アスカと眠れぬ日
「う~ん、ちょっと練習しようかな?」
衝撃的なラストを迎えたセイレーンの海の話を聞いた私は食後に甲板へ行くことにした。最近なかなか出番のなかった魔笛の練習をするためだ。
「ベスティアさんはいらっしゃいますか?」
夕食時に教えてもらった一等船室用の詰所へ向かい、ベスティアさんがいるか確認をする。
「あら、アスカ様。何かありましたか?」
「あっ、いえ。甲板で魔笛の練習を今からしようと思うんですけど、ベスティアさんが聴きたいと言われていたので……」
「まぁ! わざわざ御足労頂いてありがとうございます。では、甲板の方へご案内いたします」
「お仕事はいいんですか?」
急に来たからだろうか、ベスティアさんのデスクの上には書類が並んでいる。
「この程度すぐに終わりますので。それに、ここは海の上。他にやることもありませんから」
「それじゃあ、行きましょう!」
私はベスティアさんに案内され、甲板へ向かう。ちなみに今回ジャネットさんは付いて来ていない。なぜかと言うと今日は乗船初日ということで、夜の警戒態勢を確認するのに現在仮眠中なのだ。私も聴いてもらえなくて残念だけど、その間にびっくりさせられるぐらい上達しておきたい。
「こちらでお願いします。椅子は使われますか?」
「ん~、休憩の時にちょっと。でも、吹いてる時は大丈夫です」
「承知しました。おい、イスとテーブルを持ってこい」
「はい!」
船員さんに指示を出すベスティアさん。船員さんの方も手慣れた感じで船室へと入って行く。
「さて、音の確認から……」
私は魔笛を取り出すと音の確認をするため、一音一音吹いていく。
「いい音ですね」
「はい。名品ですから」
「どんなに名品であっても、使う人次第です。アスカ様の奏でる音が良いのですよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。でも、そこまで褒められたらもっとうまくならないといけませんね」
私は魔笛を再び構えると返事を返したのち、今回課題とする曲を吹き始めた。課題曲は〝空を流れる雲〟というとてもゆったりとした曲だ。吹いていてとても落ち着くし、曲を奏でるのにあたってゆっくり入って行けるので、気に入っている。
「ど、どうでしたか?」
五分ほどの演奏を終えてベスティアさんに感想を聞く。
「はっ⁉ とても素晴らしい音楽でした」
「そ、そうですか? 練習不足なのでそういってもらえるだけで嬉しいです」
その後も私は〝星空に捧げる幻想曲〟や〝二人だけの小夜曲〟を続けて奏でた。ただ、やっぱり練習不足は明らかで、ところどころ音を外したり高音が出過ぎたりもした。
「うう~ん、やっぱりこれじゃダメですね。船に乗っている間、練習しないと」
「では、またお聴かせください。僭越ですが、上達しているか聴きますので」
「お願いします」
いつの間にか持って来てくれた椅子に座ると、今度は旋律が乱れないことを意識して奏で始める。そうして1時間ほど練習を続けると、しんどくなってきたので休憩することにした。
「お疲れ様です。お菓子とお飲み物を持ってきますね」
「ありがとうございます」
集中して演奏したせいか、お腹も空いてきたので軽いお茶にする。待っている間、船を見回すと船員さんとちらっと目が合う。やっぱり船員以外が夜の甲板にいるのは気になるのかな?
「こ、こんばんは……」
「こんばんは!」
元気よく挨拶を返される。良かった、邪魔にはなってないみたい。そうして、ベスティアさんが持って来てくれたお茶をしていると、声がかけられた。
「アスカ、どうしたの。こんな夜に?」
「リュート! リュートこそどうしたの?」
「あっ、うん。ちょっと夜風に当たりたくてね」
「ちゃんと酔い止めは飲んだの?」
「うん。いつも助かるよ」
「なくなりそうになったら早めに言ってね。作り置きするから」
私がそう言うと意外そうな顔をしてベスティアさんが口を開いた。
「あの薬はアスカ様が作られたのですか?」
「はい。ほとんどは母のアイデアですけど」
ほとんどというのは私が特異調合持ちだからだ。お母さんのレシピはとても効率化してあって、使う薬草も一般的な物で賄っていた。しかし、私の場合は特異調合のスキルのせいで一般的な薬草だけでは作れない。そこでいくつかのレアな材料を混ぜることで効果を上げたり、他の材料を少なくしたりしている。
「それでも、他人に渡せるようなものを作れるのは素晴らしいことですよ。薬屋を営むことは考えられていないのですか?」
「う~ん、材料が手に入るならありなんですけどね……」
「アスカの場合はそこが大変だよね」
そう言いながらリュートも椅子に腰かける。
「リュートはこれからどうするの?」
「僕? う~ん、甲板の造りを頭に入れたら少し休んで部屋に戻るかな?」
「だったら、リュートも一曲聴いていかない?」
「一曲?」
私はさっきまで魔笛を奏でていたことを説明する。
「じゃあ、お願いするよ。魔力は乗せてみたの?」
「ううん。それじゃあ、これから頑張るリュートのためにちょっとやってみるね」
私は魔笛を手に持つと魔力を流して再び演奏を開始する。
「♪~♪♪」
「まぁ! 今度はより美しく聴こえますね」
「ああやって魔力を流せばより音がクリアになるってアスカは言ってますね。僕らにしたら、どちらもいい音ですけど」
「そうですね。身体に染み渡るようないい音ですね……」
「二人とも、聞こえない場所で言ってください」
演奏中に気が散るというか、まだまだ練習中の身だから褒められすぎるとよろしくないので、何とかそう返す。ないとは思うけど、そういうのはコンサートホールとかで言ってほしいかな?
「さてと、それじゃあ奏で終わったし、私は部屋に戻るね」
「うん。ありがとう、アスカ」
リュートにおやすみを言って部屋に戻る。
「ただいま~」
寝ているであろうジャネットさんを起こさないよう静かに部屋に入る。アルナももう寝てるみたいだし、私も寝よう。
「それじゃあ、おやすみなさい。ベスティアさん」
「はい。また明日」
思いがけず現地の逸話を聞くことが出来た私は満足して眠りについた。
あれから四日が経った。現在時刻は夜明け頃、私は眠たい目をこすりながらようやく部屋へとたどり着いていた。
「アスカ様、お食事はいかがいたしましょう?」
「あっ、いいです。今はぐっすり眠りたいので……」
「アスカが飯抜きとはねぇ。ま、今回ばかりはしょうがないか。ベスティア、あたしはこの後、軽く食べてから見回るよ」
「承知しました。では、ジャネット様の分はどちらに?」
「リックたちの部屋で一緒に食うよ」
なんでこんな話になっているかというと、始まりは昨日の夜にさかのぼる。
「今日も魔笛の練習しなきゃ。ジャネットさんも聴いててくださいね!」
「はいよ」
《にゃ~》
「あれ? 今日はキシャルも一緒に聴いてくれるの? じゃあ、寝ずに聴いててね」
こうして私は魔笛を吹き始めたのだけど、三十分ほどすると船首の方が騒がしくなった。
「何かあったのかな……」
「確認してまいります」
ベスティアさんも気になったみたいで直ぐに船首へと確認に向かう。しかし、すぐに戻って来た。
「アスカ様、海魔の襲撃です! ここはお下がりを!!」
「大変、ジャネットさん!」
「あいよ」
私は魔笛をしまうとすぐに杖を持ち出して船首へと向かう。
「キシャルもお願い!!」
《にゃ!》
海上でキシャルの氷属性は心強い。海魔に対してというよりも、海上に足場を設けられることが大きいのだ。
「姐さん! でけぇテンタクラーですぜ!」
「分かった。大銛を用意しな!」
「へいっ!」
「ベスティアさん、手伝います!」
「アスカ様⁉ ここは私たちに任せて下さい!」
「いいえ、私も海魔とは戦った経験がありますから!」
「……分かりました。お気をつけて」
「もちろんです!」
せっかく、セイレーンの話も聞けたんだし、こんなところで止まっていられないもんね。
「まずは相手にけん制も兼ねて……ファイアボール」
杖の先からいくつもの火の玉を作り出す。そのうちの三つはかがり火代わりに、他の火の玉はタイミングを見てテンタクラーへと投げる。
《シャアァァァァ》
「くっ! 回避も上手い」
どうやらそのサイズは歴戦の猛者ということか、避けきれないものは触手で弾き、他の火の玉は海に潜るなどして回避する。その間にもベスティアさんたちが大銛の準備を進めている。もう少し、時間を稼がないと……。
「そうだ、あの魔道具なら!」
私はマジックバッグから魔道具を探す。しかし、その間にもテンタクラーはその豊富な触手を生かしてこちらへ攻撃を仕掛けてきた。
「ええい、鬱陶しい!」
「あたしに任せな!」
私に向かってくる触手を切り捨てるジャネットさん。やっぱりかっこいいなぁ。
「何、こっち見てるんだい。やることがあるんだろ?」
「そうでした! え~っと、あった!」
私は目的の物を探り当てると、それを腕にはめる。
「さてと、後はこれで攻撃するだけだけど、まずは相手に近づかないと!」
フライの魔法で空へと飛び上がると、テンタクラーが海上へ再度浮上する位置を探る。
「あの辺かな?」
《シャァァァァ》
「出てきた! ファイアーボール」
私は魔道具を介して三つの火の玉を作り出しテンタクラーへと放つ。しかし、その軌道はバラバラで当たらないと確信したテンタクラーはひるむことなく船へと攻撃を仕掛けようとした。その時――。
「何っ!」
「大丈夫です。次々行きますから!」
魔道具を通して放った火の玉はちょうど三秒という時間の経過とともに、空中で爆発した。そう、これは以前に買っておいたいわくつきのブレスレットなのだ。効果は三秒後に爆発する火の玉を作るという、一見使えないものだけどこういう戦い慣れた相手なら話は別だ。つい避ける必要がないと判断したものが急に爆発する。そういう心理に付け込めるのだ。
「ジャネットさん、落ちないように気を付けて下さい」
「了解!」
こうして私が暴れ回っている間にベスティアさんたちの準備が完了した。
「よ~し、こっちも負けないよ!!」
「へいっ!」




