フィレーナさんのアクセサリー
「ただいま~」
「あっ、アスカお帰り。どこへ行ってたの?」
「フィレーナさんのところ。デザインは大体決まったんだけど気になることがあって相談してたの」
「そうなんだ。気づいたらいなくなってたからどうしたのかなって」
「リュートやっぱり集中してたんだね。ちゃんと返事してたよ」
集中してて生返事だと思ってたけど、やっぱり分かってなかったみたいだ。
「うっ、ごめん。いつもは僕の方が注意してって言ってたのに……」
「いいよいいよ。これで私の気持ちが分かってくれれば」
こう言っておけば今度から色々見逃してもらえるかもしれないし。
「今度から気を付けるよ。それで相談したことは解決したの?」
「うん、今からスケッチしたのを清書するの」
「頑張ってね!」
「ありがとう」
リュートに応援してもらって二人とも作業へと戻る。それから集中して一時間半で清書すると、いよいよ実際に材料を加工していく段階まで来た。
「う~ん、後は加工する場所の確保だね。さすがに室内で作業するのはゴミが飛んで不味いもんね」
鳥の巣と違って調度品も多いし、掃除だって大変だもんね。ただ、船上で作業しても大丈夫か分からないので許可を取らないと。ここはベスティアさんじゃなく、船長さんにお願いしてみよう。
「そうと決まれば……リュート。甲板に上がってくるね」
「あっ、うん。行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
《ピィ!》
「アルナも来るの?」
一緒に行きたいというのでアルナを連れて私は甲板へと向かった。
「すみません」
「おや、アスカ様。どうされましたか?」
「カルベイン船長はいらっしゃいませんか?」
「船長なら今はあちらで指揮を執っていますよ」
船員さんの手の先を見ると、マストの下で船員さんと会話をしている船長さんが見えた。
「あっ、本当ですね。教えていただいてありがとうございます」
「いえ、それでは自分は仕事に戻りますので」
船長さんの居場所を教えてくれた船員さんと別れると、私たちは船長さんの元へと向かった。
「おや、これはアスカ様。どうされましたか?」
「カルベイン船長さん、ちょっとお願いがありまして……」
「どうぞ仰ってください。船旅も後少しとはいえ、できる限りのことは致しましょう」
「じゃあ、一つお願いなんですけど」
私は先程思いついた件について説明する。
「ふむ、あのセイレーン族の女性のためですか。合金を加工する際に火災が発生する可能性は?」
「魔道具で加工するから問題ありません。後は場所だけですね。ちょっと目立つので作業中は人が寄り付かないと嬉しいです」
「分かりました。お急ぎのようですし、今日の夕刻から人払いをしておきますのでこの奥を使ってください」
「奥ですか?」
「はい。奥は後部甲板になっていますが、前方より狭く船員以外はほとんど来ませんので問題ないでしょう」
「ありがとうございます!」
船長さんから許可も貰ったので、私は早速準備をしに戻る。
「まずは細工の魔道具に合金でしょ。後は……くずが飛ばないようにシートとゴミ箱でしょ。他には何かあったかなぁ?」
《ピィ》
「えっ? ティタを連れて行くの?」
ティタがいれば人の気配にも敏感だし、魔物が来たら教えてくれるとアルナからアドバイスを貰った。やはりうちの子は賢い。
「ティタ、細工をする時は一緒についてきてくれる?」
「かしこまりました。この部屋にはキシャルを置いていきます」
「キシャル、今はジャネットさんと一緒だけど、見張りさせても大丈夫?」
「はい。あちらで十分寝ておりますから」
「そうなんだ。なら大丈夫かな」
時間が来たらキシャルは部屋に来てもらって、部屋の見張りをお願いしよう。別にだれも来ないと思うけど、こういうのは癖にしておかないといけないからね。
「じゃあ、時間まで他の細工をしよう。ひとまずはシェルレーネ様の像だね」
リックさんは家単位でシェルレーネ様を信仰しているって言ってたし、お土産代わりにね。ジャネットさんと仲が良いのは気に食わないけど、それはそれとして大事な仲間だし。
「デザインは何にしようかな?」
今は昔の絵をリュートに貸してるし、せっかくだし新しいデザインを考えてみよう。
「何か私の今までの記憶を生かしたものかぁ。見返り美人みたいな感じはどうだろう。巫女衣装を着て巫女の真似をしているところに後ろから声を掛けられた感じのやつ。私らしくて良いと思うなぁ」
頭に浮かんだら早速絵に描き起こしてみる。描ける時に描いとかないと忘れちゃうからね!
「う~ん、ここの裾は右に流す? それとも左かなぁ?」
「アスカ、何か悩み事?」
「あっ、リュート。うん、この絵の袖口ってどっちに流れた方がいいかな?」
「う~ん、動きを出すなら外側の左かな? そうじゃないなら右というか下でいいと思う」
「なるほど。ありがとう」
リュートのお陰で迷いもなくなったので、どんどん描き進めていく。
「後はここをちょっとこの髪をはねさせて……できた! 『巫女衣装で振り返るシェルレーネ様』これはいける気がする」
特に巫女の衣装は巡礼の時と、神殿にいる時。そして、教皇庁にいる時ぐらいしか、一般の人が見る機会はない。こうして像の形で見ることができるというのは嬉しいだろう。
「実際に作る時は彩色もしたいけど、それはシェルオークを使った分だけにしよう。ただ、色の指定だけは先にしておこうかな?」
あんまり完成度の高いものばかり作っていると、それなりの値段で売れなくなっちゃうしね。今回のお土産はオーク材で作るから豪華にし過ぎないようにしないと。
「アスカ様、今よろしいでしょうか?」
「ベスティアさん。どうかしました?」
「いえ、もうすぐ夕食のお時間ですので進捗はどのような感じかと」
「ちょうど一息付けるところです。それじゃあ、夕食にしましょう!」
「分かりました。三十分ほどお待ちください」
ベスティアさんから夕食の時間を告げられたので、その間はリフレッシュのために少しだけ甲板へ向かう。
「アルナ、風が気持ちいいね」
《ピィ》
「この風をミネルにも届けられたらなぁ」
ミネルもアルナやエミールを産む前は好奇心旺盛で私について回ってたし、こういう海の風景も興味があるんじゃないかと思う。エミールはアルバの南にある断崖から眺めるだけでも満足しそうだけど。
《ピィ!》
「アルナと私が帰ったら教えてあげればいいって? そうだね。アルバへ戻ったら真っ先に話をしないとね」
その時はエレンちゃんやミーシャさんにライギルさんを始めとした町のみんなにも話を聞いてほしいなぁ。
「でも、話せない話もいっぱいあるけどね」
特にミネルナ様とかシルフィード様とか精霊関係のことはお口にチャックだ。言ってしまうとみんなに危険が及ぶかもしれないし。
「昔はもっと自由ってゆうか毎日気ままだったのに、今は色々秘密が増えたなぁ。きっとこれからも増えていくんだろうな」
これが大人になっていくってことなんだろうか。言えることといえないこと、一度考えてみようかな?
《ピィ?》
「あっ、ごめんアルナ。私、ぼーっとしてたよね。そろそろご飯もできるころだし戻ろうか」
ちょっとセンチメンタルになりながらも食事の時間になるのでお部屋に戻ることにした。
「ただいま~」
「お帰り。ジャネットさんも帰ってきてるよ」
「お帰り。今日はどうだった?」
「ちょっと微妙かも? やっぱり人の意見を聞きながらデザインをするのは難しいですね。いつもは自分で考えたものそのままですから」
「そうかい」
「ジャネットさんは今日どうしてたんですか?」
「あたしかい? 別に大したことはしてないよ。結局海魔も見かけなかったから、海を見てたぐらいさ」
「そうなんですね。ところでリックさん知りませんか? 最近あんまり見ないんですけど」
リックさんはフィレーナさんと入れ替わるようにあまり見かけなくなってしまった。多分、夜の演奏にも来ていないから深夜とか朝方の見張りをしてくれてるんだろうとは思ってるんだけど。
「あ~、リックのやつはねぇ。この前の歌の件で今、瞑想中だね」
「瞑想中?」
「いや~、よっぽど眠っちまったのが堪えたみたいで、気を抜かないようになんかやってるんだ。お陰で部屋からもほとんど出てこないんだよ」
なんだ、私だけじゃなくてジャネットさんも会ってなかったんだ。
「まあ、魔力が違いましたし、しょうがないですよ」
「でも、あたしらはともかくリックはしばらく意識があったからねぇ。その分諦められないんだろ」
「責任感強そうですしね」
「お食事をお持ちしました」
ジャネットさんとリックさんの話をしていると、食事が届いたので夕食にする。今日は冷凍にしていたテンタクラーの磯焼き風とタコ焼き風だ。タコ焼きは繋ぎに山芋は使えなかったけど、何とか形にできた。ただ、卵は用意できなかったのでちょっと食感は違うけどね。
「ソースをかけてと……美味しい! やっぱり食感とか味はちょっと違うけど、たまにこういう料理食べると嬉しいなぁ」
「後はこちらもどうぞ」
「あっ、これはグリーンホワイトですか?」
「はい。そろそろ完熟したと思いまして」
「楽しみにしてたんです! ありがとうございます」
グリーンホワイトは小島で採れる果物で、お土産にもらった物だ。もらってすぐに食べたかったんだけど、収穫後に一週間近く追熟しないといけないので今までお預けを喰らっていた。
「前は焼き料理だったけど、今回はコールドボックスもあるから冷やしてるのが楽しみ~!」
冷やした時はどのような味がするのか? 私は楽しみにしながらメインのテンタクラー料理を食べていった。




