海魔の襲撃
私が火球をバラ撒いている間に準備を整えたベスティアさんたちが、テンタクラーへ狙いを定める。
「まだだ、まだ引くんだよ!」
「へいっ!」
テンタクラーが海に潜っているので、船首の大銛を準備しながらも船員さんたちは待機だ。その分、私たちがテンタクラーの気を引いて、船首部分へ浮上させなければならない。
「ジャネットさん、行きますよ!」
「了解」
「ライト」
私は光を集めて海中に沈める。これで光につられて上がってくるはず。
《シャァァァ》
「狙い通り! キシャル!!」
《にゃ!》
キシャルが私の声に応え、アイスブレスで動きを止めてくれる。そこへ触手を振り下ろし、反撃へと転じるテンタクラー。しかし、それを待っていたかのようにジャネットさんが剣を振るう。
「はっ!」
触手を切り落とし、安全を確保したところでベスティアさんが声を上げる。
「よしっ! 今だよ!!」
「へいっ!」
ベスティアさんの指示で船員さんたちが大銛を放つ。慎重に構えられたそれは動きを止めていたテンタクラーの頭を貫いた。
「やりましたね!」
「はい、アスカ様たちのお陰です」
咄嗟のことではあったけど、海魔を倒してようやく落ち着いたと思った瞬間、船が再び揺れた。
「なっ、なに⁉」
「あっ、あれを!」
船員さんが指さした先にはまた違う影が見えた。
「こ、今度はハンドラー⁉」
「まさか、テンタクラーを追いでもしてたのかい?」
「ちっ。お前ら、もう一本だ! 今度も外すなよ」
「了解!」
もう一度、大銛の装填のため船員さんたちが準備に入る。私も気を引き締め直す。
「こっちはイカ型の海魔だし、もっと光が有効なはず」
私は再びライトの魔法を放つ。ただし、今度は船から一度離すため離れた位置へと放った。
「ナイス、アスカ!」
「任せて下さい」
《にゃ~》
キシャルもハンドラーを牽制するため、いくつかの場所へブレスを吐く。ハンドラーの触手は氷を破壊するものの、警戒はしてくれた。
「ようし、これなら! みなさん、明かりを灯しますので目に気を付けて下さい!」
「「分かりました!」」
私はみんなに伝えると光の玉をどんどんハンドラーの頭上へと放っていく。
《シュルルルル》
暗闇から明かりが灯った海上になったことで相手の行動が見やすくなった。これで後は倒せば終わりだ。
「キシャル、今度もお願いね」
《にゃ》
ひときわ強い灯りを一か所に送ると、狙い通りそこへと浮上するハンドラー。
「今だよ!」
ハンドラーの浮上に合わせてキシャルがブレスを吐き動きを止めると、再び同じように船員さんたちが大銛を放った。
「やったぁ!! 今度こそ終わりだね」
私が喜んで明かりを消そうとすると、水平線の向こうに何やら影が見えた。
「ま、まさか……」
「アスカ、どうかした?」
「リュート! ちょうどよかった。すぐに装備を整えて戻ってきて!」
「う、うん。リックさんも呼んでくる!!」
夜警と昼の警戒を交代でやっていたリュートが異変に気付いて甲板にやって来た。私はすかさずリックさんを連れて来て欲しいことを伝える。
「光の向こうにどれぐらいだろ?」
《にゃ~》
「ええっ⁉ 六体もいるの?」
キシャルの探知によれば六体も追加で来ているとのこと。
「これは困りましたね。どうやら、光につられて群れがやってきてしまったようです」
「ご、ごめんなさい。光に寄ってくる習性を利用して倒したばっかりに……」
「来てしまったものはしょうがありません。それに明かりで狙いが付けやすく助かったのも事実です。それよりこのハンドラーたちを倒さないとなりません」
「……そうですね。ちょっと荒っぽくなると思いますが、大丈夫ですか?」
「もちろんです。簡単な修理でしたらすぐに行えますし、航行さえできれば修理に使う木材の当てもありますから」
「分かりました!」
良かった、何とかなりそうだ。私は接近してくるハンドラーたちと距離を取るため、魔法で牽制を開始する。
「まずは竜巻で……。これで逃げてくれると一番いいんだけどな。せぇの、トルネード!」
私は船から距離を置き、左右に竜巻を発生させる。突然の嵐に驚くハンドラーたち。思い通り、六体のうち四体は距離を取った。しかし、残りの二体はそのまま向かってくる。
「大きさは他のより小さいし、偵察?」
迫ってくる二体を偵察と判断した私は相手の浮上に合わせて火の玉を投げつける。ついでにブレスレットで作った火の玉も混ぜておく。
《シュルルルル》
ドンドンという音と共に爆ぜる火の玉が浮上したハンドラーの触手を焼く。たまらず、ハンドラーたちは海中へと身を隠そうとした。
「甘いね!」
ジャネットさんが甲板から飛び降り、一体のハンドラーの体に着地するとそのまま剣を突き刺す。
「まずは一体。ついでに……」
ジャネットさんはハンドラーの魔石を回収すると私の魔法で再び甲板へと戻った。
「さて、これで逃げてくれるといいんだけどねぇ」
「ジャネット、大丈夫か?」
「リックかい。今日は良く寝てたねぇ」
「すまん」
「別にいいさ。見ての通り、傷ひとつないよ」
心配そうに声をかけるリックさんへ問題ないと身体をひるがえす。
「アスカも大丈夫?」
「うん。リックさんを呼んできてくれたんだね。ありがとう、リュート!」
「もっと早く気づけばよかったんだけど……」
「そんなことないよ。それより気を付けて、まだ海魔がいるの」
「ええっ⁉ 今倒したんじゃ……あっ、本当だ」
私の言葉を受け、リュートは探知魔法で海魔の存在を感じ取った。
「手負いの小さいのが一体と他にもまだ四体いるの」
「そんなにいるのか。遅れたと思ったが間に合ったようだな」
「遅れてほしかったんだけどねぇ、こっちは。お帰りにもならないようだよ」
仲間を倒されてひるむかと思ったけど、むしろハンドラーたちは群れ全体で攻撃を仕掛けてくるようだ。あの数で回り込まれたらわたしでは対応しきれない……。
「敵を正面に絞ります。みなさん落ちないでくださいね!」
「アスカ様、何を⁉」
ベスティアさんに説明したかったけど、時間が惜しいので私はトルネードを今度は船のやや後方左右に作り出す。これでわざわざ後ろに回り込もうとするハンドラーは出ないはずだ。
「アスカ⁉ いや、それでいい。リュート、あんたの槍が頼みだよ。船員たちが対応できない位置にいる奴から狙いな!」
「分かりました!」
リュートが空を飛び、船首の中央から離れたハンドラーに目を付ける。その間にジャネットさんとリックさんが船首へと移動して、相手の注意を誘う。
「ジャネット、俺は海流を操作して相手を誘い込む。飛び出したら任せていいか?」
「もちろんだよ。でも、自分じゃやらないのかい?」
「悪いが、海流を操作するのは大変でな。手が空かないんだ」
「それじゃあ、しょうがないねぇ」
「アスカ様、我々は正面を狙います!」
「任せます!」
正面に来るハンドラーはベスティアさんたちに任せ、私は船のマストに立つと戦局全体を見渡す。
「ジャネットさんとリックさんの方は任せて大丈夫だね。ベスティアさんたちの方もキシャルがいるから大丈夫そう。あれ? この魔力は……」
確認をしていると船底に感知し慣れた魔力を感じた。どうやら、テンタクラーやハンドラーからの攻撃から船を守るため、ティタが水のバリアを張ってくれているみたいだ。
(ありがとう、ティタ)
(いえ、反応が遅れ申し訳ありません)
ティタはゴ-レムだから寝る必要がない。だからといってずっと気を張っているわけではなく、アルナの相手をしていたり海上だと海鳥と戯れていたりもするのだ。こっちに駆け寄るより船底を守る方が重要だと判断してくれたのだろう。
「じゃあ、この場だとリュートにまずは加勢しよう」
リュートの方は一人だし、準備も十分にできなかっただろうしね。
「リュート、手伝うよ!」
「ありがとう、アスカ。魔槍を使うから隙を作ってくれる?」
「了解だよ!」
私はリュートの言葉通り、ハンドラーの油断を誘うため光の玉を自分の姿に作り変える。まあ、細かくじゃなくてふんわりとだけど。
《シュルルルル》
灯りと物体の両方を認識したハンドラーはすぐに光の玉へと触手を伸ばした。
「リュート、今だよ!」
「ありがとう、アスカ。魔槍よ、その姿を変え敵を穿て!!」
言葉と共に魔槍の穂先は大きく、持ち手の方は短く、投槍の形状へと変化する。リュートはそのまま槍を一直線に投げると大銛を放ったかのような貫通力を見せた。
「やったぁ!」
「魔槍よ、戻れ!」
リュートの声と共に魔槍は手元に戻ってくる。う~ん、やっぱり魔槍を使ってるリュートってかっこいいなぁ。もう、武器からして反則だよね。自在に姿を変える武器だもん。
「さあ、次に行こう!」
「うん!」
みんなが他のハンドラーを相手にしている間に、私たちは空を飛んで船から攻撃しにくいハンドラーへと攻撃を仕掛けていった。
「これでとどめだ!」
リュートが魔槍を放つと、傷を負わせていたハンドラーを貫く。
「残りは動き回ってた一体だけ!」
「アスカ様、そちらはお任せを」
ベスティアさんたちが協力してハンドラーの移動位置を予測すると、最後の大銛を撃ち込む。
《シュルル……》
「やった、倒しましたよ!」
「ええ、これで全部でしょうか?」
「ちょっと待ってくださいね」
私は魔力を使って探知をする。……うう~ん、何だか小さい反応がまだあるなぁ。
「こんなに大きい個体じゃないんですけど、まだ小さいのがいるみたいです」
「群れに出くわしましたか。恐らく、ソードハンドラーですね。稀に船の甲板に向かって飛び上がって来るので気を付けてください」
「分かりました!」
こうして、優雅な甲板での一夜は海魔から船を守る夜となり、いつ襲撃が来るとも分からないため夜明けまで警戒が続いたのだった。




