下船に際して
「アスカ、朝だよ。起きな」
「んぅ~、朝ですか?」
ジャネットさんに起こされてベッドから出る。船室に備え付けられた小窓からはレザリアース大陸が見えている。
「これってもうすぐ着く感じですか?」
「後二時間ぐらいだとよ。ただ、荷下ろしもあるから下船までは三時間ぐらいだけどねぇ」
「三時間……結構ありますね」
太陽の位置から今は六時ぐらい。三時間だと九時ごろか、店が開くまでちょっと時間もあるなぁ。
「店の開く時間でも気にしてるんだろうけど、先に商人ギルドへ行くんだろ? その時間なら開いてるさ。それに入国審査もあるんだからもうちょっと時間は食うよ」
「そうでした! じゃあ、時間は大丈夫ですね」
「簡単な予定も立ったし飯にするか」
ジャネットさんは部屋を出て行って朝ご飯の手配を頼む。グリーンホワイトでないかなぁ。待っただけあって美味しかったし。
「お待たせいたしました」
少しして朝ご飯が運ばれて来た。メニューは……あれ、魚もある。
「ああ、そいつはベニッシュだ。昨日、見張りをしてたら暇だったから釣ってみたんだよ」
「ええ~! 私も誘ってほしかったです」
「アスカは上陸したら予定が詰まってるだろ? 起こしちゃ悪いと思ってさ」
「うっ、まあそう言われるとそうなんですけど」
さっきも言った通り、最初は商人ギルドへ行く。そこでは大陸間移動が終わったという連絡もするし、今までの取引先への商品の発送も行う。ついでにルーシードの細工屋さんの場所とかも聞きたいから、商人ギルドだけでも午前中は使いそうだ。
その後は市場とか商店も見てみたいからそれだけで一日は潰れそう。こうやって考えてみるとジャネットさんの言う通り、誘われなくてよかったかも。
「まあ、結局あたしも一匹しか釣れなかったし、辞めてた方が良かったよ。リックも悔しがってたからねぇ」
「あっ、リックさんも釣りに参加してたんですね」
「まぁね。あたしが釣り上げた時のあいつの悔しそうな顔は見ものだったよ」
その時のことを思い出したのかジャネットさんは笑顔を見せた。
《ピィ》
「あっ、アルナも見てたの?」
「えっ、見てたのか?」
《ピィピィ》
どうやらその時はマストの下に止まっていたようで、たまたま見えたらしい。なんでそんなところにいたのかと尋ねると、甲板の上のところに立って見張っている船員さんがカッコよかったとのことだった。気持ちは分かるけどあまり一人では動いて欲しくないなぁ。特に海上は危険だからね。
「出歩く時は誰かに言ってね。心配するから」
《ピィ!》
返事だけは良いんだよね。これは旦那さんを見つけたら相手が大変そうだ。食事も終えると後はデザートタイムだ。今日もグリーンホワイトが出てきて私は大満足!
「ん~、やっぱりグリーンホワイトは美味しいですねぇ!」
「ありがとうございます。島にいるものにも次回、伝えるようにしますね」
「お願いします。それにしてもこれが市場に出回らないなんて損ですよね」
「確かにそうですね。追熟が必要など手間ではありますが、この地域の名産にもできそうです」
「ぜひ頑張ってくださいね!」
私がもう一度、旅をすることになったらその時はいつでも食べられるようになってたらいいなぁ。
美味しいグリーンホワイトを食べたら、後は上陸まで休憩時間だ。甲板に出たいところだけど、荷物の持ち出し準備と船の接舷準備もあって今は出られない。お仕事の邪魔になるからね。
「となると、細工ぐらいしかすることないなぁ」
《ピィ?》
「アルナも今日は陸に上がる日だからもうちょっと我慢してね」
《ピィ!》
小鳥でもやっぱり陸地が良いみたいだ。元気に返事を返してくれるアルナ。
「そういえば、最近キシャルを見てないね。どうしてるんだろ?」
「キシャルなら毎日ご飯をくれてたやつに懐いてるよ」
「そ、そうだったんですか」
う~ん、確かに船旅は長かったけど餌付けされてたとは。私も餌付けじゃないけど、お世話はきちんとしないと。魔物使いとしてのプライドもあるしね!
「アスカ、いる?」
「あっ、フィレーナさん。どうしたんですか?」
「もうすぐ下船でしょ? その間ゆっくりしようと思って。邪魔だったかしら?」
「いいえ。細工しかすることありませんでしたからいいですよ。あっ、私も少し気になってたことがあったんでした」
「何?」
「ほら、フィレーナさんってもしかしたら今後は一人とかで動くこともあるかもしれないじゃないですか」
「まあそうね」
「だから、その時のために武器が必要かなって」
「一理あるわね。とりあえず、見せてもらえるかしら?」
私のために魔力をなくしてしまったんだからそれぐらいはしてあげたい。ということで、マジックバッグに入っている武器を並べてみる。
「まずは電撃鞭。これは私も使うけど、正直盗賊相手ぐらいにしか出番もないし、なくてもいい。後はソードブレイカー。これはなくしたい」
私はじろりとソードブレイカーを眺める。こいつは船で時間がある時に整理をしていると、ここぞとばかりに魔力を吸い取ってきた手癖の悪いやつだ。
「後は私もナイフを覚えようと思って買った鋼のナイフぐらいか…」
このナイフはちょっと問題があって、短い割に重たい。そのため、思ったように振り回せなくて使うのを諦めた経緯がある。
「この中だと何が良いですか?」
私が使いたいものはないかとフィレーナさんに尋ねるとなぜか肩を震わせていた。
「そ、そいつを近づけないで!」
「えっ!?」
急な声にびっくりするものの、どうやらソードブレイカーに反応しているようだ。
「私の前にある短剣から嫌いなやつの臭いがするわ」
「あっ、ひょっとしてソードブレイカーにマジックイーターの魂が入ってるの分かるんですか?」
「マ、マジックイーター!? あんな最悪な奴の魂が入ってるのね。道理で嫌な魔力だと思ったわ」
ここまで嫌がるなんてと思い理由を聞いてみると、セイレーンは魔物の中では人と変わらないぐらいの肉体強度しか持たず、魔力だけが命綱だということだ。その魔力を吸収するマジックイーターは発見次第、周りにいる全員で討伐に当たるとのこと。
「魔力が下がった私じゃどうしようもないもの。それだけは使わないわ」
「はぁ」
私の不用品処分は失敗に終わったみたいだ。まあでもフィレーナさんの身に危険が降りかかっても困るし、これはこれでよかったのかな?
「残るはこのナイフと電撃鞭ですけど、ナイフ持てます?」
「任せなさい!」
よっぽどソードブレイカーを試さなくても良くなったのが嬉しいのか、笑顔でナイフを持つフィレーナさん。
「うっ、これ結構重たいわね……」
「あんたそれでも一応魔物だろ。それぐらい持てないのかい?」
「ジャネット、無茶を言わないで。私たちは水生の魔物よ。水の中で力を使うことなんて僅かよ。仲間を無理に持ち上げるぐらいだし、それだって魔法を使えば難なくできるもの」
「じゃあ、重たいものを持つことはないのかい?」
「ないわね。正直もう腕が疲れて来たわ」
これは鋼のナイフも持てなさそうだ。となると残りは電撃鞭かぁ。まあ、ダンジョン産だけど武器のランクは低いからまた入手できる可能性はあるし別に良いかな?
「最後は電撃鞭ですね。持ってみて下さい」
「鞭ねぇ。とりあえず持ってみるわ」
身長が高くてスタイルが良いフィレーナさんが鞭を持つとなんていうか……。
「アスカ、それ以上は言うんじゃないよ」
「は~い」
「???」
何の会話をしているのかと不思議な顔をしながらも電撃鞭を振って見せるフィレーナさん。
「あら、思ったより軽いのね。ただ、こんなんじゃ魔物相手には聞かなさそうだけど」
「元々護身用ですからね。でも、電撃鞭は名前の通り魔力を流すと電気を纏うので人には効果絶大ですよ。加減は必要ですけど」
魔力の下がったフィレーナさんならそこまで加減しなくてもいいとは思うけど念のため。
「そうなの? まあ、使ってみてって感じかしら?」
フィレーナさんはそう言いながら鞭を振り続ける。どうやら気に入ったみたいで扱いについても問題は無さそうだ。
「これ、本当に貰っても良いの?」
「はい。私はなくても平気ですし、買おうと思えば手に入りますから」
Dランクの武器だし、いくつか町を見てみれば手に入るだろう。
「あっ、その飾りだけは回収しますね」
私はリュートと一緒に買った勇気の印を鞭から外すと手に持つ。
「大事なものなの?」
「はい、リュートとお揃いの物なんです。なくさないようにいつも身に付けてたんですよ。でも、これ今度はどこにつけようかな?」
杖なら魔法の影響を受けて焦げそうだし、弓につけると邪魔だしなぁ。私がそう思っていると、急にソードブレイカーが光出した。
「わっ!?」
光が収まるとソードブレイカーの鍔のところに勇気の印が付いていた。
「ちょ、ちょっと、あなたを普段から持つ気はないよ。えっ、鞭を付けていたスペースが余るでしょって? そりゃあそうだけど……絶対に魔力を勝手に吸わないって約束する?」
《ピカッ》
言葉を発したわけではないけれど、ソードブレイカーが輝いて意思を示す。
「本当かなぁ? まあいっか。約束は守ってよ」
こうして、フィレーナさんに電撃鞭を渡し、サブウェポンをソードブレイカーへと切り替えたのだった。




