こぼれ話 クリスマスドリーマー
クリスマスのお話はリクエストを頂いたトレニーも出てくるお話です。
最初はダンジョンで生活していた過去話を考えていたのですが、季節柄こういうお話になりました。
楽しんで頂けると幸いです。
「はぁ~、今年もクリスマスか。といってもアルトレインじゃ、誰も知らないよね~」
「くりすます?」
「あっ、こっちの話です。お母さんと立ち寄った町のお祝いの日で、家族とか恋人と過ごす日なんですよ」
「ふ~ん、そういう日もあるんだねぇ」
何とかルーシードに着いた私たちは宿でゆっくりしていた。そしてふと日付を確認すると今日はクリスマスだったのだ。
「クリスマスといえば何があったかなぁ」
せっかくなのでクリスマスの思い出を引き出してみる。確か八歳の時は……。
「あ~、あの時は月の頭から体調を崩して病院だった。次の年は冬休みの内に検査入院を済ませておきましょうって病室で簡単なクリスマスのお祝いをしたなぁ。ただ、他の人もいたからお昼にちょっとだけだったけど」
食事制限も入ったから結局チキンも味付けは薄いものだった。
「小学六年生はなんとかできてあの日は楽しかったなぁ」
思い出していくうちにほとんどクリスマスは家にいなかったことを思い出した。そもそも冬は風邪とか病気にかかる頻度も増えて鬼門だったんだよね。
「今は元気だけど、クリスマスがないんだよね……」
病弱な時は祝えず、元気になった時には知ってる人がいないという悲しみ。
「アスカ、本当に大丈夫かい? さっきから考え事してるけど」
「あっ、大丈夫です。あんまり今日を祝えたことなかったなぁって」
「ふ~ん、母親は祝ってくれたんだろ?」
「う~ん、年末って忙しいじゃないですか。だからいない日も多くて」
アルトレインでは年末近くの十二月二十八日~一月三日ぐらいまで多くの店は閉まっている。だから、その手前数日は買いだめのため、大人は忙しいのだ。
「あ~、確かに二五日っていや、ちょうど食料品を買い込む時期だねぇ」
「はい。だから、なかなか一緒に祝えなくて」
「そっか、残念だったね」
「しょうがないですよ。事情がありましたから」
実際のところお母さんはクリスマスを知らないから普通に買い出しに町まで出て行ってただけだけどね。ただ、今の私が思い出すとちょっと悲しくはある。
「それより体調は大丈夫かい? 船から降りてまだ時間もあまり経ってないんだ、もう少し休んだらどうだい?」
「そうですね。まだ疲れが残ってますし、ちょっと横になります」
ジャネットさんの勧めもあり、私はベッドで横になった。
「大変、大変、たいへ~ん!!」
「どうしたんだい、アラシェル?」
「あっ、グリディア! 大変なんだよ~」
「だから何が大変なんだって?」
「ほら下を見て、アスカが落ち込んでるの!」
「どれどれ。あ~、確かにちょっと昔を思い出して悲しんでるな」
「でしょ? これは大変なことだよ」
「いや、だからって別にこのぐらい……」
「ダメ~、アスカが悲しんでるのにただ見てるわけにはいかないよ!」
「とはいえ、神力もまだ400程度だろ? 流石にもう少し力をつけないと何もできなくないか?」
「ふっふっふっ、グリディアは甘いね。あまり力を使わないでアスカを励ます方法があるんだよ」
「そんな方法があるのかい?」
「うん! 私たち神さまは忙しいから業務を補佐するためのサポート的な存在を下界から呼べるよね?」
「あ~、そんな制度もあったねぇ。アタシは決まった業務を振ってるからたまに確認する程度だけど」
「その設定をうまく使えば私の力をほとんど使わなくてもなんとかなるんだよ」
「えっ⁉ そんなことができるのか?」
「もちろん! 私は知識だけなら本体からもらってるからね。力を効率的に使う方法はばっちり任せて!」
「で、どうやってアスカを元気づけるんだい?」
「それは夢を使うんだよ。夢に入り込むならそこまで力を使わないし、残念だけど今回は私じゃなくて励ますのを下界のサポート役に任せるの! そしたらすっごく節約になるんだ~」
「そんな方法があるとはねぇ。でも、アラシェルにサポート的な存在なんていたっけか?」
「任せてよ。こんな時のために候補を見繕ってたの。後はコンタクトを取るだけ……むむっ、反応あり!」
「アホ毛、立ってるよ」
「立ててるの。さ~て、私の信号を受け取ったのはと……」
「うん? ここはどこだろう?」
私は寝ていたはずなのにと体を起こす。周りを見回すと草原が広がっているものの、太陽はない。
「でも明るい……ひょっとして夢?」
今までも何度か夢のような世界に来たことがあったのでそう予想してみる。
《に~》
《フ~》
私がそんなことを考えていると何やら私の後ろから声がかけられた。
「えっと、もしかしてトレニーとダンジョンで助けたガンドン?」
《に~!》
《フ~》
私が話しかけると二人は楽しそうに駆け寄ってきた。
「久し振りだね。でも、どうやって夢に入ってきたの?」
私は尋ねてみるものの、二人とも首をかしげている。
「まあいっか。また会えたんだしね。そうだ、ガンドンは別れるのが分かってたから名前を付けてないんだった。ここで付けてあげる」
私は何が良いかなと少し考えた結果、ひとつの案を思いついた。
「カラザンっていうのはどう?」
《フ~!》
私が名前を付けるとガンドンは頭に音符が浮かぶように喜んでくれた。
「良かった、気に入ってもらえて。それじゃあ、今日はよろしくね。カラザン!」
私は二人とまた出会うことが出来たので早速遊ぶことにした。
「ん~、まずは何をしようかな? 追いかけっこでもする?」
《に~!》
それなら任せてとトレニーが駆け回る。
「よ~し、なら最初は追いかけっこだね。私がトレニーを追うからカラザンは私を捕まえたら勝ちだよ」
《フ~》
みんなで草原を駆け回るものの、さすがにトレニーはキャット種だけあってなかなか捕まらない。私もちょっとだけ魔法を使って動いているから、カラザンも私を捕まえられず決着はまだまだ着かなさそうだ。
「う~ん、スピードだけなら互角まで持って行けるんだけど、小回りで勝てない……」
トレニーは小型のトレランスキャットだから急な方向転換に私が対応できないでいる。カラザンはさらに体が大きいので、大回りになって私に肉薄するもののそれ以上距離は詰められないようだ。
「ん~、ちょっとだけ休憩~」
このままやっていても決着がつきそうにないので、私は草原に倒れ込む。すると、満足したと言わんばかりにトレニーたちも横で寝転がった。
「ふふっ、みんなもいい運動になったよね。ここにご飯があればあげたいところなんだけど……」
草原以外何もない空間だし、ジュースとかで一息つくこともできないよね。
ポンッ
「えっ⁉」
私がそんなことを考えていると空中に飲み物が現れた。
「ええっ⁉ いくら夢だからってこんなことまでできるんだ! 中身はなんだろう?」
私は出てきた飲み物を口に含んでみる。
「あっ、これってジンジャーエールだ。ショウガは入ってない方だけど」
ラベルは付いてないものの、この味はまさしく某有名飲料メーカーのジンジャーエールだ。
《に~》
「あっ、トレニーも気になる? じゃあ、ちょっとあげるね」
私はお皿に入ったジンジャーエールをイメージするとまたもやポンッと出てきたので、トレニーの前に出す。
「カラザンにはこっちね」
さすがにガンドンみたいな草食の魔物にはまずいかなと思い、カラザンにはミネラルウォーターをイメージして出してあげる。
《フ~》
カラザンは出てきた水が気に入ったのか大きめのお皿に入った水をゴクゴクと飲んでいる。
「トレニーはと……」
《に~!》
舌を炭酸につけては身体を震わせている。
「だ、大丈夫。残してもいいんだよ?」
《に~》
出てきたものは残さない! という意志を持って何故か頑張って飲み続けるトレニー。別に夢の中だし残してもいいと思うんだけどな。
「そういえば、飲み物が出てくるってことは食べ物も出るのかな?」
私は久しぶりに食べたいなぁと思ってとあるものを思い描く。すると、飲み物と同じようにポンッと出てきた。
「やった! お好み焼きだ。クリスマスだからピザとかでもよかったけど、何でも出てくるならやっぱりこういう日本を感じるものが良いよね。しかも贅沢にミックスにしたし」
ちょっと薄めの生地に豚を始め、イカ・エビなど具沢山のミックス玉だ。焼き加減も想像の通りに出てくるし、待ち時間もないので現実にも欲しい店だ。
「ん~、懐かしの味!」
味も予想通りで満足のいく味だ。でも、想像したものが出てくるなら私が食べたもの以上は出てこないのかな? そう考えるとちょっと残念かも。
《に~》
私がお好み焼きを食べているとトレニーが肘をてしてしと叩いてきた。
「そっか、トレニーたちも食べたいよね。じゃあ、トレニーにはこれを上げる。じゃ~ん、ネコ缶~」
私は友達が飼っていた飼い猫用のネコ缶を出してあげる。その子の食いつきが一番良い銘柄なのでトレニーも満足してくれるはずだ。
「カラザンにはこれね。生野菜サラダ。ちゃんとフルーツ系も入ってるから美味しいよ!」
ドレッシングが必要ないほど、ミニトマトとかフルーツが入っていて味がばっちりなサラダだ。誕生日祝いに連れて行ってもらったお店の物を参考にしている。
「二人ともどうかな?」
《に~!》
《フ~!》
どうやら二人とも満足してくれたようだ。良かった~。
「ん~、ごちそうさま!」
みんなで食事を食べ終えると、待ったりタイムだ。再び私はジュースを出して、トレニーたちには水を出してあげた。
「ん~、夢の中とは言え今日は動き回ったし疲れた~」
そんな感じでうとうとしていると、二人もこっちにやって来た。
《フ~》
「えっ⁉ 自分をベッドにしてくれていいって? う~ん、でもさすがに悪いよ。もたれかかるぐらいにするね。トレニーは小さいからこっちにおいで」
《に~!》
私は体を伏せてくれたカラザンにもたれかかると膝にはトレニーを乗せてそのまま眠りについた。
「アスカ、アスカ……」
「うう~ん、はっ!?」
「なんだかうわごとを色々言ってたけど、どうしたんだい?」
「ジャネットさん!? あれ? さっきまで二人と一緒に……」
「なんだい、夢を見てただけかい」
「そうみたいです。とってもいい夢だった気がします。内容は思い出せませんけど」
「なんだい、良い夢なら起こして悪かったね」
「いいえ、起こしてくれてありがとうございます。いい夢過ぎて起きてこなかったかもしれませんし」
「怖いこと言うんじゃないよ。ほら、飯にするよ」
「ご飯ですか? 宿の食事はまだですよね?」
「何言ってんだい。せっかく旅をしてるんだからもっとうまいものを食うんだよ。ほら」
そう言うとジャネットさんはテーブルに料理を並べ始めた。どうやら屋台かどこかで買ってきてくれたみたいだ。しかも、テーブルからあふれそうになるぐらいたくさんの料理が並んでいく。
「ちょ、ちょっと多くないですか?」
「そうかい? これぐらいでちょうどだと思うけどねぇ。ほら、遠慮せずどんどん食べなよ」
「あっ、はい」
ひょっとしてジャネットさん。私が今日はお祝いする日だって聞いて寝てる間に用意してくれたのかな? だったら嬉しいな。
「じゃあ遠慮なく……いただきます!」
「うぐ、うぐぐぐぐ」
「アラシェルってばどうしたの。さっきから変な声上げて?」
「せっかく自分が夢の中でアスカを励ましたと思ったら、良いところをジャネットに取られて悔しがってるんだよ」
「なぁ~んだ。そういうことなのね。別にいいじゃない、アスカが元気になったのなら」
「そう、確かそうなんだけど。でも、やっぱり私の功績だもん!」
「全くこの子は……信者が笑顔になったんだから別にいいじゃない」
「くぅ、シェルレーネに正論で負けるなんて!」
「ちょ、どういうことよ、アラシェル!」
「わわっ、追いかけてこないでよ!!」
「待ちなさい! あなたそういう目で私を見てたのね!」
「普段から神託の無駄遣いをするからだよ。逃げろ~!」
「待ちなさ~い!!」
「やれやれ、どうしてこうなるのかねぇ。ん? アスカとジャネットは上手くやってるみたいだね。アンタたちも久しぶりにアスカに会えて嬉しかったかい?」
《に~!》
《フ~!》




