寄港地
「アスカ様、お食事をお持ちしました」
「ありがとうございます」
「あら、そちらの方は護衛の……」
「リュートです。申し訳ないですけど、僕の分も持って来てもらえますか?」
「承知しました。では、一度失礼いたします」
リュートの言葉に応える形で食事を持って来た人は退室した。
「アスカ、先に食べててよ」
「いいの?」
「うん、それに冷めちゃうでしょ」
「確かに」
メニューはお刺身以外、冷めてしまうものばかりなのでちょっと悪いと思いながらも食べることにした。
「アルナたちも一緒に食べよ」
《ピィ》
《にゃ~》
「えっ、キシャルはハンドラーを食べたいの? うう~ん、でもなぁ……」
猫にイカって駄目だった気がするんだけど。一応、一切れだけあげてみよう。
「試しに一切れだけね。ダメだったらすぐに吐き出すんだよ?」
《にゃ!》
私はお刺身を一切れつまむとキシャルのご飯が入ったお皿に置いてみる。
《んにゃ~!》
「あれっ?」
キシャルは美味しそうにお刺身を食べた。しかも、何ともないみたいだ。
「うう~ん、キシャルは大丈夫なのかな? とりあえずこっちも食べてみる?」
《にゃ!》
私がまだ熱いハンドラー焼きをあげると早速、凍らせて口に含むキシャル。あっ、やっぱり焼いたやつはそうするんだ。こっちも別に反応はなし。というか、ハンドラー焼きって味が濃かったな。反省しないと。
「というわけでこっちを食べようね~」
私はまだマジックバッグに入っていたハンドラーの切り身を出す。これは戦闘終了後、すぐにコールドボックスに入れていたものだ。
「だけど、ここで焼くわけにもいかないよね。食事を食べ終わったら甲板に行って焼いてあげる」
《にゃ~》
笑顔で食事に戻るキシャルだけど、あんまり早く食べないでほしいな。私が食べ終わるまでまだかかるから。
「冷めないうちに食べないとね」
こうして、運ばれて来た食事を食べる。そして、すぐにリュートにも食事が運ばれて来た。
「ありがとうございます」
「いいえ、失礼いたします」
二人で食事を始めて五分ほど経ったころ、ドアがノックされた。
「は~い。あっ、ジャネットさん。見張りはいいんですか?」
「ああ、ちょっと腹が減ってね。アスカが飯だって聞いたからついでにと思って。おや、リュートもいたのかい?」
「は、はい」
「聞いてくださいよ、ジャネットさん。今日は昨日のハンドラーやテンタクラーを使った料理なんですよ」
「へぇ~、そいつは上手そうだね。あたしの分はないのかい?」
「あ~、厨房に行けばまだあるかもしれません。それなりに大きい鍋で作りましたから。ただ、ハンドラー焼きはないかも」
「ハンドラーの身はあるんだろ? 簡単に焼いてもらうさ」
《にゃ~~~~!!》
ジャネットさんが厨房でハンドラーを焼いてもらうと聞いたキシャルはすぐに反応する。
「ん、どうしたんだ。キシャルの奴?」
「あっ、ハンドラー焼きを食べたいみたいで。味付けてないやつを焼いてもらってきてもいいですか?」
「それぐらいついでだしいいよ。キシャル、どのぐらい食べたいんだい?」
《にゃにゃ!》
キシャルは両手を広げるとこのぐらいだとアピールする。絶対食べきれない量なんだけどな。
「分かった。ちゃんと焼いてもらうから絶対全部食えよ?」
ジャネットさんはそう言うとすぐに厨房へと向かって行った。
「キシャル、残しちゃだめだからね」
《にゃ!》
もちろんだニャと言わんばかりに良い返事を返すキシャル。本当かなぁ? とりあえず食事の方を続けながらジャネットさんを待つ。すると、思ったより早く帰って来た。
「ただいま」
「あれ、もうですか?」
「ああ。焼けたら持ってくるように言ってきた。今はこのアヒージョだったっけ? こいつだけで我慢するよ」
「アヒージョも美味しいですよ」
「らしいね。厨房に行ったらみんなで味見してたよ」
まあ、アヒージョは使った魚介類とかの出汁も出るし、最後のパンにつけた時が一番美味しいまであるもんね。
「そういえばリックさんは一緒じゃないんですか?」
「あ~、リックのやつは流石に疲れたって言って寝に帰ったよ」
「見張りがみんないなくなっちゃいますけどいいんですか?」
「アスカ、あたしらはこれでも一等船室の客だよ。本来、どっしり構えて部屋で休んどくもんなの」
言われてみれば私たちって乗客だった。
「じゃあ、ジャネットさんはこれからどうします?」
「あたしもちょっと寝るよ。アスカは?」
「う~ん、どうでしょう? 疲れてるみたいだったら寝ますけど」
今は起きてから間がないけど、疲れは残ってるだろうしなぁ。そんなことを考えながら食べ進めると、ドアがノックされた。
「失礼いたします。お食事をお持ちしました」
「ありがとさん。ほれ、キシャル。追加のご飯だよ」
《にゃ!》
早速、キシャルがハンドラー焼きに飛びつこうとしてジャネットさんに首根っこを掴まれる。
「こら、あたしが食べられなくなるだろ。ちょっと待ちな」
キシャルをなだめるようにジャネットさんが運ばれて来たハンドラー焼きを切っていく。その横には味付け用のタレがいくつか用意されていた。
「あっ、これ美味しそう」
「アスカも食うかい? さっき食べてたから小さめに切ってやるよ」
「お願いします」
串から身を外しながらジャネットさんが小さく切ってくれた。やっぱり普段から刃物を使ってるだけあって手際良いなぁ。
「それじゃあ、まずはこっちのタレをつけてと」
私は用意されていたタレにつけてハンドラー焼きを楽しむ。その横ではキシャルがにゃ~にゃ~言いながら元気に食べていた。
「さてと、飯も食い終わったし寝るとするか」
「そうですね。私も食べて眠たくなってきました」
「じゃあ、僕も失礼します」
「うん。付き合ってくれてありがとう、リュート」
「お安い御用だよ。また、夜にでも」
「そうだね。今日も甲板に上がると思うから」
リュートにそう告げると私はベッドに向かう。そこでティタに声を掛けられた。
「ご主人様。みなさん寝られるようなので、私が甲板で見張りをしましょうか?」
「お願いしてもいいの?」
「はい」
私はティタの申し出を受けて、甲板にテーブルを用意してもらいそこにティタを置く。
「何かあったら伝えてくれたらいいから」
「分かりました」
こうしてお昼寝をする間、ティタが見張りに就いてくれることになった。のちにこのことを少し後悔するのだけど、それはまた別のお話。
「ふぅ~、あれからは大した襲撃もないし安全だなぁ」
「そうですね。食料の方も大量に確保出来て助かります」
結局、大きい群れを倒したせいかこの二日間で出てきたのはソードハンドラー二匹のみ。大銛を使うのも悪いと思い、私がサラッと倒した。今はというと、先日の戦いで消費した大銛の補充を行うため、少し進路を変えている。ちょうどセイレーンの海の話に出てきた小島へ寄る予定だ。
「あの小島って本当にあったんですね。話を聞いた時はびっくりしちゃいました」
「はい。実際に小島があることでより話に信憑性が出ているんですよ」
確かにお話の通りの島があるとなったらみんな信じちゃうよね。
「そこで大銛用の木を積み込んで再び出発ですね」
「木を積み込むんだったら手伝いましょうか?」
木を切るなら私の風魔法が役に立つと思って申し出る。
「お気遣いありがとうございます。ですが、小島には管理人がおりまして準備は済んでいますから大丈夫です」
「えっ⁉ 管理人がいるんですか?」
意外だ。お話の中でも船をなくした船員さんが餓死したって言われてたのに。
「航路が出来てからも稀に嵐に遭うことがあり、小島ながらも木が植わっているので管理人を置くようになったのです。大体四名ほどが駐在していますね。年に一度ぐらいの頻度で人が交代しております」
「大変そうですね。いざ食料がなくなってしまったら釣りをしないと獲物も取れませんし」
「ええ。その対策として一部の木は食べられる実を付けるものにしておりますし、定期的に船も寄ることになっています。また、私たちのように補給を行う場合には代わりに食料を差し入れることになっておりますので」
「あっ、それは嬉しいですね。でも、良く島にいる人たちはそんな境遇を受け入れてますよね」
「その分、報酬が多いんです。小島で一年過ごせば船員三年分ぐらいの給料になります」
「ええっ⁉」
私はベスティアさんの言葉に驚く。そもそも船員さんたちの給料も海を渡るのが危険なため、高水準だ。その三年分が一年で稼げるだなんてよっぽど危険なのかな?
「すごい過酷なんですね」
「過酷というか何かあっても戻れませんからね。精神的に参ってしまう人もいるんです。そのため、過去には家族で過ごした方もいらっしゃいますよ」
「なるほど、無人島でのバカンスですね。魔物はいないんですか?」
「いない訳ではありませんが確認できる魔物といえば、たまに鳥が飛来する程度ですね。陸にいる魔物も小さいので、Dランクほどの実力があれば安全です。島の家は強固な守りが施されていますので、思ったよりは安全なんですよ」
「そうなんですね」
いつか機会があったら私も住んでみたいかも。家族みんなで一年中、無人島で仲良く生活なんて夢のようだ。本を読んだりみんなで遊んだり、ちょっと時間が出来たら細工をしたりもして……う~ん、将来の計画に入れておこう。
「アスカ様?」
「あっ、何でもないです。それで、島まではどのぐらいですか?」
「明日には着く予定です。そこから一日停泊して、元の航路には二日後に合流です」
「あれ? 合流には時間がかかるんですね」
「はい。合流といっても戻るのではなく北西に進んで先の航路へと合流しますので」
そっか、元の航路まで戻らないんだ。ベスティアさんから説明を受けた後は細工の時間だ。船の上で簡単なやつは作っておかないとね。




