伝説の小島(アスカ談)
「まもなく接舷します」
軽い衝撃と共に船は小島に着いた。いよいよ今日は大銛の補充のために小島に立ち寄る日だ。といっても、停泊するのは一日だけ。乗船している人が別に下船できるわけではない。これは何故かというと島にいる人のため。もし、下船している中に悪い人でもいたら身に危険が及ぶからなんだって。
「はぁ~、せっかくお話の中の島に上陸できると思ったのに……」
「何だい、交渉してみればいいじゃないか」
「でも、迷惑ですよ」
「迷惑って言う前に一度言ってみたらいいじゃないか。別に大した手間じゃないさ」
ジャネットさんに勧められ、恐る恐るベスティアさんを呼んで話してみる。
「上陸ですか、構いませんよ」
「本当ですか⁉」
「ええ。確かに下船時に島の居住者の安全を考慮するとは申し上げましたが、アスカ様は一等船室の乗客ですし、貴族の方から乗船証を発行されておりますので何も問題はありません」
「な、言ったろ?」
「はい!」
私は嬉しさのあまり少し大きな声を出して返事をする。
「そうだ。せっかくだし、アルナたちも一緒に降ろしていいですか?」
「構いませんが、くれぐれも迷子にならないようにだけ注意願います。我々も鳥は探せませんので」
「大丈夫です。うちの子は賢いので!」
上陸の許可が出たので、私はリュートたちにも話をする。
「降りるんだ。じゃあ、僕も準備するね」
「ふむ。こういった小島で何があるか興味があるな。俺も行くとするか」
「それじゃあ、ジャネットさんにも伝えてきますね」
部屋に戻るとリュートたちも下船することを伝える。
「いくら弱い魔物しかいなくても準備はしないとねぇ。ベスティア、どんな魔物が出るんだい?」
「えっと、主に島に生息しているのはムールマイマイというマイマイですね。一応消化液を吐きますので注意してくださいね」
「消化液ってスライムが吐くやつですか?」
結構前世では侮られることもあったスライムだけど、実際は溶解液や消化液を飛ばしてくる難敵だ。特に鉄の防具は酸化させられて錆び付いたり、穴が開いたりすることもあって冒険者泣かせなのだ。もちろん、ろくな装備をしてないともっと大変なことになる。
「あっ、いえ。そこまで大変ではないですよ。消化液といっても皮膚が爛れるようなものではなくて、ちょっと皮がむけるぐらいです。それもすぐに水で洗い流せば起きないぐらいです」
「へぇ、そいつらって普段何食ってるんだい? それじゃあ、獲物を獲れないだろ?」
冒険者として気になるのかジャネットさんがベスティアさんに質問する。
「普段は植物を取り込んで溶かすことで食事を取っているんです。他にも地面に落ちた果物だとかを食べています。現地ではペットにしている記録もありますね」
「ペットですか?」
「はい。マイマイ種にしては知能が高いようで、きちんと人も見分けるようです。人間からしても野菜くずや残飯を置いておくだけで食べてくれるので飼いやすいようですね」
へ~、そんな魔物もいるんだね。
「他に生息している魔物といえばホワイトテールですね」
「ホワイトテール?」
「海鳥の一種で一メートルにも満たない小型の鳥です。主食は魚で、小型のソードハンドラーも食べています。こちらは離島でしか確認できていない珍しい種類で、たまに人が獲った魚を狙うようですね。とはいえ、翼長が一メートルですので、危険という程ではありません。この二種以外は本当に小型の生物だけです」
「安全ないい島ですね」
家には魔石を使った守りもあるし、本格的にバカンスに向いた島だ。こういう島って他にもないかなぁ。私はそんな期待を持ちながら上陸の準備を進める。
「アルナやキシャルも行くでしょ?」
《ピィ!》
《にゃ~》
アルナも鳥がいると聞いて行く気になっているし、キシャルはやっぱり陸地が恋しいのだろう。
「そうそう、今はピュアポロが食べられると思いますので、そちらも収穫するよう手配しておきますね」
「ピュアポロ?」
何だか聞きなれないものだけど、珍しい食べ物だろうか?
「他にもグリーンホワイトが食べごろだと思いますので一緒に手配しておきます」
またもや聞きなれない食べ物の名前だ。これは美味しい食べ物の予感!
「楽しみにしておきますね」
私がベスティアさんからレクチャーを受けているとドアがノックされた。
「ベスティアさん、上陸準備完了しました」
「うむ、ご苦労。アスカ様、準備が出来たようですのでご案内いたします」
「ありがとうございます」
用意した荷物を持ってベスティアさんに付いて行く。アルナは私の肩にキシャルは私の後に続くジャネットさんの頭に乗っている。
「あっ、そういえばリュートたちに連絡しないと」
このままだと降りてから合流できないや。
「男性陣の方へは別の物が案内しております。もうしばらくすれば出てこられるかと」
「安心しました。じゃあ、来るまで海辺で遊んでますね」
「アスカ、海魔とかはいないのかい?」
「どうでしょう? ちょっと試してみますね」
私は風を体に纏って砂浜に足を踏み入れる。ああ~、待ち望んでいた砂浜だ。フェゼル王国で船に乗る時は砂浜のある海岸じゃなかったし、一日とは言えこれはそそられる。足を海水につけてみて何か生物が来ないか確認してみる。
「ん? 何かつんつんしてきた……」
「おや、アスフィリアですね。刺激を与えると雨雲のような液体を出すんですよ」
「あっ、そうなんですね。変わった性質ですね」
私も興味を持ってちょっとつんつんし返してみる。すると、アスフィリアは紫の液体を吐いてきた。それが海面に広がって確かに雨雲のように見えなくもない。これが名前の由来か~。
「アスカ、あんまり突いたらかわいそうだろ?」
「へっ⁉」
どうやら、アスフィリアの生態が気になるあまり、気づかないうちにずっと突いていたみたいだ。
「アスカ、何してるの?」
「リュート! ちょっと変わった生き物がいたから触ってたの」
「触って大丈夫なやつ?」
「うん。ほらみて、結構可愛くない?」
黒とグレーのひらひらもあって、ちょっとナメクジというかのそーっとしている姿もかわいく見えるし。
「か、かわいいかなぁ?」
リュートにはこの可愛さが分からないらしい。隣のリックさんを見てもやや怪訝な表情だ。可愛いのになぁ~。
「ねぇ、ジャネットさん。この子って可愛いですよね?」
「えっ、うん。まあね」
やっぱりジャネットさんは同じ女性だから分かってくれるみたいだ。みんなの反応を見て満足した私はアスフィリアを海に返してあげる。
「あっ、そういえばこの子たちって何を食べるんですか?」
「食性は植物食ですね。海藻などを食べて生きているようです」
「じゃあ、こういうのも食べるかな?」
私は乾燥させてある薬草を水で戻してあげてみる。
《キュー》
鳴き声というよりは消化しているような音を出して食べ始めるアスフィリア。良かった、ちゃんと食べてくれるみたいだ。安心したところでもう一度ご飯をあげる。
《ピィ!》
私がご飯をあげているのでアルナも欲しいと寄って来た。
「アルナも欲しいの? はい」
アルナにも薬草ご飯をあげる。キシャルは……ジャネットさんの頭で寝てる。まあ、キシャルの場合は陸地に上がれればいいかな?
「アスカ様、それではこちらに」
「あっ、すみません。時間を取らせてしまって」
ちょっと砂浜に寄り道をしながらも、ベスティアさんに案内されて小島の家に着いた。
「失礼する」
「ん? おや、ベスティアさんかい。珍しいねぇ」
「おおっ、本当だ。どうしたんだい今回は?」
どうやら、小島にいる人たちはベスティアさんとも知り合いらしくて、口々に挨拶を交わしている。
「ああ、今回はテンタクラーとハンドラーに出くわしてな。こちらの方たちが倒してくれたのだ」
「あいつらを⁉ 海上じゃ相手がしにくいってのに」
「まあ、その話は後で。それでなんだが、大銛を使い過ぎてしまってな。木材を補充したいのだが……」
「それならいつも準備してるから大丈夫だ。裏にあるから確認してくれ」
一人のおじさんが代表して窓を指差す。確かに外には屋根付きの倉庫があり、そこには木材が置いてあるようだ。
「後はこのリストの補充も頼みたい」
「珍しいな。どれどれ……ん、これか。普段は頼まないのに本当に珍しいな」
「ああ。よろしく頼むぞ」
「分かった。それで代わりの補充なんだが、肉はないか? 干し肉でいいんだが」
その言葉に私はピクリと耳を動かす。
「あのっ、ピアースバッファローの干し肉要りませんか?」
「ピアースバッファローの干し肉⁉ あれはそれなりにするもんだが、お嬢さんいいのかい?」
「はい。実は少し前の話になるんですけど、群れと出会いまして。それで自分たちが食べる分よりは多くあるんです。それでどうかなって」
「貰えるんならありがたいが、うちは金なんて持ってないからなぁ。ここでは使い道がないもんだし」
「それなら私がルーシードに着いた時、支払っておこう。こちらのアスカ様には海魔討伐で大変世話になっているからな」
「このお嬢ちゃんが!?」
「口を慎め。こちらはカーナヴォン子爵家からの推薦で乗られておられる方たちだぞ」
「そうなのか?」
「い、一応」
改めて言われるとちょっと恥ずかしいけど、否定するわけにもいかないので返事は返す。
「悪いなぁ。俺たちは海のこと以外はさっぱりでそれがどのぐらいか分からなくてよ」
「いいですよ、別に。私が偉いわけではないですから」
「アスカ様、アスカ様は……」
「まあまあ、ベスティア。アスカがこう言ってるんだし。それよりアスカ、干し肉を出してみなよ。おっさんたちも一度食べてみないと決められないだろ」
「そうですね。じゃあ、用意しますね」
私はマジックバッグに入れておいた干し肉を取り出した。




