日の食事はピアースバッファローのステーキにサラダとコーンポタージュっぽいスープだ。
「わ~、美味しそ~。こっちでもピアースバッファローはメジャーなんですね」
「いや、急に泊まることになったし、厨房に提供した分だ。ま、一週間こちらの予定に合わせてもらう分だな」
「そうだったんですね」
「代わりに宿代は安くしてもらった。干し肉の状態から戻した肉が気に入ったみたいでな、レシピを教えてやったんだ」
「あれ? リックさんって料理得意でしたっけ?」
「ん? ああ、違うぞ。教えたのは単に商人ギルドに登録されていることと、登録名を教えただけだ」
「それで宿代を安くしてくれるってんだからいいよねぇ。おっ、このソースいいねぇ」
ジャネットさんが絶賛しているのはステーキにかかっているソースだ。肉はちゃんと塩抜きもしてあるけど、それでも塩分があるのでちょっと薄味のソースと調和している。肉は今日渡したのに合わせるなんてさすがは貴族宿だ。
「美味しかったですね~」
「まあね」
《ピィ!》
「アルナも美味しかったんだね。キシャルは?」
《にゃ~》
アルナに続き、キシャルも満足そうに一声鳴く。よかった、家の美食家たちも満足のようだ。
「風呂はどうするんだい?」
「えっ、ここってお風呂もあるんですか?」
「アスカは寝てたから聞いてないんだっけ。個室があるみたいだよ。ただ、二つだけみたいだけど」
二つだけでも大浴場ぐらいしかないこの世界だと貴重だ。私はすぐに入りたい旨を伝えると準備に入る。
「湯船も広いならジャネットさんも一緒に入りませんか?」
「あたしも? まあ、順番に入るよりいいか。分かったよ」
少し待つと準備が終わったと連絡が入ったので、二人で着替えを抱えお風呂へと向かう。
「うわ~、広いですね。洗い場も一人じゃ余っちゃいますよ!」
湯舟が足を延ばせるのは当たり前で、洗い場も四人ほどならいっしょに洗えるのでは? という広さだった。
「ま、元々貴族用だろうし、これぐらいが妥当なのかもねぇ。自分じゃ身体を洗わないんだろ?」
「こっちを見ながら言わないでくださいよ。でも、そういう話はよく聞きますね」
前世の小説やアニメでもそういうシーンは多かった気がするし。私も入院生活が長かったから、そこまで苦手でもない。
「さてと。洗い終わったし入るとするか。アスカ、熱くないかい?」
「大丈夫ですよ。ちょうどいいぐらいです。それにしてもお風呂の用意、早かったですね。聞きに来た時はもうお湯を沸かしてたんでしょうか?」
「どうだろうねぇ。もしかしたら、専用の魔法使いを雇ってるのかもねぇ」
「あっ、その可能性もありますね。でも、それだったら贅沢なお湯ですね」
「何を言うかと思えば。それなら鳥の巣にいた頃は毎日のようにアスカがお湯を沸かしてただろ?」
ジャネットさんに言われて鳥の巣での生活を思い出す。確かにあの頃は薪の節約も兼ねて私が沸かしてたっけ。まあ、別に私は専門に雇われた訳じゃなかったけど。
「それにしても湯舟が広くて、いいお湯ですね~」
「アスカは本当に風呂が好きだね。綺麗好きなのかい?」
「そういうわけでもないですよ。もちろん、綺麗にしたいっていうのはありますけど、一番は入浴してる時の気持ち良さですね。こればっかりはお風呂以外じゃ味わえませんから」
「相変わらず贅沢な」
そう言いながらも満足そうに湯舟の端に手をかけまったりするジャネットさん。なんだかんだ
ジャネットさんもお風呂好きだと思うんだけどな。そんな感じで二人のお風呂タイムは終了した。
「お風呂上がったよ~」
「お帰りアスカ。それじゃあ、僕らも入ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
入れ替わりにリュートたちもお風呂へ向かう。その間に私たちは明日の観光ルートを決めておく。
「まずは魔石を売っているお店ですけど、他にはどこですかね。やっぱり武器屋からですか?」
ここは冒険者らしく武器屋を勧めてみる。今日二人が行った店以外にもあると思うし。
《ギィン》
「いや、売りにはいかないから安心して」
まだお蔵入りにされていたことが尾を引いているのか、ソードブレイカーは警戒しているようだ。
「君もソードブレイカーって呼びにくいし名前でも付けてあげようか?」
《キィン》
私の言葉が嬉しかったのかソードブレイカーはキラキラ輝く。
「ちょ、そんなに光らなくていいから。でも、どんな名前が良いかなぁ。難しかったり長かったりしてもしょうがないしなぁ」
せっかく呼びやすくするのに長い名前はNGだ。単純な名前にしないとね。
「だけどソードブレイカーって名前はいじりにくいしなぁ。代わりに元のマジックイーターから採ろうかな?」
そっちなら何とかなると思って私はしばし考える。
「あのさ、゛マイ゛とかどうかな?」
《キラッキラッ》
私の言葉に反応してソードブレイカーことマイが元気に光る。この反応なら気に言ってくれたかな?
「じゃあ、あなたは今日からマイだね。よろしくね!」
「マイねぇ。あたしにはただの剣にしか見えないけど」
《ビカッビカッ》
ジャネットさんの言葉に抗議するようにマイが光り出す。魔力も消費するし眩しいし、あんまりそういう反応はよして欲しいかも。
「目立つから外でそういう反応はしないでね、マイ」
私はマイに忠告をすると、ジャネットさんと明日の予定を詰めた。




