フィレーナと再会
「アスカ、あたしたちが気を失っている間に何があったんだい?」
「えっと……」
もう隠してもしょうがないので私はセイレーンさんとのやり取りを話す。
「はぁ、また厄介なものを持ち込んで」
「ちょっと貴方、失礼じゃない。私は物じゃないわよ?」
「不法に船に乗り込む時点で厄介だよ」
「ジャネット、どうかしたのか?」
「リックかい。こいつを見なよ」
「うん? 見かけないな。こんな女性が船に乗っていたか?」
ジャネットさんはため息を一つ吐くとリックさんに続けて話す。
「こいつが問題のセイレーンだってさ。あたしたちが倒れてたのにも関係してるらしい」
「何っ⁉ 本当かアスカ?」
「はい。でも、他には何もしてませんよ。それだけでも船員さんたちは困っているでしょうけど」
今も船員さんたちは詳細が分からず、さっきから甲板だけでなく船内も走り回っている。私も事情を説明したかったけど、さすがにセイレーンが出たとは言えずに仕方なく演奏していたのだ。
「どちらにせよこのままにはしておけないな。こっそりベスティアに連絡しておこう」
「お願いしても良いですか?」
私ではあまり良い言い方を思いつけないのでここはリックさんに任せることにした。
「じゃあ、これで私が船に乗り込むのは問題なくなったわね。それじゃあ、もう一曲行きましょうか」
「あんたねぇ、そんなにアスカの笛の音が気に入ったのかい?」
「もちろんよ! 海じゃなかなか音楽は聴けないのよ。セイレーン同士で歌を競っても虚しいもの。どちらが上かは明らかにするけどね」
「あっ、一応歌比べはするんですね」
フィレーナさんの今までの言動からみんな好き勝手歌っているだけかと思ってた。
「ええ。歌の上手さもそうだけど歌にどれだけ魔力を乗せられるかも大事なの。セイレーンたちは水の魔法と歌しか戦う手段を持たないのよ。だから、そこも競うポイントなの。そしてその中で一番になったセイレーンが次世代の女王になるのよ」
「へぇ~、じゃあ実力主義なんですね」
「そうよ。でも、やっぱり魔力を乗せやすいのは血筋もあるわね。だから、女王の子どもの方が有利ではあるわ」
「ま、貴族と同じようなもんかね。で、船に乗り込むのはいいけどどこに住まわせるかだねぇ。さっきみたいなことを急にされても困るし」
「そうですよね。どこが良いんでしょうか?」
首をかしげて考えるものの良案は浮かばない。ここは……。
「リックさんが戻ってきたら相談しましょう」
「そうするか。ベスティアに許可を取らないといけないしね」
「ベスティア?」
「この船の客室とか接客関連の責任者の方です」
「ならその人に会わせてもらうわ。会えば何とかなるし」
「ま、待ってください。歌はダメですよ?」
私は慌ててフィレーナさんを止める。さっきみたいにことあるごとに歌を使われると大変だ。
「普通に話すだけよ」
そんな会話をしていると奥からベスティアさんがやって来た。傍らにはリックさんもいる。
「アスカ様、大丈夫ですか? こちらでも急に船員が倒れてしまって」
「はい。それでリックさんからお聞きしたと思いますけど……」
「お聞きいたしました。申し訳ありませんが今から案内する部屋へ来ていただけますか?」
私が言い終わる前に察してくれたベスティアさんが別室へと案内してくれる。
「分かりました。さあ、フィレーナさん行きましょう」
「ええ、ついでに服も貰わないと。やっぱりきついわ」
「うっ、すみません」
やっぱり丈が合わないからフィレーナさんには辛いみたいだ。体系的にはベスティアさんの服なら良さそう。
「ではこちらへ」
案内されるがまま私たちは船内へと戻っていく。船内でも入り口近くで船長室の横みたいだ。
「こちらは私の私室になります。どうぞおかけください」
「あら、ありがとう」
着席を勧められるとすぐに席に座るフィレーナさん。甲板で話してる時も思ったけど、遠慮がない人だなぁ。
「さて、それではリック様からお話しいただいた件なのですが、あなたがセイレーンだということは本当でしょうか?」
「もちろんよ。なんならもう一度歌ってあげましょうか?」
「だっ、ダメですよ!」
私は慌ててフィレーナさんを止めに入る。また歌でみんな眠ってしまったら大変だ。
「あら大丈夫よ。魔力を乗せなければ眠らないわ」
「そ、そうなんですか?」
「貴方の笛も私が聞いている時は魔力が乗っていなかったけれど、私とセッションした時は魔力を乗せていたでしょう?」
「えっ!? 気づきませんでした……」
まさか魔笛に魔力を乗せていたなんて。フィレーナさんと一緒ということで気づかないうちに力が入っていたのだろうか?
「私の歌に魔力が乗っているかもと自然に込めていたのかもしれないわね。でも、笛の音に魔力を乗せるなんて人間も凄いじゃない」
「あれは魔笛といって魔道具なんです。だからすごいのは笛の方なんですよ」
褒められるのは嬉しいけど、魔笛の効果が凄いのであって私が凄くないのをフィレーナさんに説明する。
「いいえ、私たちでも生まれて数年は歌に魔力を乗せるのが難しいもの。人間が魔道具を通してとはいえ笛の音に魔力を乗せるのは難しいはずよ」
「そうですよ。アスカ様の魔笛の腕は素晴らしいですよ!」
うっ、船に乗り込む前はサボりがちだったからあまり褒めないでほしいなぁ。でも、褒められること自体は嬉しいので顔は綻んじゃうんだけどね。
「それで俺も身体の張りが取れたんだな。魔力に対抗しようとして無理をしたのがあの曲で薄れたと感じたのは勘違いじゃなかったと言うわけか」
「リックさん無理してましたもんね」
「だが、結局は眠ってしまった。情けない……」
「あら、そう落ち込むことはないわよ。私たちセイレーンは魔力が低い子でも300はあるもの。貴方の魔力じゃ対抗できないわ」
「セイレーンってそんなに魔力がある種族なんですね!」
確かに歌で人を惑わすってイメージは強かったけど、まさか魔力が300越えだなんて。
「ええ。それにしても貴方からは懐かしい魔力も感じるわね。どこかで会ったことないかしら?」
「私ですか? でも、この海域には近寄ったことってありませんけど……」
「う~ん、なら初対面よね。でも、どこか懐かしい魔力を感じるのよ」
フィレーナさんにそう言われるものの特に心当たりはない。
「アスカ、最近何か変わったことをしなかったのかい? フィレーナが何か言うんだし、意味がないわけじゃないと思うんだけど」
「確かにな。魔力が高いアスカとセイレーン。どこかで接点があるのかもしれん」
「う~ん、そう言われてもここは船上ですからね。最近やったことといえば魔笛の練習とリュートと一緒に細工ぐらいしか……あっ、そういえば整理もしましたね」
船上って本当にできることが少ないからいい機会だと思ってマジックバッグの中身を整理したんだった。そこに海に関係するものなんてあったっけなぁ?
「整理中にセイレーンに関連するものですか。ハンドラーとかテンタクラーの魔石は関係ないですよね?」
「当たり前じゃない、あいつらはただの敵よ!」
「そうなると何かあったかなぁ?」
私はマジックバッグの中身を出していく。まずは関連が高そうな魔石とか細工に使う宝石類だ。正直これぐらいしか思いつくものがない。後は魔力関連で言うとミスリルだけど、あっちは鉱石だから海って感じもないしね。
「あっ、今回一部はリストも作ったんだっけ。それも見てみよう」
頭で整理できてない部分を補うためにリストの方も見ていく。
「ん、もしかしてこれかも?」
「思い当たるものがあったのかい?」
「はい。トワイラストの朝市で買った魔石にそれっぽいのがありました。ちょっと待ってくださいね」
リストの中に気になるものがあったので取り出してみる。
「これかい。何の魔石だい?」
「トルマリナの魔石です。買った時におじさんが人魚種の魔石だって言ってました」
「これは……」
「フィレーナさん?」
私がトルマリナの魔石を取り出すとジーッとそれを見つめるフィレーナさん。どうやら私の予想は正しかったみたいだ。買ってから随分使わずにおいていたから忘れてたんだけどこれで間違いなさそうだ。
「あ、ああ、ごめんなさい。ねぇ、この魔石をくれないかしら?」
「おいおい、ずいぶんだねぇ。これだって結構するんだよ。なぁ、アスカ?」
「えっ、まあそうですね。でも、フィレーナさんが大切にしていた物なら別にいいですよ。探し物じゃなかったんですか?」
「捜しもの……そう言えばそうなるわね」
何だかトルマリナの魔石を見てから顔に陰りが出ているフィレーナさん。一体どうしたんだろう?
「探しものだったんだろ。どうかしたのかい?」
「そうね。こういう形で会いたくはなかったけど」
「会いたく?」
「ええ、貴方たちはセイレーンが陸に上がった後、海に戻れないことは知っている?」
「はい。お話ですけど最後はその姿を石に変えて海に還るんですよね?」
「良く知ってるわね。この石がそうなのよ」
「えっ!?」
「この石は昔、フェンナと呼ばれていたのよ。フェンナの一族はみんな好奇心旺盛で、生まれて五十年も経たないうちにフェンナを置いてみんな外洋に出て行ってしまったの。それからずっと私が面倒を見て来たんだけど、四十年ほど前に結局はあの子も出て行ったのよ。それからは数年ごとに顔を見せていたんだけど、ここ十年ぐらいは音沙汰がなかったの。もしかしてと思っていたのだけど……」
そう言うとフィレーナさんは大事そうにトルマリナの魔石を抱きしめた。
「セイレーンは魔石で固体が分かるのか?」
「ええ。こうやって魔石結晶になるとね。波長が歌の波長になるの。だから、知り合いの魔石結晶は間違えないわ」
歌を競い合うって言ってたし、歌う時の魔力の波長って感じ取りやすいんだろうな。それで私から懐かしいって感じ取ったんだ。




