船内見学
「いただきま~す!」
私は遠慮なくフルーツを食べ始める。フルーツは四種類が盛り合わせになっている豪華仕様だ。
「それにしても用意が良いねぇ。別にあたしらの乗船が前もって分かっていたわけじゃないだろうに」
「あっ、こちらは昔の名残でして」
「名残?」
ちょっと気になったのでお姉さんに質問してみる。
「はい。今のように各大陸間の航路が開拓される前は補給もなく、数か月かけて他の大陸へと渡ることが多かったのです。我が国のように他の大陸に近い距離の国からではなく、遠い国からも直接の航路を使っていました。そこで壊血病にかかる乗員のために持ち込んでいたものが、現在でも風習として残っているのです」
「そうなんですね! 私としてはこんな美味しいフルーツが食べられて嬉しいですけど」
「ありがとうございます。フルーツは保管庫に一月分ございますので、またお気軽に申し付けください。では、失礼いたします」
お姉さんが出ていくと、私たちは再びフルーツに向き直る。
《にゃ~?》
「あっ、キシャルも食べる?」
うんうんとうなずきながらキシャルがこっちに来る。いつも使っている小皿の上にフルーツを乗せてあげるとさっそく凍らせて食べ始めた。
「そっか。シャーベットにしても美味しいよね。私のもやってくれる?」
《にゃ》
しょうがないなぁと言いながらもキシャルは私のところに来て凍らせてくれた。ふふっ、本当にやさしいよね、キシャルは。
「あたしもやってもらおうかな?」
ジャネットさんもキシャルに凍らせてもらい一緒にフルーツを食べる。そして、食後もゆっくり過ごしていると、リュートたちの案内が終わったのかベスティアさんがやって来た。
「どうしました?」
「そろそろ出航のお時間ですのでお知らせに参りました。デッキに上がられますか?」
「あっ、行きます!」
「ちょっと、アスカ……」
ジャネットさんが何か言いかけたものの、私は出航の景色を見たかったのですぐに部屋を出て向かった。
「なぜこうなった……」
「アスカ様、良い旅を!」
「またこの町にいらしてくださいね~!」
デッキから見る町の景色を楽しみたかったのに、町の人に気づかれて今はお見送り状態だ。冒険者の格好をしているのに、私は各所に手まで振っている始末。いや、出発を祝ってくれるのは嬉しいんだけど。
「あ~あ、やっぱりこうなったか。だから言おうとしたのに……」
「ジャネットさんは予想がついてたんですね」
「そりゃあ、アスカみたいな目立つ人間がデッキにいたらねぇ」
「さあ、アスカ様。出発前のお姿をみんなに」
「はい」
ベスティアさんにも促され、しばらくは町の人たちへ手を振り続ける。
「出航だ! 帆を上げろ!!」
「へいっ!」
ようやく出航の合図が船長さんからかかるころには少し腕が痛かった。
「アスカ様すみませんでした。町の人間もなんだかんだ不安でして。アスカ様から手を振っていただけたら、安心したと思います」
船が港から離れると船長さんがやってきて謝ってくれた。
「大丈夫ですよ。途中からは気分も良かったですし。見送ってもらえるのは嬉しいですしね」
「ありがとうございます。それでは後の時間はご自由にお過ごしください」
「はい。あっ、それとフルーツありがとうございました」
「いいえ。あまり気の利いたものはありませんが、いつでも言ってやってください」
「遠慮なく」
フルーツは美味しかったもんね。マンゴーみたいな物もあってあれは美味しかったなぁ。
「アスカはあのオレンジ色のやつだろ? 周りがつるつるした」
「よく見てますね。ジャネットさんはどれが良かったんですか?」
「あたしかい? う~ん、そうだねぇ。オレンジかな?」
「へ~、ちょっと意外ですね。ジャネットさんだったらメロンかと思いました」
「ああいうのもいいけど、たまにはね」
そんな会話をしている間にも船はどんどん港を離れていく。これも風魔法のおかげだ。基本は風任せだけど、大まかには到着日数の設定があるので、それに遅れないように適宜風魔法で進む。こうすることで船旅は大体一か月で収まるのだ。
「港を出てしまいましたし、船内を案内いたしましょうか?」
「お仕事の方はいいんですか?」
「はい。私は客室の責任者ですので、お客様をご案内するのが仕事ですから」
「じゃあ、よろしくお願いします」
船には立ち入り禁止の場所もあるし、船室の等級によっては危険もあるから案内してもらうことにした。
「へ~、デッキから入ったところは全部一等船室なんですね」
「はい。いつでもデッキに出られるようにと、船に何かあった時には脱出用の小型艇にすぐに乗れるようになっております」
「脱出用の小型艇なんてあるんですね」
「まあ、あってもあまり意味はないんですが」
「えっ!?」
私が驚いていると、ベスティアさんが理由を説明してくれた。
「基本的には海の上ですから、どんなに運が良くても孤島に着くのが精いっぱいでしょう。ですからあまり意味はないんです。ただ、それが生死を分ける可能性もありますから」
ただ、全員分あるわけではなくて本当に一等船室の人数と後は航海士が乗れるぐらいだそうだ。船長じゃなくて航海士なのはその方が最終的に航路に詳しいからだとか。
「一等船室の方は調度品に差はあるものの、大した差ではありませんから飛ばさせていただきます。二等船室があるエリアへ案内しますね」
そう言うとベスティアさんが一つ下のエリアへと降りていく。
「あっ、ベスティア様。こちらへはどうして?」
「アスカ様の案内中だ。変わったことはないか?」
「はっ! 異常ありません!」
「よろしい。アスカ様、問題がないのでこちらご案内いたします」
「よろしくお願いします」
二等船室になるとさっきとは少し光景が違ってくる。もちろん、質実剛健な作りはそうなのだけど、手すりや随所にあった軽い細工もない本当に宿泊するだけの部屋って感じだ。
「では実際に入ってみましょう」
「アスカ、行くよ?」
「はい、ジャネットさん」
私が辺りを見回していると、ジャネットさんに声を掛けられた。ジャネットさんも室内の作りには興味があるみたいだ。
「こちらが二等船室の室内になります」
案内してもらって部屋に入ると普通の部屋だった。ちょっと長細い四角テーブルに丸椅子が二つ。ベッドも二段になっていて、収容人数が重視されているようだった。
「こちら今は椅子やテーブルが開いておりますけれど、空き部屋になりますとそちらの絨毯の上に置かれます」
ベスティアさんが手で示した先には長方形の絨毯が敷いてあった。大きいものではなく折りたたんだテーブルなどを置く時に床が傷つかないための物だろう。前に乗った船でも思ったけど、本当に一等船室と二等船室の差が大きい。ということは……。
「あ、あの、三等船室は見れますか?」
「あちらは……ご遠慮いただけますか?」
やんわりではなく明確に断られてしまった。後で話を聞くと、三等船室も前の船と同じで雑魚寝型の大部屋タイプだそうだ。その上、今回は私の顔が知られているので行ってほしくないとのこと。それを言われると私も行きたくないなぁ。あまり騒ぎになるのも良くないしね。もうここは海の上なんだし。
「では、次はこちらですね」
その後も案内は続き、今度は厨房にお邪魔させてもらえることになった。
「ベスティアさん、どうしてここへ?」
「ん、アスカ様を連れてきた。厨房の見学がしたいとのことでな」
キリッとした表情でベスティアさんが答える。さっきからちょっと思ってたけど、ベスティアさんって部下の人の前だとそういう感じなんだな。やっぱり威厳とか気にしてるんだろうか?
「あっ、これは。アスカ様、何か食べたいメニューでも?」
「いいえ。今は船全体の見学中なんです。でも、焼き魚とか食べてみたいですね。この辺はどんな魚が釣れるんですか?」
「魚釣りですかい? う~ん、そういうのはあんまりですね。基本は持ち込んだフルーツや干し肉を戻した料理が多いでさぁ。魚は釣れたら出すんですが、量がなくて」
「そうなんですか……」
「アスカ様、申し訳ございません。船といってもこちらは航海を主としておりますので、海が荒れる以外では洋上で静止することがなく……」
なるほど。魚群にあったとしてもすぐに通り過ぎちゃうのか。ちょっと残念だなぁ。でも、今回の船旅は距離も長いししょうがないよね。前は距離も短かったし、途中の港にもよることが出来たから海上でゆっくりしてた時間もあったけど、今回は難しそうだ。
「アスカ、そんなに落ち込むなって。あたしが釣り上げてやるよ」
「本当ですか、ジャネットさん!」
「ああ、だからそんなしょげんなって」
「落ち込んではいませんよ」
「では、釣りをされる時はデッキの船員に一声お声がけください。簡単ではありますが、イスとテーブルを用意いたします」
「いいんですか?」
「はい。それに、デッキの上は揺れますから、どちらにおられるかの確認も兼ねておりますので」
そう言えば、船って結構揺れたよね。
「ああ、デッキで思い出した。町の奴らが言ってたんだけどさ、この海域ってなんか不思議な呼び名があるんだって?」
「はい。一部では〝セイレーンの海〟と呼ばれております」
「セイレーンの海⁉ 何だか面白そう!」
「では、セイレーンの海についてお話いたしましょう」
厨房を出た私たちは〝セイレーンの海〟について話を聞くため、客室へと戻ったのだった。




