ハーマンと新大陸
「では、続きを話しますね」
『ファナスはハーマンの要請に応え、操っていた男を正気に戻すと再び口を開きました。「そうそう、船を見たかだったわよね。見たわよ、もう四十年ぐらい前だけど」「よ、四十年前⁉」ハーマンはファナスの言葉に驚きました。なぜなら、どう見てもファナスは二十歳ぐらいの見た目だったからです。さっきの歌といい、警戒心を強めながら再び質問をします。「その船はどうなったんだ?」「う~ん、分からないわね。別に道を教えただけだし。ただ、マストっていうの? あれは折れていたわね。人もあなたたち程ではないけれど少なかったわ」』
「四十年前にもハーマンさんたちのような人が辿り着いたんですね。だけど、セイレーンたちって長生きなんでしょうか?」
四十年以上も生きてるのに見た目が二十歳だなんてちょっといいなと思いながら聞いてみた。
「そうですね。魚人族のことは謎が多いですが、この逸話では寿命は四百年ほどと語られています。三十年ほどで一度成長が止まり、三百六十年で衰えが始まると書かれていますね。ただ、人とは寿命が違いますから確かめた者はおりません」
「まあ、こういう話は盛られてるのがほとんどだしねぇ。本当ならすごいけどね」
ジャネットさんも興味があったみたいだ。四百年か……それだけ時間があればもっとゆっくり世界を見て回れそうだなぁ。
「もし、会えることがありましたら聞いてみると良いですよ」
「会えるんですか?」
「ふふっ、アスカ様なら会えるかもしれませんね。では、話を続けさせていただきますね」
『「ハーマン、船のマストが折れていたということは……」船員の一人が険しい顔つきでハーマンに話しかけました。「ああ、きっと嵐でマストが折れ、船員も一部投げ出されたんだろう。道が分かったところで……」ハーマンの船も長期航行が出来る帆船ですが、件の船はもっと大きいと考えた船員たちはその船の乗組員の運命を悟りました。同時に自分たちは生きて帰れるだろうかと身震いしたのです』
「大きい船だとそれなりに魔法使いの人がいなかったんでしょうか?」
ハーマンさんの船でも自分が使えるんだから、もっと大きな船ならそれなりに魔法が使える人もいたと疑問が沸いた。
「確かに魔法が使える人はいたと思われます。現にこの船でも船員の何人かはCランク程度の魔法使いと同レベルですし。この物語も少し影響しているのです。何かあった時に対応できるようにと」
「へ~、さすがですね!」
船の造りだけじゃなくて乗員も教訓を生かしてきちんと対応してるんだ。
「お褒めにあずかり光栄です。それでは続けますね」
「はいっ!」
『船員の言葉とは別にハーマンにはもう一つ気掛かりがありました。確かにここから帰ればそれを馬鹿にする人間はいないでしょう。しかし、彼には船を作る時の借金があります。ここまでの航海路を開拓できたとはいえ、それでどうにかなるわけではありません。彼はファナスに意を決して話しかけました。「ここから北に陸地はあるか?」「陸地? 大きいのがあるわよ。そこに行きたいの?」「ああ」彼が成功をつかむ方法は一つだけ。新たな大陸の発見だったのです』
「海の男の決意ですね!」
「借金苦で首が回らないだけだけどねぇ」
私が熱くなっていると冷静にジャネットさんが返してきた。
「実際には護衛の方の言う通り、彼に退路はありませんでした。ここでセイレーンに会ったのは神の導きとさえ思っていたでしょう」
なるほど、そういう視点もあるんだ。神様だっているのは知ってるんだし、その方が自然かも。
『「戻らないのか、ハーマン?」船員は驚いた表情を見せ彼に問いかけましたが、すでに彼は決意しています。「ああ。ここで戻って何になる? 新大陸を見つけて航路を開けば英雄だぞ!!」英雄……その言葉は彼らに刺さりました。このような船に乗るぐらいですから、彼らもただ戻っただけでは、生活が成り立ちません。航海当初こそ弱気だった二人も、ここまでくればもしかしてと思えるようになったのです。それを自覚した船員たちにはもう進むしか道はありませんでした。こうして、ファナスの案内を受けて船は北へと進んでいきました』
「と、とうとう新大陸へ行くんですね!」
「長らくお待たせしました」
笑顔でベスティアさんに言われ、ちょっと恥ずかしくなる。でも、しょうがないよね。航海中にこんな話を聞けるんだから。
『「ここから人間の住んでいる大陸まで数日で着くわ」ファナスの言葉に船員たちは沸き立ちます。しかし、後もう数日というところでファナスは帰ると言い出しました。「どうしてだ? 俺たちは君の案内があると心強いんだが……」当然のようにハーマンが尋ねると彼女はいたずらっぽく笑いました。「ほんとは人間に深く関わっちゃダメなの。そういうことだから!」彼女が海の中へ戻ろうとした時、咄嗟にハーマンは言葉を紡ぎました。「か、帰りにまた会えるか? 俺たちは南の大陸に戻るんだ」まさか、そんなことを言われるとは思ってもみなかったファナスは笑顔で頷きました』
「おおっ⁉ そこはかとなくロマンスの予感!!」
種族を越えた愛! きっとこの話のポイントだな。私はそう思いワクワクしながら続きを待った。
『こうして数日後には大陸を見つけたハーマン達。彼らが見つけた大陸こそレザリアース大陸であり、これから向かう港湾国家ルーシードなのです。そしてようやくルーシードに到着した彼らには直ぐに試練が訪れました。言語が違ったのです。何とかコミュニケーションを取ると、食料を買いました。それから簡単ながらも言語を習得していよいよ復路への旅路です。実はここからが彼らの本当の航海です。今まで作った航路は嵐に着くまで。そこからは殆どが曖昧です。これからファナスの案内を得て、完璧な航路図を作らねばなりませんでした』
「あっ、そうか。ルーシードに着いた時は嵐とかもあって、正確な場所が分かりませんよね」
「はい。ファナスに会ってからの航路図も、元の位置は分かりませんからそういった情報も必要です。そして、当時は航海に必要な道具が高価でした。曖昧なものになってしまっては買い直した道具代にもなりません。それに帰った後でより良い航路を発見されてしまっては、彼らの功績も得られる金銭も大幅に目減りしてしまうのです」
「功績は分かりますけど、金銭も?」
「まだお話ししていない部分になるのですが、彼らは戻ってきた後で航路を設計料として登録するのです。そして、その航路を行く船は航海の度に彼らに設計料を支払います。これは彼らが最初から考えていたことで、よりよい航路を見つけられてしまっては、命がけで開拓した航路を安売りせざるを得ないのです」
早く到着できるか安全に航海できるルートが後で見つかったら、それより安くしないといけなくなるんだ。それは大変だ。
「つまりハーマン達はルーシードを出発したところからファナスにもう一度会うまで、完璧な航路がまず必要なんだね」
「そうです。ファナスの言う航路は信頼できますが、ルーシード周辺の航路は彼ら自身が先に作っておかなければなりません。多くの船乗りや現地の地図を買い、どうにか良いものを作りました。ただ、そのせいで数か月はルーシードに滞在したようですね」
ベスティアさんの話ではろくに交易品を船に積み込めなかったため、そうせざるを得なかったとのことだ。本当にロマンだけで航海に出発したんだな。無事に大陸を見つけられて何よりだよ。
「さて、いよいよ物語の佳境に迫っていきましょう」
「は~い!」
「その前に少々失礼しますね」
ベスティアさんが部屋を出ていったのでどうしたのかなと思っていると、新しい紅茶を持って来てくれた。
「冷めてしまいましたからこちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
温かい紅茶を飲んで一息つくと、再びベスティアさんは語りだした。




