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ハンドラー盛り

 そうそう、私がどうしてそんなに冷凍とかに詳しいかというと、食事で塩分制限など入院中に色々な体験をしたからだ。中でも感染症予防には色々苦労してきた。食中毒なんかもあるからそういう勉強もしたしね。そんなわけで、知識はそれなりにあるのだ。


「それじゃあ、常温にならないうちに一口……」


 私は小さいお皿に醤油を入れると、ハンドラーのお刺身を浸けて食べる。


「ん~、この味! ちょっと懐かしい感じだなぁ」


 前にもハンドラーを食べたことがあるけど、それから結構時間も経ってるし。カーナヴォン領も肥沃な土地だけど海はないみたいだったしね。やっぱり、お刺身といえば醤油だよね。


「あの、ただ切っただけの海魔がそんなに美味しいのですか?」


「はい。それはもう!」


 私は自分だけが食べるのも悪いと思いバロックさんにも勧めてみる。ちなみにリュートは醤油が苦手なのであえて言わない。


「で、では、一切れ……」


 バロックさんも海魔を食べるのはほとんどないらしく、ちょっと緊張気味だ。まあ、一般的には船が沈むかどうかの相手だし、しょうがないよね。


「おおっ⁉ これは案外いけますな。この調味料がハンドラーの甘みを引き立ててくれます」


「そうですよね! よかった~、苦手な人もいるんです」


「まあ、万人に受けるかというと難しそうではあります。船でも一度お出しして、反応を見てそのお客様にお出しすることになるでしょう」


「あっ、やっぱりそうですか」


 う~ん、やっぱり醤油が世界的に受け入れられるにはまだ時間がかかるみたいだ。まあ、私が食べられればいいけどね。


「じゃあ、次に移りましょう。今度はある程度の大きさに切って、串に刺したら焼きながらこの醤油を塗っていくんです」


「ほう、そちらも面白そうですな」


「ただ、かなり煙も出ると思うんですけど……」


「それなら心配は要りません。こちらは奥の小窓を開けることで換気ができるようになっておりますから」


「じゃあ、安心ですね。リュートお願い」


「分かったよ」


 お刺身の方は私が食べつつ、余りそうな分はコールドボックスへと入れておく。これは人を選ぶ食べ物だしね。


「捌き終わったから後は串に刺していくだけだね。アスカ、お願い」


「了解!」


 風の魔法で薪をスパッと加工して串を作っていく。ちょっとワイルドな形になったけど、この方がらしさが出ていいよね。後は薪に火をつけて網の上に置いていくだけだ。


「このまま、表面に醤油を塗って裏返して、また塗っての作業を繰り返せば完成です」


「そうですか。では、こちらは厨房の者に引き継ぎますね」


「お願いします。残りはアヒージョですね。これは油を使うんですけど、鉄の鍋ってありますか?」


「ええ。どのぐらいのサイズでしょうか?」


「今日はお試しですからそこまで大きくなくていいですよ」


 とはいうものの、ソードハンドラー自体が一メートルを超えるサイズなので小さすぎても困る。結局、底から三センチぐらいの鍋を持って来てもらい、そこに油やニンニクなどを入れてハンドラーを追加していく。


「そうだ。ティタ、ちょっとだけテンタクラーも入れたいから用意してくれる?」


「分かりました」


 追加でマジックバッグからテンタクラーの氷漬けを出す。出すといってもこっちは数メートルもある大型の海魔なので先だけだ。すぐに魔法で斬り落とすと、残りを戻して切った触手は解凍する。


「リュート、油が跳ねるから切った後は水気を拭いてね」


「分かった。それじゃあ、これも入れていくよ」


「テ、テンタクラーも食べるのですか?」


「そうですけど……」


 あっ、そういえば前世でタコは外国だとデビルフィッシュとか呼ばれてたっけ。あの触手で人や船を海に引きずり込むイメージがあるなら拒否感は強めかも?


「心配しないでも美味しいですから」


「いえ、味のことではなくああいう見た目の物が食べられるのかと……」


「そっちの話でしたか」


 私としては小さい頃からたこ焼きとかで慣れてたから別に何も思わないんだけど、船乗りさんとかは倒すべき敵だし、やっぱり難しいのかな?


「が、頑張ります」


 そこまで怖いものなんだ。これは襲撃が明けた日に持って来たのは良くなかったかも。私としては新鮮なうちに一度味わいたかったんだけど、悪いことしちゃったな。

 まあ、反省しつつも食べたい気持ちに嘘は付けないから作ってもらったとは思うけどね。


「後は煮込むだけだから炙り焼きの方を見てみようか」


「そうだね」


 リュートと一緒に料理人の人が醤油を塗っては裏返す工程を見守る。


「いい匂いがしてきたね」


「うん。僕も浸けて食べるのは苦手だけど、焼いたら食べられるし」


「そういえば、照り焼きは好きだもんね」


「照り焼きで思い出したけど、ピアースバッファローの干し肉もなんとかしないとね。まだ持つとは思うけど」


「ピアースバッファロー?」


「はい。ここに来る前に群れに出くわして一部は干し肉にして保存食にしてるんです」


「そうでしたか。まだ船旅も続きますし、不要な量についてはベスティアに言っていただければ買取れると思います」


「分かりました。また、みんなと相談してみます」


 港町じゃ結局食事も出してもらってたし、当初の計画よりは余ってるんだよね。だけど、日持ちもするし、味もいいから私ひとりじゃ決められない。


「アスカ、そろそろ出来上がりだよ」


「本当? それじゃあ、味見を……」


 私は小皿に少しだけアヒージョとハンドラー焼きを盛り付けると味見を行う。


「んっ⁉ 熱い……」


「アスカ大丈夫?」


「う、うん。ありがとう、ティタ。リュートも心配してくれて」


 アヒージョは油で煮ているため、思ったよりも熱かった。そんなに熱いのは得意じゃないから、お昼を食べる時は気を付けないと。ティタが出してくれた水を飲みながら私はそんなことを考えていた。


「じゃあ、僕もこっちを食べようかな?」


 リュートもハンドラー焼きに手を出す。こっちは匂いも香ばしいし、食べたくなるよね。私もハンドラー焼きに手を伸ばす。


「いただきま~す。はむっ、美味しい!」


 やっぱりこのコリっとした食感と、イカならではの味だよね。リュートも簡単な調理法なのに美味しいのか目をぱちくりしている。ふふふ、醤油の力は偉大なのだ。


「私たちも食べていいですか?」


「どうぞ。まだまだありますから!」


 本当にまだまだあるのだ。普通のヤリイカなら三十センチぐらいだろうけど、こっちは一メートルはある。それに普通のハンドラーに至っては三メートルはある海魔なのだ。足の部分だけでも量があるのに加え、体の部分もある。この船がルーシードに着くまでずっと食べられそうだ。


「これは……中々これまでに食べたことのない味ですね。それにハンドラー焼きはこちらの調味料を使いましたが、他の物を塗って焼いてみるのも良さそうです」


「そうですね。醤油が苦手な人もそれならって思いますし、軽く味付けして焼いた後でタレにつけて食べてもいいですし」


「ええ、まさか海魔がここまで美味しいとは思いませんでした。ただ、問題が残りますが」


「問題?」


「海魔は海上で倒すため、引き上げが難しいのです。魔石も取れないことが多いですし」


「あっ、そうでした」


 私は風の魔法で浮かせるし、キシャルのお陰で凍らせてその場に留めることができるけど体は重たいし、漁船でもないから引き上げ用の設備がないもんね。


「ですが、船員にも魔法が使えるものはいますし、商会の方も食費が浮くのですから何とかなるでしょう」


「良かった。無駄にならなくて」


 既に今回食材として入手したハンドラーは私たちが消化できる量を大きく超えている。もったいないけど、海に投棄しないといけないところだったよ。海に投棄したら海魔をまた呼び寄せる可能性もあるし、嫌だったんだよね。


「それではこちらの料理はお部屋へお持ちいたしますね。余った分は先に一等船室と二等船室の料理に出してみて、反応が良ければそのまま出します」


「ダメだったらどうするんですか?」


「その時は三等船室で出しますよ。今回だけですが、割安にして出しておけば彼らなら食べるでしょう」


 三等船室の客は食費も抑えるため、あまり食べない人もいるとのこと。確かに渡航費用ってそれなりにかかるし、気持ちはわかる。でも、せっかくの海だし海ならではの物を食べたいと思うんだけどなぁ。


「では、用意いたしますので」


「あっ、すみません」


 あまり厨房に長居するのも悪いと思い、リュートと一緒に部屋に戻る。


「あんまり役に立てなくてごめんね」


 部屋に戻るとリュートは済まなさそうにそう言ってきた。別にいいのに。それに今日料理を教えたから今後は出してもらうだけだしね。


「いいよ。私が言った通りに切ってくれたし、これで船の上で新鮮なハンドラーとテンタクラー料理が楽しめるし」


「それにしても、この部屋もあまり飾り気がないんだね。僕たちの方だけかと思ってた」


「あっ、リュートはこの部屋に入るの初めてだっけ? この船は質実剛健さが売りみたいで、船揺れを考えて元々こういう造りみたい」


「へ~、勉強になるね」


「勉強になるってリュートも将来は船乗りになるの?」


「あっ、いや、家の造りの参考とかね」


「家かぁ~。ノヴァも家を建ててたし、アルバに住むなら頼もうかな?」


「アスカはやっぱりアルバに帰るの?」


「一度はね。エレンちゃんとも約束してるし。でも、色々とあるから」


 一度はお父さんの実家とかお母さんの実家にもお邪魔しようかなと思ってるし、それ次第なんだよね。貴族になるのは抵抗あるけど、実家の近くに住むことになるかもしれないし。


「そっか」


 リュートと船に乗ってからは別行動だったので、この機会に色々と聞いてみた。


「へ~。それじゃあ、リックさんもこっちは豪華な部屋って思ってたんだ」


「うん、僕らも簡単には通してもらえなかったしね」


 まだまだ話は尽きなかったけど、お昼ご飯が運ばれて来たのでいったん話は中断だ。アルナたちもキラリとご飯を狙ってるしね。


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― 新着の感想 ―
>私としては小さい頃からたこ焼きとかで慣れてたから別に何も思わないんだけど  もしたこ焼きを教えるんだったら、一緒に明石焼きを教えても良いかもですねぇ。  たこ焼きソースなんて簡単に知ったり作れたり…
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