襲撃者、いただきます
「小さいやつは氷で締めてマジックバッグで一時保管しておいてもらえますか。できたら他のやつも……」
「承知しました。魔石の方は?」
「後で考えます」
長い戦闘と珍しく徹夜となった私はそれだけ言うと、ふらふらとおぼつかない足元で何とか部屋まで戻った。
「アスカ、飯作ってあるみたいだよ」
「今はいいです。とにかく寝ます」
ジャネットさんへの返事も申し訳ないけどおざなりになってしまった。だけど、もう眠くてしょうがないのだ。
「アスカ様、お食事は?」
「ああ、ベスティアかい。後にするってさ。見張り当番は?」
「こちらからは四名。それとリック様とリュート様が数時間見てもらえると……」
「分かった。あたしも仮眠を取って二人と代わるようにするよ。伝えといてもらえるかい?」
「承知しました。この度はありがとうございます」
「いいよ、別に。あたしらも船が沈んじゃ一緒なんだし。それよりほら」
「……そうですね。失礼いたします」
私がうつらうつらとしているのに気づいたのか、ジャネットさんは退出を促してくれた。
「ありがとうございます」
「いいからもう寝なよ。あたしもすぐに寝るから」
「は~い……」
私は返事を返すのがやっとで、気づいたら眠りについていた。
「こら、起こすんじゃありません」
《ピィ!》
「食事はご主人様が取る時と決まっているでしょう?」
「う……ん?」
何だろう、ティタの話声がするんだけど。
《にゃ~》
「自分は頑張った? そういうのは、なしでしょう。ちゃんと待つの」
やっぱり声がするなぁ。みんな何話してるんだろう? みんなの会話が気になった私は向くりと体を起こす。
「ん~、何話してるの~」
「あっ、ご主人様!」
《ピィ》
アルナが嬉しそうにこっちにやって来た。そういえば、久し振りかも。昨日も一晩中甲板にいたし、朝もすぐに寝ちゃったしなぁ。
《にゃ~》
「キシャルも元気そうだね。十分寝た?」
再度、にゃ~と鳴くとこっちにやってくるキシャル。昨日は大活躍だったし、きちんと眠れたか心配だったけど、大丈夫だったみたいだ。
《にゃ~》
「えっ、お腹が空いたって? しょうがないなぁ。それじゃあ、みんなでお昼にしようね。ジャネットさんも……あれ?」
「ジャネット様は一時間ほど前に見張りを代わられました」
「あっ、そうなんだ。まだそこまで時間が経ってないのに……そういえば、今は何時ぐらい?」
「十一時頃かと。もうすぐお昼ですね」
「うう~ん、お昼前かぁ。でも、みんなも食べてないし、軽く食べようかな?」
みんなもお腹が空いてるみたいだし、軽くなら良いよね。
「では、リュートに伝えます」
「あれ? リュートは交代で今寝てるんじゃないの?」
「それぐらいなら構いません」
「ダメだよ。ちゃんと寝かせてあげよう?」
リュートたちも昨日は交代で寝てる時間に起こされたから、十分寝てないはずだ。
「ご主人様がそういうのでしたら……」
「ありがとうティタ。私が疲れてるから気を遣ってもらって」
「いいえ。では、キシャル。行って来なさい!」
《にゃ!》
よほどお腹が空いていたのか、珍しくティタの言葉にうなずいて部屋を出ていくキシャル。だけど、どうやってドアを開けたんだろ? そう思って魔力を辿ってみると、アルナの魔力が感じ取れた。ひょっとしてアルナって朝から食べてないのかな?
「アルナは朝のご飯食べたの?」
《ピィ!》
まだなの、と強く主張するアルナ。そりゃあ、キシャルに協力するよね。私はまだまだ寝ぼけたままそんなことを考えていた。
「アスカ様、起きられましたか?」
「あっ、ベスティアさん。おはようございます」
「お食事ですね。量はいかほどで?」
「お昼もありますし、少な目で。それとこの子たちの分もお願いします」
「承知しました。メニューに関してはティタ様より伺っておりますので、少々お待ちください。それと、お昼のメニューはどういたしましょうか?」
「う~ん、とって貰ってるハンドラーを使いたいのでちょっと厨房へお邪魔してもいいですか?」
せっかく仕留めたばかりの新鮮な魚介も手に入ったことだし、食べたい料理があるのだ。
「分かりました。お昼までには他の料理を作らせておきますね」
「そ、そこまでしてもらわなくて大丈夫です」
「いいえ。昨日の功労者でもありますし、そもそもお昼は一気に作るので問題ありません」
「じゃあ、お願いします」
それしか言うことが思いつかず、なんとなく返事をする。そんな話をしていると、朝食が届いた。ベスティアさんが持ってくると思っていたからちょっとびっくりした。
「アスカ様、ではこちら置いていきますね」
事前にティタから話が行っていたからか、アルナには野菜がキシャルには焼いた肉が用意されていた。私の分は白身魚のムニエルだった。パンもいいものだし、期待できそうだ。
「いただきます」
手を合わせて早速、一口大に切った魚を食べてみる。
「ん、美味しい! 白身魚だけどマリネ風になってるからか酸味も効いてて味もしっかりしてます」
「ありがとうございます。では、私は厨房の手配をしてまいりますので」
「あっ、よろしくお願いします」
ベスティアさんが出ていき、私たちは食事を続けた。
《ピィ!》
「ん? 美味しいって。良かったね」
久し振りの食事にアルナたちも大満足だ。
「おっと、ティタにも……はい」
私は昨日のソードハンドラーから手に入れた魔石をティタの前に置く。小さいやつからのだし、そこそこ数もあるからいいだろう。頑張ってもらったしね。
「ティタもはい。ゆっくり食べるんだよ」
「うん」
あっ、口調変わってる。ティタも普段は丁寧なんだけど、こういう時は素が出るみたいなんだよね。注意したのに一口で魔石を食べちゃったし。
「そんなに美味しいの? まだあるからもうひとつあげる」
さすがに一口で食事が終わりっていうのもかわいそうかなと思って追加であげる。魔石は大きいのがまだ八つはあったから大丈夫だろう。
「♪♪」
笑顔のティタを見ながら私も朝食を食べる。切り身も気を遣ってもらったのかあまり大きくなくて助かる。食事が終わればお茶を一杯飲んでから厨房へと向かった。
「お邪魔しま~す」
「アスカ様、いらしたんですね。昨日はありがとうございました。私は厨房担当ですので戦うこともできず……」
「いいえ、それぞれ担当の場所がありますから」
「そう言っていただけると幸いです。ああ、先日は名乗りもせず申し訳ありません。この船の厨房を任されております、バロックと申します」
「アスカです。今日はよろしくお願いします」
「それで厨房を使いたいとのことでしたが、今から使いますか?」
「もういいんですか? まだ予定より早いですけど……」
お昼の準備ってそんなにかからないものなのだろうか? 私がお願いしてからまだ四十分ぐらいなのに。
「ええ、ベスティアの方からも言われておりますし」
「そういえばベスティアさんは?」
「彼女でしたら銛の確認や、昨日の海魔の襲撃の説明などで手が空かないそうです。私にもくれぐれもよろしくと連絡がありました」
バロックさんの言葉からも分かるように、厨房にも連絡を入れただけみたいだ。ちゃんと寝られているのだろうか? お昼が終わったらちょっと聞いてみようかな?
「それはそうと、準備が出来てるなら料理人を連れてきますね」
「料理人?」
「はい。一緒に旅に付いて来てくれている子がとっても料理上手なんです!」
私はバロックさんにそう告げるとリュートを呼びに行った。
「リュートいる?」
「アスカ?」
「あっ、ごめん。寝るところだった?」
部屋に入るとリュートはベッドに腰かけていた。昨日の戦闘後には見張りに就いたって聞いたし、悪いことしたかな?
「ううん、まだ少し起きてるよ。どうしたの?」
「えっと、良かったらなんだけど、昨日の海魔を料理してもらえたらなって。ほら、一度厨房の人に教えたら今度から手間もなくなるでしょ?」
「う~ん、そうだね。じゃあ、直ぐに行くよ」
ベッドの上に本を置いてリュートは私に付いて来てくれた。
「あれ? そういえば、リックさんは?」
「リックさんは甲板だよ。もうちょっと上にいるって」
「へぇ~、昨日の襲撃が気になってるのかな?」
「あっ、いや、そっちじゃなくて……」
良い澱むリュート。何だろ?
「あっ、厨房に着いたね。それじゃあ、入るよ。バロックさん、料理人を連れてきました!」
「お戻りですか。おや、そちらの方は今日甲板でお見掛けした……」
「リュートです。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。私は厨房担当のバロックだ。それで、アスカ様。何の料理を?」
「えっと、まずはお刺身ですね。後はイカ焼きとかアヒージョです。この場合はハンドラー焼き?」
「ううむ、あまり聞きなれない言葉ですね。リュート様、どうか私に教えて下さい」
「あっ、僕もあまり詳しくなくて……アスカ、説明任せるよ」
「了解です!」
私はビシッと敬礼すると、キシャルの手で冷凍保存されているハンドラーを用意する。
「あっ、解凍にはティタの協力も必要だね。リュート頼める?」
「僕が? 分かったよ」
リュートがティタを連れてきてくれたところで、料理再開だ。
「まずはこの凍ったハンドラーを解凍します。今日使うのはこっちの小さいソードハンドラーですね。ティタ、解凍お願い」
「分かりました」
恐らく前世ではヤリイカと思われるようなたたずまいのソードハンドラーを解凍し、刺身にしていく。まあ、さばき方は分からないので、リュートにこういう透明な骨みたいなのは取ってと横から言うだけだけどね。
「後は細切りにしていってお皿に並べて終わりです」
「火は入れないのですか?」
「炙っても美味しいと思いますけど、まずは生で食べます。寄生虫もいないよね?」
「うん、見た限りではいなかったよ」
「もうちょっと凍らせたら安全なんだけどな。でも、新鮮なうちに食べたいしちょっとだけだし」
こうしてまずは昨夜の襲撃者による料理の一品目が完成したのだった。




