セイレーンの信仰
「アスカ、そっちの調子はどう?」
「フィレーナさん。細工の方は大体デザインがまとまりました。ただ、ちょっと気になってることはありますけど」
あれから二日。フィレーナさんのことはベスティアさんが言い含めてくれたので、大きな混乱もなくやっていけている。今はお昼の時間でお昼は一緒にご飯を食べている。その間は私が細工を、フィレーナさんはベスティアさんに社会常識を習っている。
「気になってること?」
「ほら、フィレーナさんが細工を身に付ける時にどこにつけるかを考えているんです」
「別に私はどこでも良いわよ?」
「そういうわけにはいきません。実はトルマリナの魔石が少し大きいので、細工も重たくなりそうなんです。だから、頭につけた場合とかだとバランスが取りにくくなると思って」
「あら、そう言うことだったのね。それじゃあ、身に付けて確認してみるから大体同じぐらいの重さの物を作ってくれる?」
「分かりました。夕方までには作っておきますから、夜に渡しますね」
「ええ。それじゃあ、ご飯にしましょうか」
「はい。私もお腹が空きました」
「あんたら仲がいいねぇ」
「あっ、ジャネットさん。ご飯持って来てくれたんですね」
「ベスティアに渡されただけさ。ほら」
ジャネットさんがテーブルに今日のお昼ご飯を並べてくれる。今日はハンドラーをふんだんに使った料理だ。どっちかというと今日は欧風の料理だ。
「いただきま~す!」
「いただきます」
「おや、フィレーナも言うようになったね」
「ええ、アスカが言っているから普通は言うものなんでしょう?」
「いや、別に普通じゃないよ。あたしらもついつい言うけどね」
「ふ~ん、なぜ言うのか教えてもらえるかしら?」
「いいですよ。今日のセッションの時にでも」
フィレーナさんと約束をして食事を取った後は細工の再開だ。
「う~ん、まだ今の段階だとどこにつけるか分からないからなぁ。だけど、多分髪飾りかネックレスになると思うからそれに合わせよう。リュートは何を作る?」
食事も終わり、細工を始めるに当たりリュートを部屋に招いている。私はフィレーナさんの細工を作るけど、リュートの方は作る作品が決まっていないので確認してみる。
「僕はどうしようかな。置物とかのデザインってない?」
「あるけど、どういうのが良いの?」
「う~ん、自然を感じられるものかな?」
「じゃあ、『揺らめく木々』かな?」
『揺らめく木々』は最近の作品で、大きめの木が一本と中サイズの木が横に二本並んでいるデザインだ。地面のところはちょっと木の周りだけコケが生えていて他は土だ。彩色の有無は抜きにしてもちょっと難しいと思うけど、頑張ってもらおうかな?
「ちょうど作ったばっかりだからここに見本置いとくね。スケッチはここだから」
私は完成品とスケッチの両方をテーブルに広げて、自分は昨日までに完成したスケッチを手に取る。
「えっ!? 本当にこれを僕が作るの?」
「そうだよ。大丈夫、まだやり始めてすぐなんだからちょっとくらい歪でもいいよ」
「歪とかの前に今のアスカの最新作だなんてさすがに無理だよ」
「だから、形はそれなりに見えたらいいって。それより、木の並びとかどうやったら自然っぽくなるかとかそういうのを考えて作ってみて」
「分かった。何とかやってみるよ」
リュートはスケッチを見てどう彫るか考えているみたいだ。
「さて、私も自分の細工に取り掛かろう。まずトルマリナの魔石は中央に配置して、周りをミスリルと白銀の合金で囲んでと。だけどこれだけだと寂しいからバックに何か欲しいよね?」
昨日の段階だと後ろのデザインは人魚にしていた。ただ、ちょっと気掛かりなことが……。
「う~ん、デザインとしては良いんだけど、人魚とセイレーンだとほぼ同一だから不味くないかなぁ」
フィレーナさんがルーシードとかに住むならセイレーンの力を失った今、関連するデザインを身に付けるのはどうだろう?
「これは後で確認だな。それはそれとしてデザイン自体は悪くないから、今度作ってみよう」
きっとルーシード側でもセイレーンの話は伝わっているだろうからそれなら題材として悪くないはずだ。だけど、このままだと作業が止まっちゃうから、一度フィレーナさんに聞いてみよう。
「リュート、ちょっとだけ出てくるね」
「……うん」
リュートはどうやらデザインをどう彫刻へと落とし込むか悩んでいるみたいで生返事だ。私も今までこうだったのかなぁ。反省しないと。
「すみません、ベスティアさん。今大丈夫ですか?」
「アスカ様ですか? 大丈夫ですよ」
「お邪魔します」
「あら、アスカ。この時間に来るなんて珍しいわね」
「はい。ちょっとフィレーナさんに聞きたいことがありまして」
「私に?」
私はさっき悩んでいたデザインの件を相談する。
「う~ん、確かに言われてみるとセイレーンのデザインは目立つかもしれないわね。ベスティアはどう思う?」
「アスカ様の危惧されている通り、この周辺では変に結びつける輩が出てきてもおかしくないですね。残念ですが、フィレーナ様へは別デザインの方が良いでしょう」
「分かりました。それじゃあ、セイレーン以外で何か代わりになりそうな題材って知りませんか?」
「私が言っていいの?」
「はい。やっぱりフィレーナさんが身に付けるものですし、ご本人の意見も聞こうと思って」
オーダーメイドってわけじゃないけど、やっぱり本人に聞けるときは聞きたいよね
「それならフェイデス様のデザインにしてもらえないかしら?」
「ふぇいです?」
「ええ。人間は覚えていないかもしれないけど、潮汐を司る神様よ。私たちセイレーンは長い歴史の中でも覚えているけど、人は忘れてしまった神様よ」
「そんな神様がいるんですね。潮汐ということは月にも関係してるんですか?」
「月? 確かに潮の満ちる時の夜とかは綺麗ね」
あっ、まだ潮汐は知られてても月との関係は知られていないんだ。う~ん、これは月と結び付けるデザインは良くないかなぁ?
「アスカ様、潮汐は月と何か?」
「月が関連して起きるんです。詳しくは知りませんけど」
「ふむ、どこで知られたのかは知りませんが広めない方が良いですね。デザインに組み込むぐらいは夜のイメージで構わないと思いますが」
「やっぱりそうですか。じゃあ、フェイデス様のデザインに組み入れるぐらいにしておきますね」
将来、関連が分かるとしても今なら大丈夫だろう。
「フィレーナさん、フェイデス様の姿が分かるものってないですか?」
「私は持ってないわね。口頭じゃダメかしら?」
「あっ、大丈夫です。まずは簡単な聞き取りから始めますから、ここはこんな感じとか言っていってもらえれば構いませんから」
とりあえず、絵の見本がなくても困るだろうから、アラシェル様を始めとした三女神の神像をテーブルに置いてその姿を教えてもらう。
「あら、こちらはシェルレーネ様ね」
「シェルレーネ様を知っているんですか?」
「もちろんよ。潮汐を司るフェイデス様も水に関する神様だもの。潮汐の女神だけでなくて大海原の神様とかもいるのよ」
「へぇ~、私は聞いたことないですけどすごそうですね」
「まあ、姿が知られている方は少ないけれど。私たちセイレーンが知っているのは力が大きい神様も多いから逆に人には知られていない方も多いのよ」
「どうしてですか?」
力が強いのなら普通は人も知ってそうだけど。
「姿を見せないってことは知りようがないでしょ? だけど、私たちセイレーンは歴史の長い種族だから、遠い昔に起きたことで神様が関連していることを覚えているのよ。寿命も関係あるかしら?」
そういえばセイレーンは長命で四百年近く生きると言っていたし、語り継ぐなら人間より断然有利だ。ひょっとしたらこの世界には人にまだ知られていない神様がたくさんいて、魔物だけが信仰している神様もいるのかもしれない。
「ほら、アスカ。言っていくから描いていって」
「あっ、すみません」
つい、まだ見ぬ神様のことに気を取られていた。気を取り直してフェイデス様のお姿を描き留めないとね。
「……で、顔はシェルレーネ様よりかしら? だけど、少しだけキリッとした感じもあるわ」
「結構具体的に分かるんですね」
「口伝でもその時に各々のイメージが付くから。まあ、一人ひとり細部は違うだろうけど」
「そこは大丈夫です。フィレーナさんが思うフェイデス様のお姿が一番いいと思いますから」
自分で身に付けるのに思うところがあるよりは理想に近い方がいいだろう。私はそう思っているのでできるだけ細工で再現できるように頑張らないと。
「じゃあ、イメージはこんな感じですね。私はこれをもとに一度、描き起こしてきます」
「よろしくね」
フィレーナさんから応援の言葉を貰い、私は部屋へ戻ったのだった。




